【短編】デスゲームが始まらない!

タライ和治

デスゲームが始まらない!

 オレの名前は山田タカシ。どこにでもいる、ごくごく普通の高校一年生だ。


 休日は大体、友人たちとつるんで流行のVRMMORPGへ没頭している……んだけど、今日はログイン早々、何やら異様な空間が辺りに漂い始めた。


「お、おい! ログアウトできねえぞ!!」

「出してくれっ! ここから出してくれよ!」


 周りに居るプレイヤーたちが一斉に叫び始める。まさか、ゲームの世界に閉じ込められてしまったのか……!? くそっ、何てことだっ!!


 辺りが騒然とする中、やがて空に巨大な黒い影が姿を現わし、重々しく口を開いた。


「くっくっく……。私はゲームマスター。悪いが、貴様たちをこの世界へ閉じ込めさせてもらった……」


 再びざわつき始めるプレイヤーたち。やっぱり、やっぱりそうなのか……!


 想像していたとはいえ、精神的になかなかのダメージを負う展開だ……!


「くっくっく……。恐ろしいであろう……。だが、私も鬼ではない。貴様たちがこの世界から脱出するためのチャンスを与えようではないか……」


 ふんっ、どうせ、今から最後の一人になるまでデスゲームを始めるとか、命をかけてこのゲームをクリアしてもらうとか、大方そんなところなんだろ?


 だが、望むところだ! こちとらS○Oは全巻読破! アニメだって何度も繰り返し見てきた! お前がどんな課題を与えてきたとしても、ア○ナのような優しいお姉さん的彼女をゲットしつつ、クリアしてみせる!


 ……と、そんなことを意気込んでいたものの。


 ゲームマスターは予想外のことを言い放つのだった。


「今から貴様たちにやってもらうこと。それは……」

「それは……!?」

「乳牛の世話だ」


 ……は?


「聞こえなかったのか? 今から貴様たちには乳牛の世話をしてもらう」


 別の意味でざわつき始めるプレイヤーたち。そりゃあそうだろうなー。


「あ、あの……」

「何だ?」

「普通、こういう時って、デスゲームをやってもらうとかいうもんじゃ……?」


 そうだそうだーという賛同の声があちこちから湧き上がる。あ、意外とみんな乗り気だったっぽい。


 しかしながらゲームマスターは一言。


「いや、ダメに決まってるじゃん。危ないし」


 ええー……。


「さあ、わかったらさっさと作業服に着替えるのだ! アイテムボックスに支給しておく! せっかく揃えた装備を牛糞で汚したくないであろう?」


 そうして着替えたオレたちを待ち受けていたのは、牛舎の清掃で。ゲームマスターの監視下の中、モーモーと鳴く乳牛たちのジャマにならないよう、せっせと中を清掃するハメに……。


「む! 貴様サボっているでない! 乳牛はとってもデリケートなのだ。汚いままではストレスが溜まり、乳の出が悪くなるではないか!」


 ……と、少しでも手を抜こうプレイヤーには、ゲームマスターの一喝が待ち構えていて。終わったら終わったで、今度は別の作業が降りかかる。


「さあ、次は餌やりだ。あそこにある牧草を運んで、一頭一頭に与えるがいい!」

「たわけ! そんなへっぴり腰では力が入らんであろう! もっと全身を使って運ぶのだ!」

「よし、では乳搾り体験といこうでないか! 現代では搾乳機があるが、ファンタジーの世界にそのようなものは存在せぬ! 張り切って乳を出すのだぞ!」

「そうではない! 親指と人差し指で乳首の根元を挟むのだ。それから順番に指を折り曲げつつ、締め付けるように圧迫させ……そうだ! ちゃんと乳が出たではないか! その調子だぞ!」


 とまあ、慣れないことに四苦八苦しつつ、とっぷりと日の暮れるまで乳牛の世話をやり続け、肉体だけでなく精神も疲労困憊の状態に。


 くっそう……。普通にモンスターと戦うよりキツいんじゃないか、コレ……。他のプレイヤーのみんなもぜぇぜぇ言ってるし。


 ゲームマスターはそんな光景を目の当たりにしながらも、平然とした様子だ。まあ、そりゃそうか、そもそもコイツが言い出したことだしな。


「貴様たち、よくやってくれた。これは今日の報酬だ」


 そうゲームマスターが声に出した瞬間、オレを含めたプレイヤー全員の手に、白い液体の入った小瓶が差し出された。


「これは……?」

「絞りたての牛乳だ。先程まで貴様たちが世話していた、な。さあ、遠慮せず飲むがいい!」


 いわれなくても喉がカラッカラなのだ。遠慮もしないで飲み干してやるよと、受け取った牛乳を一気に喉へ流し込む。


 グビッ、グビッ、グビッ……!


「こ、これは……」


 牛乳を口にしたプレイヤーたちはざわつきながら、互いの顔を見合わせている。それを眺めながらゲームマスターは不穏な声で笑い始めた。


「くっくっく……。気付いたか……」

「な、なんてことだ……」

「そ、そんな……」

「……絞りたての牛乳がこんなに旨いなんて!!」


 笑顔を浮かべながら、歓喜の声を上げるオレたち。


「コクがあるのにスッキリしている!」

「なんて飲みやすいんだ!」

「身体に染み渡っていく……! ありがてぇ……!」

「そうであろう、そうであろう。搾りたての牛乳は格別であろう……!」


 うんうんと満足げに大きく頷くゲームマスター。


「だが、絞りたてでなくとも牛乳は旨い! そして栄養価も満点だ!」

「おお……! そうなのか!」

「そうなのだ! そして、そんな素晴らしいものを生み出す大変さが、今日一日でわかったであろう!」

「……!!」


 落雷を受けたような衝撃が全身を駆け巡る。


「酪農家さんたちは、日々、苦労に苦労を重ねて、貴様たちへ牛乳を始めとする乳製品を届けてくださっているのだ……! それを忘れることのないように……!」


 ゲームマスターの声とともに、プレイヤーたちの身体が身体が消滅していく。


「貴様たちは今日一日でそれを理解できたであろう。であれば、もはやこの世界に用はない! さあ、我が家に帰り、ゆっくり身体を休めるが良い……!」

「待って、待ってくれ!」

「困ったら、牛乳。『牛乳に相談』だ。それを忘れるな……!」

「まだ、聞きたいことがっ!」

「家に帰っても、牛乳をたっぷり飲むのだぞ……!」


 ……オレの意識はそこで途絶えた。


***


 目覚めるとオレはベッドの上に横たわっていた。


 おもむろにVRゴーグルを外し、部屋を出る。そしてキッチンへ足を運び、冷蔵庫の中から、牛乳パックを取り出して、コップへと注いだ。


 キンキンに冷えた白い液体が、なみなみと満たされていく。片手を腰に当て、それを一気に喉元へ流し込んだ。


「……美味いなあ、牛乳」

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