第4話

「リィカ、来てくれたのか!」

 アルドは、次元戦艦の甲板に出たところで、なじみのアンドロイドと出会った。彼女もまた彼の旅の仲間である。

「いいえ、いわゆるたまたまの通りすがりデス!通りすがりを装ってアルドさんと合流するよう依頼されまシタ、ノデ」

「……誰に?」

 アルドは、一応尋ねてみたが、なぜだか答えを知っているような気がした。

 リィカは、硬質なツインテールを、ぐるりと一回転させた。

「あ、たった今、メッセージを受信しまシタ。

『こんちくしょうっ!まーた司政官にしょっぴかれることになったわ!なんでよ!ゼノ・ドメインには出禁だって言われたから、ちゃーんと自分ちからハッキングしてキリングマシーンを発進させたんじゃないのよ!めったにお目にかかれない擬似生命体だってのに、ろくすっぽデータも取れやしなかったから、後はよろしく頼んだわよ、リィカ!うまくやるのよ!』

 以上、依頼人であるセバスちゃんからの、遺言の音声データデス!」

「いや、遺言どころか……何度でも世に出ては何でもかんでもやらかすだろう、セバスちゃんは。ある意味無敵で不死身だな」

 アルドは、腕を組んで瞑目する。セバスちゃんは、科学者かつ技術者としてはまさしく天才なのだが、常識やルールの埒外で踊り狂うように生きている少女なのである。まあ、この時代から見れば何百年もの昔を活動拠点としているアルドには、とやかく言われたくはないかもしれないが……

「リィカ、オレからも頼みがある。その話、シンシアには黙っていてくれないか」

 アルドは、柔らかな笑みを浮かべた。

 キリングマシーンが邪道に接近したあの一件さえ無ければ、まだまだ試しの獣を静観していられたかもしれない。シンシアはそれを望んでいた。なんとなくだが、試しの獣を倒すことで、王の復活に悪影響が出るのではないかと思われるのだ。

 甲板の別の一角では、レンリがついにコスプレの衣装を脱ぎ捨てた。汗がきらきらと飛び散って、ジムで鍛える際のような軽装となる。

 本日、マクミナル博物館に、治安当局の人間が相当数いて助かった。一般人の避難誘導を行う際に、「聖騎士様!」と縋るような声も少なからずあがったため、COAが撤収しても他の警察官に任せられるという目処が立つまで、彼女はコスプレを続けていたのである。

 シンシアが例の魔法瓶を起動できたなら、即刻、次元戦艦は出撃することになるだろう。

 そのとき、レンリの端末が鳴った。

「こんなときに?」

 それは、レンリが、例のミグランス・パフェの成分鑑定を依頼したラボからのメールだった。

「シュゼット!いいものを見せてあげましょうか」

 レンリは、いっそ清々しいほどの笑顔を作っていたが、その薄皮一枚の下から、どす黒い瘴気がはっきりと立ち昇っていた。

「ふえ?」

 真面目に槍の素振りに励んでいたシュゼットは、示された端末を覗き込む。

 そこには、ミグランス・パフェを納入した菓子工房が、「食べられる材料を使用して製作するが、あくまで鑑賞用であって食用ではない」と誤認していたという、衝撃の事実が記されていたのだ。

 こうして二人は、傍目には謎めいた、大幅な戦闘能力のバフを獲得したのである。


「どーよ、二本立てを見損ねた餓えは満たされた?」

 気の良い女子生徒は、エルジオンの映画館を出たところで、連れの男子生徒に声をかけた。他所の映画館で「ニャオン」と「バッシング・ムリ」の二本立てを逃して残念がる彼とともに、本日、たった今、「バトル・オブ・ミグランス」を鑑賞しおえたところだった。

 男子生徒は、手元にまだまだ残っているポップコーンを一粒、軽く放り上げて口で受け止めた。

「う〜ん、贅沢を言うなら、ラスボスの魔獣王に、もっと怪獣感を盛ってほしかったかな〜。せっかく巨大化したんだからさ〜」

 そこで唐突に、二人の会話は中断されることになった。

 風景がぐにゃりと歪んで、立っていられなくなる……

 カップの中のポップコーンたちが、重力から解き放たれたかのように、四方八方へと飛び散ってゆく……まるで、時震のような異常現象に襲われたからだ。

「ねえ、怪獣感って、あーゆーこと?」

 やがて、時震もどきが収まると、女子生徒は、路面に腹這いになりながらも、空を指差した。

「おおっ!映画の魔獣王よりもデカくね?

 あ〜、でもあれはむしろ、人工的に生み出された合成獣感?

 つか、両手に、両翼に、四本足って……実質八本足じゃん!まさかの蜘蛛型ロボット感?」

 男子生徒は、後方でんぐり返りの途中で挫折したような体勢となりながらも、女子生徒と同じ空を見上げていた。そこに出現した、試しの獣——ファラオ・シェセプ・アンクのことを。

 シェルターへの避難を促す警報なら、なんだか遠くからのようではあったが、耳に入っていた。

 しかし、時震もどきの異常現象によって現実感を剥奪された二人には、映画の世界を覗き見ているかのような感覚しか残されていなかったのである。

 やがて、二機のキリングマシーンが大破して、軌道リフト・バベルもまた破壊された轟音が、突き刺さるように降り注ぐまでは……

「ひえっ、今、あいつと目が合っちゃった!」

 女子生徒は、悲鳴じみた声をあげた。

 試しの獣の目力は強い。女子生徒はともかく、バベルの礎のごとく広がる曙光都市エルジオンのことを、ギロリと敵視したのである。

 そして、猫が鼠に襲い掛かるかのように、猫とは桁違いに巨大な獣の体が躍動した。

 人の上半身が、両手を鉤爪のごとく構えながら、エルジオン目掛けて急降下してゆく……

 不思議と陽気な砲撃の音が、それを遮った。試しの獣の前に、最大戦速で割って入ったのは、ニルヴァから出撃した次元戦艦だった。

「ヒィーーッハーーーッッ!!こんだけ撃ちごたえのある敵は、しばらくぶりだぜえ!」

 喋る主砲はゴキゲンである。

 ずらりと並んだ側舷砲たちも、ここぞとばかりに連射する。

「こんな強敵と戦えるってんなら、ろうにゃぐぅっ……」

 元々生物であり、やはり発話できる戦艦自身が、「老若男女を守ってやるぜ!」という口上の途中で噛んだのは、単なる滑舌の問題ではなかった。

 試しの獣が、エルジオンを後回しにして、有り余るほどの手足で次元戦艦にしがみついたからである。

 甲板に居並ぶ強者たちの出番がいよいよやって来た。

 アルドはいち早く、甲板に爪を立てた敵の、巨大な右手へと斬りかかる。

 敵の左手には、リィカが慇懃無礼に鉄槌を振り下ろす。

 しかし、試しの獣は、腕尽くで昇る太陽のように、甲板上に人面を現したのである。

「はい、あ〜んして!」

 シュゼットは、にこやかに迫った。

 言われなくとも魔法を吐くつもりだろう。試しの獣は開口する。

 シュゼットとレンリが、すかさずその口の中へと、渾身の技を叩き込んだのだった。

「マクミナル博物館のオンライン・ライブラリーより、『人類の黒歴史——世界の拷問大全集』のダウンロードを完了しまシタ。これより、敵の指先へと、『いっそひと思いに』レベルの痛覚刺激を付与します、ノデ……オヤ?」

 リィカの眼前から、敵の左手が消えた。

 試しの獣は、白目を剥きながら、次元戦艦から離れたのである。しかし、その直前に、ライオンの後足で、強かに艦底を蹴り上げたのだった。

「ふぐわあぁぁっっ」

 次元戦艦が、悲痛な叫び声をあげる。

「どうしたの!」

 鋭く問うたのは、ヘレナだ。次元戦艦のクルーたちを取りまとめる、艦長のような立場にある合成人間である。

「と、とんでもねえ痛覚刺激が……急所に……付与されちまった……」

 生物ならではかもしれない危機を白状して、次元戦艦は、息も絶え絶えである。

「どこよ、あなたの急所って!?」

 ヘレナは、艦長同然であるにもかかわらず、把握していなかったのだ。しかし、自分の素朴な疑問は後回しにすべきだと判断した。

 次元戦艦の揺れがひどい。そればかりか、高度も下がりつつある。

「工業都市廃墟に不時着して、態勢を立て直しなさい!私が時間を稼ぐから!」

 飛行能力に優れた合成人間は、そう言うや否や垂直離陸した。

 白目を剥いて脱力したかに見えた試しの獣だが、その背中では、両翼が休むことなく羽ばたき続けていた。次元戦艦とは対照的に、いくらか上空へと退避して、体勢を整えたのである。

 瞳を取り戻したその両眼の前には、紫のドレスとマスクを纏ったレディーが佇んでいた。まるで、獣を仮面舞踏会へと誘うように。

 ヘレナは、試しの獣の前で、踊るように飛び回ってみせたのである。たっぷりとした金髪の縦ロールや、一見ドレスのような紫の外装を、これでもかこれでもかと翻しながら。

 やがて、獣の両手が、一瞬前までヘレナがいた虚空を叩き潰した。

「かかった!」

 バイザーの下で、ヘレナの瞳が輝く。

 彼女の目論見は当たった。キリングマシーンを優に超える機動性を発揮して飛び回る彼女のことを、試しの獣は、恰好の玩具とでも思ったらしく、必死になって捕まえようとする。

「名付けて、『蒼穹のネコジャラシ作戦』……なんてね」

 少しばかり気恥ずかしいネーミングに思えて、艦上では打ち明けられなかったのだ。

「私が踊り明かしたい相手は、あなたなんかじゃないんだけど」

 誰も聞いてはいないだろうから、彼女は言った。しかし、このぶんなら、随分と時間を稼げそうだった。


「教えてほしい。生者の魔法瓶を起動したら、いったい何が起こるんだい?」

「この魔法具に、持てる魔力の全てを注ぐことと引き換えに、試しの獣にとどめを刺すことのできる、唯一絶対の武器を授与されるはずですわ。わたくしが手にするわけですから、剣が生成されるのではないでしょうか」

 セティーの問いに応じる間も、シンシアは、魔法瓶を両手で包んで、懸命に魔力を送り込んでいた。

「シンシア、俺とタンデムするのは嫌かい?」

「え?」

「お目当ての武器を手にしたら、俺のマシンで、光学迷彩で姿を消して、試しの獣に察知されないように接近することを提案したい。可及的速やかに決着をつけるためなんだ。どう?そんな騙し討ちのようなやり方は嫌かい?」

 光学迷彩は、姿形を偽装するためだけではなく、風景に溶け込んで姿を消すためにも利用できる技術なのだ。

「いいえ。敵の死角から攻撃を仕掛けることは、とっても有効です。わたくし、身をもって存じておりましてよ!」

 シンシアが自信たっぷりに返答したのは、主にヴァレスのおかげだった。

 二人がそんな言葉を交わしたのは、次元戦艦がニルヴァに接舷していたころだった。その直後、次元戦艦は急発進することとなり……今や、工業都市廃墟へと、大過無く不時着するに至った。しかし、シンシアの手中の魔法瓶は、未だ起動してはいないのだ。

「人間の小娘よ、俺様の顔でも眺めて憎しみをたぎらせれば、多少は作業が捗るのではないか?」

 ヴァレスが、剣の背で肩なんぞ叩きながら、シンシアの前に仁王立ちとなった。

「……ありがとうございます」

 シンシアは、視線を魔法瓶へと落としたまま、言葉少なに微笑んだ。

(なんとも煽りがいのない……)

 ヴァレスは、心の中で毒づいたが、本題はまだまだこれからである。

「考えてみれば、試しの獣は、丸一日に及ぶ猶予を与えてくれるわけだから、あれを倒して王の復活を阻止するための魔法具も、起動するのにそれ相応の時間がかかるものなのかもしれんな」

 彼の眼下で、シンシアの双肩が跳ねる。

「シンシア殿、あなたは隠し事には向いていない。そして、われわれも馬鹿ではないのだ。あの獣を倒すことで王の復活の望みが絶たれることくらい、とっくの昔に勘づいているのですよ」

 緩急自在の話しぶりで、ヴァレスは畳みかけた。

「え……そうだったのか!」

 そっと様子を見に来た黒髪の勇者がびっくりしていることはさて置いて。アルドは、せいぜい王の復活が遅延するくらいに考えていたのだろう。

 実のところヴァレスも、頭頂部の一角越しに、虹色のカブト虫と思念をやりとりして知ったのだ。かの王とはチャンネルが合わなかったヴァレスだが、なぜか虹色のカブト虫とは意思の疎通が可能だった。

「そう言えば、かの王家とシンシアの実家は、姻戚関係にあるんだったな。ご先祖の復活を阻止するのは気が咎めるものかい?」

 セティーは、極力感情を見せずに尋ねる。

「いえ……王御自身は、復活が叶わぬ可能性を受け入れておいでです。けれど!長年書物の中に封印されていたこのわたくしが、お姉様に解放していただき、皆様とともにこうして生きていられますのに、あの王様は復活できないだなんて!」

 隠し通せなくなった葛藤を、ついにシンシアは吐露したのだった。

 セティーは、表情を消したまま応じる。

「それは、幸福を『与えられた』者の言い分に聞こえるな。シンシアは優しい。しかし、多くの人間にとっては、幸福は自分の手で掴み取るしかないものだし、一生をかけて努力したところで、報われないことだってあるんだ」

 そこへ、ヴァレスが割り込んだ。

「どうだ、人間どもよ、どうせ復活させぬのだから、かの王を棺ごと叩き斬るくらいの汚れ仕事は、この俺様が引き受けてやろう!」

「なりません!それは冒涜です!ですが、何よりも……試しの獣が出現した後に王のお体を傷つけると、試しの獣が暴走して倒す術がなくなると、古文書には記されているのです!

 わたくしにだって事情も私情もございますわ!けれどもはや、あの獣を倒す以外に道はないのです!」

(ああ、知ってる)

 角の上のカブト虫を情報源とするヴァレスは、心の中で呟いた。

 しかし、しばらく青ざめ俯いていたシンシアが、決然と顔をあげて訴えたことで、人間同士の対立の空気は希薄になったようである。

 そこへ、レンリも加わった。現在、「魔界人間界統一チャンピオン」の気分だと言うシュゼットが、空と甲板に睨みを利かせている。しばらくは任せて大丈夫だろうと、やって来たのである。

「ねえ、シンシア。これは、アナベルに教えてもらったことなんだけど、聖騎士の力の源は、人々の祈りなのだそうよ。大勢の、何世代にもわたる人々の祈りこそが、聖騎士が振るう剣に力を与えるのだって。

 最終的に試しの獣に剣を振るうのは、あなたの役目かもしれない。けれど、それが上手くいくよう、私にも祈らせてくれないかしら」

 シンシアの紫の瞳の中で、レンリは微笑んだ。

「そうだな、試しの獣を倒して王の復活を阻止するというのは、かつて司政官を務めた人物の復位を、議会で否決するようなものなのかもしれない。ならば、シンシア一人に任せきりというのは無責任だろう。

 俺が育ったスラムには、シェルターすら存在しない。スラムの子供たちの生命と未来を守るために、あの試しの獣とも俺は戦う。それが、俺なりの祈り方さ。どうか、俺にも祈らせてくれ」

 セティーの口元も、静かに笑みを含んだ。

「あらゆる種族の全ての生命が、同時に幸福や繁栄を謳歌するなど、決してありえんことだろう。ただ、それを祈ることくらいは許されてほしいものだな」

 ヴァレスは、そっぽを向いて、独り言のように口にした。

「オレも祈るよ、オレ自身の幸せを。どうか明日も、笑顔のシンシアに会えますようにって!」

 明日を迎える前に、まずは黒髪の勇者のほうから、シンシアに笑顔を贈ったのである。

「ああ、アルド様、皆様も……」

 シンシアは晴れやかに紅潮していた。しかし、次の瞬間、風船から空気がひゅるひゅると抜けたかのように倒れ伏してしまったのである。

 レンリはすかさず、その口元に手をかざして、首筋にも触れた。

「彼女、眠ってるわ……眠ってるだけだわ……」

 レンリも困惑を隠せない。

「キャハ☆ウチが盛った眠り薬が、や〜っと効いたっしょ〜♪こんな女がセティーくんとタンデムだなんて、ゼーッタイ許せないしー☆」

 真っ赤な支援用ポッドが、そこにふよふよと進み出た。非常時ゆえにサイレントモードを解除されていたマカロンである。

 居合わせた皆が、不穏な無言となった。

 セティーは、やはり無言のうちに、青筋の浮かび上がった両手でマカロンを鷲掴みにした。綺麗な金髪の下のこめかみにもまた、くっきりと青筋が浮かんでいる。

 そして、巨体を誇る魔獣が、牙を連ねたような剣を大上段に振り上げても、もはや誰一人として止めに入ろうとはしなかったのである。

『モロビトノ

 サイレントモード

 オソロシヤ』

 真っ赤な支援用ポッドは、自身の冗談が全く通じていないことを思い知って、咄嗟に辞世の句を詠んだのだった。

「何をやってるんですか!報告業務くらい、まともにこなしてください!」

 幸いクロックが駆けつけたことで、辞世の川柳は不要となった。

「眠り薬を盛っただなんてウソウソ☆みーんな大丈夫そ?お空を見てみそ〜♪」

 シンシアへの嫉妬から嘘をついたのだと、マカロンは白状したのである。

 実は、マカロン包囲網の構成員たちよりも僅かに早く、突如として天空に出現した「それ」を、シュゼットは目撃していた。

 巨人だ。

 巨人は、黒曜石のように黒光りする大剣を携えて、空中に跪いていた。目測ではあるが、トト・ドリームランド内にある偽ミグランス城を、「ケーキ入刀です」とばかりにちゃっちゃと切り分けられるのではないかと思えるほどの巨体だった。

「あれはまさか……天界からの刺客!?」

 シュゼットは、魔界人間界統一チャンピオンとして、そんな第三勢力の台頭という、熱い展開に胸を焦がしたかった。

 しかし、巨人のサイズ感以外の全てが、シンシアにそっくりであるという事実を見逃すわけにもゆかない。

「みんなあ!巨大シンシアが爆誕しちゃったよーっ」

 臨時の見張り役としては、そう叫ぶしかなかったのである。

 生者の魔法瓶は、ついに起動したと同時に消滅していた。シンシアの肉体から精神体が遊離して、巨大化したうえで実体化したのだ。その手に剣を授かったのは、彼女自身の予測通りだった。

 試しの獣は、未だヘレナに夢中だ。いざ猪突猛進に進撃してくれよ、巨大シンシア!

 しかし……

「……なんだか、アイススケートの初心者を見ているようね」

 レンリは、控えめに表現した。

「はん!今になって酒が足腰に来たか!」

「お前の峰打ちの後遺症かもしれないだろ?

 大樹の島がもう少し近かったら、掴まり立ちできそうなのに……」

 中世コンビの見解も割れる。

「姿勢制御ひとつとっても、試行錯誤が必要なのかもしれないな」

 セティーは、今また空中で尻餅をついたシンシアを見上げて、もどかしそうに推論した。

 アルドは、天空の巨人に向かって、大声を張り上げる。

「シンシア!ゆっくりでいい、歩きさえすればいいんだ!『的』はヘレナが引きつけてくれてるんだから!スイカ割りみたいなものさ!目隠しせずに近寄れるぶん、シンシアなら百発百中だろう?」

 それは、なかなかにユニークな激励だった。

「百発百中ですって!?ちょっとアルド、スイカを百叩きになんてしちゃったら、『後でスタッフが美味しくいただきました』なんて言っても、誰も信じてくれませんことよ!」

 シュゼットが真面目にたしなめたことで、艦上の空気は混迷を極めた。

「俺は、そんな悠長にシンシアを見ていられない。ヘレナにだって活動限界があるはずだ。

 巨人のレディーとのタンデムは俺には無理だが、次元戦艦なら、今のシンシアを曳航して、試しの獣のところまで連れて行けるんじゃないのか?」

 セティーはついに、建設的な打開策へと辿り着いたのである。

 そこへ、次元戦艦のメンテナンスに加勢していたリィカがやって来た。

「『この俺を愛してくれたレディース・アンド・チルドレンよ、さらばだ……』という遺言を託されまシタ、ノデ」

 次元戦艦は、残念ながら、復活には程遠いらしい。

「兄貴ぃ、この俺には一言もねえのかよ〜」

 主砲もすっかり涙声で、もはや弔う気しかないようだった。

 セティーの建設予定は、ここに砂上の楼閣のごとく崩れ去ったのである。

 代わりに進み出たのがヴァレスだった。

「主砲よ、俺を撃て!」

「はぁ?」

「最大出力でこの俺様を撃って、巨大シンシア殿に命中させるんだ!貴兄の弔い合戦と思え!」

 ヴァレスの巨体は、次の瞬間には空中に浮いていた。とりあえず「ヒャッハー」とぶっ放してくれた主砲には感謝しかない。

 ヴァレスの掌中に収まっていた虹色のカブト虫が、魔獣の巨体をカバーして余り有る魔力のシールドを展開して、砲撃のエネルギーをしっかりと受け止めて、推進力へと変換したのである。

 そのとき巨大シンシアも意地を見せて、ようやく二本足での直立に成功していた。彼方でヘレナが引きつけてくれている、試しの獣をきりりと睨み据える。

 ヴァレスとカブト虫は、その巨大シンシアのマントに刺繍された王家の紋章へと命中した。

 彼らが紋章の一部と化したことで、巨大シンシアは、もはや主砲の威力のままに、風になったかのように飛んだのである。

 試しの獣との距離はみるみる縮まった。しかし、大剣の鋒はまだまだ届かない。

「まずい!」

 舌打ちしたのは、ヘレナだった。試しの獣が回し蹴りの要領で、ライオンの後足で自分を狙ったからだ。

 彼女は、その後足を完璧に回避したが、試しの獣が、一瞬後方を見る格好となったことで、鬼気迫る表情で飛来する巨大シンシアに気づいてしまったのである。

 試しの獣は、横っ飛びに逃げ出した。

 巨大シンシアは、砲撃の力を受けて飛んでいる以上、直進するしかない。

 そのとき、巨大シンシアの頭部が、がくんと斜めにぶれた。生身の肉体であったなら、いわゆるむち打ち症が心配されただろう。

 実は、セティーが駆るマシンが、音速を超える勢いで追突して、ヴァレスに加勢して、巨大シンシアの弾道を修整しようとしたのだ。

 しかし彼らは、謎の力に吹き飛ばされたのだった。

 偶然か、必然か、はたまた思わぬショック療法の効果なのか……巨大シンシアの背中から、原初のマグマの奔流のごとく、光を織り成した羽衣にも似た翼が噴出したのである。

「ようやく見切ることができましたわ〜、ファラオ・シェセプ・アンクよ!

 わが王家では、戴冠式の一環として、ライオン狩りを行なうのです!」

 シンシア自身は未経験のはずだが、光の翼を得た今、高らかに宣言する。

「未来を試すために生まれた獣よ、われらが軍門へと降りなさい!」

 ついに巨大シンシアは、有翼の精神体を自力で制御して、試しの獣の背中へと飛び乗ったのである。黒光りする大剣の鋒を下に向けて、飛び乗った勢いのままに突き立てた。

 獣の片翼が、石が割れるような硬質な音を立てて砕け散った。

 途端に獣は、どれだけ足掻いても空中でのバランスが保てなくなり、しがみついて離れようとしない巨大シンシアごと、大地へと墜落していったのである。

 やがて、小島を呑み込みそうなほどに太い光の柱が、大地から宇宙へと向かって突き上げたのである。

 それは、白昼でも星の見える高度に存在するゼノ・ドメインのことも、周囲の星々の姿をしばしかき消すほどに明るく照らしたのだった。


「ああ……試しの獣が、天へと還ったかのようですなあ」

 試しの獣は、地に墜ちた。その後、天へと昇った光の柱が、徐々に細くなりついには消え去ったのを見届けて、考古学マニアは言った。彼は、当局の避難指示を断固拒否して、他には誰もいなくなった講演会場から、事の顛末を見守っていたのだ。

 彼にしてみれば、古の王と共にという思いだったが。

 そして、彼は未だ、王の復活を信じているのだ。

「前祝いに、一杯献上いたしましょう」

 考古学マニアは、王の棺の前に、涼やかに泡立つビールのジョッキを置いた。本来なら、イベント後のパーティーで振る舞われるはずだった酒である。

「あなた様の時代の製法を、可能な限り再現いたしました。小麦はラウリー麦を使用しております。遺伝子を解析した結果、あなた様の国の麦の子孫であることが判明したからです。

 あなた様がお命じになったと伝わる麦の品種改良の結果は、今でもこうして実を結び続けておるのですよ」

 考古学マニアは、自分用のジョッキを掲げると、「献杯」と挨拶してから、ぐびぐびと喉を鳴らした。

「ぷはーっ、美味い!」

 そうこうしているうちに、ドアが控えめに開いて、さっと閉じるような音を耳にした気がした。

「ん?」

 考古学マニアが、眼鏡に手をやりつつ目を凝らすと、王の棺の蓋は、間違い無く閉じていた。内側からしか開閉できない仕掛けの蓋である。

 しかし、棺の前に置かれていた、きーんと冷えたビールのジョッキは、いつの間にやら消えてなくなっていたのである。

「なんと!?……もしや……」


「あなたとタンデムした感想は、黙秘させてもらいますよ」

 着艦したセティーの第一声がそれだった。

「私も、今ひとつ後先を考えない男には、言ってやりたくなるのだけれど……今日のところは黙秘しておいてあげるわ」

 ヘレナは、そっぽを向きながらも、追い討ちは控えてくれたのだった。

 反論できる立場にないカブト虫戦士は、天へと消えゆく光の柱を見遣る。

 セティーが来た直後、虹色のカブト虫の魔力は、ぷすんと音を立てて尽き果てて、シールドも消滅してしまったのだ。

 ヴァレスは、もはや重力に身を任せるしかなくなった。

 ただし、巨大シンシアが思いがけずスタイルチェンジしたおかげで、光の翼にあっけなく吹き飛ばされたのは、セティーも同じだったはずだ……

 いずれにせよ、ヘレナが飛来して腕を掴んでくれ、セティーのマシンに同乗させてもらえたからこそ、ヴァレスは生きて次元戦艦へと帰投することができたのだった。

「ふあ〜あ、よく寝たぜ!」

 次元戦艦は次元戦艦で、呑気で陽気な台詞を吐く。ようやく悪夢のようなダメージから立ち直ったようだった。

 そして、甲板の上で、シンシアが目を覚ました。試しの獣を倒したことで、精神体が肉体へと無事に統合されたようだった。

 不思議なことに、目覚めた彼女は、両手でしっかりと一匹の仔猫を抱きかかえていたのである。

 背中に小さな双翼を生やしており、やたらと目力の強い仔猫だ。

「皆様、ありがとうございます。

 この仔は、試しの獣のひとかけらです。王様にお返しすることのできる、魔力の結晶なのですわ〜」

 おのずと周囲に集まった仲間たちへと、シンシアは微笑みかけた。ぎりぎりの状況で試しの獣を構築する術式を見抜いて、ひとかけらだけとはいえ、魔力の結晶として手元に残すことに成功したのだ。

「強力な魔力を誇る王としての復活は、もはや望めません。けれど……」

 そこへ、一匹のカブト虫が飛来した。魔力を使い果たしたことで、虹色の光沢は褪せていたが、仔猫を先導するように、マクミナル博物館を目指したのだった。

「王様によろしくな!」

 アルドは、仔猫の頭を優しく撫でた。

 仔猫も、すっかりわきまえた様子で、カブト虫を追って飛び立つ。

 シンシアはきっと、明日も笑顔を見せることだろう。




 

 

 


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