エピローグ 

第59話 鬼の頭が推してまいるッ!! ~【推しごと】したくて逆転生!! 夢に見たのは【ヲタライフ】 極めたいのはこれじゃないッッ!!~


 例の事件のあらましを軽く説明するなら、迷宮入りというほかないだろう。


 なにせ国を支える政府の上官さんが堂々と汚職しちゃったのである。

 そんなものが世間の明るみに出れば、マスコミからは非難轟々。株価暴落で日本という国は消滅すること間違いない。


 今回は目撃者も少なく独自捜査権特務許可証を持っていた凛子のおかげで事件は闇のなかへと書き消え、わたし達も無事、元の日常に戻れたという訳だが――


「どうしていつもこうなるのおおおおおおおおおおお!!」


 そんなわけであの怒涛ともいえる『依頼』から十日後。

 わたし――鬼頭神無は絶望していた。


 飛び交う銃声に身を隠し、絶叫が路地裏に木霊する。


 あの依頼難易度ランクBにしては濃密すぎる依頼を乗り越え、無事なんでも屋『仁義屋』に就職し、無事東京残留決定を果たしたわたしは――現在進行形で仕事に殺されかかっていた。


「ああもう、ぜったい転職してやりゅううううううううううううううッッ!!」


 薄暗い路地裏にわたしの咆哮が響き渡る。


 あのクソじじい、よりにもよってなんて職場を紹介してくれたんだ!!


 ババババババッと連続する破裂音が壁を叩き、意を決して物陰に隠れれば、現代ファッションにしてはファンキーすぎる馬鹿どもが「ゴミ掃除じゃああ!!」とか言いながら街中で機関銃を連射しているところだった。


 まったく、銃声が頭上を飛び交うとかどんな職場だッッ!!


 あの怒涛の『事件』が起きてから十日。

 これまで経験したことのない量の依頼を片っ端から消化させられて行ったわたしはすでに満身創痍で心折れそうになっていた。


 みーちゃんに指南されるままに粛々と依頼をこなしてきた研修期間。

 やっとの思いで独り立ちしたかと思えばさっそくこれかよ!?


 犬の散歩から武道家の修行まで幅広い仕事を経験させられたが、麻薬取引現場の阻止とか何でも屋さんが対応できる範疇を超えてるような気がするんだけど、これ絶対気のせいじゃないよね?


「ぐぅううーッッ!! 死ぬ思いしてようやく安寧の居場所をゲットできたと思ったのに実家と何も変わらねぇってのはどういうことだクソやろーッッ!! あとまたテメェ等の仕業かおもしろ世紀末三人衆ッッ!! 

 毎度毎度、面倒な事件引き起こしやがって。他人の不幸啜って楽して生きようなんて、テメェ等それでもヲタクの端くれかッッ!!!!」


『ゴミはゴミ箱じゃおああああああ』とかハイテンションで連射してるけど、お前らマジで捕まっても知らないからな。


 身体に充填した魔力を一気に解放し、一直線に壁を駆け上がる。


 強化アクリルBB弾の雨もなんのその。

 渾身の壁走りを披露してやれば、唖然と機関銃(マシンガン改造済み)片手に振るバーストする世紀末バカ二人の脳天に拳を叩き落す。


 ぐえっ!? っとカエルの潰れたような呻き声が漏れ、白目をむいて卒倒する馬鹿二人。

 まっ、素人相手に本気出しちゃうはわたしも馬鹿だが、


「ったく、いい歳こいてはしゃぎすぎだ馬鹿野郎。アキバの街はクリーンでなきゃなんねぇってのに」


 余計なことして規制掛かったらマジでぶっ殺すからな。


 ということで任務完了の報告をみーちゃんに飛ばし、大きくため息を吐き出す。


 ここ最近、忙しすぎて碌にオタ活できていないのは気のせいではないはずだ。


 事件解決した端から事件発生とか、都会人ってのは馬鹿しかいねぇのか。


 みーちゃんと秘密の女子会した時はもっと緩くて華やかな仕事内容を想像してたけど、なんでも屋って実はけっこうハードなんだね。

 下手な政務より激しいんだけど……


「でもこれはさすがにハード過ぎない?」


 午前中に依頼三件とか過密スケジュールが過ぎるんですけど。

 何かしらの悪意を感じるのはわたしだけじゃないはずだ。というか――


「ううっ、唯一の救いはこの魔法少女ナニカのラジオ番組だけとか。はやく推しに貢ぎたい。とにかくもう無理、限界。ナニカちゃんタスケテェ……」


 正直、推し不足でぶっ倒れそうなんです、はい。

 転生前より忙しいし、なんでこんなに依頼が激増してるわけ?

 みーちゃんと和真はこの激務を二人で処理してたとかまったくつくづく――


「化物ですわぁ」


 わたしの倍の量の依頼を受け持ってる超人二人を思い浮かべ、ゆっくりと息を吐き出す。


 身体中に回った魔力を手足の末端へと逃がしていき、軽く肩を回す。

 身体は完全に復活してるのに気力がデットゾーンとかマジ笑えねぇ。


 お隣にはオタクの聖地があるのがなおさらわたしの心を蝕んでいく。

 遊びに行けないとかどんな拷問だよ、まったく……


「ああもう我慢できん!! 癒しを、癒しを補充に行かねばッッ!!!?」

「やっほー神無姐ぇ、元気にしてる? また美鈴さんの頼みでブツの回収にきたよー」


 と、欲望のまま走りだそうとすれば、わたしの休憩オアシス終了のお知らせが。


 ガチャっと空きビルの扉の開いた方を見れば幾分も顔つきが女子高生らしくなった富岡しのぶの姿があった。

 こちらも復調してなによりだが、勤務中に突撃となりのご飯のノリでわたしに抱き着いてくるのはやめてもらいたい。


「ん? どうしたのさそんなにメソメソして。また仕事中にアニメ鑑賞?」


「んなわけねぇだろバカヤロー。ほら例のブツ。さっさと和真に届けるように言っといてくれ」


「了解。それにしても――うわぁ、今日も派手にやったねぇ。またこのモヒカン達? 毎度毎度懲りずによくやるよねぇ。この間も捕まってなかったっけ?」


「前回の金塊騒動で実は羊羹でしたってくだらねぇオチの事件な。あれはホントにしょうもなかった」


「ごっこ遊びでも万が一があるから無視できないのが厄介なんだよねぇ」


 ツンツンと足先でつついてやれば虫の息をしたヒャッハーな二人がピクピク痙攣で答えてみせた。

 まぁこの後唯一まともな回収班が来るだろうから放っておいても問題ないだろうが……


「ね、ね、ほら――今日もチュイッターに画像載せるから神無姐ぇもこっちに顔寄せて寄せて」


「またそれやんのかよ。つか、その神無姐ぇってのやめろっつってんでしょうが。実家にいた頃を思い出して背中がぞわぞわして落ち着かないんだっつーの」


「えーだって神無姐ぇ、極道一家の孫娘なんでしょ? だったら神無の姐さんで神無姐ぇじゃん!!」


 あーだから何度も言うようにその肩書はもう捨てたんだって!!

 とガジガジと髪を掻き毟るが取り合ってくれない。


「はい笑って笑ってーハイチーズ」と絶妙な角度でパシャリされ、『#モヒカン一味及び正義の仁義屋』というタイトルハッシュタグが即座にネットの海に発信される。


 正直、全世界にわたしの醜態をさらしているようで気分は悪いのだが、これが結構人気なのである。


「ほんっと世間の流行ってわかんないわぁー」


 なんでも最近はガチ目の犯罪でなければ『正義の仁義屋』神無ちゃんが悪漢を成敗するという触れ込みの謎のエンタメサービスが完成しているらしい。


 初めはお遊びのつもりだったのだが、

「この流行に乗ろうよ神無ちゃん!!」とみーちゃんの発案、しのぶの監修により爆発的なトレンドを叩きだしてしまったのである。


 人を勝手に商売の広告塔にするな、と言ってやりたいがなにぶん受け入れられてしまったのだからもうどうしようもない。


 すでに、アキバ限定のゲリラ型プチイベントになっているのは周知の事実だし、実際にここら一帯を管理する大地主さんから『どんどんやっちゃってぇー』と謎のGOサインを出されてしまったので、同じオタクな趣味を持つ者として断りにくかったりするのだ。


「まぁ、そのおかげで連日わたしみたいな奴が駆り出されて、仕事が忙しくなってるんだけど――金払いいいからなぁあのおっさん」


 仁義屋のお給金制度はなにげに『成果主義』なので働けば働くほど金が入るという仕様なのだが、わたしの場合はとある事情により働いても働いても金が入ってこないので全力で依頼を引き受けるしかない。


「というわけで今日のノルマは達成したわけだけどもう仕事内から帰ってもいいよな」

「ところがどっこい、そうは問屋が卸しません――ってなわけで次のお仕事のメールが来ちゃった♪」 

「ちきせう、なんでわたしがヒーローの真似事せにゃあかんのだ」

「まぁまぁ、これもオタ活の為なんだから頑張るしかないでしょ」


 ニヤニヤとあからさまな笑みを浮かべてわたしを見上げてくるしのぶの目のなんて意地の悪い事か。

 コイツ絶対わかっててやってるわ。

 年下にスケジュール管理されててサボる隙もありません。


「わーったよ。まぁそろそろ飯時の時間だし、一旦事務所に帰るぞ」

「うん。じゃあ美鈴さんにもそう連絡しておくね」


 そうして、しのぶに連れられる形でアキバの街を散策していくとこしばらく。


 こうして年相応の笑みを浮かべてはしゃぐしのぶを見ていると、かなり面倒な依頼だったが達成できて本当によかったと思う。


 オタクな趣味を共有できるというのはやはり貴重だ。

 趣味もそこそこあってるし、放してて話題が尽きないのがなおのこといい。


 さすがは魔法少女隠れオタというべきか。

 このわたしですらついていけないようなハイレベルな会話には時折、将来性を見せつけられているようで恐ろしくなる。


(まぁ出会った当初のツンドラ具合を考えたら今のしのぶの方がとっつきやすいし、こうしてわたしのことを姉貴分として慕ってくれるのも嬉しいんだけどね……)


 まぁこの状況を見てわざわざ言うまでもないことだろうけど、はっきり言います。


 とんでもねぇレベルで懐かれましたッッッ!!!!!


「ねぇねぇ、今日はお泊り行ってってもいいでしょ?」


「何度も言うけどお前ここ最近、ウチに泊まり過ぎだ馬鹿野郎!! ここ一週間、ほとんど連泊してんじゃねぇか。凛子から用意された部屋はどうした!!」


「えーだってあそこ広すぎて落ち着かないんだもん。やっぱり身も心も深ーくつながった神無姐ぇの所がいいというかー。神無姐ぇの空き部屋に居心地のいいオタ空間つくちゃったというかー」


「うん。勘違いしないように言っておくけどね。わたしにそっちの気はないからなッッ!!」


 すりすりと○っぱいを背中に押せてすり寄ってくるけど

 これが女子高のノリだと!? 都会って奴はなんて恐ろしい魔物を育成してんだ。

 義務教育ってのはもっとちゃんとした倫理観教えなきゃダメなんじゃなかったけ?


 周りの紳士諸君がとても鼻息荒い目でわたし達を見てくるので、とりあえず殺気全開でガンを飛ばしておく。


 すると俯き加減に袖を引くしのぶが、あからさまに瞳を潤ませ、


「……それともやっぱり迷惑だった? わたしを身請けにしてくれるって話は嘘だったの?」

「うぐっ!? そ、それはついその場の勢いと言いますか。つーか使い方間違ってるからな!!」


 往来で響く声にヲタクな紳士たちが何事かとこちらを見やるが全部無視だ。


 可愛い声出したって絆されねぇし、人さまの前で絶対そんなこと言うんじゃねぇぞ、どんな馬鹿が勘違いするか分かったもんじゃねぇからな、とよく教え込む。


 まったく特技『甘える』を覚えてからというもの、コイツの萌え度は天井知らずだ。

 しかも自分のキャラクターを熟知しているから厄介でこの間なんかも――


「お前が毎朝ウチから堂々と出ていく所為で『あれ? 一人暮らしなんだよね? なんで女子高生がお隣さんから出てくるの? あれ? やっぱりヤバいんじゃ――』みたいなすごく怪しい状況になってんだからな!」


「えーでも既成事実ができたみたいで別になおさらよくない? お金もちゃんともらってるわけだし……」


「女子高生が既成事実とか生々しいこと言うんじゃありませんッッ!!」


 ご近所さんに会うたびにすごい変態発見!? みたいな目で見られるわたしの気持ちを理解してほしい。

 いくら警察から逃げられようと住所押さえられたら終わりなのだが、その辺わかってるのだろうか?


「あと身請け金じゃなく屋敷修繕の借金な!! なんで生活費チマチマ仕送りするお父さんみたいな感じに言われなきゃなんないんだよ。わたしこれでもまだ二十歳なんだけど!?」


「えー、でもあたしを『妹』にしてくれるために一生懸命働いてるんじゃないの? 推しに捧げるくらいなら妹に課金した方が有意義だと思うけど……」


「そういう文句は凛子の馬鹿に言ってくれ。わたしは知らん。あと、ウチのくそじじいとの約束もあるから当分引っ越しはできん。これ説明すんの何度目だ?」


「ぶーっ、つまんないのー」


 わたしだって解放されるのなら解放されたい。

 まぁここまでわたしに甘えてくるのもそれなりの理由がある訳で――


(なんだかんだ言って両親二人なくしたわけだし、寂しいんだろうな)


 現在、あの謎の燐光につられた順太郎は十日間の『デス・世界ツアー』に忙殺され、現在刑務所でお世話になっているらしい。


 無断密入国、汚職、横領と余罪を数えればきりがない。


 つまり富岡パパ『お勤め』ナウなわけで富岡しのぶ(17)は絶賛、親なき子なのである。

 そして「しのぶをもらう」と本人の目の前で言った手前、取り消すわけにもいかなかったので、


「もーいつまであたしを放っておく気? 二十歳までには絶対に借金返済してもらうんだからね」


 と事あるごとに『身元引き取り』をせがまれるようになったのである。

 身から出た錆、と言えばそれまでだし、わたしだって女だ。

 吐いた唾を飲むつもりはない。


(まぁ結局のところ、情が湧いてしまったんだろうなぁ……)


 どうやらチョロインはわたしだったらしい。


 まぁどっちにしろ部屋は空いてるし、今後生活費も入ってくるだろうから養おうと思えば養えないわけでもないのだが――


『前途ある若者が、貴女のような世間知らずに食いつぶされては堪りませんわ』

 

 と経済的観念と年齢上の都合という正論ダブルパンチを頂戴し、

 もし本気で引き取るつもりならもっとお金を貯めてきてから出直してきなさい、どこぞのお義父さんみたいな『ウチの愛娘はやらん』的なノリでぶった切られてしまったわけである。


 というわけで現在、しのぶの身柄は大企業の社長さんであるお嬢様の御宅にお世話になっているらしい。


「まぁ、どっちにしろ神無姐ぇは借金返すまで逃がすつもりないから一緒に住むのはいつでもいいんだけどね」

「はぁああああああ、ったく厄介な奴に捕まっちまった」


 そこそこ広い『わたしん家』より凛子のとこの『豪邸』の方が住みやすかろうに、なんでそこまでわたしの近くにいることにこだわるかねぇ。 

 風の噂ではゆくゆくは「鬼頭しのぶになってあたしがあのダメ女を養うんだああああ!!」とかよくわからない計画が現在進行形で進められているらしい。


 詳細は教えてもらえなかったが、あの凛子を戦慄させる計画とか。まこと恐ろしいかぎりである。


「つーか。なんでお前がここにいるんだよ。学校はどうした学校は!! まだ午前様で授業残ってんだろ!?」

「へへーん。あたしにはこれがあるからそんなつまんないところいかなくても大丈夫なんだもーん」


 そう言って掲げてみせるのは凛子が手渡した『特務許可証』だ。

 その備考欄には『日本幻想症候群能力鑑定――特級』と聞きなれない資格備考欄が記載されており、職業欄に『仁義屋 兼 NEEDS』の文字が。


『日本幻想症候群ファンタズマ能力鑑定』


 政府が管理する特別【技能】行使の許可証だ。

 これがある限り、【幻想保持者ホルダー】にはありとあらゆる便宜が可能な限り図られるというのだから世も末だろう。

 彼女らが経済に与える恩恵を思えばその程度の特権など微々たるものだろうが、


「ったく『仕事仲間』とはいえ、子供になんてもん持たせてやがんだあの野郎」

「ふっふっふっーつまりこの許可証がある限り面倒な授業と実習とか受けなくても勝手に単位もらえるってわけ。今度パフェ食べに行く? またおごったげようか?」

「全力で青春してんな―おい」


 まさに宝の持ち腐れ。いや――学生にとっては最強のフリーパスというわけだ。

 だがなぁ、


「お前なぁ。いまからそんな権力者にすり寄るような生き方してると、そのうちお前の親父みたくなるぞ。『幻想』だっていつまで使えるか分かんねぇんだし」

「あたしの後ろにはでっかいバックがいるから平気ですぅー。それにパパと違って、あたしにはあたししかできないことがあるしね」


 数少ない『幻死症』克服者の成功例として、これから多くの『幻死症』で苦しむ子供たちを救う手助けをするのだという。

 まぁ、根が生真面目な彼女らしい優しい目標を持てて微笑ましいかぎりだ。


「どこまで凛子さんの役に立てるかわからないけど、これも凛子さんとの約束だし。同じ商売敵として敵情視察も当然じゃない?」

「もっともらしい言い訳見つけやがって。単にお前が寂しいだけだろうが」

「うん、それもあるかな」


 照れずに自分の感情を肯定するしのぶ。ほんと、成長したものだ、


「あーあ、ったく。こんなことなら助けるんじゃなかった。なんであいつの昇進のお手伝いしなきゃなんねぇんだよ」


「またまたー心にもないこと言って。凛子さんがいなきゃ今頃あたしは仮死状態にされて幻死症解明の実験台になってたし、神無姐ぇは強制送還させられる羽目になってたんでしょ? だったら結果オーライなんじゃない?」


「まぁそれはそうなんだけどなー」


 いまいち釈然としないのはなぜだろう。

 ああ、『幻死症』といえば――


「それで、幻想制御の方は大丈夫なんだろうな」

「うん。あれから異空間を作り出すのはできなくなったけど、モノを作り出す能力は相変わらずみたい」


 つまりモノを生み出す能力こそしのぶの『幻想』だったという訳だ。


「ったく、最後まで面倒起こしやがって。例の燐光がなんだったのかも結局わからずじまいだしよー」

「いやだからあれ絶対、おかあさんだってば!!」


 しのぶはしきりに『母親説』力説して見せるが、結局、あのしのぶの身体から流れ出した青い燐光の正体はわからずじまいだ。


 あれが本当に『富岡みどり』の魂だったのか証明できる手立てはもうない。

 ただ、しのぶの胸元に輝かしく光る緑色の宝石が入ったペンダントが真実を示しているようで――


「まっ、これぞ神のみぞ知るって奴なのかねぇ」


 空を見上げて小さく呟く。

 それにそう考えれば彼女の『体調不良』と『異常なまでの幻想の規模』にも納得がいく。


 各地を転々と瞬間移動する謎の男のニュースは今や知る人ぞ知る世界的ニュースになってるわけだし、

 もしあれが本当に『富岡みどり』の仕業だとすると、順太郎の言うように実に趣味と制裁を兼ねたおちゃめで清々しい復讐ということになる。


 奇しくも娘のしのぶが父親の悪行を暴き、母親のみどりが制裁を加えたという形だ。


 いまは天国で愛娘の成長ぶりを見守ってるか、面白そうな何かにつられて現世を彷徨っているか、とにかく実にロマンのある話である。


 これだからオタ道はやめられない。

 という訳で――アキバの街を抜け、その先にデカデカと書かれた『仁義屋』の看板を潜り抜ければ、


「うらー、ただいまー」

「あ、おかえりー」


 事務所に帰宅すれば、エプロン姿のみーちゃんがわたし達を出迎えてくれた。


 どうだったと聞かないあたりわたしへの信頼度が窺えるが、下手に効けば地雷を踏みぬくこと間違いなしなので依頼内容の詳細は聞かないことが『仁義屋』の暗黙のルールになっていた。


 という訳でようやく休憩できるわけだが、


「あっそういえば凛子ちゃんが鬼頭神無によろしくだって」

「あん? なんであいつからよろしくされなきゃなんないわけ?」

「うーん、なんでも凛子ちゃん昇進したらしくて」

「はぁまたかよ!? 先週も役付きあがったとか言ってなかったけ?」

「うん。なんでも大々的な組織改革するらしくて捕らえた実働部隊から得た情報と、しのぶちゃんのパパの証言。そして今回明るみに出た上層部の闇が決め手なんだって」

「あーそういえば昨日、けっこう悪い笑み浮かべてたかも凛子さん」


 どうやら話を聞く限り今回の件で政府の上層部は幻死症及び幻想症候群の管理に相応しくないとして、様々なコネと証拠を提示して管理権でなく決定権も掌握したらしい。

 容赦がないとはこのことだが――まさか決定権まで握るとは、


「実質、最恐の『大魔王』が爆誕したに等しいじゃねぇか。大丈夫かよ日本」

「ふふっだよねぇ」

「まぁこれであたしみたいに不当な扱いをされる人がいなくなったと思えばあたしも協力したかいがあったよ」


 幻死症の子供たちがクズの為に使われず済んで一安心だが、凛子の奴。はじめからわたしを使ってこの絵図を引いていたのだとしたら、ちょっとだけイラっとする。


「はぁこれが社会経験の有る無しの差か。随分と遠くまで行かれたもんだな」

「はいはい、そう思うなら精進精進。神無ちゃん追加オーダーよろしくー♪」


 ドスンと山のような書類がデスクに置かれる。

 たったいま現場から帰還したばっかだってのにみーちゃん、アンタ鬼ですか。


「うわーこれまたすごい量の指名依頼だね。これもチュイッターのおかげかな」

「うん。神無ちゃんの人柄を知って依頼したいって人が日に日にどんどん増えてるんだー。仁義屋はじまって以来の大繁盛だよ」

「ああ、みーちゃんに認められるのは純粋に嬉しいし、わたしも仕事だからって割り切る覚悟はあるけどさぁ。これはいったいどういうことみーちゃん!!」


 依頼人の名前、全部見覚えのあるものばかりなんだけど!?


「なんで鬼頭組直参の連中から依頼なんて来るんだよ。しかも――やけにグレーゾーンのが多いんだけど!?」

「なんでだろうねぇ。この間までは普通の仕事だったのにねぇー」

「あんのクソじじい。またはめやがったなあああああああああああ!!」


 すっごくニッコニコなみーちゃんの顔が全てを物語っている。

 もしかして凛子と話してた謎の協力者ってのはまさか――


 嵌められたと気付く頃には後の祭りってか。


 ゆくゆくはその実績を加味してどこぞの組の頭にでも据えるつもりか。


「ふーん、いいじゃん。女組長。あたしも神無姐ェにはピッタリだと思うけど」

「部外者はだぁっとれ!? わたしは普通にオタ道を極めたいんだって。なんで実家の組長なんて面倒な役職継がなきゃなんないだよ」

「うーん。でももうOKしちゃったし、今更キャンセルはちょっと無理かなー」

「WHY?」

「だからもうOKしちゃったよ」

「わたしの拒否権は?」

「ないかな♬」


 仏の笑みを浮かべてみせるみーちゃん。

 あれだけ頑張ったのに、慈悲もねぇとか救えねぇ。

 散々苦労して就職したのに結局これかよ!!


「ねぇ、神無姐ぇ、もうあきらめた方がいいんじゃない?」

「いいや、まだだ。まだあきらめるときじゃねぇ!!」


 ああもうっ、どいつもこいつもジワジワジワジワ外堀埋めてきやがって。

 わたしはただひっそりと平和に女の子らしく『推しごと』したくてこの世界に転生してきたっていうのに――


「ああもうっ!! どうしてこうなったわたしの人生ッッ!! わたしが極めたいのはオタ道であって、極道じゃねぇええええ!!」

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