第五九話 断罪の時


「……」


 この上なく陰鬱な場所とは裏腹に、俺の心はなんとも清々しいものだった。この辛気臭い牢獄の奥に、は閉じ込められているらしい。やつらの命運はもう俺の手にあるといっても過言じゃないだけに、これほど素晴らしいことはないだろう。


 ハスナたちもついてきたがっていたが、わけあって宮中の一室に置いていくことにした。なんせこれから見せる光景は極めて恐ろしいものになるはずだから、トラウマにならないようにという俺の配慮なんだ。


 ――やがて、長い通路の突き当たりまで辿り着いた。さあ、いよいよ面会だ。一体どんな姿を見せてくれるのか……。


「「「「……」」」」


 奥の牢獄の前に立って中を覗き込むと、勇者パーティー――勇者ランデル、魔術師ルシェラ、治癒師エルレ、弓術士グレック――の姿がそこにはあった。全員例外なく痩せこけていて虚ろな目つきで、鉄格子の前にいる俺のほうに気付いた途端ぎょっとした顔で次々と立ち上がった。


「クッ、クソハワード……! お前、なんでこんなところに来たんだよ……!? あれか……? もしかしていい気になって僕たちを笑いにきたのか……!? 間抜けな寝取られ男の分際でっ……!」


「はっ……だとしたら本当に嫌味な男ね、ハワード……。普段から正義面してるくせに、神の手がまだ復活してない振りして私たちを誘き出して……それで捕まったらこうして高みの見物ってわけでしょ。別れたのは大正解だったわ……」


「ほーんとっ。あたし、こんな気持ち悪い男にストーカーされてたルシェラお姉様に心底同情するっ。あんたみたいなキモイ男より、ランデルお兄様のほうがずうーっと素敵だもんっ」


「へっ。命乞いでもすると思ったのか? ハワードさんよ。それなら残念だったな。どうせ俺らはもう処刑される運命。死ぬよりも怖いことなんてあるわけねえし、尚更お前みたいな無能なんて怖くもなんともねえんだよ……」


「……」


 期待通りだ。本当に、勇者たちは怖いくらい期待通りの反応を示してくれた。これで命乞いでもされたら俺は酷く落胆していただろうに……。


「俺はな、お前たちの悲惨な様子を笑いにきたわけでも、命乞いを期待してここに来たわけでもない。処刑に備えて神精錬を施しにきただけだ」


「「「「えっ……?」」」」


「お前たちは処刑されると言ったが、やり方については王様から俺に全権を委ねられている。その意味がわかるか……? ここであっけなく死なれたらその分楽をさせてしまうことになるし、信徒たちを虐殺した罪にしては。だから拷問に耐えられるように、色んなものを鍛えてやるつもりだ――」


「――ちょっ、ちょっとタンマッ! クソ……い、いや、ハワードォ、僕たち腐っても幼馴染だろ……? だよねっ? そりゃ確かに酷いことをしちゃったかもしれないけどさ、だからって苦しめて殺さなきゃいけないほどのことじゃないと思うし……」


「そ、そうよ、ハワード。私たち幼馴染でしょ? なのに、拷問に耐えられるようにって……ちょっと頭おかしい……じゃなくて、へ、変なんじゃないの? ねえ、元恋人でもあるのに、そこまでやること……?」


「ひ、酷いよぉっ。あたしたち元仲間なのに、どうしてそこまでするのぉお……? ひっく……えぐっ……」


「な、なあハワード、頼むから考え直してくれよ。俺たちはもうガキじゃねえだろ。お、親の仇でもあるまいしよ、苦しめて処刑するなんて、考え方があまりにもいかれちまってるぜ……」


「……」


 この素晴らしい変わり様。楽に死ねるとまでは思っていなくても、精々一日中苦しむ程度だと甘く見ていたってことだ。


「何度も言う。俺はお前たちの元仲間や幼馴染としてここに来たわけではない。王様から処刑方法を委ねられたから、お前たちが犯した罪に応じた処罰を与えると言っているだけだ」


「「「「……」」」」


 俺の言っている意味をようやく理解し始めたんだろう。勇者パーティーの顔色も表情もどんどん悪い方向に行くばかりだった。


 ――お、コツコツと複数の足音が近付いてきた。これは兵士たちのもので、まもなく待ちに待った処刑場での宴が始まるということを意味している。


「さあ、もうそろそろ処刑の時間だからお前たちに神精錬を施してやろう。まずは痛みに敏感になるよう、感度を鍛えてやるか――」


「――ハ、ハ、ハワード、待ってっ、助けてくれっ! 僕が悪かった! なんでもするっ! 奴隷にでもなんでもっ、ルシェラも返すっ! だだっ、だから、せめて楽に死なせてくりぇええぇぇえっ!」


「ハワード、やめてっ、お願いよおぉっ! どうしてそんな非道なことができるの!? 私はあなたのことを本当に愛していたけど、裏切ってしまったのは、そ、それは、あなたが期待に応えてくれなかったから、だから……!」


「ハ、ハワードしゃんっ、ねぇっ、ゆるちてっ? あ、あたちね、みんなにそそのかされて悪く言ってただけなにょっ。ほんとだよぉ? あたちだけはハワードお兄しゃまのことぉ、だいちゅきだったから……」


「ハワード……ななっ、なあ、それでお前は本当に満足なのか? てかそんなやつじゃなかっただろうが! それでも人間かってんだよお前っ、悪魔なのか……いや、ハワード! 頼むぜ……頼むから勘弁してくれってんだよおおぉぉっ……!」


「心配するな……」


「「「「ハワード……?」」」」


 勇者パーティーに向かって俺はとびきりの笑顔を見せてやった。


「ちゃんと拷問に長時間耐えられるだけの心と体は、俺が作ってやるから……」


「「「「っ……!?」」」」


 やつらがはっとした顔で一斉に息を吸いこむタイミングこそが、神精錬の絶好の合図となった。もうこれ以上のやつらの哀れな言動は期待できそうにないからな。あとはただひたすら苦痛を味わい続けるのみだ……。


「「「「――うぎゃあああああぁあぁぁっ!」」」」


 処刑場では、複数の拷問官による激しい棒叩きによって、裸で逆さ吊りされた勇者パーティーの悲鳴が途絶えることはほぼなかった。宮殿全体に響き渡るんじゃないかと思えるほど凄まじいものだ。


「いだいぃぃっ! いだいってばあっ! もうぅ……ぎぎっ!? いだいよおぉおおぉおおっ! ママああぁぁぁぁぁっ!」


「ぎっひいいぃぃいいいっ……! コヒュー、ヒュウゥゥ……ぼっ、ぼうやべてえええぇぇぇっ! ぎひいっ! じにたいいいぃぃぃっ!」


「おぼおおぉぉおぉおおっ! いぢゃいよぉぉぉっ……! あぎっ!? はやぐぅっ、はやぐごろぢでええぇぇぇっ!」


「うぎぎいぃぃいいいっ! だのぶからっ……! ぶおっ!? どっどどごろじでくでええぇぇえええええっ!」


「……」


 それもそのはずで、痛みに対する感度だけでなく耐久力や精神力、その他諸々、長時間の拷問に耐えられるようにしっかり鍛えておいたから、死ぬことはもちろん気絶することも許されず、これからも延々と最高の苦痛を味わい続けることになるだろう……。

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