第38話 思春期の、部屋ほど気まずい、ものはないッッ!! ~神無、心の俳句~

 ◇◇◇


 その後、富岡しのぶはアキバから姿を消した。

 凛子の話では『幻想』の扉を使ってどこかへ繋げたのだという。

 少なくともアキバの街周辺にはいないことが分かった。


 そんなわけで一人トボトボ虚しく帰宅することしばらく――


「でなんであたしの部屋で当然のようにアニメ見てるし、しかも号泣してるし」


「だっでごの結末はじょうがねぇだろがよ」


 ボロッボロに泣き腫らしているところにタイミング悪くしのぶが帰ってきたもんだからもう大変。

 ずびびびーと豪華にティッシュで洟をかみ、適当にゴミ箱の中に投げ捨てる。 


 しかし泣きっ面に泣き回のわたしとは違って、とうの部屋の所有者は顔から湯気がでんばかりにご立腹であった。


「ホントばっかじゃないの!! 大人の癖にアニメになんか夢中になってるなんて、しかも女児向けの魔法少女とか、頭おかしいんじゃないの!?」


「度し難い隠れオタに言われてもねぇ~~」


「ヲタクじゃないって言ってんでしょこのヘンタイ!! というよりどうやって入った!! アンタ、まさかあたしがいないことをいいことに、また乱暴な方法で入って家捜ししたじゃないでしょうね!?」


「んなわけねぇだろ馬鹿。今回はちゃんとノックした後に『合鍵』使ったし、この汚部屋の中に思春期の少女満載なデリケートな『お宝』を発掘する可能性もあったから基本的ノータッチだ。感謝しろよ」


「そんなもんないって言ってんでしょ!! あと余計なお世話よこのおばか!!」


 馬鹿とは何だ馬鹿とは。

 せっかく人が気まずくならないように気を遣ったってのに、そこまで言わなくてもいいだろうが。


「じゃあなに? いったいアンタはこの部屋になにしに来たわけ? まさか大画面でアニメ見たいからとかそんなくだらない理由じゃないわよね……」


「うん? ただそれだけの為だけど?」


 キョトンと首を傾げてやれば、呆然とした反応が返ってきた。


 いやね。確かにわたしだってそのつもりだったし、家主のいない『幻想』など干渉し放題だからちゃっちゃと済ませようと思ったんだよ?

 最近のお宝探しは淑女の嗜みらしい、なかなか帰ってこないから「あ、これいけんじゃね?」とも思ったけどさ――


「嫌だよわたし、まだぴちぴちの二十代なのにお宝発掘に精を出して、うっかり思春期特有のえげつないもん発掘するの」


 うっかり娘のアブノーマル知っちゃいましたーとかマジでありそうだから怖くて何もできなかったわたしの気遣いに咽び泣いてほしい。

 それにしても……


「ずびびーッッ!! だぁー泣けた。やっぱマギナニは至高だな」


「それはちょっとだけ同意してあげるけど、そうじゃない!! 合鍵ってどういうことよ。ちょっとテレビから目を離しなさいってば!! 本気で殺されたいの!?」


 ぐらりと空間が歪む。

 殺気と呼ぶには曖昧な意思表示だが、彼女がこの異空間に指示を下せば、四方八方から降り注ぐ『幻想』の刃がわたしをゴミクズに還るだろう。


 まぁここでドンパチするのもそれはそれで悪くないだろうが――


「まぁまぁそうカッカすんなって。わたしとお前の仲じゃねぇか、いいだろ部屋に入るくらい。そんな減るもんじゃないし、相変わらずよくわからねぇ奴だなお前は」


「ふざけないで。いつあたしとアンタが友達になったのよ!! あと部屋のものに勝手に触らないで!! 変態がうつる!!」


「うん? ああ、わりぃわりぃ、友達じゃなかったな。オタ友だな」


 と訂正してやれば「そういうこと言ってるんじゃない!!」という怒声が返ってきた。どうやらそこだけははっきりと拒絶したいらしい。


 しかし――


「どうせお前、明日か明後日に死ぬんだし、別にわたし達の関係性なんて今更どうでもよくね?」


「――ッ!? そ、それはそうだけど……」


 僅かばかりにしのぶの視線が泳ぎ、あからさまな動揺が透けて見える。

 彼女の頭の中ではくだらない押し問答が繰り広げられている真っ最中なのだろうが、


「だったら、なおさら一人にしてよ!! なんでそんなにあたしに関わってくるの。どうせ失敗するのが目に見えてるのなら、いまさら仲良くしたって関係ないじゃん」


「まぁーそうなんだけどさぁ、とりあえず落ち着こうぜ、な? ほらジュースあるぞ。お菓子も食うか?」


「だからそれあたしのオヤツ。なに勝手に食べてんのよこのバカ!!」


 しかし、そうは言うがさすが身体は正直なものである。

 ポンポンと隣に座るように適当に開けたすぺーずを手のひらで叩いてやれば、遂に根負けしたのか借りてきた猫みたいに恐る恐るわたしの隣に座るチョロイン。


 かなりソーシャルディスタンスされてしまったが、これがしのぶとわたしの心の距離だと考えればずいぶんと縮まったものである。


 さすがはマギナニ魔法少女ナニカ。万人の心を掴んで放さない乙女の原点だ。


 そうして二人でジッと劇場版魔法少女ナニカを夕食を食べるのも忘れて見続けることしばらく。

 豪華なBGMと共にエンドロールが流れっぱなしのテレビから依然と目を離さなかったしのぶの方から、か細い声が漏れ聞こえてきた。


「……謝らないからね」


「ん? なんのこと?」


「――ッ、ああもう、言わせなきゃわかんないわけ!? カフェテラスでアンタを殴ったことよ!!」


 そうして堪らず首を傾げて彼女を見やれば、乱暴に拳がうなり床のガラクタに叩きつけられた。

 まったく最近の若者の情緒不安定さには本当についていけない。

 そして彼女がなにを心配していたのか遅れて気づいたわたしと言えば――


「ああ、お前が訳も分からずわたしをぶん殴たことか」


 両手をついて納得したように頷いてみせれば、怪訝そうに顔を顰めるしのぶ。

 というより――


「え、なに? お前まだあのこと気にしてたのかよ」


「なんだって普通気にするところでしょ! なにさも何もなかったみたいに言ってんのよ、下手したら傷害事件で訴えられても仕方ないことしたんだよ!?」


「ははっ、あの程度で事件が成立するならそれこそわたしは今頃終身刑だね。それに別にどうでもいいよ、あのくらい。あの程度のことで捕まるかどうかビクビク怯えるなんて真面目か、お前」


 死にたがりのやることじゃねぇな、とケラケラせせら笑えば、顔を赤くしたしのぶが「もう知らない」とそっぽを向く。

 まぁ謝る気概があるのならわたしから言えることは何もないのだが、


「まぁ他人の信条を無理やりにでも変えようって無茶してんだ。殺されても文句は言えねぇよ。腫れなんてのはこの通りすぐに引くしな」


「……アンタ、それ本気で言ってるの?」


「マジもマジ、おおマジよ。それにいくらめんどくさい小娘の相手だろうとあの程度の癇癪起こされて見捨てるとか馬鹿のすることだしね」


 よくわからない非難の言葉に真顔で返してやれば、呆気にとられたしのぶの口から言葉を詰まらせるような音が返ってきた。

 唇を噛み切らんばかりに紡ぐ、しのぶの視線が忌々しそうにわたしを見る。


「部外者のくせに偉そうな口きいて……、いったいなにさまのつもりよ」


「わたしさまのつもりさ。まぁ、わたしはみーちゃんや凛子と違って結構ドライだって自覚あるし、結局のところわたしはアンタが死のうが生きようがどっちでもいいんだけどね。これだけは性分だと思って諦めてもらうしかないわな」


「だったら。なんで関わってくるのよ!! 今朝だってそうだし、パパから貰えるお金が目当てならあたしがちゃんとパパに言い聞かせておくって――」


 と言いかけてその言葉がふと止まる。

 その表情はまるで何かに怯えているようにも見え、


「な、なによその顔。なんでそんな顔であたしを見るのよ」


「なぁ前からずっと気になってたんだけどさ。お前、なにそんな怯えてんの?」


 そっとその青白い頬に手を伸ばせば、反射的にわたしの手が払いのけられる。

 強がりの瞳がキッと睨みつけるようにして距離を取られた。


「怯えてなんか、ないわよ」


「そうか? わたしには気を逆立てて自分を大きく見せてる子猫にしか見えねぇんだけどな」


 そう言って排出されるDVDを入れ替え、再び再生ボタンを押すと、わたしは話題を切り替えるようにある真実を口にした。


「んで、今日は川原で何してたんだ」


 膝を抱え丸くなっていたしのぶの動きがピタリと止まる。

 睨みつける眼光は相変わらずだが、それでも一応けん制にはなったようで、


「……キモッ、まさか尾行してたとか、どんだけ暇なの?」


「バーカ、これでも大人は色々と忙しいだっつーの。アニメ鑑賞とか、アキバめぐりとかでそんな余裕あると思うか?」


 最後の方なんか幻想の異空間に一人で逃げ込みやがって。

 おかげでこっちは一人歩いて帰る羽目になったんだからな、と口にしたいが脱線するのも面倒なので大人らしくグッと飲み込む。


「だったら……なんでそんなこと知ってるのよ」


「まぁ一つは勘かな。自殺志願者の考えることなんてだいたい相場が決まってんだよ」


 そんでもってお前の『幻想』はその辺正直だ。


 そう言って言葉を続けてやれば、今度こそしのぶは怪訝な表情でわたしを見た。


「死にたくても死ねなかったんだろ。勝手に空間が開いちまって」

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