5.三人寄れば無敵の可愛さ




 ──光が収束し、目を開くと、そこは……


 何もない、荒野だった。

 見渡す限り、錆色の土が広がる大地。

 所々に巨大な岩の塊が点在しているほかは、草の一本も生えていない。



「……ここは……」

「ファミルキーゼの南端に位置する地……『グラウンド・ヴィル』です」



 辺りを見回す俺の後ろから、チェルシーが落ち着いた声音で言う。



「元は、緑豊かな森だったそうです。しかし、わたくしのひいおじいさまの代……七十年前のヴィルルガルムとの戦いの舞台となったせいで、このような姿に。ここなら、周りを気にすることなく咲真さんに魔法を使っていただけると思い、お連れしました」



 そう語る彼女の瞳に、怒りや悲しみは感じられない。むしろ自身の先祖が戦い抜いた証となる地を、誇らしげに眺めているように見えた。


 それにしても……元々森だったとは思えないくらいに、まっさらだ。

 ヴィルルガルム……一体どれほど強大な力を持っているのか……


 砂塵を巻き上げる乾いた風を感じながら、思わず息を飲んでいると……



「ねぇ、大変! 薄華ちゃんが!!」



 そんな芽縷の声が背後から聞こえ、俺とチェルシーは振り返る。

 見れば……煉獄寺が、胸の辺りを押さえうずくまっていた。



「れ……煉獄寺! 大丈夫か?!」



 急いで駆け寄り、その肩を抱く。

 彼女は、真っ青な顔で俺を見上げ、



「……の、呪いが……この世界に来ちゃいけない呪いが、かけられているから……」

「クソッ、やはり来るべきじゃなかったか! どこか痛むのか?! その呪いって、一体……!!」



 緊迫した空気が流れる中、俺の腕の中で煉獄寺は……




「………………ひっく」




 身体を震わせ、しゃくりあげた。


 俺が「……ん?」と眉をひそめると、彼女は目に涙を溜め、



「……あぁぁ……もう十回もしちゃった……こっちの世界に来た途端、しゃくりが止まらない……! あと九十回したら……ひっく。ふぁあっ、あと八十九回したら、し、死んじゃう……!!」



 それを聞いた途端。

 俺は無表情になり、肩を抱く手をパッと離した。


 ……なんだそれ。この世界に来たペナルティが、単なるしゃっくりって……

 地味すぎるだろ! たしかに鬱陶しいけど!!



「すごい……これが"光の勇者"の呪いの力……! なんて強力なの……?!」



 おい芽縷。言いながら口元のニヤつきが隠しきれていないぞ。面白がってんじゃねぇ。



「どうしましょう、わたくしが安易な気持ちでお連れしたばかりに……! さ、咲真さん! 煉獄寺さんのしゃっくりが百回を超える前に、早く魔法を!!」



 って、チェルシーも『しゃっくり百回で死ぬ説』信者かよ! めんどくせーな!!



「わかったわかった。で。魔法って、どうやって使うんだ?」



 煉獄寺を芽縷に任せ、俺はチェルシーに尋ねる。

 彼女は、両の手のひらを俺に向け、



「まずこのように両手を広げ、人さし指と親指をくっつけて三角形を作ってください」

「ふむ。こうか?」

「はい。それから、その三角形の中に"念"を飛ばすよう意識しながら……呪文を唱えます。これが、攻撃魔法の基本の構えです」

「おお、呪文。魔法っぽいな。で、俺が試すのは、どんなやつなんだ?」



 俺の問いに、チェルシーは少し緊張した面持ちで、



「……攻撃魔法の中でも、最上級の威力のものを試していただきます。並みの使い手では上手く発動しません。これが発動することで……咲真さんには強大な魔力があるという直接的な証明になります」



 おおっ、なんだか一気に異世界転移した主人公っぽい雰囲気に……!

 一度拒否った身だけど、オタクとしてアガらずにはいられないっ!!


 舞い上がる内心を悟られぬよう静かに頷くと、チェルシーは少し離れた位置にある巨大な岩を指差す。



「では、あの岩に向かって……『闇の波動、ヴィオ:ヴァルヴザーヴ』、と唱えてください」



 ……って、やけに『ヴ』多いな! 『闇の波動』て! 中二が考えた呪文かよ!!


 ……まぁいい。"厨二"と言いつつ、結局そういうのが好きなのが男ってモンだ。

 全力で唱えてみせよう、闇の呪文を!


 目標となる岩を見据え、俺はスゥ……っと、わざとらしく息を吸い……

 そして!



「──闇の波動! ヴィオ:ヴァルヴザーヴ!!」



 手のひらで象った三角形に向け、息と念を吹き込んだ。

 瞬間!




 ──ギュルルルルル……ドゴォォオオォオンンン!!!




 圧縮するように集まった"黒い塊"が……物凄い勢いで岩へ飛んで行き、炸裂した!

 最初の岩を突き抜けた後も勢いは衰えず、はるか先にある岩をも次々と消失させていく!!


 その、あまりの破壊力に、俺は……



「………………」




 ………お、俺って…………


 想像以上に、TUEEEEEEEE!!



 まじかよ! 何だ今の、まじで闇の波動じゃん!! 強過ぎるだろ!! やば!!!

 完全にテンションの振り切れた俺は、三人の方を振り返り、



「お、おい見たか今の!! すごくね?! 俺、ホントに魔法を……」

「はい、証明できましたね! それでは、あちらの世界に戻りますよ!」

「えぇぇええ?! もう戻っちゃうの?! せっかく魔法使えるのに?!」

「何言っているんですか! 煉獄寺さんはもうあと十七回しかしゃっくりが出来ない身なのですよ?! 早くここから離れないと!!」



 んなモン迷信に決まってんだろうが!!

 というツッコミが、喉まで出かかるが、



「──元いた地へ! リフタ:ルヴナーレ!!」



 今度は先ほどと逆に、左手首を右手で握るようにして呪文を叫ぶチェルシー。

 刹那、俺たち四人の身体が光に包まれ…………





 ……気がついたら、元いたカラオケ店の個室に戻って来ていた。


 ソファの上に横たわった煉獄寺はハッと身体を起こし、自分の胸を押さえてから……



「……しゃっくり、止まった……!」



 安堵の涙を流しながら、そう言った。

 それにチェルシーは「よかった……よかったですぅ」ともらい泣きをし、芽縷は頷きつつも明らかに笑いを堪えていた。



「……あ、あのー……見てた? 俺の魔法。すごくなかった?」



 普通、あんなの見たらめちゃくちゃ驚くだろう。

 そんな意味を込め、三人に聞いてみたのだが、



「はぁ? だから最初っから、キミはすごい魔力持ってるよって言ってんじゃん」

「そうですよ、咲真さん。それよりも煉獄寺さんの心配をしてあげてください」

「……何がドラ●エの世界だ、一人だけ呪文使って浮かれやがって……こっちは死にかけたんだぞ。早く復活の呪文唱えろ」



 ……という、あまりにも辛辣な言葉が返ってきたので。



「…………すみませんでした」



 俺は下唇を噛み締め、さめざめと泣いた。





 * * * *





 ──わかっていたはずだ。俺は。

 知っていたはずだ。とうの昔に。


 女は、群れることでよりパワーアップする……ということを。


 よくいる女性アイドルグループを思い浮かべてほしい。

 一人だけでも充分に可愛い女の子が、大勢集まって、歌ったり踊ったりする。

 そうすると、もっと可愛い。

 可愛さの相乗効果である。

 女は群れることで、その可愛さの全体値をさらにアップさせるのだ。


 だが、上がるのは可愛さだけではない。

 共通の思想を持った女子が集まることで、飛躍的に向上するものがある。それは……



 ……口撃力と、結束力だ。



 カラオケ店での集まり以来、チェルシーと煉獄寺と芽縷は、目に見えて仲良くなった。

 互いの生い立ちに共通点を見出したからだろうか、他の人間には素性を隠している彼女たちも、三人でいる時は相当に心を許している様子である。


 その分、俺に対して謎の結束力を発揮し、時に辛辣な言葉を吐かれることもあったが……

 俺は、この三人が仲良くなってくれて本当によかったと、心の底から思っていた。


 何故かって? そりゃあ……



「──薄華さん! マジキュアのお歌を覚えてきたので、一緒に歌ってもよろしいですか?」

「あたしもあたしも! ダンスの振りまで完ぺきにマスターしたよ☆」

「……ふむ、よかろう。さぁ、マイクを取るがいい」



 可愛い女子が、三人並んで、楽しそうに笑っているのは……



「……………」



 悔しいけど、やはり最高に可愛いからに他ならない。

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