不器用な美人か、機嫌の悪い美人か
「好きです、付き合ってください」
緊張で震えた男の子の声。
影で盗み聞きをしているこちらまで、ドキドキしてくるような、それ。
昼休みに、呼び出されたから、と薫が席を立ち、ついてこっか、と茜に声をかけられて今、ここにいる。
校舎裏で、なんなら、グラウンドからサッカーをやっている男の子の声だったり、昼練をする吹奏楽の音色だったりが風に乗って聞こえてくる。
その賑わいが、近くのはずなのにどこか遠く感じる、そんな場所。
角を曲がれば、すぐそこで告白が行われている。
「ごめんなさい、誰とも付き合う気はないの」
サラッと、ハスキーな声が告げる。
微塵の未練も残させないような、スパッとした言い方にギュッと胸が締め付けられる。
「きゃっ」
「あ、ごめん!」
ものすごい速さで、男の子は走り去っていった。
「肩、大丈夫?」
落ち着いた声が心配してくれる。
顔を上げれば、薫がキュッと眉を寄せてわたしを見ていた。
「ごめん、俺がもうちょっとあっち側に寄ってればよかったね」
茜まで同じような表情でわたしを見降ろしてくるから、慌てて首を横に振る。
「ぜんっぜん大丈夫! ボーっとしてたわたしが悪いもん、あいたっ」
笑顔で返せば、コツン、と軽めのデコピンを薫にされた。
おでこを擦りながら薫を見上げれば、露骨にため息を吐かれる。なんで。
「薫」
茜が困ったように笑いながら、薫を見る。
まだ少しだけど、一緒にいて気づいたこと。茜はよく困ったように笑う。
そのときはいつもどこかこう、幼い子供を見ているお兄ちゃんみたいな優しさが籠った瞳をしていて、なんとなくお気に入りの笑い方だったりする。お兄ちゃんなんていたことがないから、実際はどうなのかわからないけれど。
茜の促すような視線に、薫はもう一度ため息を吐いた。
「……私、あんまり嘘を吐かれたくないの。痛かったら痛いって言って。辛かったら辛いって言って」
「えっと……?」
ちょっと、いや、結構重いことを言われて、思わず助けを求めて茜を見上げる。
茜の眉尻が、更に下がった。
「無理しないでねってことかな」
「無理してないよ?」
うん、わかってる、と茜がうなずいてくれる。
「肩、痛くないわけじゃないでしょ」
ぽつりと薫が言う。
わたしは小さく首を傾げながら、微笑む。
「うーん、確かにそうなんだけど、でも、本当にちょっと打っただけだし。言うほど痛くはないよ。心配してくれてありがとう」
ぺこりと軽く頭を下げてもう一度薫を見れば、彼女はキョトンとした表情をしていた。
「……もしかしてわたし、変なこと言ったかな」
不安になって茜を見上げれば、茜は小さく笑った。
「単純に、俺以外との会話に慣れてないからだと思うよ」
「茜!」
鋭い声に、思わず肩を震わせたけれど、茜は軽やかに笑うだけだ。
薫を見れば、ただでさえ吊り上がっている目が更に鋭くなっていたけれど、頬がほんのり赤く染まっている。……なんというか、可愛い。
「照れてる」
「茜、うるさい」
薫は茜を睨みつけてからわたしに視線を移すと、キュッと眉を寄せて、小さく口を尖らせた。
「基本的に、いつも会話できる距離にいるのが茜ってだけで、別に、慣れてないとかじゃ」
「まあ、普通の会話なら支障はないけれど、ちょっと踏み込もうとすると不器用だよね」
なにも言わずぎろりと薫が茜を睨む。
茜は笑いながら、肩をすくめてみせた。
「つまり?」
「舞白と仲良くなりたいけれど、どうしたら仲良くなれるかわからなくて、心配したら、驚かれて、どうしたらいいのかよくわからなくなってたら、俺に色々言われちゃって困ってるってところかな」
茜が話している間にも、薫の顔はどんどん赤く染まっていって林檎みたいになっていく。
「薫って、意外と」
「可愛いでしょ」
素直に何度もうなずけば、絞り出したような震え声で、うるさい、と返ってくる。
「勝手に周りが冷たいとか美人とか思い込んでるだけでしょ。それで勝手にみんな遠のいてく。でも、舞白は違ったから……」
「いや、美人は事実だよ?」
正直に言えば、薫はまた唇を尖らせた。
「薫は両親も美人なんだよね」
「うるさい、茜も家族そろって顔整ってるでしょ」
「うーん、よく言われるけど、薫のところほどじゃないかなー。舞白も可愛いよね」
思わずぽかーんと口を開けたまま二人のやり取りを聞いていたら、急にこちらに会話が飛んできた。
「かわいい……? え、わたし? わたしが可愛いの?」
「他に誰がいるのよ」
薫が呆れ気味に言うけれど、顔が赤いままなので、怖くはない。
「えへへ、あんまり言われないから嬉しい」
「言われないの?」
「うん。ちっちゃい頃は大人の人によく言われたけど、今は全然。二人みたいに告白されるようなこともなかったし」
わたしがそう言えば、二人は意外そうに顔を見合わせる。
「可愛いわよね」
「うん、可愛い」
「……その、あんまり言われると、こう、なんか、痒くなってきたからそろそろやめてほしいなあ」
「だって。可愛い舞白からのお願いだから聞いとくわね」
「……茜、薫がいじめる」
ははっと軽やかな笑い声。
「まあ、舞白が可愛いからね、いじめたくなるよね」
「むう」
わざと頬を膨らませて二人を見れば、二人は同時に吹き出した。
「ひどーい」
「酷くない酷くない」
「さ、そろそろ予鈴も鳴るし、教室戻りましょ」
「そうだね」
二人は、まるで何事もなかったかのようにくるりと背を向けると教室へと歩き出してしまう。……いや、何事もなかったように、ではないかもしれない。
だって、薫の耳はまだ赤いままだ。
「……ふぅっ」
「ひゃあ!?」
散々からかわれた仕返しに、わたしはその真っ赤な耳に息を吹きかけた。
薫は耳を塞いでこちらをぎろりと睨む。
でも、さっきよりも更に真っ赤に染まった顔で睨まれても、怖くもなんともない。
それどころか。
「薫、かーわいい!」
その後、怒られたのは、言うまでもない。
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