第四章 初めてのお泊り? そりゃドキドキだよ、別の意味でな

1.仕組まれた班決め




 ──四月後半。

 入学から、早一ヶ月が過ぎようとしていた。



 うちの高校は世にも珍しく、ゴールデンウィークを利用した宿泊行事がある。

 聞いた噂によると、『クラスノ親睦ヲ深メル為ニー』と謳いながら、その実態は二年後に控えた大学受験に関する研修が主らしい。


 で。

 本日のLHRでは、その宿泊研修のグループ決めがおこなわれることになった。


 俺はこの数週間で男子の友だちも普通に出来ていたので、この『グループ決め』というぼっち吊るし上げシステムには以前ほどの恐怖心を抱いていなかった。

 が……



「──すみません、先生」



 四人一組のグループを、クラスの連中が賑わいながら決めていく中。

 声を上げ挙手したのは、すっかりクラスに溶け込んだチェルシーだった。

 彼女は席に着いたまま、手本のように綺麗な姿勢で担任の顔を見据えると、



「わたくし、フィンランドの両親から、『泊まりがけの行事があるなら咲真くんと一緒に過ごすように』と言われています。初めての学校行事に、両親も心配しているのでしょう。幼い頃から見知っている咲真さんと一緒なら安心だと、そう考えているようです。そのような理由でグループを決めてしまっても、差し支えないでしょうか?」



 なんてことを、凛とした真っ直ぐな声で言い出すので、クラスメイトたちは全員チェルシーに視線を向ける。


 ……ちょっと待て。何その設定、初耳だぞ?


 質問を投げかけられた担任の葉軸田はじきだ節子せつこ(二十九歳)は、ポニーテールに結わえた頭をぽりぽり掻くと、



「あー……落留がいいんなら、それでいんじゃね?」



 と、まるで教師とは思えないような脱力した声で、適当に答えた。

 丸眼鏡さえ取ればかなりの美人だとまことしやかに囁かれている我が担任だが……ご覧の通り、無気力・無関心なのがデフォルトである。


 担任が決定権を俺に委ねたことにより、クラスメイトたちは一斉にこちらへ視線を向けてきた。

 みんな俺が何と答えるか、返答を期待しているようだった。


 ……おいおい。こんな状況で、「NO」なんて言えるわけないだろうが!!

 チェルシーのやつ……一体どういう了見で……


 と、俺が大いに狼狽えていると、



「あー、じゃんけん負けちゃったぁ。一人だけグループあぶれちゃったなぁ」



 今度はそんな声が、教室内に響く。

 見れば、クラスの中心的グループでじゃんけんをしていた芽縷が、右手でチョキを作ったまま天を仰いでいた。

 そして徐ろに、近くの席でぽつんと一人座ったままだった煉獄寺の元へ行き、



「ねね、煉獄寺さん。一緒にグループ、組まない?」



 などと、誘いかける。煉獄寺は暫し沈黙してから、



「……わかった」



 と答えた。

 それを確認した芽縷は、くるっとこちらを向いて、



「チェルシーちゃんと落留クンもペアになったなら、あたしたちと合わせて四人グループにしようよ! そしたらみんなも、うまいこと人数を調整できるんじゃない?」



 俺に、そしてクラス全体に提案するかのように、そう言った。

 1-Aのカリスマ的美少女の発言に、みんなの空気が『たしかに』というものに変わる。あぶれたもの同士を寄せ集めてグループを作ったから、後はみんな好きなようにどうぞ、というわけだ。


 不安げな外国人転入生からのお願い。

 そして、たまたまあぶれたカリスマ女子が普段から孤立している陰キャ女子に手を差し伸べた、という構図。

 だから結果的に、女子三人・男一人のグループになったにも関わらず、そのことについて誰も言及しなかった。


 ……しかし、俺だけは。

 このグループ分けが、彼女たちによって仕組まれたことであることに……気がついていた。





 * * * *





「何考えてんだよ、お前ら……」



 はぁぁ。と、深いため息をつく。

 放課後、場所は行きつけのファストフード店である。



「にゃはは♪ だってぇ、せっかくの宿泊行事なんだもん。気心が知れたメンバーの方が、楽しいに決まってるでしょ?」



 正面に座る芽縷が、ポテトをつまみながら悪びれる様子もなく言う。



「わたくし、お友だちと泊まりがけでお出かけだなんて初めてです! みなさんと一緒に行けると思うと、ワクワクしてしまいます!」



 と、俺の左隣で目を輝かせるチェルシー。

 さらに、その向かいに座る煉獄寺も、



「……泊まり行事がこんなに楽しみだなんて、フィクションの世界だけだと思ってた」



 なんて、ちょっと切なくなるようなことを呟く。



「いや、君たち三人が同じグループで楽しんでくれるのは一向に構わないよ? けど、なんでそこに俺を入れるわけ?」

「だって、事情を知らない人間が一人でもいたら素を出して楽しめないじゃん。それに……」



 ずいっ。と、芽縷は身を乗り出して俺の顔を覗き込み、



「……忘れたの? あたしたちが咲真クンに近づく、そもそもの目的。初めて、一つ屋根の下で夜を過ごすんだよ? こんなチャンス、逃すわけないじゃん」



 目を細め、囁くように言ってくるので……俺は「んんっ」と咳払いをし、



「当たり前だが、グループは一緒でも部屋は別なんだからな! それに、そういうのはもっと大事な人とのために取っておくべきだと何度言えば……」

「……それは、話が違うと思う」



 芽縷に便乗するように、煉獄寺もこちらに顔を近づけ、



「……『あるかどうかもわからない魔力のせいで迫られるのは困る』と、落留くんは言っていた。けど先日、魔力を持っているということが証明された。つまりは……もう、落留くんに私たちを拒む理由はないということ」



 いや、あるわ! そんなお前らだけの都合で貞操を奪われてたまるかよ!!



「……それとも、咲真さんは……」



 きゅっ、と。

 隣に座るチェルシーが、俺のシャツの裾を掴み、



「わたくしたちと、"仲良し"になるのが…お嫌なのですか……?」



 ……いや"仲良し"って……なんか意味深に聞こえちゃうんですけど?!

 潤んだ瞳で見つめられ、堪らず俺は目を逸らしながら、



「べ、別にただ仲良くなるだけなら大歓迎だよ? けど、そういうことはまた別というか…」

「よかった! なら、みなさんと咲真さんでもっと"仲良し"になって、それが"恋"になれば、すべて解決しますね!」



 手を合わせ、嬉しそうに微笑むチェルシー。

 そのセリフを聞いた芽縷は、首を傾げて、



「チェルちゃん。"恋"になれば万事解決、って……どゆイミ?」

「あぁ、咲真さんが最初におっしゃったのです。『こういうことは、お互いをよく知ってから』だと。だからわたくしは、互いの仲を深めた"好き同士"になれば……咲真さんと"恋"をすれば、そういった行為に及ぶこともご納得いただけるはずだと、そう考えたのです」

「……落留くんと……」

「恋をする……?」



 マトモに聞いているとこっちが恥ずかしくなるようなチェルシーの言葉に、煉獄寺と芽縷は考え込むように沈黙したのち……



「……その発想は、まったくなかった」

「うん。一ミリもなかった。とりあえず正統派ヒロイン演じておけばコロッと落ちるかなー、ぐらいにしか思っていなかったわ」



 目からウロコ、という表情をする元魔王と昆孫。やめて。俺のHPはもうゼロよ。


 つーか……つくづく、こいつらの貞操観念は一体どうなっているんだ? 目的のためとは言え、手段を選ばなすぎだろ。

 そんな、好きになるつもりすらない相手と……だなんて。それだけ、状況的にも精神的にも追い込まれてきたということなのだろうか……?



「……兎に角。俺はこの行事を純粋に楽しんで、清い身体のまま生還するつもりだから。ていうかそもそも、学校行事でそういうことしたら即退学だからな?!」

「えー。そんなんバレなきゃ問題ないっしょ」

「わたくし、魔法で結界張れますから。邪魔者はいくらでも排除できますよ!」

「……私も、声を我慢するのには慣れているから大丈夫」



 って、最後の煉獄寺の一言は生々しすぎるから! あああダメだ、想像したら負けだぞ俺!


 悶々とする俺を放置し、「新しい下着買いに行かない?」『さんせー!!』などと盛り上がり始めた彼女たちを眺めながら。



 ……嗚呼。去年までとはまったく別の意味で憂鬱なイベントになりそうだ、と。



 もう何度目かもわからないため息を、はぁぁ、とついたのだった。


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