無礼講の宴

 『帰らずの森』に追放された元・エクス教幹部のヨーク・バルートの心を再起不能な状態に追い込んだ後、森を覆い尽くしていたセイラたちは二度と目覚めることがない肥え太った体を、彼女たちの本拠地である『光の神殿』の中へと転送した。四方八方が光に満ちた幻想的な光景に全く似つかわしくないぶよぶよとした醜い肉塊を何重にも囲みながら、彼女たちはどこか残念そうな表情を見せていた。決して彼を憐れんでのものではない。自分たちが世界中に振り撒く『滅び』への予行演習を行うつもりが、予想よりも遥かに弱かった彼の心のせいで本来想定していた内容が出来なかったからである。


「「「全く、ヨーク様ったら……」」」

「「「「「こんなに情けない方だったとは……」」」」」

「「「「「「残念ですわね、セイラ」」」」」」

「「「「「「「そうですわね、セイラ……」」」」」」」」


 本当なら、超巨大なセイラ・アウス・シュテルベンの掌の上に置かれ、自身の状況を僅かに残った理性で理解したヨーク・バルートが懸命に命乞いをする算段であった。自分は決して悪くない、自分自身に命令を下したフォート・ポリュート大神官こそ真の黒幕だ、だからどうかこの場から助けてくれ、と言う見苦しい責任転嫁を逃げ場のない状況で懸命に行う光景を、セイラは思い描いていた。だが、彼女はどんな欲望でも簡単に叶う宗教幹部という環境に浸りきったヨークの心が予想以上に弱くなり、ほんの少し――彼女たちの基準で刺激を加えただけであっという間に心が壊れていき、どんな手を使っても修復不能になるほどにまで追い詰められていく事は想定していなかった。

 あれだけセイラを追い詰め、罵声を投げ続け、彼女から聖女候補の地位を剥奪し事実上の国外追放および死刑判決へと追い込んだ張本人の1人が、まさかここまでか弱い存在だったとは思わなかったセイラたちは、一斉に呆れのため息をこぼした。そして、同時に若干の悔しさを覚えた。命乞いでも何でも、何かしらの形で彼女たちへの『謝罪』の声を聞くことが最後まで無かった事に。


 だが、それでも彼女たちは互いの美しい顔を見合わせ、残念そうな感情を滲ませながらも互いに笑顔を作った。無様な命乞いや情けない謝罪こそ確かに聞くことはできなかったが、それでも彼の心を最後まで追い詰めに追い詰める事が出来ただけでも十分な成果は出た、と。同じ人間が無尽蔵に増殖する、と言う常識では考えられない、だがセイラたちにとっては常識を遥かに超える至極の美しさを秘めた光景が、腐敗したエクス教徒たちへ対して劇物の如く絶大な『効果』をもたらす事が証明できたからである。これなら、安心して本番の『滅び』へ向けて挑めそうだ、とセイラたちは気持ちを改めた。そして、全員揃って手を握り合わせ、敬愛する女神エクスティアに対して自分たちを新たな段階に進ませてくれた事への感謝の念を伝えた。



「「「「「「……さて……セイラ?」」」」」」

「「「「「「そうですわね。そろそろやりましょうか♪」」」」」」」」


 やがて、セイラたちはもう一度笑顔を見せ合い、言葉を交わした後、中央に横たわるヨーク・バルートと言う意識を有していた肉塊へ向けて一斉に左の掌を向けた。その瞬間、彼女たちの掌という掌から次々と淡く光る粒子――『ナノマシン』が放出された。本来なら、ヨークの命乞いを存分に聞き届けた後、超巨大なセイラから放たれる予定であった粒子は、遅ればせながら彼の全身を包み込んでいった。あっという間にその肥え太った肉塊は仄かな光に包まれていった。そして、何重にも取り囲むセイラたちが一斉にウインクをした次の瞬間、肉塊に異変が起きた。まるで粘土をこねるかのように、その形が変貌を遂げ始めたのである。

 ぶくぶくと膨れ上がった腹はしぼみ、脂肪が包み込んでいた腕や脚は細くなり、横に長い顔も次第に縮んでいった。やがて体の各所はゆっくりと、しかし丁寧に形が整えられていった。手足は滑らかに、腰回りは細く、しかし程良く筋肉をつけて誰もが振り向く抜群のスタイルに調整し、そして胸はぶくぶくと醜い形ではなく、たわわに豊かに実る果実のように美しい形とする――それらはまさに、セイラ・アウス・シュテルベンが最も好む体形そのものであった。


「「「「「「ふふ……セイラ……♪」」」」」」」」

「「「「「「ええ、楽しみですわね、セイラ……♪」」」」」」」


 彼女たちの微笑みの先で、光に包まれた肉塊は彼女たちにとって見慣れた、しかし何度見ても見飽きることなく、むしろもっともっと見てみたい至高の形へと仕上がっていった。そして、最後の箇所となる瞳の形が整えられたを見届けた彼女たちは、再度左の掌を肉塊に向けた。直後、この塊を包み込んでいた光の粒子こと『ナノマシン』がゆっくりとその姿を消していった。セイラと同じ意志、同じ意識、同じ嗜好を有する微小な光たちは、役目を終えて元の体であるセイラたちへと戻っていったのである。そして、光が消えた先に現れたのは――。



「「「「「「「「「わぁ……!」」」」」」」」」



 ――予定とは少し違ったが、彼女たちの『予行演習』が成功したことを示す証であった。

 誰もが振り向く美しい美貌、程良く筋肉が引き締まったスタイル抜群の肉体、すらりとしたお腹回り、細くも逞しい腕や脚、豊かに実り形状も芸術のように美しい胸、そしてそんな肉体を僅かに包み込み、彼女の魅力を更に増幅させるかのような純白のビキニアーマー――そこに横たわっていたのは、ヨーク・バルートと言う醜い男などではなく、紛れもないセイラ・アウス・シュテルベンその者だった。

 そして、何重も取り囲み続ける大量の彼女自身が見守る中で、中央のセイラはゆっくりと長い眠りから覚めた。



「……ん、んっ……」


「「「「「「「「「「「「「「「「「おはようございます、セイラ♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

「まぁ……セイラ……♪」


 一斉に無尽蔵の自分自身から楽しそうに挨拶の声をかけられ、頬を赤らめながら嬉しがるセイラには、ヨークの醜く卑しい心など一片も残されていなかった。彼女の柔らかい胸の奥に秘められていたのは、『セイラ・アウス・シュテルベン』と言う存在として生まれ変わった事に対するこの上ない幸福感と、自分自身がこうやって無尽蔵のセイラに愛され、そして自分自身も愛することが出来るという想いであった。そして、ゆっくりと立ち上がったセイラが最初に受けたのは、両隣に駆け寄ってきた自分自身からの贈り物、頬への口づけだった。


「あぁん……セイラったら……♪」

「「ふふ、ようこそセイラ♪」」『光の神殿』へ♪」」

「こちらこそよろしくですわ、ふふ♪」


 そして、中央のセイラがお返しとばかりに両隣のセイラへ口づけをしたのを合図に、雪崩れ込むように周りのセイラたちも次々に駆け寄り、四方八方から熱い口づけや滑らかな手触り、そして純白のビキニアーマーに包まれた揺れ動く胸の感触をたっぷり味あわせ、そして彼女自身も思う存分味わい始めた。普段は自分自身に対する溢れ出る欲望を女神への信仰や自分自身への尊敬、そしてセイラ自身の数を増やすという形で発散し続けている彼女であったが、紆余曲折ありながらも概ね予行演習が成功した今日に限っては、敢えて欲望を欲望のまま発散する『無礼講』にする事を決めていた。禁欲を無理に強いるのでも、常に欲望に身を委ね続けるのでもなく、たまにこのような時間を設ける事が自身の幸福、そして女神エクスティアへの敬愛の想いの向上に繋がる事をセイラは知っていたのである。


「「「「「「あぁぁん、セイラったら♪」」」」」」」

「「「「「「もうセイラ、くすぐったいですわぁぁん♪」」」」」」」

「「「「「「「あはははは、セイラ大好きですわぁぁ♪」」」」」」」


 あっという間に『光の神殿』は、セイラの美しい肉体の海へと沈んでいった。大聖堂の巨大空間は一面豊かな胸を持つ純白のビキニアーマーの美女で覆われ、足の踏み場もない様相となった事でセイラの上に圧し掛かり、全身にたっぷりと別の自分自身の感触を堪能するセイラも現れていた。そして、彼女たちが寝泊まりする質素な小部屋も、それらを繋ぐ廊下も、一面自分自身の体をたっぷりと堪能しあう美女たちで埋め尽くされた。四方八方でセイラは自分の胸の感触を味わい、滑らかな全身をくすぐるかのように触り合い、唇の柔らかさと間近に迫る美しい表情を感触でも視覚でも存分に堪能しあった。

 そして、セイラの嬉しそうな声に溢れていた『神殿』の中だけに留まらなかった。光に包まれたこの巨大な建造物を取り巻く漆黒の空間――『帰らずの森』も、一面純白のビキニアーマーの美女が自分自身をたっぷりと堪能する幸福感に満ちた響きに満ちていたのである。


「「「「「あぁぁん、セイラ大好きですわ♪」」」」」

「「「「「「私もですわぁぁん、セイラ♪」」」」」」」


 コンチネンタル聖王国から追放され、事実上の死刑宣告を受けた者たちが放逐される『帰らずの森』が、女神エクスティアから与えられた力で思い通りに動かし、作り替える事が可能である、というのを、セイラは女神から授かった知識で把握していた。声だけを響かせる姿なき猛獣も、突然生えた木の根や枝も、全てはセイラ自身の思いのままであった。そして、『森』を覆いつくす漆黒の樹木、そこから生える枝そのものを、新たなセイラ・アウス・シュテルベンへ作り替える事も実に容易かった。

 人々が恐れ、セイラ自身も苦しめられた広大な不気味な空間も、今やセイラの思うがままであった。漆黒で染まり切っていた森を、興奮の渦と共に純白のビキニアーマー、滑らかな素肌、そして自慢の長髪を彩る緑色で覆いつくすのも自由自在だった。しかし、たっぷりと自分自身の存在を味わいつくす中でも、セイラはそれらの力を授けてくれた女神エクスティアへの感謝の念を忘れることは無かった。力や知識、そして無尽蔵に自分を増やして腐りきった国を浄化するという目標など、全てを託してくれた女神は、常にセイラの一部となり彼女を見守ってくれている――無数の自分の感触をたっぷり堪能しつつ、彼女は喘ぐように、そして楽し気に女神へのお礼を一斉に述べた。


「「「「「「「「「「女神エクスティア様ぁぁぁ♪」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「本当にありがとうございまぁぁぁぁす♪」」」」」」」」



 人々が恐れて近寄らぬ場所で繰り広げられるセイラたちの幸福な宴は夜通し続き、セイラ自身の数も何百倍、何千倍、それ以上に膨れ上がった。彼女たちは思う存分、『セイラ・アウス・シュテルベン』という存在と、女神エクスティアへの感謝や尊敬の念という絶品を味わいつくした。


「あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」あはははは♪」…



 そして、そんな彼女たちを見下ろすかのように光の神殿内に表示された『映像』には、この場所から遥か遠く離れた宮殿内部の様子が映し出されていた。そこには、毎日のように報告されるコンチネンタル聖王国の状況に対して苦々しい表情を見せるヒュマス国王――セイラを私怨でこの地へ追放した張本人の姿が映し出されていた。

 文句を言っても解消されない現状に悩み苦しむその姿は、映像を見る暇もないほどの幸福に満ち溢れたセイラと対照的であった……。

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