第11話(2/3) やだよ

◇   ◇   ◇


「1回ため息つくとー、3日寿命が縮むんだってー」


 昼休みの部室。

 食事を終えたタイミングでセアラが突然そんなことを言った。


「何の話? たまにはオカルト研究部っぽいことでもしようっていうの?」

「違うよー。それにオカ研ぽいことはこないだしたでしょー」

 プクっと頬を膨らませるセアラ。この間したというのは実験のことを言ってるんだろう。


「じゃあ何の話なの?」

「自分で気付いてないのー?」

「何に?」

「あっ、ほんとに気付いてないんだー」

「だから何を言いたいのか、もったいぶってないでさっさと教えてよ」

「あづっち、さっきからずっとー、ため息ついてるよー」

「えっ、そう?」

「そうだよー。あーしが数えただけでもー、10回はついてたからー、寿命が30日は縮んだねー」


 全然気付いてなかった。

 けどなんでそうしてしまったのか、心当たりはある。

 例の実験以来、陽大が本心を見せてくれないからだ。

 あいさつは普通にしてくれるけど、心の中で考えていることを隠すように私と一緒にいる時はいつもイヤホンを耳に入れて歌を聞いている。

 あの音程が外れた曲をいつも歌っている。


 だから私は不安で仕方ない。

 あの日、紗羽さわちゃんが私たちのテレパシーを邪魔するのをやめてくれないと言ってから、私と陽大ようだいとの関係がどう変わってしまうのか分からなくなった。

 教室にいる時は紗羽ちゃんのせいで陽大の心を読めないことも不安に拍車をかける。


「またため息ついてるよー」

「あっ!」

 セアラに言われて私は口元を手で隠す。


「不安なんでしょー?」

「別にそんなんじゃないし」

「あーしに強がらなくてもいいのにー」

 ペリペリと包み紙をはがしてセアラはスティック付きのキャンディーを口に含む。

 ゆっくり時間をかけてそうすると、私に真剣なまなざしを向けてくる。


「もうさー、あづっちから告白すればいいじゃーん」

「……やだよ」

「どうなっても知らないよー?」

「どうなるって言うの?」

「目を逸らすのはやめようよー」


 そんなのは分かってる。ただ言葉にするのが怖い。

 でもセアラは私のそんな思いを知ってか知らずか言葉を継ぐ。


「このままだと種井たねいが中野っちに告白するかもよー」

「……っ」

「ほんとにいいのー?」

「大丈夫よ。陽大は紗羽ちゃんになんて言われても心が揺らがないから」

「どうしてそう言えるのー?」

「だって……」


 私は陽大の心が読めるから、と返そうとして気付く。

 紗羽ちゃんがそばにいる時、私は陽大が何を考えているか分からない。

 ということは、つまり陽大が紗羽ちゃんをどう思っているのか、私は知らない。


「ほらー、そんな青ざめた顔するぐらいだったら、あづっちがさっさと告白すればいいんだよー。中野っちは断らないでしょー?」

「それは……分からない」

「どしてー? だってあづっちは中野っちの心が読めるんだからー、問題ないでしょー」

「たしかに陽大が私のことをどう思ってるのかは分かる。でもね、陽大が紗羽ちゃんのことをどう思ってるのかが分からないんだよね」

「それがどうしたの?」


 真剣みを増した声で言ってから、セアラは私をじっと見つめる。

 キュポンと音を立ててキャンディーを口から出す。

 唾液でテカテカ光るその表面に目を細めたかと思うと、再び私に視線を向けた。


「あづっちと中野っちの関係は、ぽっと出の女の子に邪魔されるようなもんじゃないでしょ? さっきは試すようなことを言ったけど、あーしはそう信じてるんだけど」

「そう、だよね」

「うん、だからー、さっさと告白しちゃいなよー。見てる方がじれったいんだけどー」

「セアラの言ってることは分かったけど、心の準備が必要かな?」

「……また同じ話を繰り返したいわけー?」

 セアラは頬杖をつくと、またキャンディーを口の中で転がす。


「分かってるってば」

「じゃあ連絡するねー」

「へっ?」


 戸惑う私の目の前でセアラはスマホを取り出して画面上で指を滑らせる。


「ちょっ、セアラっ、何してるのっ?」

「中野っちを呼ぼうと思ってるんだけどー」

「今ここにっ?」

「善は急げだよー」

「ちゃんと自分でするからっ!」


 このままでは陽大にメッセージを送られると思って、私はセアラのスマホを取り上げようと手を伸ばす。

 が、セアラはヒョイと私の手をよける。


「うーん、ちょっとこの文面じゃあ、あづっちの情熱が伝わらないなー」

「伝わらなくていいからっ! 勝手に人の気持ちを代弁しようとしないでよっ!」

「えー、勝負は既に始まってるんだよー」

「何の勝負なのっ?」

「そうだなー、幼馴染のラブゲームなんてどうかなー?」

「ダサっ!」

「そうかなー?」

「そうだよ、昭和のにおいがする。だからとにかくそんな余計なことはしないでよ」


 とりあえずセアラからスマホを奪って、この場を落ち着かせたい。

 今度はそっと手を伸ばしたのだけれど、

「昭和なんてひどいなー」

 セアラはこちらを見もせずに私の手をかわした。


「できたー」

「ちょっと待って。セアラっ、お願いだから陽大にそのメッセージを送らないで」

「いいじゃーん。完璧だよー」

「よくないし、完璧なのかどうかもあやしいから、やめて?」

「えー、どうしようかなー?」

「……せめて何て書いたのか教えてくれない?」

「どうしようかなー?」

 ニヤリと口の端を上げるセアラ。


 あっ、これ、また私をからかって遊んでるやつだ。

 もうっ、いい加減にしてほしいんだけどな。

 でもこのままじゃ、結果的に私が恥ずかしい思いをすることになるかもしれないわけだし。

 仕方ない。


「お願いします。私にそのメッセージを確認させてください」

「そこまで言われちゃしょうがないなー」

「ありがと。じゃあちょっと見せて?」

 と伸ばした手はパチンと払われる。


「スマホ貸したらあづっちが勝手に書き換えるでしょー?」

 ぐっ、私の考えは見抜かれていた。


「だからー、あーしが読んであげるー」

「……もし修正してって言ったら、修正してくれるの?」

「えっ、しないよー」

「それじゃあ意味ないでしょ」

「じゃあーこのまま送っちゃうねー」

「えっ、それは困るっ!」

「もうあづっちはわがままだなー。どうしたいのー?」


 わがままなのがどちらなのかは議論の余地が残るところだと思う。

 けれどそんなことをしても、状況は良くならない。


「分かった。とりあえず読み上げてみてくれる?」

「とりあえずっていうかー、読んだらすぐ送るけどねー」

「それでもいいから」


 やけくそ気味に応える私に、セアラはニカっと笑って口を開く。


「ごほん。えーっと、『中野っち、あづっちの言葉のままにメッセするね。――今日、朱色の日が射すころ、部室で2人きりで話がしたいの。私たちの運命を決める大事な話、をね。陽大はそんな運命なんて俺たちが生まれた時から決まっていることだって思ってるかもしれないね。でも私はそれをちゃんと声に出して言いたいの。だって――』」

「ちょっとっ! セアラっ、やめてよっ!」

「えー、まだまだ続くんだけど? じゃあこのまま送ろうかな?」

「そうじゃなくって! そもそも私の言葉のままじゃないしっ!」

「大丈夫だよー」

「何が大丈夫なのか分からないけど、大丈夫じゃないからっ!」


 このまま話していてもらちが明かない。

 やっぱりセアラの手からスマホを奪おうとした時。

 スマホがピコンと音を立てた。


「もしかしてセアラ、もう送ったの?」

「ううん」

 首を横に振ってセアラはスマホの画面をたしかめると、「あっ」と声を上げる。


「あっ、ってどうしたの? やっぱり間違って送っちゃってたんじゃないの?」

「そっかー、なら仕方ないかー」

「仕方ないって、ほんとさっきからどうしたの?」


 訊ねる私に構わず、セアラはスマホを操作する。


「送信完了っとー」

「……やっぱり送っちゃったんだね?」

「ううん、さっきのは消して違うメッセージを返しただけだよー」

「えっ、消したの?」

「そうだよー。せっかくいい文面になったのに残念だなー」

「じゃあ、送信完了って何の話?」

「それはー、あーしの口からは言えないなー」

「そんなこと言われると、余計に気になるんだけどっ!?」

「そろそろ教室に戻ろっかー」

 私の言葉をスルーして、セアラはいつもみたくマイペースに立ち上がって部室を出る。


「ああ、そうそう」


 あとに続いた私に背を向けて部室に鍵をかけながらわざとらしい口調で言うセアラ。

「今日の放課後あーしは急用ができてー、来られないんだけどー、あづっちと中野っちはちゃんと部活に来てねー」

「どうして? 大した活動もしてないんだから、セアラが来ないんだったら、別に部室に来なくてもいいんじゃないの?」

「ダメだよー。部長がいなくてもちゃーんと部活はしないとねー。で、鍵は中野っちに職員室に取りに行ってもらうから、あづっちはちょっとあとから来てねー」

「……相変わらずセアラはわけ分かんないんだけど」

「とにかくー」

 鍵をかけ終えたセアラはこちらに振り返る。


「あーしは優秀な部員2人に期待してるからねー」


 セアラは戸惑う私を残し、鼻歌を歌いながら教室の方に歩き始めた。

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