第11話(1/3) やだよ

◆   ◆   ◆


「とうとうその気になったか!」

 俺の目の前で悠斗ゆうとは目を輝かせて、うんうんと何度も首を縦に振る。


 セアラが提案した実験から2日後。

 昼休みの中庭で、俺の質問に悠斗はそんな反応を返してきた。

 あの日、種井たねいさんが部室を去ってから俺は亜月あづきにちょっと考えたいことがあると言って部室を出た。

 そのあとももちろん顔は合わせているのだけれど、あいさつ程度でちゃんと話はしていない。


 ただ、俺は自分が何をするべきなのかを決めた。

 そのためにどうすればいいのかを悠斗に相談していたのだが……。


「なんで悠斗がそんなに嬉しそうなんだよ?」

「そりゃそうだろ? 幼馴染に告白するなんて男なら誰もが憧れるイベントだろ?」

「いや、知らんけど。そもそも俺は亜月に告白するとは言ってないぞ」

「じゃあ誰に告白するんだよ?」

 そう、俺は悠斗に告白の仕方をたずねていた。

 その相手が誰なのかは言っていないのに、悠斗は亜月だと決めつけていた。

 相談しておいてなんだが、本人に告げる前に告白の相手が誰なのかを他人に明かすつもりはない。


「誰でもいいだろ」

「誰でもよくないだろ。せっかく幼馴染がいるんだから、ちゃんと幼馴染に告白しろよ」

「悠斗のその幼馴染への憧れってどこから来てるんだよ?」

 ほんとに分からなくていたのだが、悠斗はその言葉が信じられないとばかりに目を大きく見開く。


「陽大、それマジで言ってるのか?」

「何のことだ?」

「だから幼馴染への憧れがなんとかってことだよ」

「それなら、そうだけど」

 わけが分からず素直に返した俺に、悠斗は「はあ」と大きくため息をついた。

 周りにいるほかの生徒たちも何事かとびっくりするほど大きな嘆息。悠斗は大きく息を吸い込んで俺の方に顔を向け直す。


「幼馴染に憧れるっていうのは本能だぞっ!」

「いやうるせえし」

 片手で耳を押さえる俺に構わず悠斗は訥々と語る。


「だからだな、幼馴染というのはその字のごとくお互いを幼いころから知ってるってことなんだよ。楽しいこともつらいことも一緒に乗り越えて今があるわけだ。そんな2人の育む愛というのは何よりも美しいんだよ。けどな、ほとんどの人間にはそんな幼馴染と呼べる存在がいないわけで……」

「あぁ、分かった。分かったから、その辺でいいから」


 このまま悠斗をしゃべらせておくと、昼休みが終わってしまいそうだ。

 だから言葉を遮ったのだが、

「そうか、やっと陽大も分かってくれたか」

 悠斗はなにやら感激していた。

 正直、全然分からないけど、ここは素直に頷いておこう。


「おう。ありがとう、悠斗のおかげだよ」

「いや、気にするなって」

 得意げに鼻の頭をこする悠斗。

 ……こいつは誰が相手でも幼馴染への憧れをこうして語っているのだろうか?

 だとすれば、かなり迷惑な奴だ。


「そろそろ本題に戻っていいか?」

「そうだな。陽大は告白の仕方を知りたいんだったな。そんなの簡単なことだ」

「簡単というと?」

「まず準備するのは年齢と同じ数のバラの花だな」

 予想外の言葉に俺は「バラ?」とオウム返しに訊ねてしまう。


「そうだ。亜月ちゃんはこの間誕生日が来たから16本だな」

「いや、俺は亜月に告白するとは言ってないんだけど」

「強情だな……。まぁいい。とにかくバラを用意しろ」

「バラなら何でもいいのか?」

「青がベストだな」

「青か……。そんなに簡単に見つかるかな」


 告白は今日の放課後にすると俺は決めていた。

 赤ならちょっと探せばすぐに見つかりそうだけど、青いバラが花屋の店先に並んでいるのは見たことがない。

 それとも俺が注意してなかっただけで、探せばすぐに見つかるものなのか?


 真剣に悩んでいたのだが、

「マジか?」

 顔を上げると、悠斗があきれ顔を向けてきていた。


「どうした?」

「いや、だから陽大はほんとに告白の仕方を知らないのか?」

「だから悠斗に訊いたんだろ。でもよかったよ。俺はバラを用意しないといけないなんて知らなかったからな」

 感謝の気持ちを込めて告げた俺に、悠斗はポカンと口を開けて固まっている。


「悠斗、どうした?」

「プ」

「プ?」

「プッハハハハっ!」

 大口を開けて悠斗は笑い出した。しまいには腹まで抱えている。


「……何がおかしいんだよ?」

「ちょっ、ちょっと待てって!」

 そう言って悠斗は笑い続ける。「腹いてえよ」とかなんとかいう言葉に混じってしばらくそうしていた。


 ようやく落ち着いたのか、人差し指で目じりを拭うと悠斗はポンと俺の肩に手をやった。

「やっと分かったぞ。陽大は告白しないんじゃなくて、告白できなかったんだな」

「何のことだ?」

「だからさ、陽大は告白の仕方が分からなかったんだろ?」

「……だから悠斗に相談してるんだよ」

 俺が唇を尖らせると、悠斗はキュッと口元を引き締めた。


「からかって悪かった」

「からかうって?」

「だからバラの花のことだよ。――告白するのにそんなのは必要ない」

「そう、なのか?」

「そうだ」

 良かった。今日の放課後を逃せば、またずるずると気持ちが後退してしまうかもしれないと思っていた。

 だから何も準備が必要ないのなら助かる。


「陽大、告白に必要なのはな」

 けれど必要なものがあると悠斗は言う。俺は黙って続きを促す。


「告白に必要なのは気持ちをまっすぐ伝えることだ」

「それだけでいいのか?」

「そうだ。それが一番大事で、一番難しいことだ」

「難しい、か。たしかにそうだな」

 俺と亜月は互いの考えが読めるから、お互いの気持ちが分かっている気がしている。

 でもそれを言葉にしてちゃんと伝わるのかは、やってみないと分からない。


「まぁ陽大なら大丈夫だろ」

「何か根拠があるのか?」

「別に。ただ陽大は俺の適当な冗談にも真面目に付き合ってくれるほど人がいいからな。いい加減なことは逆に言えないだろ」

「それはほめてるのか、それともけなしてるのか?」

「もちろん、ほめてるって」

 悠斗はニカっと口角を上げる。


「そうか。まぁとにかく相談にのってくれて助かったよ」

「気にするな」と悠斗は立ち上がる。

 サッカー部の雑用を済ませないといけないという悠斗の背中を見送ると、俺はポケットからスマホを取り出す。


 メッセージアプリを立ち上げ、ポチポチとメッセージを打ち込んで送信する。


『今日の放課後、部室を使わせてほしい』


 送ってから理由を付け加えるのを忘れたことに気付いたが、すぐにセアラからの返信が届いた。


『いいよー』


 イヒヒと笑う顔文字のおまけつきだった。

 ……まったく、セアラはこの状況を楽しんでるな。


 まぁ、あいつのおかげで俺の決意は固まったわけだし、うまくいったら感謝ぐらいはしてやってもいいだろう。

 とにかくこれで準備は整った。

 舞台は放課後の部室。

 セアラは来ないことになっているから、2人きりで話ができるはずだ。

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