セイラとセイラ

 純白のビキニアーマーのみで身を包む美しき聖女候補、セイラ・アウス・シュテルベン。その澄んだ瞳と同様、女神エクスティアを純粋な気持ちで敬愛し続ける彼女を無尽蔵に増やす事でコンチネンタル聖王国を滅亡に追いやる。そんなエクスティアの大胆かつ予想外の計画が本当に実現できるのか、そもそも自分自身を増やすことなど本当に出来るのか――尊敬する女神に対してつい抱いてしまったセイラの疑問は、彼女が口に出す前に形となって解決した。


「「め、女神様……本当に……私が……!」」

「うふふ、これくらい簡単よ♪」


 女神が笑顔を向ける先には、全く同じ姿形をした2人の美女――セイラ・アウス・シュテルベンが驚きの表情で見つめあっていた。長い緑色の髪、整った美貌に抜群のスタイル、豊かに実った胸、そして純白のビキニアーマーに至るまで、彼女たちは寸分違わぬ同じ姿形をしていた。勿論、何を考え何を思うかと言う思考判断まで、彼女たちは全く同じであった。やがてその表情は、次第に困惑交じりのものから嬉しい感情を溢れさせる笑顔へと変わっていった。

 既にセイラは、自分自身と寸分違わぬ姿を模して現れた女神との触れ合いの中で、自分と寸分違わぬ存在との触れ合いに慣れることができていた。しかし、今回現れたのは完全なる自分と同一の存在、それもどちらが本物でどちらが偽者か、そのような事すら分からなくなりそうな程そっくりなもう1人のセイラ・アウス・シュテルベンそのもの。そして彼女は、彼女自身が『聖女』候補として懸命に奮闘する中、秘かに憧れ愛し、そして恋心に近い感情すら抱いていた相手。まさに、セイラにとってもう1人の自分自身は、理想以外でも何物にもない存在だったのである。


「本当に……本当に私なのですね……!」

「貴方こそ……セイラ・アウス・シュテルベンなのですね……!」


「ええ、貴方も私も、同じです!」

「何から何まですべて同じ……あなたも私も、どちらも本物……!」


「「会いたかったです……セイラ!」」


 感極まった2人は、満面の笑顔を浮かべたまま互いに抱き着いた。ビキニアーマー越しに感じるたわわに実る胸の感触や、大胆に露出した素肌が当たる心地が、より彼女たちを嬉しさで満ち溢れさせた。今までずっと鏡の中でしか出会うことができなかった存在――それも誰かが模倣した姿ではなく、正真正銘の自分自身とこうやって肌と肌で触れ合うことができる嬉しさに心を弾ませながら。


「セイラ……大好きです、セイラ……!」

「私もです……セイラ……!」


 2人のセイラは何から何まで全て同じだった。互いにビキニ越しに揉みしだき始めた胸の柔らかさも全く同じであった。大神官の陰謀や欲望に巻き込まれ、聖女候補として過酷な日々を過ごす中、誰も見ていない自室の中で彼女は密かに純白のビキニアーマー越しに何度も自分自身の胸を揉みしだき、努力を続ける自分へのご褒美として気を紛らわす時間を設けていた。蝋燭からの僅かな光源を頼りに鏡の中を覗き、気持ちよさに全身を真っ赤にする自分の姿が映るのを見つめては微笑みを見せていた。それが今、鏡越しではなく現実に、しかも本物の『もう1人の自分』の胸の柔らかさを堪能できる。自分ではない別の自分の感触が、胸や全身に注がれていく――セイラ・アウス・シュテルベンにとって、それはまさに思いもしなかった最高の時間であった。

そして、2人のセイラはもっとも確かめたかった感触を味わうため、互いの唇を触れ合わせた。


「セイラ……!」

「セイラ……っ!」


 互いの唇が持つ瑞々しさと柔らかさは、目の前に迫る頬を赤らめて優しい視線を見せる自分自身の素顔と共に、セイラの煩悩をますます刺激、増幅させる効果があった。彼女は自分の名前を何度も呼びながら、目の前にいる存在を何度も何度も唇をはじめとする全身で確かめ合い続けたのである。


 もっともっと、自分自身という存在をその体で、その心で確かめ続けていたい――エスカレートしかけたセイラ同士の触れ合いは、傍でその様子をにこやかに眺めていた女神の笑い声で一旦中断することとなった。あまりにも調子に乗りすぎた、と反省するような表情を同じように作り出したセイラの一方、女神エクスティアは彼女たちをどこか楽しそうな表情で見つめていた。


「「た、大変失礼致しました、女神様の目の前で……」」

「うふふ、そんなに嬉しかったのね。セイラが2人になった事♪」


「ええ、本当に嬉しいです……!」

「私がもう1人いるなんて……!」


 最早セイラは自分の気持ちを誤魔化さなかった。私は私が大好き、私以外の私がいる事は何よりの幸せ、もっと私同士の最高の時間を過ごしたい――今までずっと心の奥底に閉じ込め、自分だけで密かに堪能していた『楽しみ』を、彼女は素直に受け入れる事が出来たのである。改めて女神に感謝の一礼をした2人のセイラは、ずっと互いの柔らかく滑らかな手を握り続け、自分がもう1人という実感を味わい続けていた。


 そんな彼女たちに向け、女神エクスティアは優しい口調ながらも相変わらず興奮し続けるセイラたちを宥めるように言葉を続けた。自分の目的は目の前にいる純白のビキニアーマーの身を纏う美女、セイラ・アウス・シュテルベンによってこの腐った国を綺麗にすること。これからセイラにはますますその数を増やしてもらう事になる、と。勿論、愛すべき存在たる自分自身が更に増えるという事に対して、再度自分同士で抱き付き合い始めたセイラが反対するわけは無かった。

 そして、互いの胸を押し当てつつ、彼女たちは女神に尋ねた。具体的にどのような計画を考えているのか、と。自分自身が大好きという気持ちに対して正直になったとはいえ、世界全土を自身で覆い尽くすというのは理想とは言えセイラにとってまだ気の遠くなりそうな話だったからである。それと同時に、彼女たちには女神がどのような指示を自分たちに与えてくれるのかを楽しみにしているという一面もあった。尊敬する女神エクスティア本人の指示の元で働く事ができるというのは、聖女候補の地位を剥奪されてもなお彼女たちにとって1つの理想だったからかもしれない。


 だが、その女神から返ってきたのは彼女たちにとって少々意外な言葉だった。


「世界をどうやってセイラ・アウス・シュテルベンで埋め尽くすか……それは、貴方たち自身が決める事よ」

「「……えっ……私たち……ですか!?」」


 女神様が様々な啓示を与えてくださるのでないのか、と2人のセイラは少し驚いた口調でもう一度尋ね直し、互いを見つめあった。両者とも、女神から提示された大胆すぎる発想に若干唖然としていた。当然だろう、幾ら女神エクスティアと面と向かって話す機会を得て、しかも聖女への道を断たれた身でありながら女神によって気に入られ、長年抱いていた煩悩まで叶えてくれるという至れり尽くせりの状況でも、セイラ・アウス・シュテルベンという存在は女神エクスティアからしてみれば単なる1人の人間。彼女のような人智を遥かに超えた力などある訳がないし、あったとしてもその使い方すら分からないのが現状だ。


 日々敬愛する女神からの提案に対して、そんなに無理です、とは流石に言えなかった。それでも、2人のセイラは素直に自分自身の思いを伝えた。突然『自分たちで好きにしろ』と言われても、何から手を付ければよいか分からない。それに、自分たちの数を増やす力を持つのは女神エクスティアのみであり、自分自身の一存で大量に増殖するのは現状では不可能。一体私たちはどうすればよいのか――不安そうに声を揃える2人を見て、女神はどこか悪戯気な笑みを見せた後、彼女たちに謝った。いきなりこういう宣言をされてしまえば、迷ってしまうのも当然だろう、と。


「「い、いえ!女神様が謝るわけには……」」


「まあまあ。貴方たちの言う通り、『今』の貴方の力ではあまりにも難しい話よね。どのように増やすかなんて……」

「はい……情けない話ですが……」「私たちではあまりにも力不足です……」


 

「……ふふ。でも、もし……」


 『このような力』が自由に使えるようになったら、考えも変わるのではないか。


 そう言って女神が指を鳴らした瞬間、2人のセイラの周りに、彼女たちにとっての『天国』のような光景が現れた。彼女たちを囲むかのように、自分たちと同じ姿形――緑色の長髪、端正な美貌、整った全身のスタイル、豊かな胸、そして純白のビキニアーマーを着込んだ美女が、一度に何十人も姿を見せたのだ。驚きで口を開き、そのまま顔や全身を真っ赤にするセイラを嬉しそうに眺めながら、彼女たちは声を揃えて告げた。女神エクスティアが持つ力を使えば、2人のみならず幾らでも望みのままに自分自身の数を増やす事ができる、と。そう、セイラの周りを取り囲んだのはセイラ本人ではなく、絶大な力を有する女神エクスティアその人だったのである。


「「「「「「「「ふふ、セイラったらすっかり興奮しちゃって♪」」」」」」」」

「ふぇっ……そ、その……う、嬉しいんです!」「女神様が……私と同じ姿をした女神様がこんなに増えられて……!」


「「「「「「「「「「「そうよね……セイラ、こんな素晴らしい力、欲しくないかしら?」」」」」」」」」」」」」」」



 それはどういう意味なのか、そう口に出しかけた瞬間、2人のセイラは女神が自分たちに伝えようとしている内容を理解することができた。そして、更に驚愕の表情を見せた。当然だろう――。



「「「「「「「「「「「「「「「「「「『聖女』セイラ・アウス・シュテルベン、貴方に女神エクスティアの力と心を授けましょう」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



 ――女神エクスティアは、セイラに対して自身の力そのものを託そうとしていたのだから。

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