花園の教室

 

「あれって特別クラスの人じゃね?」

「あっ、付き合ってたのかな? あの子可愛いよね」

「あいつってもっと暗い感じじゃなかったけ?」

「いいな〜、私も素敵な彼が欲しいな〜」


 俺は田中と歩く。人の目なんて気にしない。

 正直少しだけ恥ずかしい。だが、俺はそれ以上に心が燃えるように熱かった。


「田中、俺は心の耐久値が低かったんだ。今回の件でそれを理解した。……田中に恋人ができたのかと思った」


「え!? そ、そんなわけないじゃん! あの子はただの後輩だよ」


「……田中は恋人がいてもおかしくない。だって、とても魅力的な女性だから」


「と、藤堂、恥ずかしって……。な、なんかいつもと違うじゃん。少し強引だけと……、あ、髪を後ろに流しているからかな? ……今度髪切ってあげようか? 華ちゃんと一緒に――」


 俺は自分の髪を触る。適当に伸ばした髪。邪魔になりそうになると、適当にハサミを入れていた。どうしても他人が刃物を持って自分の後ろに立つのが好きになれなかった。


「よろしく頼む。かっこよくしてくれ」


 二人なら大丈夫だ。他人じゃない。俺にとって大切な女性なんだ。そう思うと心が更に熱くなる。何でもできそうな気持ちになる。





 昼休みはそろそろ終わりそうだ。

 それでも花園に会いに行きたかった。放課後でも問題ないかもしれない。だが、俺の勘が告げている。人間関係は時間が経てば経つほどこじれていくものだ。

 だから俺は花園の教室へと向かう。


 五十嵐にメッセージを送ったらそろそろ話し合いは終わるみたいだ。

 彼の不真面目な部分が助かった。


 俺は花園にあって何を話せばいい? 

 知れている。心のままに話せばいい。


 花園の教室が見えた。

 生徒の騒がしい声が聞こえる。

 体育祭の話し合いは終わりそうな雰囲気であった。


 俺は教室の扉をそっと開けた。


「とう言うわけでよろしく頼むね。子供だましかも知れないけど、違う学年同士で関わる機会が少ないから楽しみにしてるよ。僕らで優勝しようね! さあ、このクラスのリーダーの花園さんに拍手を!」


 御堂筋先輩が赤いはちまきをして教壇に立っていた。

 普通の人だったらダサいと思われるが、彼がやるとさまになる。

 御堂筋先輩の横には引きつった顔をしている花園の姿が見えた。

 生徒たちが盛大な拍手を花園に送る。


 俺はこの学校の体育祭の概要を理解していなかった。

 理解するために教室の掲示物や黒板に書かれた内容、生徒たちの手元にある資料を確認する。


 頭の中で体育祭の概要を構築した。

 なるほど、学年が縦割りとなってチーム編成をするのか。

 赤、白、黒、ピンクの四チームである。そこに特別クラスの出番はない。参加は任意である。


 御堂筋先輩が赤チームのまとめ役。

 なるほど、この場にいる理由がわかった。

 赤チームの各クラスのリーダー決めていたんだ。


 花園は拍手によって俺の存在を認識していない。御堂筋先輩だけが俺を見ていた。

 悪意じゃない、嫌悪じゃない――それは恋敵を見る目であった。

 昔の俺だったらわからなかった。だが、今の俺にはわかる。


 御堂筋先輩は本気で花園の事が好きなんだ。


 昔の俺だったら、お似合いだからと言って、ひっそりとどこかへ消えていっただろう。だが、今の俺は違う。


 御堂筋先輩は花園に笑顔を向けて、花園の肩に触ろうとした。


「大丈夫、僕と一緒に頑張」「花園っーーーー!」


 御堂筋先輩の声を俺が遮った。触ろうとした手を引っ込めた。

 教室は突然の乱入者に困惑していた。

 教室の後ろで男子とたむろしている清水君が目に入った。

 濁っていた目が比較的マシになっている。男子友達のおかげなんだな。


 俺は教壇に上がる。

 田中は俺の横に寄り添ってくれている。


 花園は状況を理解できないでいた。


「と、藤堂、ひ、昼ごはん一緒にできなくてごめんね……。体育祭の話し合いが中々終わらなくて……私、多数決でクラスのリーダーになっちゃたよ……。藤堂、準備とかで時間が――」


 泣き出しそうな花園の頭を撫でた。


 御堂筋先輩が笑い声で感情を隠しながら花園に言った。


「あははっ、花園さん、やっぱり嫌だったらやらなくていいんだよ? あそこの清水君でもいいしね。彼と一緒にいたいんでしょ?」


 優しい声であった。なるほど、彼はいい人だ。俺に対する嫉妬の心を見せないでいる。


「花園、体育祭とは面白いものなのか? 俺は中学の時はグラウンドの整備係であった。去年は体育祭が無かった。俺は本当の体育祭というものを知らない」


 花園は俺を見た。中学の時を思い出している顔であった。


「と、藤堂? だ、大丈夫なの?」


「さっきまで大丈夫じゃなかった。だが、もう大丈夫だ。だって花園が俺の目の前にいるんだ」


「や、やっぱり藤堂おかしいって!? ほ、ほら、帰りに一緒にクレープ食べよ? サイゲリアでもいいし!」


「ああ、花園と一緒に行けるならどこでもいいぞ」


「え、ええ!? 藤堂が……甘くなってる……」


 花園は田中と俺の顔を交互に見比べる。

 俺と田中は手を握ったままであった。


 御堂筋先輩はそれを見咎めた。


「うーん、藤堂くん、彼女がいるのに花園さんに手を出そうとするのはずるいね……。流石にちょっとだけ気分が悪いよ。ねえ、君らはどんな関係なの?」


 俺と田中?

 俺と花園?


 ――決まっている。


「二人は俺にとって――大切な女性だ。――だから、部外者は黙っててくれ。これは俺の、俺達の問題だ」


 御堂筋先輩は肩をすくめた。


「はぁ、わかったよ。どうせだったら君も体育祭に出てよ。コテンパンにやっつけたい気分だよ。マジムカつくね。……花園さんがリーダーでいいんだね?」


 花園は恐縮しながら小さく頷いていた。

 なるほど、人は怒ると素が出るんだな。

 御堂筋先輩はそう言いながら教室を出ていった。




「あ、あれって告白? ど、どうなのさっちゃん!」

「し、知らないわよ!」

「五十嵐って花園と話すよな? どうなってんだ?」

「ていうか二股!?」

「馬鹿野郎! 藤堂はそんなやつじゃねえよ! 今言ったやつ出てきやがれ!」

「結局、うちのクラスの体育祭のリーダーは華ちゃんでいいのかな?」

「……俺はやらんぞ。御堂筋は――嫌いだ」




 俺は笑顔を浮かべて花園の手を掴んで教室の外を目指した。


「……よくわからないが、とにかくこの教室を出よう。騒がしい」


 いつものように中庭へ行きたい。時間は残されていないけど、少しだけでも構わない。あそこが一番落ち着く。


「え、私すぐに授業だって!? と、藤堂、恥ずかしいって……わ、わたしそんな権利は」


「華ちゃんっ! 今は甘えていいじゃんか! 華ちゃんだって藤堂と仲違いしたと思ったんでしょ? リセットされた事を思い出しちゃったんでしょ?」


 花園は小さく頷いた。


「う、うん、こ、怖かった……。また、藤堂にリセットされるかと……本当に、ひぐっ、怖くて……」


 握った手の力を強くした。

 悲しそうな花園を見ると俺も悲しくなる。


「――俺は二度とリセットしない。傷ついても構わない。苦しくてもいいんだ。俺は二人と一緒に前に進みたい――」


 俺は二人を引き連れて、中庭へと向かった。

 さっきと違って、俺の心は今日の空みたいに晴れやかであった。


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