女神の力

「「わ、私たちに……女神様の力を……ふえっ……!?」」


 女神の力で2人に増殖したセイラは、更に2つの意味で驚きに満ちていた。自分自身と同じ姿形、服装も純白のビキニアーマー1枚という彼女にとって理想、夢、究極の幸せと呼ぶべき女神エクスティアが更に何十人にも増殖し、満面の笑みを四方八方から自分たちに見せつけている事、そして女神たちは一斉に、自分たちの力――幾らでも好きなだけ、セイラ・アウス・シュテルベンという存在を無尽蔵に増殖させる力など、人智を遥かに超えた様々な能力を、セイラへと授けると口にしたのである。


 今にも柔らかく豊かな胸があらゆる方向から当たりそうなほど至近距離から笑顔を向ける多数の女神に加え、自分自身に途轍もない力が宿るかもしれない、という可能性を受け、2人のセイラは困惑した。勿論断る気は一切なかったのだが、このような天国のような環境を作り出すことが出来る力を本当に自分が用いてよいものなのか、僅かな躊躇が生まれてしまったのである。


「ほ、本当に……私がそのような力を……!?」「頂いても良いのですか……!?」


 恐縮する彼女たちの中に秘められていた本心は、言葉に出さずとも女神によって見抜かれていた。聖女候補の地位を剥奪され『聖女』としての道が断たれた要因が、例え愚かな人間たちの欲望や怨念、そして些細かつ自分勝手な怒りにあったとしても、針のように心に突き刺さったその事実をを取り除くことは容易ではない、と。本当に自分たちで大丈夫なのか、と緊張し続ける2人のセイラを取り囲んだ女神エクスティアたちは、若干苦笑いのような表情を見せながらも、セイラの頑固すぎる程の真摯な思いに納得した。頑なに聖女を目指し、自分を愛し続けていたからこそ、こうやって彼女は女神に会えた、という事実も吟味しながら。


「「「「「「「「別に代償とかそういうのは無いわ」」それに、貴方が聖女候補の地位を剥奪されたとか、そういうのは一切関係ない」」私は『貴方』……セイラ・アウス・シュテルベンだからこそ、力を与えたいと願った」」ただ、それだけよ」」


「「め、女神様……ふえぇぇ……」」


 四方八方、自分自身と同じ姿をした者から同じ声で褒め称えられるという今まで味わった事もない状況に、すっかりセイラは夢見心地のような状態になっていた。耳からも目からも、彼女たちにとって最高の快楽が包み込んでいた。だが、女神はそんな彼女に良い意味での追い打ちをかけるかのように、更に言葉を続けた。それは、セイラが長い間ずっと憧れ続けていた称号――『聖女』という地位すら、女神の掌の上にある事の表れだった。

 今、この場で貴方を『聖女』と認定することだって簡単だ――女神とセイラ以外誰もいないこの光の宮殿の中で、何十人もの女神はセイラの心を惑わすかのように語りかけたのである。



「「わ……私が……『聖女』ですか……!?」」

「「「「ふふ、そうよ♪」あんな聖女と名乗って出鱈目に踊る存在、聖女として認めたくはないでしょ?」それに私は、貴方を気に入っている」ね、良い考えでしょ?」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」…


「「ふぇぇ……女神様ぁ……」」


 女神の力も『聖女』の称号も、簡単に女神から授けられてしまう――四方八方から聞こえる女神からの微笑み、純白のビキニアーマー越しに囲まれる感触、そして間近に迫りくる無数の自分と同じ声の中で、セイラはその甘い感触の中に一瞬完全に沈みかけた。だが、先程の女神の言葉が頭をよぎった瞬間、2人のセイラは気が付いた。今の自分自身が、溢れ出る欲望の渦の中に飲み込まれかけている事に。それこそ、自分自身の欲望のために女神からの教えを蔑ろにして、好き勝手に踊り狂い何も知らぬ愚かな国民からの喝采を浴びる現在のコンチネンタル聖王国の『聖女』――いや、聖女と名乗るだけの存在と同じになってしまう。

 欲望に溺れかける寸前で何とか自我を取り戻した2人のセイラは、周りに溢れる煩悩をいったん振り払うかのように大きく首を横に振り、真剣な表情を女神たちに見せた。そして、セイラ・アウス・シュテルベンの総意を伝えるべく、1人の彼女が女神に自らの意志を語り始めた。



「女神エクスティア……貴方の力を私に授けてくれる事、深く感謝いたします……」

「「「「「「「「ふふ、お礼なんて要らないわよ。単なる私の考えだもの」」」」」」」」

「恐縮です。ですが、誠に失礼ながら……今の私の力は『聖女』の地位にまだ及ばないものです……」


 その言葉に、女神たちの表情が変わった。セイラを取り囲む笑顔はそのままだったが、そこに宿る思いはセイラ・アウス・シュテルベンの欲望を刺激する悪戯げなものから、真摯な思いを伝えようとする彼女へ純粋な興味を示すようなものに変わったのである。そして、もう1人のセイラが言葉を続けた。女神エクスティアが望むのは、この世界をセイラで覆いつくす形で聖王国を滅亡させ、綺麗に作り直すというもの。女神の意志を受け、彼女の思いを形にする『聖女』たる者、女神の描く構想を実現させなければその称号の価値はない。力すら与えられておらず、ただ女神からすべての真実を伝えられ、計画に協力する遺志だけを固めた段階である自分は、まだまだ未熟そのものだ――。



「女神様……『聖女』の称号は、貴方の願いを完遂した後に受け取りたく存じます……」



 ――せっかくの提案に口を挟むような形になってしまい申し訳ない、と揃って頭を下げた2人のセイラの耳に聞こえてきたのは、周りを取り囲む女神たちからの拍手であった。彼女たちの表情は、どこか満足げな笑みだった。


「「「「「「流石、私が見込んだだけの逸材ね」」」」」」

「「「「「「「「真の『聖女』を目指す心、よく受け取ったわ」」」」」」」」


 そして、嬉しそうに頷いた後、改めて女神エクスティアは2人のセイラへ自身の想いを告げた。コンチネンタル聖王国を浄化し、愚かな人々を滅ぼすため、この国をセイラ・アウス・シュテルベンで埋め尽くさせる。その構想のため、セイラに女神の力と想いを授け、彼女と一体化する。そして、全ての『滅び』が終わり、聖王国が新たな形へと再編された時、セイラ・アウス・シュテルベンを永遠の聖女として任命する――紛れもない女神エクスティアからの言葉を、セイラが素直に受け取らない訳はなかった。



「「了解いたしました。女神エクスティアの御言葉とあらば……」」



 その言葉を聞き、もう一度嬉しそうに頷いた女神が指を鳴らすと、周りの様子が再度一変した。先程までセイラの隣にいたもう1人のセイラや、彼女たちの周りを取り囲み笑顔を見せていた数十人の女神が一斉に消え、彼女の周りには目の前にいる女神――純白のビキニアーマーを含め、セイラと何もかも同じ姿かたちとなって現出した神聖なる存在だけが佇み、眩くも暖かな光がより鮮明に映る状況となった。そして、女神エクスティアはゆっくりとセイラへ右腕を向け、掌を広げた。美しい形を彼女へ見せつけるその手もまた、仄かな光に包まれていた。


「……じゃあ、今から私の力を貴方に授けるわ」


 貴方は再びゆっくりと眠りに就く。そして再度目覚めた時、貴方の心には何が自分自身に起こったのか、自分自身がどんな存在になったのか、そして次に何をすべきか、すべてを理解しているはず。そして、貴方は女神の意志ではなく、貴方自身の心のまま、世界を滅ぼしセイラ・アウス・シュテルベンで覆いつくす事が出来るようになる。真の聖女を目指すために――女神の真剣な言葉を、セイラは一字一句聞き漏らすことはなかった。



 やがて、準備は良いか、と女神が尋ねた時、セイラは正直な返事をした。最後に1つだけ、どうしても聞いておきたい事がある、と。そう言った彼女が視点を向け、若干顔を赤らめた相手は女神本人ではなく、彼女、そして自分自身の素肌を僅かに覆う、名前に反して物理・精神共に防御効果が皆無であった純白の衣装『ビキニアーマー』についてだった。



 あの日――半ば強引に聖女候補に任命された日から、彼女はフォート大神官の命令により、このビキニアーマーを日常的に着用する事を義務付けられた。温暖な気候が1年中どこでも続くコンチネンタル聖王国において、ビキニアーマー1枚で日々を過ごしても特に暑さや寒さを感じる事は無かった一方、彼女は常に周りからの純白のビキニアーマーと言う全裸に近い衣装、そこから覗く巨乳の谷間や腰回りへの卑猥な視線や、大胆に自身の抜群のスタイルを見せつけるような格好に対する女性からの嫉妬や憎悪の視線を向けられる結果となった。そして大神官や宗教幹部をはじめとする面々に至っては、彼女の体を撫でられたり胸を触られたりといった破廉恥な行為すら受ける事態となっていた。


 今のセイラは、これらの事態を招いたのは、先代の大神官に可愛がられていたという自身に対するフォート大神官からの自己中心的な復讐の一環だったということを理解している。聖女にとって伝統の衣装である、と何度も何度も口を酸っぱくして言い続けたのも、それ以外の衣装を着るのを断固反対されたのも、ビキニアーマーの伝統をお前が蘇らせるのだ、と豪語したのも、全ては彼女を陥れるためであった。ならば、この『ビキニアーマー』も、あの禿げ頭の大神官が勝手に創り出した嘘偽りだったのか。そのような伝統は、本当に存在するのか――。



「……た、確かに……私はビキニアーマーを着た私を尊く気高く美しいものと感じております。それは間違いありません。ただ、女神様がお教えになった事実を目の当たりにしますと……」


 ――どうしてもこう疑ってしまう、そのような自分を許してほしい、と真面目な態度で女神に対して疑問を投げかけたセイラに対し、女神エクスティアはそのような考えを抱いてしまうのも仕方ないことだ、と彼女を慰めるように告げたのち、大きな溜息をついた。そこには、彼女にそのような疑念を持たせる要因となった大神官の暴挙に対する呆れや苛立ちが込められていた。


「セイラ、ここではっきりと断言するわ。この『ビキニアーマー』は決してあの禿げ頭の人間が考えた妄想じゃない」


 私がこの世界に現出した時、自身が選んだ衣装そのものだ――その言葉と共に、エクスティアは最後の想いをセイラに託し始めた……。

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