021話 認識阻害がかかってやがる


「ふう……」


 VRセットを外し、ベッドから起き上がる。VR内で白熱しすぎて汗でぐっしょりになってる時も多々あるけど、今回は大丈夫だった。


「疲れた……」


 普通のVRゲームの数倍の疲労感を感じる。


 とりあえず水飲もう……。


 天使が床をぶち壊してくれたお陰でトバリとアキカゼの二人とはぐれた俺は、オウカと一緒に死に体になりながら何とか祭壇にたどり着いた。


 効率的に殺そうとなけなしのMPで毒を撒いたら蛙が吸収して大惨事になったり。刀で斬れば吸収させる間も無く殺せたのにな。しくじった。


 そのせいで別の道を探さざるを得なくなって慌てたり。


 看守に出くわしたらどういうわけか凶暴化して襲ってきたり。何もしてないのに。


 その後一撃の被弾も許されないまま進んで、祭壇を見つけた頃には気力が底をついていた。

 道中二人分の魂珠の碑石を見つけられたのは不幸中の幸いだったけどな。


 もっと早く休憩したい所ではあったけど、その辺でログアウトしたらどんなことになるかわかったもんじゃない。このゲームのことだから、身体だけ取り残されてログイン時には死に戻りしてるぞきっと。


 いやーでも久々のパーティプレイ楽しかったな。


 三つ首天使のせいではぐれちまったのがマジで残念だ。もう合流は厳しいだろうな。

 気心の知れた仲が集まってたってのを加味しても、あのまま行けてたら相当順調に進んだんじゃないかな。


 スゲー楽しかった。


 合流したことだけじゃない。リアルそのまんまなグラフィック、五感、痛覚……。

 色んな要素が集まって、今までのゲーム体験の中で一番『冒険している』気分になった。何もかもを手探りで進め、強敵を打ち倒す快感。


 常識外れが過ぎて怖いとこが多いゲームだけど、それを塗りつぶす楽しさがあった。


 超難易度だけど、頑張れば何とかなるのがいいね。あの囚人数百匹……もっとかな? の群れもなんとか切り抜けられたしな。現状『最初の試練』以外ではノーデスだ。


 早く続きがやりたくて仕方ない。


 でもさすがに疲れた。VRセットの健康管理は結構厳しい。戦ってる最中に疲労ではじき出されるわけにもいかない。休憩だ休憩。


 ……そうだ。ちょっとネットで『Evildoer Edition』のこと調べてみるか。

 怪しかったりおかしかったりするところは山程あるし、丁度いい。


 と、思ったらガチャッと扉が開く。


「ノックしろよ」


「つかれた」


「ノックしない理由にはなってねーよ」


 無遠慮に入ってきたのはオウカだ。自分はノックしないと怒るくせに。


「何してるの?」


「いや、ネットで何か引っかからないかなって……」


「それは私も気になる」


 絶対何か出てくるだろ。ちょっと常識外れが過ぎるし、何かしら話題になってるはずだ。


 流石に俺たちだけに起きたなんてことはないだろ。アキカゼがゲーム内掲示板に人いたとか言ってたしな。


 ……。


 …………。


「出てこねぇな……」


「うん……」


 10分探して一件もヒットしねぇんだけど……。


「調べ方が悪い?」


「それか、俺らから情報投げてみるか?」


「それがいいかも」


 クオリティに盛り上がっているWFO掲示板。……楽しそうなのがよーく伝わってくる。


 今はサービス開始直後。新しい情報がどんどん出てくるタイミングだ。新情報スレに流せば多分誰かが見てくれるだろ。流れて見逃されるかもだけど、そうなったら二回目の投稿をすればいい。


「『起動したら“Evildoer Edition”っていう別バージョンが始まったんですけど、同じこと起こった方いますか?』、と」


「どうなるかな」


「さぁ? と言うかスレの速度がヤバいな……」


 みんな盛り上がってるなぁ。


 この分だと割と早く何か返信つくかもな。

 ……あれ?


「ん、投稿できてないな。失敗した?」


「もっかい送ればいい」


 せやな。

 同じ文章を打ち込んで送信、と。

 ……またダメだ。


「調子悪いな」


「スマホで書き込んでみる」


「頼むわ」


 回線の都合か? でもさっきまでログインできてたのにな……。


「……ダメ。コメント送れはするけど表示されない」


「うーん……まあしょうがない。あとでもう一回やろう」


『二人共ー? ご飯ですよー』


「あ、はーい」


 一階から母さんの声が聞こえる。


 12時に始めたのにもう6時30分じゃねーか。どんだけ熱中してたんだ俺ら。

 オウカと一緒に階下に降り、お袋と親父と一緒に食卓を囲む。


 お、唐揚げだ。やったね。


「随分熱中していたな。楽しかったか?」


「え? うん。買ってよかったよ」


 父さんも母さんもVRにはそれなり以上の理解がある。


 現代じゃ剣術を使う場面なんて無い。その実践にフルダイブVRを使っていたり、ゲームの中で活かすために入門する人もいるからだ。


「そうか」


「そうそう。ああそれでさ、聞いてくれよ親父。実はさ、いざ起動してみたら中身が別物だったんだよ。まるで本当に現実みたいでさ。今の技術じゃありえないようなことばっかり起きるし。なぁ千春?」


「うん。楽しかったけど、色々不思議だった」


「不思議で済ませていいもんじゃねぇだろアレ……」


 言って、俺は唐揚げを口に放り込んだ。うまい。


「痛覚あるのはリアルでいい」


「そんなこと言うのお前ぐらいだろ。痛覚完全再現なんて普通忌避されるもんだからな?」


「世の中の人は間違ってる」


「間違ってるのはお前だ」


 コイツやっぱりヤバいよ。


「それで、一番ヤバいと思うのが、自分のコピーが出てきたんだよ。朧流まで再現してたんだぜ?」


「え、あれそういうことだったの?」


「ん? 気づいてなかったのかよ?」


「いや、『復讐者』のコピーってことならあの超火力も納得。何かする前に叩き潰されて死んだ。だから朧流がーってのは正直わかんない」


「お前の攻撃力いくつだったんだよ」


「確か……レベル1で400はあった。防御力は40ぐらいだったはず」


「10倍じゃねぇか」


 そりゃ被弾が許されないわけだ。即死するわ。40って何だよ。クラス取得前の初期値ですら100だったぞ。


 あと、千春は広く学んでるからな。即座に朧流を看破できなくてもおかしくないか。


「親父のコピーとかもうどうしようもない気がする」


「でも父さんなら突破しそう」


「……だなぁ」


 親父マジで強いからな……。俺の人生でまだ一本も取れてない。


 親父は自分のコピーすら打ち倒して一発突破しそうな気がする。

 とか思いながら親父を見やる。


「みたいな感じでさ、楽しかったよ」


 父さんもあれ出来ればいいのにな、と思いながら言う。データカードは一度使ったVRセットに帰属する仕様のせいで、誰かに貸し出したりすることができない。


 ……あの店に行けばまだあるかな?


 そう思っていると、親父が口を開く。


 ……今日一日、あのゲームで、結構意味のわからない事態は体験した。


 でも、親父の言葉はそれを遥かに凌駕して意味不明だった。


「どうした。さっきから黙り込んで。ゲーム内で何かあったのか」


「……え?」


 黙り……込んで……?


「え、黙り込んでも何も、俺らずっと喋ってたけど?」


「……ん? 黙々と食べてただろう。なぁ?」


「そうね。静かだなぁと思ってたのだけれど」


 母さんまで……?


 ……んん……?

 んぁ……? あぁ……?


 千春と思わず顔を見合わせる。


「えっと……ボーッとしてたとかではなく?」


「……そんなことは無いと思うが」


「私冬真と喋ってたけど?」


「え、本当? 私も二人が黙ってご飯食べてるように感じたわ」


「変な話だな。まあ食え。冷めると味が落ちる。唐揚げは揚げたてが至高だ。……うまい」


「あらありがとう」


 ……。


「……なぁ千春」


「うん。……ちょっと実験する」


 声を潜めて話しかけると、千春も深刻そうな声色で言葉を返してきた。


「あっ」


「どうした?」


「宿題忘れてた」


 え? お前昨日一緒にやったじゃねぇかよ……。


 ああ、いやこれは『関係ない話題』として出しただけか。まだあるのかと思って焦った。


「遊ぶなとは言わんが、ちゃんとやっておけよ」


「うん。今日やる」


「それならいい」


 言って、親父はまた唐揚げを頬張る。


「ねぇ父さん、さっきずっとやってたゲームで自分のコピーが出てきたんだけど、父さんは勝てると思う?」


 ……。


 親父は返事をしない。

 無視じゃない。


 そもそも聞こえてない。

 いや違うな。親父は耳が悪いわけじゃない。


 むしろ真逆だ。武術やってるし、すごく耳が良い。


 だから正しくは、『認識できてない』。


「ねえ父さん、もし仮に自分と全く同じ実力の相手が出てきたら勝てると思う?」


「突然だな。だが答えるとするなら、そこで死力を発揮できるか、限界を超えられるかが分かれ目だ」


 伝わった。


「さっきやってたゲームでまさにそんな敵が出てきて負けちゃった」


 ……返事なし。


 もう一度千春と顔を見合わせる。


 間違いない。

 『あのゲームに関する情報』が伝わっていない。


 ぞ、と背筋が寒くなる。

 ……そうだ。試さないと。


「……ん、あ、ごめん。ちょっと友達から電話掛かってきた。すぐ戻る」


 俺はそう言って誤魔化し、スマホでWFOスレを開く。


 そして文章を書き込む。さっきと同じ、別ゲー始まった現象についての質問だ。


 『起動してみたら中身別ゲーなんですけど同じ現象起こった人いますか?』

 送信。

 ……失敗。


 次。


 ただ『楽しすぎる!』とだけ。

 送信。

 ……成功。


 次。


 『このゲーム、何かが潜んでいてもおかしくない』

 文言だけじゃEvildoer Editionの情報とは分からないそれ。でも、その存在を知っていると、ほのめかしていると分かる文章。

 送信。

 ……失敗。


 ……確定だ。


 Evildoer Editionは、プレイした人間以外に情報が認識できないらしい。

 認識阻害がかかってやがる。

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