第一章 18話 中年はかつての相棒にめぐり合う。

かつて平野区から八尾市と言われた辺りで散策をするシドーとレイ。個人経営の工場が無数に立ち並んだ景色は今は当然無く、辺り一面が草原や川、森林や沼になっていた。地形エリアのフルコースと言った具合だ。


シドーは無難に草原を歩きながら森林に差し掛かろうとしたときだった。あのゴブリンがいた。しかも5体も。幸運なことにこちらは茂みに隠れていて風下にいる。人数差を考えれば抜群の位置取りをしている。


見つかれば当然襲われ、抵抗しなければゴブリン達の食事に早変わりだろう。慈悲の気持ちは全くない。今は見敵必殺だ。ヒト型魔物であることから急所は頭部と判断し500mの距離まで近づく。指先を切って血を出し、その一滴を礫として速度を込めて打ち出した。打ち出した瞬間に最後尾のゴブリンが

こめかみを貫通して倒れた。どうやら頭部が急所で良さそうだ。まだゴブリン達は何が起こったか分かっていない。ギギギっと気持ちの悪い音を立てて騒いでいる。


シドーは礫を発射後、即座に移動し今度はゴブリン達の背後に位置していた。ゴブリン達は礫が飛んできただろう方向を見ているがシドーは既にそこにはいない。狙撃の基本は一発撃ったら移動する事だ。射線から位置がわれるからだ。そうして今度は二滴の血を円月状の刃物に変え投擲。後方2匹のゴブリンの左側まで届いたときに『曲がれ』と念じた。


円月の刃は意思を持つかのように右に方向転換し、ゴブリン2体の首を連続で刈り取った。刃に『戻れ』と念じて手元に飛ばし人差し指で円月の輪を引っ掛けてクルクルと回し血に戻した。残り2体のゴブリンが後ろを振り向きこちらに気づいた時にはシドーは猛ダッシュをしており既に間合いに入っていた。鞘から刀身を抜きざまに一閃、最後の一体が棍棒で襲ってくるがしゃがんで躱し、そのまま膝上を横薙ぎで切断。まだ息がある最後の一体の頭部に刀を突き立てあっという間に五体を全滅させた。


「血の力は凄すぎる。これは俺の主要な武器になるだろうね。使いすぎて貧血を起こさない事が課題だけど数滴なら擦り傷レベルだし問題ないか。後はこいつらが魔物というなら魔石があるなずなんだよな。」


そう言うとシドーは刀で一体のゴブリンの胴体を開く。イノシシの時のように表面にはなかったからだ。ゴブリンの肋骨を刀で切り落とした時、心臓の横に光るものが見えた。そう言えば初めてゴブリンを倒したときにも胴の中で光るものがあったことを思いだし、これのことだったかと理解する。余り触れたくないので手に布を被せて、ナイフで剥ぎ取り他も同じようにした。ゴブリンの死骸は一つに集めて刀のヒートモードで焼いた。


「ボディースーツグローブにこいつらの血を付けたくないな。せっかくの一張羅が汚れる。そうなると汚れてもいい手袋を買う必要があるなぁ。それにこの魔石は幾らになるんだろ?」


『こんなにあっさりやられるんだから対して高く売れないのでは?』右肩でレイが真っ当なことを言う。


「それもそうだよねぇ。これは小銭で良いから売り飛ばすか。あー、魔物の生態とかランクみたいなのが分かればいいのにねぇ。」


『世間の相場は分かりませんが敵のランクみたいなものは判りますよ。マスターから見ての相対的な強さですけど。』


「まじか、それはいい情報じゃないか、さすが有能ナビケーター!で、コイツらはどうだった?」


『それが今のマスターを10とするとゴフリンって3なんですよ。』


「え?正面からまともにやったら人数差でやばかったって事?」


『あくまで身体能力とかではですけど。マスターもどんどん力を付けてますし今のでまた変わるでしょうけど。今回は作戦がよかったですね。』


「そうだな、血を使ったのと猛ダッシュ、刀の機能をオフにしてたから思ったより斬るときに抵抗があったね、切り方が悪いと思う。筋力を結構使ったから超回復できそうね。いつも薬に頼ってたら薬がなくなったとき積むから、今回は痛いのを引き受けるわ。超回復を頼んで良い?」


超回復とは前回もやったが、要は筋トレ後の筋組織の破壊から乳酸が分泌され筋肉痛が起こり、筋肉がより強靭に再生をされる一連の流れで、それをレイのサポートで一瞬で行うわけである。じわじわ痛む筋肉痛や乳酸が出てから消滅するサイクルを一瞬で行うから痛みはまとめて一度に来る。一瞬とはいえ相当な痛みがあるが前回までシドーは鎮痛剤を飲んで誤魔化していた。


『解りました。良いんですね。覚悟は良いですか?行きますよ-。3.2.1.ドン!』


「グォー!、!」

シドーの苦悶の声が響く、顔は脂汗で滲んでいる。刀を杖にして持たれて凌いだが、直ぐに痛みは引いた。

「一瞬とはいえ想像以上の痛さだわ。これ。」

『そりゃじわじわ回復するようになっている人間の仕組みを無視してやるんですもん。痛いに決まってます。まぁ、マスターも身体を使いこなせば痛覚を遮断できるようになると思いますよ。ま、今回は私がサポートしたら遮断できたんですけどね。』


「それじゃやってくれても良かったのに、、、いや、痛みがないと覚えないな。感覚って大事だし。どう痛んでるかを身体で理解しないと痛覚を遮断とか出来そうにない。」


『流石ですねマスターは。頼れるものは頼りますが、自分でやることはちゃんとやるんですね。』


「自分の為だからね。誰かのためならやらないよう。こんな化け物がうろつく世界だし、ゴブリンばっかりな訳ないだろうから、その時のために鍛えておかないと。そして旨い獲物を狩って、御馳走を食べなければ!レイにも食べさせたいしな。」


『マスター、ステキです!一生ついていきます!!』

「いや、もともと一心同体だから一生ついてくるだろ??? 」


『そーゆーのじゃなくて!!!わっかんないかなぁぁぁ。義務でやるのとやりたくてやるのは天と地程の差があるんですよ!』

「確かに、共生関係は義務と言うか仕方ない状態だもんな。楽しいことを分かち合ってこその相棒だよな!」

『はいっ!』

今日のレイはご機嫌だった。


しばらく狩りをする、超回復をするの繰り返しで獣の皮や牙、角等の売却素材が結構な量になった頃、景色は夕暮れに差し掛かっていた。身体も鍛えられたし最後の獲物を探して、先程覚えた上手に気配を殺す方法を試しながら獲物を狙っていた時だった。シドーは驚愕した。ヒグマがいたのだ。しかも額には魔石がある。


魔物化したヒグマ。さすがにこれは分が悪いと思ってそのまま立ち去ろうとした。が、ヒグマは目の前のウサギの魔物を襲おうとしていた。かろうじて爪の直撃はよけたようだが傷がある。あのままだと捕まって食われてしまう。



シドーはウサギに特別深い思い入れがあった。前世代での自分。つまりまだ「死の病」にかかる前の社畜時代、娘と共に心を癒やしてくれたのは当時飼っていたウサギだった。自分の相棒と勝手に思っていた。しかもそのウサギは、魔物化した以外は見た目がそっくりだった。薄茶色の毛並み、どんぐりのような真ん丸の黒目、ピーンと伸びた耳、短い前足、ネザーランドドワーフという種だ。ヒグマがいるのもあり得ないと思ったがその種のウサギがいるのもあり得なかった。大昔は誰かに飼われていたのが野生化し何十世代も生き延びていたのか。勿論、今の世界は昔以上の弱肉強食。助けることは道理ではなかった。


しかし気がつけばシドーはヒグマを討伐するべく動き出していた。自分の唯一の理解者、つらかった時の一つの救い、過去の記憶を重ねてしまった。襲われているウサギが自分の家族に見えた。それをむざむざ殺されてたまるかと、ただそれだけだった。距離は100m弱。血を十滴ほど握りながら、全力で走ってヒグマに突進する。


パワーは一撃で人間を仕留め、スピードも時速40kmで走り続ける個体、それがヒグマだ。普通に遭遇したら目線を切らないように背中を見せずにじりじり後退するしか方法がない。だが今は闘う力がある。


近づいて気づかれる直前に横側から左眼に向かって血の礫を撃つ。礫は弾丸のように一直線にヒグマの左眼を撃ち抜いた。『グオオオ!』と怒りの叫びをする相手が身体をこちらに向けた瞬間右眼にも礫を撃つ。拳銃のような速度で飛ぶそれは魔物といえど動きが間に合わず、右眼を撃ち抜く。手や胴体に当たっても恐らく意味が無いと判断し身体でむき出しになっている弱い部分を潰しにかかる。


木々を利用して右の木に跳び更に蹴り、己の脚力と木のしなりで更に高さを求め近くの木に飛び移る。身長3mのヒグマの頭より少し上に位置した。目が潰れて怒りと焦りで咆吼するヒグマに追撃をお見舞いする。ヒグマから見て右斜め前に位置し、そこから先程の【血の円刀】を飛ばして鼻をそぎ、右耳を大きめの礫で耳の穴にねじ込むように直前で軌道を変え鼓膜を破壊する。


戦闘経験を積む為、敢えて貫通させず鼓膜だけに留めた。ヒグマにとっては恐らく体験したことのない痛さの筈だ。痛みでヒグマが4本脚歩行に戻った瞬間。刀を高周波モードにし、木を蹴り自ら弾丸のように跳びヒグマの頭部を狙う。風切り音で片耳のヒグマが気付くがもう遅い、シドーは空中で身体を回転し、遠心力を付けた刀をヒグマの首へナナメに叩き込んだ。少しの抵抗もなくただ肉が切れる感触。


高周波モード独特の手応えを感じた後、両足で地面に着地し直ぐに反転してヒグマに向き合う。しかしそのヒグマは四つん這いから浮かび上がろうとした姿勢のまま首から上を失い動かなかった。少し待つとそのまま地面に轟音と共に倒れ込んだ。


ウサギは、、、、なんと逃げずにそこにいた。脚を怪我して動けずにいたかも知れない。シドーは急いで駆け寄り魔物ウサギの様子を見る。普段なら襲ってきたり、逃げるのかも知れないが弱っており、持ち上げて膝に乗せても足をばたつかせもしない。


『マスター、傷が深いです、このウサギの自然治癒力だけでは治りません。どうしましょうか、、って決まってますよね。』

肩にいたレイが微笑んだ。シドーは迷わず手のひらを切りウサギの傷口にあてがい、血を送り込んだ。ウサギの身体には充分すぎる量のバイオナノマシンが体中の傷口の修復促進を行い、ウサギの魔石も全ての魔力を吸い取られて消えてしまった。その代わりにそのウサギは傷口が消え、水筒の水を舐めるように飲むことが出来るほど回復した。


「ヒト?ナンデ?」


驚いてウサギを放り投げそうになった。ウサギが人の言葉を、と言うより声を出したのだ。ウサギは声帯が無く、声を出せない。代わりに鼻をならして意思疎通するのだ。それが声を出すばかりか人の言葉を話すとしたらシドーでなくても驚くだろう。


右肩のレイが「あ、ウサギは声帯がないのが普通だったんですね。なくなったと思って人の形を参考に造形してしまいました。知能は私の細胞が脳にまで達しているので脳の容量の問題はありますが知能指数はかなり上がってますよ。」


夢にまで見たウサギとの会話、シドーは気づけば涙がボロボロと流れていた。ずっと、ずっと、キミと話したかった。聞いてくれる一方だったけど。何を思ってるのかどうして欲しいのか、とか色々。たくさんありすぎて何から聞いて良いか分からないが、シドーは迷わずこう言った。


「ミソ。大丈夫だよ。悪いクマは俺がやっつけた。間に合って本当に良かった。」


ミソとは彼が家族同然に飼っていたウサギの名前だ。茶色い体毛が味噌色だったからではなく三十日に出会ったからミソだった。やんちゃなオスでいつも楽しませてくれた、8年も生きたがやはりウサギは人間より寿命が短く最後シドーの腕の中で天に帰った。最後の姿はまるで生きているようで、動かなくなった家族を一晩なで続けた。そこまで愛情を注いでいたからこそ、彼は思わず「ミソ」と呼んでしまったのだろう。


魔物ウサギは「ミソ?」と聞いてくる?

「あぁ、ごめん気にしないで。昔の友達の名前を間違えて言っちゃった。余りにも似てたから、つい。」

「ヒト ガ マモノ ト トモダチ?」

「ああ、そうだよ。俺には相手が人間がどうかは関係ない。動物でも魔物でも。心が通じるなら友だちになれると思ってる。人間でも心が汚いヤツはダメだ、それこそ退治しなければいけないとさえ思うよ。」


「ソウカ カワッテル」


とりあえず、シドーは木に実った梨もどきの果物を飛び上がってキャッチして刀で丁寧にウサギの一口サイズに数切れ作って手に乗せた。

「果物好きだろ?食べなよ。」


ウサギは尻尾をピーンと立ててシドーの手のひらにある梨を数切れ齧り付いた。あっという間になくなった。

「まだやっても良いけど、今すぐはダメだよ。お腹を壊すし、糖分を取り過ぎるとその身体では早死にするからな。」


「ワカッタ。ダケド アトデ チョウダイ」

「約束するよ。」

「マスター!」

レイがアバターで話し始めた。遂に正体を隠す気が無くなってきたのか。ここにいるのはシドーの他ウサギの魔物をしかいない。問題は無いが。


「どうした?今ウサギをもふもふして癒やされてるんだからさ、少し休ませて欲しいなー。」

「いや、休むのは構いませんが一休みしたら熊の解体と魔石の収集。あと御馳走肉を忘れないでくださいね!」

レイが人差し指を立てて主張している。肉恐るべしである。


「わかったわかった。あと、このウサギさえよければ、と言うかこうなってしまった以上連れて行くしかないんだが、それでいいよな。」

「むぅ。それは仕方ありませんね。マスターが自分の意思で充分に血を分けた生き物ですから。ただこのウサギはこれからマスターほどではないにしろ力を付けていくと思われます。近くにおいておくと助けになることもあるでしょうし、離してしまうと厄介な敵として現れるかも知れません。ここは飼うのが妥当でしょう。」


「飼う、か。世間から見たらそう見えるよな。俺はトモダチになりたいだけなのに。なあ、ここにいても襲われるしお前は魔物じゃなくなったんだ。ちょっと喋れたりおかしなところあるけど俺と一緒に来ないか?甘いものはちゃんと時々与えるからさ?」


「イノチ ノ シンパイ ナイ。 アマイモノ タベラレル コブン ニ ナル!」


「子分ではないんだけどまぁいいや、そうと決まれば名前を決めないとな。よしお前の名前は『ソラ』だ。何処までも広がる空のように一緒に自由に旅をしよう!」


「ソラ ナマエ モラッタ」

ウサギ改めてソラは感慨深く言葉を噛みしめている。


「改めて宜しくな、ソラ。今日のところはその辺でぶらぶらしておいてよ。危険になったら心で俺を念じたら俺まで届くから、細胞が繋がってるからさ。分からないだろうけど。」


ソラはウサギらしくぴょんこぴょんこと草むらを走ったり日陰の暗いところでお尻を木に当てて背後を守ってぼーっとしている。


その間にシドーは熊の処置が待っていた。まずアタマの赤く光る大きくて丸い魔石をくりぬく。そして、前と同じように胴体を前から裂いて、内蔵を取り出しあらかじめ掘って補いた穴に投げ入れた。そして熊の右手首を落とし手のひらを丁寧に拭いて清潔にし、麻袋に収納した。「熊掌」と言って美味しく珍味らしい。蜂蜜を取る手だから右手が一番旨いとする説まである。


難波の雑貨屋で買っておいたナイフと刀でモモ肉を食べる分だけ適度な大きさのブロックに切り鉄串にさして火にかけていく野菜も手に入れていたので「ネギマ」は再現できた。後は可食部位を血抜き後、布で丁寧に包み次々と麻袋に入れていく。首から下の全身の皮は一体にした方が価値が出そうだったので丁寧に肉をこそぎ落として近くの川で水洗いをし麻布で皮の内側を磨いた後、最近使いこなせるようになった水分を蒸発させる能力でてきぱきと処理をした。これは袋に入らないので羽織っていくしかない。


麻袋が肉でパンパンになりレイが満足いくまで熊肉の焼き肉を堪能した後、ソラには草と梨の残りを食べさせた。木陰で敵が来たら発見できるようにセンサーをレイに依頼して眠った。


この世界に来て初めて自分の為に頑張った。ウサギ一匹を救ったなんてちっぽけなことかも知れない、そのためにヒグマに立ち向かうなんて無謀極まりない。でも彼は「ソレがしたかったのだ」。死んでも後悔はなかっただろう。やりたいことをやらずして何故生きているのか?昔は全く気づけなかった事がこんなに簡単なことだったのかと、思いながら久々に深く、深く眠るのだった。


だが、翌朝の衝撃を彼はまだ知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る