託されたもの

「改めて……ごめんなさいね、勝手に話を聞いてしまって……」

「いえ、こちらこそ……ロコ様もお久しぶりです」

「本当に、久しぶりね、セイラちゃん……」


 セイラにとって、ロコもまたディーノと共に長年お世話になったエクス教の良き心を持つ宗教幹部の1人であった。いつも温和な彼とは異なり、礼儀や戒律に厳しい彼女によく説教をされてしまった記憶を持つセイラであったが、それを恨むことは今まで決してなかった。彼女から受けた様々な教え、様々な叱咤激励もまた、女神エクスティア自身に認められる程に成長する大きな原動力となったのだから。


 そして、廊下に並んで立つ2人は、改めて先程までディーノに語った内容を確認しあった。ロコがこっそり盗み聞きを始めてしまったのは、彼女が一旦部屋を去った後、自分以外の声が聞こえてきた辺り――丁度セイラとディーノが互いに懐かしみあった所からであった。セイラが女神の使者として舞い降りた事も、コンチネンタル聖王国を滅ぼす意志を告げた事も、そしてロコもまた尊敬する先代の大神官たるディーノの余命があと僅かである事も、全て聞いていたのである。

 しかし、不思議とロコはそれらの内容を聞いても不思議と動揺しなかった。ディーノとあと少しで永遠の別れになってしまう事も、この国が滅びを迎える事も、心のどこかでそんな覚悟を決めていたからかもしれない、と彼女は語った。


「申し訳ありません……色々と唐突なお話を聞かせてしまって……」

「気にしないでいいわ。むしろ、こっちこそ盗み聞きなんていうはしたない真似を……」

「いえ、構いませんわ。きっとそれも、エクスティア様のお考えがあっての事なのでしょう」

「……そうね……きっとそうだわ」


 それに付け加えて、彼女は例の部分――ディーノからセイラに告げられた『秘密の質問』は一切耳に入っていない、だから安心して欲しい、と語った。厳しくも誠実なロコ様が長い間お世話になった相手に嘘をつくはずがない事をセイラはよく知っていた。ディーノ様の傍につく人がロコ様で本当に良かった、と彼女は改めて思い、心の中で女神に感謝した。


 そして、セイラが生み出した仄かな光の中で互いに見つめあった後、彼女はロコに質問を投げかけた。自分自身が語ったように、ディーノの命はあと少しで尽きる。それは決して変えられない運命である。そして、その日がコンチネンタル聖王国の滅びが決定的となる日でもある。そのような中で、ロコはどうするつもりなのか、と。

 しばしの沈黙ののち、彼女は想いを語った。このまま聖王国と共に滅びるのが、自分の運命かもしれない、と。


「一緒に……滅びるのですか……?」

「……ええ。女神様は私を赦してくださった。でも、私は結局この国の『滅び』を止められなかった者の1人。だから、一緒に滅ぶことが……」



「……赦しません」

「……えっ……」


 そう言いながら、セイラはロコの手を強く握った。一直線に顔を見つめるその瞳には、彼女へ向けての強い意志――死を選ぶ事を決して許さない、という思いが込められていた。


「我らが女神エクスティア様は、貴方に生きて欲しい、ここから逃げ延びて欲しい、と伝えたはず。それなのに、ロコ様はこの国と共に滅びるおつもりなのですか?」

「……そ、それは……」

「ロコ様、私は貴方が常に真剣に物事を考える誠実なお方である事を知っています。ですが、今の貴方の考えは『間違っている』、断言します」

「……!」


 それは女神エクスティアの願いに逆らう事ばかりではない。『罪』を抱えながら自らの意思で命を絶つのは一番安易だが、最もやってはいけない手段。貴方のような素晴らしい逸材をこのような形で失うような事は、女神の意志、そして今後の世界にとっても大いなる損失だ――彼女は強く語り続けた。『女神』が語った通り、どうか生き続けて欲しい、と。

 勿論、ロコとしても彼女の想いは痛いほど理解していた。しかし、やがてこの国に訪れるのは破滅という未来だけ。そのような状況の中で生き続ける事など出来るのだろうか――それは、ロコが抱く率直な思いであった。


「セイラちゃん……私は、何をすれば良いの……?」


 いつも真面目で厳格で、同時に頼りある存在であったロコから逆に頼られてしまうという事態に、どこか寂しい思いを抱えながらも、セイラは彼女を宥めるような笑顔を見せ、その眼下に掌を広げた。その中に、仄かに光る無数の粒子が集い始め、やがて1つの物体――白く輝く1個の『鍵』が生まれた。そして、セイラはその『鍵』をロコに握らせた。その不思議なほどの暖かさに、彼女は驚きの顔を見せた。


「ロコ様……『その時』が訪れたら、これを使って脱出してください」


 手近な扉に当てるだけで、その扉はロコが最も行くべき場所、女神エクスティアの啓示に従い脱出する道を選んだ人々がひと時の住居とする『飛行機』と呼ばれる所の内部へと繋がる。後は、女神の新たなる啓示を受けたであろう人々が貴方を守り、全てを理解してくれる――あまりにも突拍子もない話であったが、彼女の語る言葉には多大なる説得力が秘められていた。女神の代弁者たる存在からの言葉であったばかりではなく、ロコにとってもセイラが凛々しく頼もしい存在であった事も大きな理由であった。


「お願いします、ロコ様。どうか……」

「……そ、そんな、頭まで下げなくても……むしろ私のほうが申し訳なかったわ……」


 セイラに謝りつつ、ロコもまた改めて女神エクスティアへの想いを強くした。最後までディーノ『大神官』の辺境への隠居に反対し続けた結果、強制的に彼の面倒を見るよう任命され、共に厄介払いの如く王都から追放されて以降、どんなつらい日々を経ても彼女は尊敬するディーノと共に女神エクスティアの加護を信じ、毎日を謙虚に質素に、そして着実に生き続けていた。女神様は、そんな自分たちをしっかりと見守り、こうやって生き続ける機会を与えてくださった――神官として、このような喜びは生涯の中で滅多に感じられないものだ、というのを彼女は強く認識し、そしてセイラという代弁者を借りて女神に感謝の気持ちを伝えた。


「その言葉、しかと承りました……」

「ありがとう、セイラちゃん。あと、私が聞いた事、他の皆には決して教えないし、資料にも残さない。だから、心配しないで」

「ロコ様……ご配慮、感謝いたします」

「いいのよ。本当に伝えなきゃいけない『連中』に、思いっきり教えちゃいなさい」


 そして、ロコは彼女にかける言葉はディーノが伝えたものと同じだ、と語った。一度決めた事、決して中途半端なことはせず徹底的に、後悔を一切残さず、自分の思ったことをすべてやり遂げよ、と。それは、幼い頃に何度も彼女が語った言葉の響きと似たものであった。勿論、その想いをセイラが受け止め、凛々しい笑顔を見せたのは言うまでもない。



「……それでは、失礼します。長い間、本当にお世話になりました」

「頑張ってね。ディーノ『大神官』も私も、ずっと貴方を応援しているわ」



 女神エクスティアと並んで尊敬し、敬愛する者たちへ別れを告げたセイラは、改めて無数の光の粒子にその姿を変え、辺境の地に佇む石造りの家を去っていった。彼女が最後に見たものは、感慨深そうにその光を見つめるロコ、そして窓越しに『光』へ向けて優しい笑みを覗かせたディーノの姿だった。


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 それから数日後――女神の知識を借り、セイラが予測していたその日、『帰らずの森』にある光の神殿の中を覆いつくしていた無数の彼女たちは、ロコに渡したあの『鍵』が使われた事を一斉に察知した。それは、2つの命がそれぞれ別の道へと旅立ったという事実を示していた。

 セイラたちは一斉に両手を重ね合わせ、自分自身をここまで育て上げてくれた偉大なの命に対しての感謝や彼らの恩を決して忘れないという決意と共に、その行く先に幸せがあらん事を祈った。しばしの沈黙の時間が流れた後、次第に光の神殿の中をセイラの声が包み込み始めた。それは――。


「「「「「「「「「「「「……ふふふ……セイラ……♪」」」」」」」」」」」」」」


 ――女神と交わし、彼らと交わし、自分同士でも交し合った約束を果たす時がついに訪れた事への高揚感を示すかのような笑い声であった。自分が満足できるまで丁寧に下準備を行う、巻き込みたくない人々を聖王国から脱出させる、など様々な工程を経る結果となったが、ようやく女神エクスティアから与えられた使命を遂行する機会が訪れたのだ。

 大神殿の天井に投影される『映像』の中では、何やらヒュマス国王、フォート大神官、そしてヒトアが言い争いに似たやり取りをしているようであったが、その内容をセイラたちは全く気にも留めなかった。むしろ、これからこの3人がどのように動いてくれるか、そちらのほうに興味が湧いていたのである。


「「「「「「「「楽しみですわね、セイラ……♪」」」」」」」」

「「「「「「「「「そうですわね、セイラ♪」」」」」」」」」」


 そして、彼女たちは自分たちの決意を示すかのように、周りにいる自分たちと唇を軽く合わせあった。普段と変わらず、その潤いや肌触りは純白のビキニアーマーのみに包まれた自分自身の肉体を紅く染め上げるのに十分な力を持っていた。しかし、それもしばらくはお預け。女神の啓示を遂行した後、たっぷりと自分同士の宴を楽しみあおう――セイラたちは互いに笑顔で誓い合った。


「「「「「「「「「「「「「「さぁ、行きましょう、セイラ♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」…


 その笑い声は、腐りきった国の全てを浄化するのにふさわしいほどの美しい響きであった……。

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