第22話 鬼頭神無に妙案アリ!!

◇◇◇

 

 まったく年頃の娘を宥めてほしいなんて、厄介なことこの上ない依頼を受けてしまったものだ。


 思い返せば登場の仕方からして小生意気な娘だった。

 あの家族写真ではもっと無邪気な子供だったから、もっとまともな素直でかわいい子に成長してると思ったら、なんて裏切りだ。

 第一、――


「まぁ汚すも何も、自分が散らかしてちゃ世話ねぇよな――っと?」


 と独り言が虚しくゴミの通路に消えたかと思えば、頭上が暗くなった。

 

 どうやら先ほどの失言がいけなかったらしい。


 コツンコツンと硬質な何かが一つ一つ落ちてきたかと思えば、雨粒のようにガラクタの雨がわたしの頭上に降り注いだ。


「うおおおおおおおおッッ!!!?」


 あの場にとどまって下手な癇癪を起こされて巻き込まれる前に早々に退散したわけだがここは富岡邸、その一階の廊下だ。


 突如、降りしきるゴミに対して逃げ場がない。案の定、山がまるで意思を持つかのようにわたしの方に傾き始め、


「ちょ、それはまずいっておい!!!?」


 ガラガラと横倒しになるゴミの山。


 咄嗟に頭を守り、その場から飛びのくようにゴミ山を回避しなければ間違いなく悲惨な事故が起きていたことだろう。

 わたしの悲鳴を聞きつけ、前方を先導する凛子が残念な目でわたしを見た。


「なに遊んでますの貴女」


「あ、危うく生き埋めになって死ぬとこだった」


「もう、だから人の悪気値は言っちゃダメだって言ってるのに。天罰が当たったんだよきっと」


 いや確かに悪口みたいな愚痴は洩らしたけどさ、この場合わたし悪くないよね?

 つか――


「いやこれ単にあのクソ餓鬼の仕業だと思うんだけど。なにせタイミングが悪すぎるって――ちょっ、待てって――いくらなんでもこれは、陰険すぎんだろ!!」


 しつこくわたしの頭上に降り注ぐゴミの山を拳で砕いて粒子に還す。

 所詮は偽物。

 中身まで気を配っていないのなら撃退は可能だ。

 と思ったのも束の間。その中でひときわ鈍い手ごたえがわたしの拳に響き渡る。


「~~~~~ッッ!!!?」


 どうやら偽物の中に本物も混じっていたらしい。ゴミを寄せて通路を確保するときに無意識にでも置いたのだろう。

 だからってこんな高所に鉄アレイおくか普通!? 怪我したらどうする!!

 

 まったく、どう育てたらこんな捻くれた性格になるのか育てた親の顔が見てみたい。それに――


「あの反抗期な娘が心配だからってこんな家の中で家族会議始めるかねぇ普通」


「しのぶさんの容体を考えれば仕方ありませんわ。いつ何が起きるかわからないから幻死症は怖いんですの。それに思わぬところで彼女を刺激してしまいましたし――」


「いや、あれは完全に不可抗力だから。わたしを責められても困るんだけど。つか、なにかあったら連絡が行く特殊アプリとかねぇのかよ」


「そんな都合のいいものがあれば苦労しませんわ。とにかく今のわたくしたちができることと言えば彼女が抱えているトラウマを見つけ出し、解消の手助けをすることくらい。それは貴女もよくわかってますでしょう?」


「あーかったりぃ。もっと単純に物事を考えられないかねぇ」


「もー、みんな神無ちゃんみたいに単純じゃないんだから、そう簡単に割り切れるはずないでしょ? きっと色々複雑なご家庭なんだよ。神無ちゃんだって自分のおうちのことあれこれ言われたらいやでしょ?」


「いやそれはそうだけどさぁ。もちっとまともに教育できなかったかねぇ」


「本人を目の前によく言えますわね二人とも。いいんですの? 父親としてあんなに言われ放題言われて」


「はは、まぁ頼りないのは見ての通りですから。どうぞ好きな所におかけください。まぁ見ての通り碌なおもてなしもできませんが」


 そう言って長い廊下を進んだ先。そこは黒いゴミ袋がパンパンに詰められた客間だった。


 案内されるまま、部屋の中に押し入り、適当にゴミを寄せて腰かける。


 黒いゴミ袋が散乱している『幻想』の影響は家全体に及んでいるらしく、足の踏み場もない。

 かろうじて座れるスペースを確保し、勧められるままに腰を下せば、ぐにょぐにょした不可解な感触が臀部に広がった。うう気持ち悪い。


 こっちはさっさと仕事を終わらせて、夢のマイホームへと帰還したいのだが――


「おいどうした凛子、さっきからそんなところに突っ立って。座んねぇのか?」


「……非常時とはいえ本当に貴女という人間は。……いえ結構ですわ。わたくしはこのまま話を聞きます」


 こんなゴミ屋敷に腰かけるなどお嬢さまとしてのプライドが許さないのか、一人だけ頑なに座ろうとしない凛子。


 まぁアンタがそれでいいならいいけど。真っ先に人を纏めるような人間が汚れ程度でビクビクしてどうするのだろう。


 そう厭味に忠告してやれば結局、部屋の壁に背を預けるようにして立ってみせた。


「まぁとりあえず、情報は後で追々するとして、どうする? あの頑固娘あの調子じゃあの空間からテコでも動かなそうだぞ」


「以前は明るく素直な子でしたのに、ああまで変わってしまった原因が知りたいところですけど、あの口ぶりから察するに――」


「ええ、おそらく娘が塞ぎ込んでしまったのはみどりの死が原因です」


 凛子の厳かな視線が隣の順太郎に注がれ、順太郎も項垂れるように頷いてみせた。


「僕とみどりはいわゆる円満家族で通っていました。その頃のはまだ結婚したてで自分でも信じられないくらい幸せな日々を過ごしてたんです。ですが、――ある事件をきっかけにみどりの体調に変化が訪れたのです」


「ある事件?」


 そう言ってみーちゃんが首を傾げれば、そこで言葉を区切った順太郎が目を伏せるように視線を外し、ぽつりとつぶやいてみせた。


「交通事故です」


「えっ!? それって――」


「あ、いえ。言い方が悪かったですね。交通事故と言っても接触はしなかったんです。でも彼女は昔、交通事故で母親を亡くしておりまして。その時のショックがぶり返してしまったみたいなんです」


 思わず腰を浮かせる美鈴に、順太郎は曖昧な笑みを浮かべて見せる順太郎は何でもないように話の続きを語りだした。


「みどりは生来、身体が弱かったんです」


 詳しく話を聞けば、しのぶが生まれた頃から徐々に体調に変化が訪れたらしい。


「付き合っていた頃はそれほどでもなかったのですが、ここ三、四年で体調を崩すようになって。本人は何でもないように振る舞っていたのですが、徐々に衰弱するように動けなくなってしまい、ついに植物状態にまでなってしまいました」


「それで、その――しのぶちゃんのお母さんは」


「去年の春。そのまま息を引き取り、帰らぬ人に……」


 そう言って俯き加減に眼鏡を押し上げる順太郎の目には、大粒の涙が浮かび上がっていた。


「僕が、僕が悪いんです。もっとしっかりしのぶのことをちゃんと見ていればこんなことにならなかったのに!!」


「…………悔やんでも仕方ありませんわ。幻死症はそれこそ思春期の子であれば誰にでもかかりうる病気ですもの。それが人の心に関わる問題なら対策のしようなんてありませんわ」


「それは、そうかもしれないけど……」


 そう言ってどこか納得できないようなみーちゃんの声が居間に消えていく。


「それ以来ずっとあの部屋に閉じこもるようになってしまって。僕もどうにかして娘の病気を治そうと色々調べました。でもサイトに書いてあるのは全て、幻死症に関する症例のみで、完治の方法なんてどこにも――」


 なるほど。それで途方に暮れて、ちまたで評判のいいなんでも屋を頼ったという訳か。おおまかな話を聞く限り、病院にもちゃんと通わせているし、それなりの知識もあるのはその所為だろう。


 便利屋ともなれば、しのぶの部屋に接触するのも容易いかもと考えたに違いない。


(どんな事情があるにせよ、きっと藁にも縋る思いでみーちゃんの所に連絡を寄こしたに違いない、か)


 大まかな事情は把握した。

 母の死がトリガーになった『幻死症』。

 確かに完治させるのは厄介かもしれないが、できないことはないだろう。ただ――


「その前に聞いておきたいことがあるんだけど、いいかい?」


「な、なんですか聞きたいことって」


 明らかに戸惑いの表情を浮かべてみせる順太郎。

 黒縁の眼鏡を押し上げ動揺した視線が、フラフラとわたしに向けられる。


「なぁあんた、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」


「ですから――娘が閉じこもってしまって僕ではどうしようも」


「そっちじゃねぇ。ここはアンタと娘の家なんだろ。親だったらひっぱたいてでも立ち直らせるべきなんじゃねぇのかっつってんだよ」


 怒鳴り散らすように詰めよれば、僅かに肩を浮かせる順太郎の姿が。


 そもそも今回の件に、みーちゃんの会社に依頼を出すのが間違っているのだ。

 たとえ腕利きの便利屋だとしても、この問題は他人が口出しするべきようなことじゃないはずだ。


 少なくとも、しのぶがずっとあの部屋に籠りきりというのはあり得ない。

 飯時だ、トイレだ、なんなりであの部屋から出てくる機会などいくらでもあったはずだ。それを――


「ただ嫌われるのが怖いって理由だけで、突き放すのは親として怠惰なんじゃねぇのか?」


「……っ、し、しかしだねぇ」


「結局はどう取り繕ってもあんたの落ち度が原因だろ。悲劇ぶってる暇があったらもう少しまともに接してやることはできなかったのかよ」


 テーブルを叩き怒鳴りつけるように腰を浮かせば、わたしの服を引っ張るようにして右隣から小さく非難がましい声が飛んできた。


「神無ちゃん、それは言いすぎだよ。おかあさんが亡くなったんだよ? そんなすぐに立ち直れないよ」


 シュンと項垂れる順太郎を見据え、悲しそうな顔で首を横に振るって見せるみーちゃん。

 ああ、そうか。そう言えばみーちゃんも昔――。


 そうして冷静になって辺りを見渡せば、誰もが口をつぐんで視線を下に落としていた。

 

「……悪い、言い過ぎた」


「いえ、鬼頭さんのおっしゃる通りです。でも――僕も立ち直るようにあれこれ手を尽くしましたが、あの子の気持ちを考えるとどうにもできないんです」


 まさにあの部屋は彼女の心の象徴そのものだ。

 立ち上がろうにも母親の匂いが強すぎて何もできない。

 きっと本人がどうにかして解決できるような類のものでないのだろう。


 それはしのぶの態度から見ても明らかだ。なら―― 


 大きく息を吸い、思考を切り替える。

 そして改めて柏手を一つ打ち、重い腰を持ち上げると、


「よし、わかった。わたしに秘策がある」


「神無ちゃん?」


「とにかく大船に乗ったつもりでわたしに任せな」


 そう言って薄い胸を拳で打てば、三者三様のキョトンとした視線がわたしに注がれるのであった。

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