第一章10話 中年は異能を知らず、また真の異能は誰も知らず。

どんちゃん騒ぎの歓迎会が行われた翌日、シドーは改めて長の家に向かった。と言うのも、ジェフが言っていた『爺さん連中』とは長と長を補助する相談役と言われるここの有力者だったからだ。その道中での事。


「レイ、俺の持っている刀って他の人でも同じように使えるのかな?」

『マスター、どうやらその武器は原理はまだ解析しておりませんが最初に鞘から抜いた時にどうやら所有者登録がなされている様です。おそらく生体反応認識でマスター以外では鞘から抜くこともできないでしょう。』


「そうか、それなら安心だ。」

『どういうことです?』


「今から行くところ考えてみろ、恐らく長連中は俺がこの刀を使用して化け物を軽々と真っ二つにした話を聞いたはずだ。欲しいと思わないか?俺なら思う。何もわからない状況でこの刀は俺の生命線だ。権力者なんて奴は欲しいと思えば、どんな手を使ってでも狙ってくる。初めこそ売ってくれないかとか言い出して、良くて売却、悪けりゃ渡した途端に奪われて口封じに追放か暗殺だよ。」と諦め口調でシドーはレイに説明する。


「だから言って相手はここの権力者で、しかもこちらは情報が必要だ。見せてくれと言われたら今の時点で渡してみせるくらいはしなければならないだろ?だからポーチにあるものは可能な限り隠す事が賢明だろうね。取り上げて使用するか、高値で売るか、大体の検討は付くよ。人間って汚いからね。特に閉鎖環境の権力者となればなおさら。昨日の一件の意趣返しがあっても仕方がない。昨日は公開の場だったから、悪く言えば長は器の大きいところを皆に見せた、と考えなくもない。密室なら成立したかと言われたら自信がない。」



『マスターって人とか信じることあるんですか?』

「殆どないよ。人間は怖いよ。生物の中で裏切る生き物の事を人間という。って程度の偏見を持っているくらいに。施しをしたら、それは当然となりもっと欲しいと言い出し、なくなれば横暴だとまで言いかねない。そんな欲深い奴らが一定数いるのは確かだ。少なくとも俺はあの長を信用する様なお人好しではないね。40数年生きてきて、人生で心から信用できる人と思えたのはほんの数人だよ。後は裏切られるか、利用しあうだけの関係か。自分から裏切ったことはないのがせめてもの救いだよ。」


『なるほどー、マスターが人間を怖いと思う寂しい人ってのは理解しました!信用できる人、この時代で見つかると良いですね。』

「だな。今の所レイだけかな。」

『え?告白ですか?でも私実体ないしなぁ二次元的な?』

「ちがうわっ!同居人、運命共同体。そう言う意味!」

『へー。まぁ今はそれでいいですけどねー。仲良くなりたいなー』

「ともかく、俺が死んだらお前も終わりなんだから一緒にこの肉体を守ろうよ。まぁ俺の考えすぎで済めば良いけどね。」

『そうですよ。昨日の歓迎を考えたらマスターのいうことにはならないと思いますよ!』



と、シドー丁度脳内会議を終えた頃に長の屋敷に着いた。

「さて、レイの膨大な情報と俺の乏しい知識と機転で乗り越えますか!いくよ、相棒」

『イエッサー!!』


シドーは屋敷のドアの前で備え付けの鈴をならした。すぐに中から使用人が出てきて、応接間らしき部屋に通された。和風の平屋敷と思ったが中に入ると洋風か。文化が混在してる。シドーの生きた旧時代もこんな家があったなと印象だった。


5分程して長と長より年配の老人3名が奥から入ってきてテーブルの反対側に座った。シドーは席を立ち挨拶をすると着席を促され改めて軽く一礼して着席した


「お早うシドー、昨日ぶりだな。」

「昨日はご馳走になりました。ありがとうございます。久々に最高の気分でした。」

「そうかそうか、それは良かった。改めて住民の命を二度にわたって救ってくれた事に感謝する。ありがとう。」

「いえいえ、それは昨日のご馳走で充分楽しませて貰いましたから。」


「まぁ、アレだけって訳にもいかんだろう。何か必要な物があれば可能な限り揃えさせるが。」

「それには及びませんよ。着の身着のままの旅をしているようなものなので。でも差し支えなければ歴史とこの付近の地理を教えていただけると助かります。実ははお恥ずかしい話、ちょっと記憶を何処かに置き忘れてしまったようで名前以外思い出せないんですよ。」


シドーは記憶喪失の設定でなるべくこの世界の現状を知りたかった。

「そうか、何か辛いことでもあったのか、頭でも打ったか、何にしても難儀なことだな。俺と彼らにわかることなら教えよう。」


長が一人の老婆を見て目で合図した。

「彼女がこの集落で一番長く生きている。恐らく知りたいことは聞けばわかると思うぞ。」

目線を送られた老婆が会釈してくる。

シドーは会釈して「恐れ入りますが、あなたの知識を分けていただけますでしょうか。」と丁重にお願いした。


老婆は私が知る限りならと言うので、この際聞ける範囲で聞いてみたらとんでもないことになっていた。


「今が新暦1033年と言うのは聞いたのですが、まず新暦とは何なのでしょうか?」

「おやおや、おかしな事を言う子だねぇ。まぁいいさね。誰でも知ってる昔話も忘れちまったのか。新暦とは人が神の怒りに触れ大空から無数の槍を落とされ裁きを受けたのじゃよ。そして神は1000人につき5人だけ残してやると仰った。そして数えてみると本当にそうなったそうじゃ。残された人々は二度と過ちを繰り返さない様に神罰となるようなものは一つに集めて特別な場所で保管し、神罰にならないものだけを使うことにしたのじゃ。その神の怒りに触れた時から残された人々は新しい暦と言うことで新暦と名づけ過去の過ちを犯さない様に神の怒りに触れるものは『神罰の道具』と呼ぶようになり、限られたもの以外は持つことをためらいお上に差し出すようにしたのじゃ。お主の『音の鳴る刀』とかはもしかしたら『神罰の道具』かも知れんのぅ。」


シドーは昔話にかこつけて来たかと思った。

「いやいやただの刀ですよ。良く切れるだけの。私以外では抜けないみたいですけどね。」

「ほぅ、ますます怪しいじゃないか。呪いかも知れん。後で長に見て貰った方が良い。のぅ、長。」


長はしたり顔で「そうだな、もしもの場合は俺の方で届けておいてやる。」と相槌を入れる。

「この刀のことは後の話にして、それからどうなったんですか?」

「そうか?なら話すが老婆心ながらその刀は持たない方が良いものだと思うかのぅ。」

「ははは、怖い話ですね。続けていただけますか?」


「うむ、神罰の後、残された人には変な事が起こり始めた。人は変わった。ある者は力に優れ、ある者は空高く飛び、これが続いて物作りの才や、闘いの才等というようになった。物作りの才でも作物に愛された者は畑を耕すと恵みが多く、鉄に愛された者は鍛冶をして、闘いの才に恵まれた者は、、昨日お主がやったように化け物を倒すか、『神罰の道具』を探すために迷宮に潜る様になった。化け物も神の怒りの後に生まれた者でな。犬や猫、豚や牛などの動物、一部人のなれの果てじゃ。」


「え?昨日のアレは人間だったのですか?」

シドーは結果的に人殺しをしてしまったのか、慌てて聞いた。


「殆ど大昔の話じゃし突然魔物に変異するものもいると聞く。そして化け物からは化け物しか生まれん。人間も動物も全部がそうなったわけじゃないからの。だから残った人間は新たに名前をつけたのじゃ。害をなす化け物を魔物と呼び、意識を残して変わっていった人間は獣人とか、鳥人とかな。獣人とか鳥人は獣帰りとか呪いだとか、最近では進化だとも言われておる。」


老婆は話を続ける。

「ここにいるのはヒューマンと呼ばれる元の人間に近しい人で、作物に愛されたもの達じゃ作物に愛されたものはファーマーと呼んでおる。みな何に愛されたかで群れを作るようになっての。鉄に愛された者には角が生えたり肌の色が変わったりしておる鬼付きと呼ばれて多くは隠れて住んでおるがな。魔素の扱いに慣れた者は己の手から火や水、石や岩を出し、果ては雷まで出すようになっての。いまや大昔の人間と呼べる者は残っておらん。人はこの力をを『異能』とよんだ。全て神罰後、神が撒かれた『魔素』の結果じゃ。『魔素』が撒かれてから全てが変わり、変わりすぎた者は化け物になってしまったのじゃよ。化け物になると元の生き物を襲うようになる。『魔素』取り込みすぎないようにお主も気をつけてな。」


「え?今でもその『魔素』とかで変わるんですか?」

「そうじゃ。力に溺れて理性をなくしたり、人食いをした獣とかのぅ。神の裁きかも知れん。『異能』は正しく使えば便利じゃが『異能は魔素の産物』なのじゃ。取り込みすぎたせいかもしれぬな。」


「なるほど、大変有用な知識をありがとうございます。」

「年寄りや物知りなら誰でも知っている程度の話じゃ、気にせんでええ。もっと知りたきゃ街へ行ってギルドに行けばよい。ギルドでも探索者ギルドに行くと神罰の道具を探す者達がおり、商会ギルド行くと神罰から外れた道具を扱っておる。大阪の梅田か難波、そこに行けば街がある。」

「ありがとうございます。自分が誰なのかも含めていずれ街に行こうと思います。」


シドーそう言って話を切り上げようとした時、やはり長から呼び止められた。

「それでは一度その『音の鳴る刀』を見せてくれるか?」

シドーはやむを得ず、長に刀を手渡した。

長は、刀を手に取り、鞘から抜こうとするも鯉口が切れない。抜く事を止め、刀を観察し始めた。


「見れば見るほど不思議なものだな。黒塗り、いや黒い物で鞘も作られているのか、木ではないな。鉄と呼ぶには軽すぎる。鍔も柄もニホントウとは違う。お前にしか抜けないのは呪いかも知れんな。その手が呪われているのか、だとしたら切り落とすしかないかもな。」

シドーはあえてギョッとして手を押さえる演技をして無知を装った。


長は、笑って「はは、そんな怖がらんでも良い。冗談だ。俺は刃を見ていない、どうだここで抜いてみてくれんか。」と聞いてきた。


こんな所で抜刀しようものなら、それを口実に人を殺そうするなど『魔素にとりつかれた』とか言われかねない。シドーは冷静に「刀を人前で抜いてみせるような無礼者にはなれません。どうしてもと仰るなら外で少し離れた安全な場所で皆が見ている前がよろしいかと思います。」と、返した。


「確かにそうだな。いやすまんな、困らせてしまった。」

長はすぐに諦めたようだがシドーにはその表情が気になった。

「申し訳ございません。それでは今日の所はこれで」と、 シドーは申し出を断ったことの謝罪をし、丁重に退出した。



外に出てからしばらく歩き、シドーはレイと脳内会議と言う名の念話を始めた。

「レイ、わかった?アレが人間だよ。人間はいなくなったとか言っていたが悪い部分だけはしっかり残ってしまったみたいだな。手から火とか出す話はともかく他はナノマシンの影響かな。街に行って見るしかなさそうだ。そして直ぐに行くことになりそうだよ。」

『どういうことです、マスター?』


「どうもこうもここにいる限り狙われると言うことだよ。難癖付けられて、刀を取り上げられたら一巻の終わりだよ。片手を斬り落とすとか言い出す物騒な奴らだぞ?下手すりゃ殺されるよ。適当な罪をでっち上げあげられて住民に囲まれたら、逃げようがないし。農具をもって襲われようものなら斬るしかなくなるよ。そうしたら本当のお尋ね者になる。」


『確かにマスターの言う通りですね。街に向かいましょう。道中の食料位はありますし、お好みなら果実や獣を料理しても美味しいはずですよ。』

「ジビエかー。この世界で生き抜くなら必要だろうね。取りあえず今日ジェフの家で夕飯を食べて明日にでも出て行くか。」

『ホント、世界はどうなっちゃったんでしょうね。』


「いや、大体説明が付くだろ。レイが言った核戦争は神の裁き、神罰の道具は高度な文明のもの、魔素は元々大気中になかった物質の散布。原因はともかくそう考えたら説明が付かないか?核戦争が起こったというのに500年程度で文化レベルがここまで復旧しているのも謎の物質かナノマシンが土壌と大気を浄化したのだろう。当時誰か、いや国レベルで散布したのかもな。」


『マスターの洞察があたっているかはともかく説明はつきますね。意外と知能は高かったんですね♪』

「お前はなんか一言挟まないと気が済まないのね。」

『まぁまぁ、とにかく街へ行きましょう。』

「そうするしかないか、これ以上の情報はここでは入らないし。言われたこともどこまで本当か疑問があるしね。」


シドーが歩きながら脳内会議を終えた頃、偶然昨日助けた少女を見つけた。確か弟が病気とかいってたはずだ。

「レイ、あれどうしたもんかね?病気の弟だっけ?多分持ってる薬でなんとかなるやつだろ?俺の感覚経由で何の病気とかわかる?」


『血を見れば尚確実なんですけどねー。いや、マスターの血から私の一部を送り込めば感覚共有できますけど、それは無理でしょうし。』

「俺の血を飲めとか言えるか!まんま邪教の契約だろ。異能とやらも折角なら火とか出すより病を治すとかあればねぇ。あり得ないだろうけど。」


『なるほど、大気のナノマシンにアクセスすれば可能かも知れませんね。まだ完全な解析までは出来ませんが、ある程度操作は干渉できましたよ。手から火くらいなら出せるはずですね♪酸素があれば物理的に物は燃えますし、大気中の微量な水素とか発火する気体を集めて着火に使えば何とか』


「え?出来るの?まじかー。魔法使いシドーさん爆誕だ!」

『魔法じゃないですけどね。実際にやっている人は案外イメージの強い人で偶然新物質と親和して超常現象を起こしている可能性大ですね。』


「呪文とかってやつかね?それはそうとあの子どうしたもんかね?」

『それはマスター次第ですよ。所持してる錠剤は数に限りがあって複製は今の所不可能、で薬自体も要は身体の菌やウイルスを無害化して体外に排出するだけですから。』


「エリクシールはやはり夢の又夢か。」

『賢者の石の異名ですか?錬金術も言ってしまえば化学反応だったのでは?』

「じゃ無理だ。見るだけ見て、いけそうなら薬飲ませて退散するか。飲ませたら存在が知れるから確実に逃げる羽目になるけど。」


そうこうしているうちに昨日のアンナと言う女性との距離が縮まる。取りあえず経過だけ聞いてみるか、とシドーは話す決意をするのだった。

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