2020年4月中旬~5月28日(先負)
4月中旬頃から、先日の合唱動画をうけて、嬉しい報せが部に流れた。
新入生からの入部希望者が出始めているというのだ。
だが、大きな声を発せないという状況下で、合唱は再開できない。
部員たちはズームを使って、どうにか新入部員に発声練習の指導を試みた。
だが体感的な伝達を伴わないためいま一つ上手くいかない。
そもそも、住環境によって大きな声を出せる生徒とそうでない生徒がいる。そのあたりの事情も鑑みて、遠隔での部活動は一時中断となった。
学校の再開は5月末まで再延期された。授業も分散登校とオンライン授業を併用する形である。
教室の机は全て離されていた。教卓はアクリルの板で囲われ、リモート授業用のマイクとカメラが据えられている。
10年生は原則的に分散登校。11年生と12年生はズームを使っての遠隔授業と対面授業の併用である。芸術選択の音楽は、ソルフェージュのような発声を伴わないもの以外は休講となった。
入学式は各教室に控えたまま、校内放送で行われた。オリエンテーションや部活動紹介もまた同様となった。
特に部活動紹介は、当面の活動計画の報告も兼ねた場となった。
例えば文芸部とマンガ同好会は所属者数の減少により統合され平面情報部となった。
ダンス部は学校での部活動が本格化するまで基礎練習のみ。アンサンブル部も当面は曜日別のパートごとの練習のみ、練習場所は従来通り中等部音楽室にて行う。
そして合唱部は、部活動紹介への参加そのものを辞退した。『歌って見せることができなければ、参加しても意味がない』という判断だ。
だが本音は『一度だけ集まって録音』という思い出作りすら握りつぶされたことへのささやかな抗議でもあった。
始業式の日、早々に授業が始まった。
授業といっても、分散登校での在宅講義用の教科書や課題の受け渡しなどである。
それでも放課後、いくばくかの部員たちは久々に音楽室に集まった。
全員がマスクをした姿は、慣れるまでは異様だった。エアハグを交わし合う女子達、「ソーシャルディスタンス」「密です」などと戯れる男子達。
ハミングなら口を開けないし大丈夫ではないか。
そんな提案により、部員たちは定期演奏会で歌う予定だった組曲を、ハミングで歌った。
その試みの感想は、実に残念なものだった。
「すげえ苦しい、高音のフォルティッシシモで血管切れそうになる」
「なんかめっちゃ喉に負担掛かってる気がする。発声忘れかけてるのかな」
「ハミングでも無意識にあごが動いちゃってマスクずれまくる」
そんな声が方々からあがった。
普段なら6時前まで続ける部活練習も、その日は4時で終了した。
感染防止策として、校内に生徒が残れる時間が限られるようになったためだ。
「ものたんないねー」
「カラオケいかね?」
「行っちゃダメだって」
「三密かー」
「そこ、密です」
「うるせーよ」
そんなやりとりをしつつ、十数名の部員らは最寄り駅へ向かう。ぞろぞろと、うだうだと、のど飴など舐めながら。
「……いつもならさ、間宮さん、教員室でコーヒー淹れてくれたよね」
間宮さんとは、合唱部顧問で音楽科主任教諭の間宮先生のことである。
「OBOGの持ってきたお菓子の差し入れも出してくれて」
「今年はそういうのも期待できないよね……」
「教員室狭いし、あそこで感染なんか起こったら先生クビかもだものね」
「はあ、その上購買部のカップの自販機使用禁止だよ。カフェインどこで取れっちゅうねん。駅前のスタバまで休み時間に走れってか」
「昼休みならワンチャン」
「そういうこと言ってんじゃねえから」
「自販機ねー、今朝来た時、お茶売り切れてて困ったわ」
「っていうか学食も閉鎖だよ」
「音楽教員室の電子レンジ、いまだに動くんだね。コンビニ弁当温めさせてもらった」
「学食、弁当販売やってくんねえかな。いちいちコンビニまで買いに行くの、かったるい」
「……私、化学科の先生と一緒にウーバーイーツ取ったからわかんなかった」
「ウーバーイーツって校内まで来てくれるんだ……校門で止められそうだけど」
「受付でとめられる。っていうか受付まで取りに来てくださいって内線掛かってきた」
「内線かー教室で頼むのは無理かなー」
「やる気かよ」
「いや、やれるものならやってみたいな、って」
「あー、確かに教室でピザ頼むとか夢あるよねー」
「これからどうなるんだろうな……」
誰もがため息をついた。その日はそれぞれ寄り道もせずまっすぐ帰宅した。普段ならば集まって小腹を満たして帰るバーガーショップなども、無しだ。
徒歩通学のりょうも、皆を駅で見送った後、ひとりで家路についた。家に帰ってもすることもない、両親共働きで一人っ子であるため、待つ家族もいない。
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