サイドストーリー 石嶺士道として

ここで一度シドーのルーツから彼がいかにして『ただ楽しく生きたい』と強く願うようになったのか考察する。


シドーこと石嶺士道は、大工職人の次男として出生した。士道の父方の祖父は元は地方の大地主だった。使用人も数十人雇っており父は幼少期、周りから「石嶺家の坊ちゃん」と呼ばれ、周りから羨望の目で見られていたらしい。らしいというのは士道が産まれた時には既に石嶺家は没落し一族離散していたからだ。


士道の祖父は地元の名士だった。地元企業や自営業者は誰もが祖父に銀行借入の保証を頼み、その多くを引き受けていた。ある時、保証をしていたある企業が倒産した。倒産した企業を得意先としていた多くの企業が連鎖倒産した。その全てに祖父が保証をしていた為、ほぼ全ての財産が銀行へ保証弁済に消えた。


祖父は僅かに残った財産を元手に再起を図ろうと、都会へ出て建設会社を設立した。だが祖父に商才が無かったばかりか後継ぎの長男、つまり士道の伯父は昔の栄光が忘れられなかった。伯父は浪費を続け財産を食い潰し、会社は倒産。その後祖父は惨めな最後を遂げた。


浪費家の伯父は強かだった。祖父の死など気にも止めず、伯父の弟二人を子分にし自らを親方として新たに建設業を組織した。士道の父も中学卒業と共に伯父の子分となり、建設現場で馬車馬の如くに働いた。だが五年経ち十年が過ぎても父の暮らしは食べていくのが精一杯だった。


それでも兄弟達はせめて末弟だけでもと大学卒業まで生活を援助し、末弟は期待に応え一流企業へ就職した。だが父の暮らしはその後も良くならなかった。


ある時、父は自分の末弟から伯父の援助で大学を卒業出来、伯父には感謝していると言われた。父は驚き、伯父を問い詰めた。伯父は全てを暴露した。


兄弟達の末弟への援助は伯父一人のものとして末弟に渡していたのだ。更に伯父は開業当初から兄弟達の給料をピンハネし伯父一人が私腹を肥やしていた。


全てが露見し、伯父は兄弟から制裁を受けたが半死半生で許して貰えた。その後兄弟達は離散し、父は大工仕事を続けた。更に一流企業へ勤めた末弟は恩を忘れて兄である父を中卒というだけで何かにつけて馬鹿にした。


自らの経歴と現状にコンプレックスを持つようになった父は、三ヶ月に一度だけ行く高級料亭がたった一つの楽しみだった。食事が楽しみではなく、給料日後の全財産を財布に入れ、高級スーツを身に纏って大手企業の社員を演じるのだ。それが父には快感だった。

そして料亭の女将に顔を覚えられ、『裕福な大手企業の社員』の父は見合いを勧められた。そして士道の母となる女性と出会う。


当時の士道の母は抜群の美女だった。それこそ結婚相手は引く手あまたで医者、弁護士、銀行員など当時憧れの職業と言われた男性達から求婚されるほどだった。だが料亭の女将と士道の母方の祖父は仲が良く、女将が『羽振りの良い、裕福な大手企業の社員』との見合いを提案した。貧乏だった祖父は喜び母に伝え、この見合いを実現させ、結婚させた。


当然、嘘で塗り固めた経歴なので真実は明らかとなる。結婚後はボロアパートでスーツは一着のみで残りは作業着。再び訪れる貧乏暮らし。

『貧乏で金持ちに憧れた女』は『肉親に利用され心が歪んだ金と学歴に執着する男』と所帯を持つ羽目になった。


因みに士道の母方の祖父は腕の良い洋裁職人だった。しかし彼もまた知人の借金の保証で肩代わりすることになり、一家は長期間の貧乏生活を強いられた。その結果、金に目がくらみ、洋裁職人が文字通り一張羅の男を服で見抜けなかった。


そんな両親の元で育てられたのだから、士道は幼少期から人の何倍も苦労をした。士道は病気がちだが器用で要領が良いタイプだった。父には末弟に似ていると疎まれて暴力の的となり、母は父に怯え士道を身代わりに利用し、更に家事全般をやらせた。幼少期から士道が限界を超えて辛いと嘆いた時、必ず聞かされる言葉が「頑張れ。やれば出来る。」だった。


泣けば殴られ、話せば反抗的だと蹴られ、母に助けを求めると逆に「もっと家事をやれ。父の機嫌を取れ。」と言われた。士道には兄がいた。彼は健康ではあるが凡庸だった。その為期待もされず比較的自由に育った。それでも兄も少なからず虐待を受けた。その兄のストレス発散は弟である士道へ向かった。


結果、士道は全員から肉体的、精神的な虐待を受ける毎日だった。シンデレラの絵本を鼻で笑って破り捨てた頃には士道の心は『誰も信じられない』猜疑心の塊となっていた。


ある時、士道は中卒の両親に98点のテストを破かれて頬をぶたれた。彼は何故と思った。両親は揃って「何故一つ間違った?」と。士道は高得点を取って褒められると思って、目を輝かせて渡した結果だった。


士道は身体が弱く、肉体労働は出来ないと思い高校、大学に進学するつもりでいた。すると父は士道に進学の許可を与えて欲しければ、と土下座を強要した。母は同席していたが何も言わなかった。父に意見して暴力を振るわれるのが怖かったからだ。士道が土下座すれば全て丸く収まる、母の心境はそんなところだ。もうその頃には士道に家族に対する感情は憎しみを越えて『無』だった。


大学へは奨学金で行った為、土下座は不要だった。家を出て大学の近くで一人暮らしを始めた日。自分が遂に家の奴隷から解放された事を理解して一晩中泣いた。


大学卒業後、士道は営業マンとして商社で働き良い結果を出した。だが士道は身体が弱く、内勤を希望して管理畑へ進んだ。そこで順調に出世し、恋愛をして結婚した。


士道は親から離れてからは全てが順調だった。結婚し、子供にも恵まれた。ある時、一日中家にいるのが辛いと妻は趣味でパートを始めた。趣味で始めたと言っても士道は昔から家事も分担していたし育児もした。一人娘が妻より士道に懐く程だ。だがほぼ全ての家事育児を頑張っても妻は「まだ足りない」と士道を責めた。仕事も「出来るから」と言う理由でどんどん回され、士道から自由は再び無くなっていった。


ある時から士道の体調が次第に悪くなり始めた。最初は過労と思った。栄養ドリンクや市販の鎮痛剤を、飲んで耐えながら働いた。体調はさらに悪化し医師に診て貰ったが、どの医師も「過労とストレス」としか言われなかった。


休養を取るも体調は更に悪化し、微熱が2カ月も続いた。士道も流石に身の危険を感じ、ある医師に「頼むから血液検査をしてくれ」と頼んだ。渋々受けた医師は翌日採血結果を見て、大慌てで士道に電話した。士道は大病院を紹介され、そこで受けた診断が「血のガン」の一種で治療が極めて難しい種類だった。


士道は会社をクビになり、入院して無菌室で治療に専念した。収入は保険や貯金があった為、家族の生活には影響がなかった。だが妻はさらに変貌した。たまに見舞いに来てもガラス越しの部屋から金の話ばかりとなり、来られるのが迷惑とさえ感じ始めた。


治療の甲斐なく、発見が遅れたことが原因で「治療の限界」と「余命宣告」をされる。緩和ケアに移り、モルヒネを打たれ意識が朦朧とした。ただ死を待つだけの日々。ベッド上で彼は娘の幸せだけを案じた。妻は二言目には朦朧とした頭に「カネ、カネ、カネ」と病的なまでに催促をした。


死がいよいよ目前に近づいて来た時、朦朧とする頭で士道は自分の人生を振り返った。まるで不幸になることを運命づけられた血族だ。そして最後はその血に殺される。何という皮肉だ、と。自分の生まれを、血の呪いを恨んだ。


彼が憧れた「普通の幸せ」は手に入らなかった。たった一つ、娘を除いて。だがそれだけで幸せだった。娘は天性の明るさと身体の強さと彼が欲して止まなかったものを持っていた。


それは士道が娘に真摯に接した結果であり、一族の因果を娘には引き継がせなかった。彼女は近く片親になるが、きっと上手くやっていくだろう。子供の頃の夢を叶える為に前を向いて努力して、それを楽しんでいた。

士道の憧れた人、それ自分の娘だった。

だから幸せだった。


そして娘に幸せになって欲しい。


もう願うだけ。


そして、無菌室のドアが開き、医師が士道に話しかける。


「石嶺さん、実は会って欲しい人がいるんです。」


そして、士道の血の物語がまた始まる。

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ReVIVE of BLOOD 〜不治の病の男が生体兵器にされ千年後に目覚めるが、役目そっちのけで新人生を謳歌する〜 おかゆ @writer-okayu

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