4. 少女は計画を話す




「──私は信じるよ」


 沈黙を破ってくれたのは、ベルだった。

 人見知りする彼女が最初に動いてくれるとは思っていなかったので、私は驚いた。


「まだこの子のことを何も知らない。でも、何だか頼りたくなっちゃったんだ」


 他の皆も毒気を抜かれたような顔をしている。

 ベルが適当を言っているようには感じられず、言葉を失ってしまったんだ。



「……なら、仕方ないわね」


 溜め息混じりにアメリアが呟いた。


「私も信じるわ」


 続いて、アメリアまでもが名乗りを上げた。

 これで反対しているのはバッカスだけとなったので、彼はその顔を焦りに変える。


「お、おい! お前ら!」


「バッカス。信じたくない気持ちはわかるわ。でも、もしかしたら私達は愚かなことを続けているかもしれない」


 アメリアは諭すように、優しく言葉を続けた。


「実はね、もしかしたらって思う時が何回かあった……でも、真実を知るのが怖くて踏み出せなかったの。この子も同じなのに、それを明かそうとしてくれている。信じてみる価値はあると思うのよ」


「だがっ……証拠なんて本当にあるかはわからねぇんだぞ!」


 証拠がありそうな場所なら、いくつか検討がついている。

 どれも皆の協力が無ければ辿り着けない場所だ。


「バッカスが妹を大切にしていることは理解しているよ。だからこそ、その子をこれ以上苦しませて良いと思っているの?」


「それは……、くそっ!」


 バッカスの家族は、彼が小さい時に死んでしまった。

 残った妹を養うために汚れ仕事に手を出した彼は、ゴンドルの誘いに乗ってしまった。



 『協力してくれさえいたら、妹には何不自由のない暮らしをさせよう』



 と、彼にとって都合の良い条件でも提示されたのだろう。


 自分の自由を差し出してでも守りたかった妹が、本当はすでに死んでいた。

 その可能性があると言われたら、誰でも狼狽して信じたくなくなる。


「いい加減にしなさい、バッカス」


「ぐぼぁぁ!?」


 そんな彼の頬を、アメリアがぶん殴った。


 優しいお姉さんの見た目をしている彼女は、案外容赦が無い。

 でもまさかグーが出るとは思わなくて、普通に「えっ」と声が出てしまった。


「いい歳した大人がいつまでも喚かない。こんな小さな子が覚悟決めているのよ。先輩の私達がしっかりしなくてどうするの!」


「わ」


「言い訳しない!」


 アメリア、まだ一言しか言っていないよ。

 多分、その後に続く言葉は「わかった」だったと思うよ。


「ちょ、たんま! わかったから殴るのやめて!?」


 殴られすぎて、最後の方はバッカスが哀れに見えてしまった。




「ノアちゃん。お茶のおかわり、いる?」


「ありがとう、ベル。お願いするよ」


「ちょっとお前ら! 呑気にお茶飲んでないで助けろ!」


 悲痛なバッカスの叫び。


「ごめんね。アメリアの暴走に近づくのは自殺行為だから」


 いつもは年上なお姉さんって感じの彼女は、たまに暴走する。


 しかも怖い方向に。


 その時は下手に助けに入らず、無関係な者は傍観に徹するというのが常識だった。


「本当に何でお前がそれ知ってんの!? ほんと何者だよ!」


「ノア・レイリアだよ」


「何を勘違いしたのかしらねぇが、名前聞いているんじゃねぇんだわ!」


 ギャーギャーと騒ぐバッカスを余所に、ベルは新しくお茶を淹れて差し出してくれる。




「──珍しく騒がしいな」




 その時、部屋の扉が静かに開かれ、外から一人の男性が入ってきた。

 艶のある黒髪。感情の伺えない無機質な顔。


「ガッシュさん。こんばんは」


「……君とは、初めて会ったと思うが?」


「うん。初めまして。自己紹介が必要かな?」


「いいや、必要ない。ノア・レイリア。深夜に勝手に彷徨くのは感心しないな」


「ごめんなさい。シャドウの皆に会いたくて、予定より少し早く来ちゃった」


 ペロッと舌を出し、あどけない少女を演じるけれど、普通に怪訝な表情をされただけだった。

 ……ちょっとだけ悲しい。



「協力してほしいことがあるんだ。もうみんなには話したんだけど、ガッシュさんも聞いてくれるかな?」


「協力だと? ……いいだろう。話せ」


 私は先程のことを全て話した。


 終始黙って聞いていてくれたガッシュさんだけれど、その瞳は信じられないと物語っていた。


 でも、常に冷静で正しい判断をしてくれる彼のことだ。

 しっかり考えてくれると信頼している。




「……にわかには信じがたいな」


「そう思われるのは仕方ないよ。今の時点でこれ以上、私が提示できるものはない。最悪協力してくれなくてもいい。でも、邪魔だけはしないでほしいな」


「本当に、ゴンドルを殺すつもりか?」


「殺すよ。絶対に」


「……お前は、どこまで理解している」


 その問いは、ただゴンドルのことを聞いているのではないとわかった。

 おそらくガッシュさんは、奴のバックまで考えている。


 ──だから、答えはこうだ。






「この国すらも、私の敵だ」






 ガッシュさんは僅かに目を見開いた。


「なるほど。自称ただの村娘は恐ろしいな」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 彼が軽口を言うのは珍しい。

 それなりに信頼してくれたと捉えて問題はない……かな?


「協力するにあたり、君の計画を聞かせてもらおう」


「二週間。私に与えられた研修期間の間に準備を整える」


 まずは金だ。

 何事にも金は必要になる。


 最初の二日で金を集め、ついでに私の下僕『傀儡』を増やす。


「必要な金を集めたら、家族を探す。証拠として誰かが付き添ってくれると助かるんだけど……ここはアメリアに来てもらおうかな」


 彼女は私の指南と監視を担っている。

 二人一緒に行動していても、変には見られない。


「わかったわ」


「こちらで準備しておくことは?」


 私は腕を組み、考える。


「ゴンドルにこちらの動きを悟られないよう、誤魔化してほしい」


「……はぁ、つまり俺達に出来ることは無いということか」


 最早呆れを隠すことなく、ガッシュさんはこちらを見つめた。


 他のみんなの反応も同じようなものだ。

 直接的な協力ができないことに不満を持ち、本当に大丈夫なのかと怪訝そうな顔をしている。


「これは私の復讐だ。他人にやらせるわけにはいかない。……そんな顔をしないでよ。ちゃんと『ショー』の特等席は用意してあげるからさ」


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