009話 私の経験値になってもらう


 よく考えてみれば自明の理だ。


 《忍耐》じゃノックバックは無効化できない。

 攻撃を棒立ちで受けたら、当然吹っ飛ぶ。


 HPが一撃で全損することはなかったけど、壁への激突でさらにダメージをもらった。

 そこで《忍耐》が発動。何かが割れるような感覚でそうだと分かった。

 その後は当然追撃が来て死亡。


 《忍耐》は本当にHPを維持するためだけのアニマらしい。


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●《忍耐》

◇自身の残りHPを上回るダメージを受けた際に発動します。

◇忍耐障壁を生成し、自身のHPを1残して超過したダメージを無効化します。

◇忍耐障壁には耐久値があり、無効化できるダメージ量の上限があります。

◇忍耐障壁の耐久値は時間経過で回復します。

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 これは、『ダメージ量が上限に達するまで何回でも無効化できる』っぽい。


 ただ、これはアテにできない。


 無効化できるダメージ量が1000だとする。そのうち700ダメージを無効化したら、あと300しか無効化できない。もう一回700ダメージを喰らったらきっと普通に死ぬ。


 あと、《再生》が短期戦じゃ多分意味がない。


 目玉剣士の剣で自傷して試してみたら、回復量は正直微々たるものだった。探索中だとカスダメを治療できていいかもしれないけど、腕の怪物を殺すためには力不足。


 うーん、困った。

 ……仕方ない、もっといいアニマを探そう。


 そうしてるうちに雑魚もリポップするかもしれないし。リポップしたら狩り尽くして経験値になってもらおう。


 幸い、腕の怪物の攻撃は見切れないほどの速さじゃなかった。何度か挑めばそのうち勝てそうな気がする。

 正面にある顔を狙う以上、やつの背後にある腕はほとんど無視できる。そう考えると、見た目ほど驚異な敵ではないと思う。


 だからやるべきことは、最適なアニマを見つけることだ。動きの練習は戦ってすればいい。


 よし。

 さっき見てなかった《技能アニマ》を見ていこう。


 ……。


 ダメだこれ。


 《鍛冶》《調合》《裁縫》《演奏》……。

 生産職とかが使うものっぽい。


 パス。


 それで? 《身体アニマ》は?

 《聴覚強化》《剛力強化》《頑健強化》《苦痛耐性》《毒無効》など。


 なるほど。本当に説明文そのまんま、ステータスと耐性強化ってわけ。

 ここにならお目当てのものがあるかも。


 欲しいのはノックバック耐性だ。


 さっきの敗因は《忍耐》でHPを減らす時に、そのままぶっ飛んで死んだから。

 死なないために、踏ん張れるようになりたい。


 まだ単純計算で10倍のアニマが残ってるし、今使える中にあるかな。


 ……。


 ……。


 ……ない。


 えー。でも《撹拌耐性》とかいう意味のわかんない耐性がある以上、ノックバック耐性ぐらいあってもいいと思うんだけど。そっちよりノックバック優先して欲しい。


 それっぽい《衝撃耐性》は衝撃によるダメージ減少だったし。


 えー。ちょっと萎える。

 ……いや、もしかして……《常時アニマ》の中にあったりして。


 アホみたいな数があるし、紛れててもおかしくなさそう。全部はチェックしてないし。

 と思って調べること数分。本当に見つけてしまった。


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●《不動》

◇自身が攻撃された際に発動します。

◇自身へのノックバックを大幅に減少させます。

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 なんで常時アニマの中にあるの?


 まあいいや。今使えるものの中にあっただけありがたいと思おう。


 探してる最中にいくつか面白いアニマを見つけたけど、今はいらない。

 とりあえず目的は達成した。今度こそあの腕の怪物を倒そう。


 時間を掛け過ぎたのか雑魚がリポップしてたから、撫で斬り(鈍器だけど)にしながら怪物の前まで進む。


 私をさっき殴り殺して目障りな存在がいなくなったからか、腕の怪物は部屋の中でおとなしくしていた。あの部屋がテリトリーみたいな扱いになってるのかも知れない。


 ハンマーを構えて、部屋の中に入る。腕に埋もれた小さな顔が吠え、腕を振り上げこちらを威嚇してくる。


「ヂギュアアアアアア!!」


「さあ来い!」


 今度こそその頭を叩き潰す!!


 巨大な腕のパンチが迫る。片腕で体をかばいながら、わざとそれに当たりに行く。

 ズド、と全身に衝撃が走る。腕が折れたんじゃないかってぐらいの痛み。


 でも《不動》のお陰で、私の体はその場から動かない。

 異様な感触に戸惑う様子を見せる腕の怪物。


 隙あり。


 さぁフルスイングを喰らえッ!!


「せぇぁぁぁぁぁあああ!!!」


「ギュィェェェ!!」


 どうだ? いや死んでない!!


 大量の手で顔を抑え、痛みにもがく腕の怪物。

 もう一発食らうより、腕の怪物の隙に攻撃を叩き込むことを選んで正解だった。


 さっき戦った時に、《忍耐》が発動したか否かっていうのは感覚で理解できる、ということが分かった。

 体の表面が割れるような……何とも言い難いけど、とにかくそんな感覚がある。


 でも、今のダメージ時にはそれがなかった。


 さっきの一撃で発動してたんなら、もう一発も喰らえないオワタ式になる。

 でも発動してないなら、あと一発は耐えられる!


 腕の怪物は、何と言うか……腕でできたウニみたいな形をしている。腕の細い太いはあれど、全方位に腕が飛び出してるって点ではまあウニと呼んでもきっと差し支えない。

 その前面をちょっと切り取って、小さな顔をつけたのがやつの姿だ。


 だから、背後の腕はこちらを攻撃できない。純粋に届かない。


 さらに腕が物理的に大きく入り組んでるせいで、腕の隙間を攻撃するのが苦手だ。

 入り込んだ私を簡単に捕まえることはできない。


 上手くやれば今みたいに潜り込める!


 あと何回攻撃すれば倒せるかな?


 と、腕の怪物が地団駄を踏むように、腕でそこらじゅうを叩き始めた。

 おっと。離れるのが吉。


 がむしゃらな攻撃は逆にどこを狙うかわからないから読みづらい。

 力と素早さがゲーム内の今、上手くやれば躱して潜り込めないこともないけど、ここは慎重に行くべき。


 ……あ、やばい。


 地面が抜ける!


 木製の地面がベキベキ音を立て割れていく。それでも構わずに腕の怪物は暴れ……ついに崩落。


「ギュアアアアア!!」


 きもい声と一緒に落ちていく怪物。

 ……仕留めきれてない。ポリゴンの光が見えない。


 逃がすか。私の経験値になってもらう!


 地面が抜けた下を見ると、中央に小川が流れている道だった。

 上にあった通路みたいだけど、こっちは石造りで、凝ったデザインで作られた鉄格子の柵があったり、街灯があったりして、多少お洒落に見える。


 何で下にこんな場所が……。今更だけど。


 まあそんなことはどうでもいい。嬉しいのは、デザインの都合上降りるのに使いやすそうな足場がたくさんあること。


 いいね。未知のエリアにいきなり突っ込んでいくのはリスクもあるけど……腕の怪物を逃す方がもったいない!


「せぇぇぇい!!」


 飛び降りて落下攻撃!

 バガン!と音が響く。


 まあ当たったのは腕にだけど。

 でも丸太のような腕でも、《復讐》+《逆境》のダメージボーナスが乗ってる攻撃だ。

 無傷じゃ受け止められるわけがない!


 痛そうに腕を抑える怪物。もっと苦しめ!


「ヂギュオオオオオオ!!!」


 降りてきたこっちに気づいたらしい。

 腕をぶん回しながら、べたべたと這いずってこっちに来る。


 って、ちょ、速い! あときもい!


 迎撃は……無理! 潜り込めない。突進を食らったらアウト!


 確実に《不動》のノックバック抵抗が悪い働きをする。突進の勢いを利用して離脱できればいいけど、それを殺してしまったら後はもう轢き殺されるか掴まれておしまい。


 前方は障害物なし。もうすぐ道が直角に曲がる。


 あ、やばい。追いつかれ始めた!

 巨大な腕の振り回しが来る!


 屈む。ジャンプ。左……じゃない右! あっぶな!


 あっちの方がちょっと速い。

 背後を見てる暇はない。感覚だけで避けろ!


「ぶつかれ!」


 勢いを殺さず、右の壁を蹴ることで無理やり左に曲がる。


 直角カーブに勢いを殺しきれなかった腕の怪物は、そのまま壁に激突。

 ここだ!


 中途半端に曲がろうとして、こちらを向いた顔がよく見える!


「せぇい!!」


「ギュィィィィイイイ!!」


 え、まだ死なないの? 確実に骨を折ったような感触あったけど。 

 顔を抑えうずくまる腕の怪物。そして爆発するように咆哮を上げる。


「ヂギュアアアアアア!!!」


 メキメキ音を立て、腕が膨れ上がっていく。

 やっば。発狂モード入っちゃった。


 再びがむしゃらに暴れる怪物。

 躱しきれない!


「うっぐ……!」


 振り抜かれた腕が直撃。アバターの表面が割れるような感覚。


 《忍耐》が発動した。


 もうダメージ無効化は望めない。ここからはオワタ式。


 でもアイツもあと数発で仕留めきれるはず!

 《復讐》のダメージボーナスも上がったはずだし。

 またさっきみたいな曲がり角があれば……!


 柵や石畳を粉砕しながら迫る怪物。


 と、ヒュン、と風切り音が耳に届く。


「こっちだ!! 逃げろ!!」


「その声……アキカゼ!」


「お前オウカか!!」


 ボイスチャットでよく聞いた声。


 見れば、川を挟んだ向こう側……の、さらに上。屋根のような部分を走る、眼鏡を掛けた男。

 時折止まり、弓矢で腕の怪物を狙撃。


 正確に顔を狙った一撃。


 流石のエイム力。助かる!


「この先に木製の跳ね橋がある!! そこに誘導しろ!! ロープを切って落とす!!」

「わかった!」


 いいね。落ちたら確実に大きい隙ができる。そこを落下攻撃でトドメってわけ。

 すぐに跳ね橋は見えてきた。お洒落に整えられた今走っている道とは違い、随分と粗末な作りの建物から伸びてる。


 いや、跳ね橋そのものも、木材で無理やり継ぎ接ぎしたような酷い出来だ。

 エリアが違うってわけ。


 というか分かれ道とかないから吊り橋に行くしか無い。


 ヒュ、と風切り音。

 跳ね橋のロープが一本、スパンと矢で切り落とされた。


 私まだ渡ってないけど!?


「飛べ!!」


 ああそういうこと!


 ガッ、と地面を踏みしめ、全力で跳躍。渡りきり、粗末な建物の入り口へ。


 振り返れば、腕の怪物が跳ね橋を踏み抜き、轟音を立てて落ちていく。


 いや、まだ!

 大量の腕を伸ばして、なんとかしがみつきやがった!


 手当り次第に腕を伸ばし、体を引き上げる。

 だけどそれは悪あがき止まりだ。


 顔を出したな!


 何かに掴まって体を持ち上げないといけない以上、この瞬間顔面は無防備ッ!!


「死ねぇぇぇえええ!!!」


 大上段から全力で振り下ろす!


 餅みたいに潰れて死ねッ!!

 狙いは違わず、腕の怪物の顔にハンマーが全力で叩きつけられた。

 バガン!と凄まじい音。


「ギュヂヂァァァ……!」


 腕から力が抜け、落ちていく怪物。

 その途中、怪物の全身がポリゴンになって爆散した。


《レベル上昇:5→11》


 わーい! めっちゃ上がった。


 いいね。《忍耐》の効果はやっぱり大きい。《復讐》《逆境》も、相当なダメージ源になってたと思う。そうじゃないと多分倒せなかった。


 結局、3、4回しか攻撃当ててないし。それだけで済んだのは確実にアニマのおかげ。


「ふう。危なかったな」


「アキカゼ。援護ありがとう」


「ああ。気にするな」


 アキカゼの姿は、一見すると人間と変わらなかった。でもよく見れば違う。


 軽装の隙間から見える関節からは、歯車仕掛けの機械が見える。眼鏡の奥の目はガラス玉みたいだし、耳があるべき場所には変わりに歯車が顔を出していた。


「そう言えば、リアルの姿で会うのは初めてだな。改めて始めまして」


「リアル?」


 ゲームの中だけどここ。


「いや、キャラメイク時に顔などの編集ができなかっただろう? つまり今俺たちの顔や体型はリアルそのものだということだ」


「なるほど」


 それもそうだ。種族違うけど。


「それは何にしたの?」


機構人形オートマトンをイメージして作った。俺としてはお前がなぜ赤鬼にしたのかが一番気になるんだが……」


「強そうだし」


 アキカゼは何とも言えない表情になった。

 ……笑いをこらえてる? 何が面白いの。


「さて、情報共有をしたいところだが、ひとまず祭壇に向かおう。あれほどのモンスターを相手していたんだ。HPが減っているだろう」


「もう1しかない。この辺りにもあるの?」


「瀕死じゃないか。この奥すぐだ」


 なるほど。雑魚がいなかったのはアキカゼが仕留めてたからか。運が良かった。


 アキカゼは眼鏡の位置を調整しながら言葉を続ける。


「それに、もう一つ面白いものがある」


「なにそれ」


「《戦友の碑石》を見つけてな。コミュニティが開放されたんだが……」


「それで?」


「ゲーム内で『掲示板』が使えるようになった」

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