言葉


   ◆


「シノギ、その前にお前の斬鉄剣を見せろ」

「なんだよ」

「それは、俺の斬鉄剣だ」

 間違いない、もともとは盈の玉鋼が形を変えただけだから、彼の所有物であったことは間違いない。

 何をするかわからないが、教え込まれるためなら仕方ないとシノギはしぶしぶ斬鉄剣を渡す。

 渋面が憎たらしい。

 手に取り、鞘から取り出す。

 切っ先から鍔までざっと目を通し、盈は目を細めた。

「刃こぼれがあるぞ」

 地面に置き、先の尖った金槌を手に取る。

 にめがけ、盈は金槌を振り下ろした。

「何をするんだ!」

 言うが遅かった。甲高い音がして、斬鉄剣が割れて砕ける。

「このひ弱な刀剣のどこが斬鉄剣だ」

 細めたままの目で、盈はシノギに視線を返す。

 臓物煮えくりかえる思いがシノギの心中に渦巻いているのは、ぴりぴりと感じているようだ。

「お前がムシャを斬りつけたとき、斬鉄剣が刃こぼれしたことに気づいたんだ」

 刃がそうなったのは、頭を斬りつけたまさにあの瞬間だろう。

「お前の腕がまだまだだってことだ、シノギ」

「お、お前が作った玉鋼で作ったんだぞ」

 そのようなことを言われても、盈は顔色ひとつ変えない。何一つ反論を受けつけない表情と姿勢だった。

「ああ、俺の作ったものだ。だが、刀鍛治が不十分だ。駆け出しの人間に作らせただろ?」

「くっ……」

 やはりかと盈は口を零す。十七になっても一尺ほど足りない背丈で彼は、シノギの肩を軽く叩いた。

「自分でなんとかできない強さを持って、何が強さだ」

「……」

 シノギの手がわなわなと震え始める。こんな年下に何がわかるのかと、傲慢にも思っていた。被虐心が胸の中で暴れ回る。それが口から言葉として出てくるのを、口を歪めて押し黙る。

「他人から与えられた力を、お前は力と呼べるのか?」

 説き伏せられると反論もできない。学問であれ議論であれ反証されたものは否定されるべきだ。ましてシノギはこれを学問にも値しない些事と取っていたから、反駁できない自分が潰された気分である。

 盈を見て、ひたすら眦(まなじり)を決するのみ。

「始めるぞ、炎の怒りが燻ってきたところだ」

 炎の怒り、それはどういうことか。炎とは、空気と熱の流れとシノギは考えている。

 その比喩をシノギは盈なりの根性論を叩き込もうとしているのではないかと訝った。

「砂鉄を入れるんだ、俺と同じようにな」

「ああ」

 盈は丁寧に砂鉄を入れて見本を演じた。

 分量の目検討には自信があった。シノギは砂鉄の山から手籠に小盛し、早歩きで近づいて片手で炉に入れる。

 その様子を吟味してから、盈はすぐさまシノギを使う。

「そして炭を入れろ」

「ああ」

 目検討で同じく炭を手籠に盛り、その分量は間違っていないと自負はしている。そのままシラミ潰しする体(てい)で炭をさっさと入れた。

「これでいいか?」

「わかった……お前のぞんざいさが」

 それを聞いて向かっ腹を立てて、盈の手前に肉薄する。

「分量さえ間違わなければいいだろ!」

「なんだと、見ろ、お前が砂鉄と炭を入れた炎の色を!」

 見れば、紅蓮に紫が混じった炎が立ち上っていた。

「ごめんよ、いま俺がお前らのご機嫌を取ってやるからな」

 そう言いながら、盈は砂鉄と炭を手籠に乗せる。

「炎の機嫌は色でわかる。赤、紫、黒の炎。これは炎が機嫌を悪くしてる証拠だ」

 背中を見せ、炎を見つめながら、盈はシノギに語った。

「炎色反応がどうとかいう話か?」

「耳学問で語られても俺はわからん」

「みみがくもっ……! 何を言って、立派な知識だぞ!」

「じゃあ、その科学の知識とやらに、炎の機嫌を良くする方法をお前は引き出せるのか?」

「砂鉄と炭を正しい分量入れればいいだけだろ」

「……、じゃあやってみろ、少しずつ少しずつ吟味して、分量を見定めてみろ」

 幸い、盈がつい先ほど手籠に炭と砂鉄を乗せた。シノギはそばにある棒と縄を使って天秤を作り、分量を慎重に釣り合わせ、それを確認してから砂鉄と炭をざっと炉の中に放り込んだ。

 だが、炎はますます紫色に変じるばかり。

「納得行ったか?」

 残念ながら盈の意見を呑むしかない。分量さえ守っていれば、という考えは間違っている。

「何がいけなかったんだ……」

「これはお前の炉だ。お前の怒りが炉に伝染して、すっかり機嫌を損ねている」

 また根性論を述べようと言うのか、シノギは若造に過ぎない盈の態度にイライラが募る。

「だったら、お前はできるのか!」

「こうやるんだよ」

 盈は籠に砂鉄を乗せ、赤子を抱きかかえあげるように持ち上げ、炉の前でそれを炉という揺り籠に移した。丁寧に丁寧に。

 秒を待って炭も同じ要領で炉に入れる。

 それを見れば、シノギのやり方があまりに乱暴なのはわかる。彼は赤子の手を引っ張って、揺り籠へ物を扱うように落としているも同然だった。

「覚えておけ、この色だ」

 盈の手並みで、炎は穏やかな山吹色に変わる。優しく炭を扱って炉に入れたのだから、その感謝に手厚く玉鋼の機嫌を癒した。

「どうやったんだ?」

 シノギは足が震える。盈は顔の汗を拭って、頬で煤が擦れて汚れる。

「何度も言う、炎の機嫌を推し量るんだよ」

「そんなたとえで言われてもわかんねえんだよ! ちゃんとした説明で言ってくれ」

「説明できるわけないだろ」

 傍で聞けばそれは論戦放棄に見える。だが、それでいいのだ。

「さっきから説明説明うるせえよ。いいか、言葉は教えるためにあるものじゃない。言葉は言葉でその中に確かな意味も答えも、何ひとつないんだよ」

 頭でっかちやら机上の空論家は決まってこの罠に陥る。

「その言葉に意味や答えを与えるのはお前だ」

「非科学的な」

 シノギの学者肌に合わない言葉だった。職人肌の盈に腕が強ばってくる。

「言葉にしたことすべてに意味があると思うな。ほら、ぐずぐずしてっと、炎がまた不機嫌をぶり返してきたぞ」

 また色が変わり始めた。眠ったりぼやっと見ていたりしている場合ではない。

「いいか、俺は言葉の箱しか与えないからな。中身はお前が作るんだ!」

 何事も自分のものにしなくてはならない。他人から技術を盗むにしても、それは手順を覚えることとは真っ向から違う。目指すものを盈が定め、自分の手で一から作ることが求められるのだ。

 製鉄の知識だとか、プロの技術だとか、そういうものは関係ない。ここが盈の教えることが、ただ丸暗記するということとは全然違うのだ。

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