幼馴染は花粉症だった。







「へくちっ」



 課題をやっていると、後方からなんとも可愛いくしゃみが聞こえた。

 その正体は言うまでもなく、このは。彼女はさっきからずっと、そんな感じである。もしかしてアレの季節なのだろうか?


「花粉症?」

「んぃぃ、すごくしんどいの」


 訊ねると、そんな肯定の言葉が返ってきた。

 やはり。このははこの季節になると、よくくしゃみをしていた気がする。現在も膝の上にモモを乗せながら、何度もティッシュに手を伸ばしていた。

 涙目になって、目元もほんのり赤く染まっている。


「あまり掻かない方が良いんじゃないか?」

「そうだけど、うぅ……へくちっ」


 俺が言うと、同意しながらもう一つくしゃみ。

 モモはどう思ったのか、そんな彼女の肩によじ登った。


「ウチの母さんも花粉症だからなぁ。なにかないか、探してくる」

「ありがとぉ……へくちっ」


 そんなわけで、一時退室。






「とりあえず錠剤と、目薬があった」


 戦利品を手渡しながら、俺はぐずぐずになったこのはの顔を観察する。

 甘えてくる時以外は、比較的クールビューティーなたたずまいの彼女だった。しかしいまばかりは、まるで生まれたての小鹿みたいにふにゃふにゃだ。

 小さなうめき声を発しながら感謝を述べ、ひとまず錠剤を飲むこのは。

 しかし、目薬を手に硬直してしまった。


「どうした?」

「うぅぅ、かずまぁ。わたし、目薬さすのにがてぇ」


 そして、訊ねると返ってきたのはそんな答え。

 点眼薬のケースを手に、涙目をさらに涙目にして訴えてきた。


「どうしても目を瞑っちゃうの……」

「あぁ、それじゃ――」


 ということで俺はベッドに移動し、腰掛けてこう言う。



「俺がやってやるよ」



 太ももをぽんぽん、としながら。

 すると――。



「ひゃう!? それって……!!」



 ぼんっ! ――と、このはが頭から煙を出した。


「どうした?」

「どうした、じゃないよぅ! もう!」


 こちらが首を傾げていると、彼女は唇を尖らせる。

 しかし、案外素直に俺の隣にやってきた。


「うぅ、よろしくお願いします」


 そして意を決したように、俺の太ももに頭を置いて仰向けになる。

 こうやってみると、意外に顔が近く感じるな。


「はずかしいっ……」


 そう思ったのは彼女も同じだったらしく、思い切り顔を逸らした。


「おいおい、それじゃ目薬させないだろ?」

「うぅ、分かった」


 俺が言うと、このははようやく真っすぐに。

 こちらは前かがみになって、彼女の目に向かって目薬を――。



「ひゃぅっ!」



 なんとか、両目に点眼終了。

 これでしばらくは、大丈夫だろうと思った。

 なので立ち上がって課題を再開しようとすると、


「もう少し……」

「ん……?」



 それをこのはに制される。

 ぎゅっと抱きつかれて、離してくれなかった。


「分かったよ、このは」




 俺はその理由を理解できなかったが。

 なんとも愛おしい彼女の頭を、優しく撫でるのだった。



 

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