10.持たざる者の苦悩
『あたしと…………子作り、しよ?』
そのセリフに、俺は……
混乱していた脳と、高鳴っていた鼓動が、スン……と静まりかえるのを感じる。
それは、あまりにも既視感のあるセリフだった。
ここ二週間で、二回も聞いたセリフ。
あーはいはい。そういうことね。全部繋がったわ。
『そりゃあミストラディウスさんや煉獄寺さんと比べたら、胸は負けるかもしれないけど……』
先ほどの芽縷のセリフ、なんか引っかかったんだ。
引き合いに出すのに、チェルシーの名を挙げるのはわかる。この一週間、俺が彼女とずっと一緒にいたことを、芽縷は知っているから。
だが、煉獄寺は? 俺と煉獄寺は、学校ではほとんど会話をしたことがない。ラインヌでのやり取りと、ゲーセンに二回行ったことがあるだけ。当然そんな接点を持っていることを、芽縷には伝えていない。
なら何故、煉獄寺を引き合いに出した?
答えはもう、決まっている。
チェルシーや煉獄寺が求めるのと同じものを……芽縷も、求めているからだ。
「……なぁんだ、そういうことかよ」
どおりで、こんな冴えない陰キャにちょっかい出してくるわけだ。
「お前も……俺の魔力が、目当てなんだな?」
今度はこちらが、耳元で低く囁いてやる。
それに「えっ、何のこと?」となってくれることを、少しだけ期待したのだが……
彼女は、くすっと笑って、
「……あは。やっぱ焦りすぎたかな? もう少しでオトせると思ったんだけど……でも、あの二人に先越されちゃいそうだったから、こうするしかなかったんだよねー」
身体を起こし、俺を見下ろすその表情は……
もはや正統派美少女とは呼べないくらい、妖しげな色を帯びていて。
「そう。あたしは、キミの魔力を受け継ぐ子どもが欲しくて……キミに近づいたんだよ」
あっさりと、自白した。
……やはりそうか。
「は……はは。おかしいと思ったんだよ。お前みたいなコが、俺なんかにあんなあからさまなアプローチしてきて……危うく勘違いするところだったぜ」
はいココ、強がりです。もう既に思いっきり勘違いしていました。結構、ってかかなり、いま絶賛傷ついています。
それがバレているのか、芽縷は憐れむような表情で首を傾げながら、
「ありゃー、そんなに残念だった? ごめんね、完全に魔力目当てで」
「うっ。ハッキリ言うな! 余計傷つくわ!! ……んで? お前は一体何者なんだよ。勇者の末裔? 賢者の子孫? それともサキュバスの生まれ変わりか? 『異世界の姫君』と『転生した魔王』に既に
強気な口調で、挑発するように言ってみせる。
すると彼女は、いつもの完璧な美少女スマイルをこちらに向けて………
こんなことを言った。
「ふふ。あたしはねぇ……………咲真クンの、孫の孫の孫でーっす☆」
…………………………は。
はぁぁああああ?!
「つ、つくならもっとマシな嘘つけよ。アレだろ? もっとあっちの世界寄りのナニカだろ?」
「ううん。間違いなく、キミの孫の孫の孫だよ。正確に言えば、キミと煉獄寺薄華の間に生まれた子どもの子孫、かな」
お……俺と煉獄寺の間に生まれた子どもぉぉお?! の、子孫んんん?!
あまりに斜め上を行く回答に言葉も出ず、口をパクパクさせていると、芽縷は立ち上がって自身の鞄の中を漁り始める。
「あー。その反応、やっぱり信じていないなー? そうだろうと思って……ほら、血縁鑑定書。キミと煉獄寺薄華の毛髪から採取したDNAで、あたしとの血縁があるのか検査してもらったよ☆ 鑑定書出すのに一週間もかかっちゃった。あたしの時代の技術なら、こんなの三分もあればできるのになー」
そう言って掲げたのは『DNA型鑑定書』と書かれた二枚の書類。
顔を近づけ内容を見てみると、俺と芽縷、そして煉獄寺と芽縷の鑑定結果が、それぞれ『血縁関係 肯定』と書かれていて……
「こ……こんなの、いくらでも偽造できるだろ! だいたい、いつの間に髪なんか……!」
「やだなー、寝ているキミの部屋に忍び込んで拝借したに決まってるじゃん♪ この時代のセキュリティなんて、あたしの手にかかればザルだよ」
へ、部屋に忍び込んだ?! まじかよ、こわっ!
「……いや、それも事実かどうか定かじゃない。証拠としては不十分だ!」
「えー疑り深いなぁ。じゃあせめて、未来から来たってことだけでも信じてもらうために……」
突然、芽縷は自分のこめかみに人差し指を当て、「うーん」と唸り出す。すると……
──ブブッ。
と、俺のスマホが鳴る。
芽縷に「見て」と促され、画面を覗いてみると……
『キミへのラインヌも、こうしてBMIから送信していたんだよ☆』
という、目の前にいるはずの芽縷からのラインヌが届く。
続けて、画像が送られてくる。
それは、俺の写真だった。床に座り込み、訝しげな表情でスマホを見つめる……まさに今、この瞬間の俺の姿だ。しかもちょうど、芽縷のいる位置から見たような角度で……
……どうやって撮った?
スマホに触れず、どうやってラインヌを送ったんだ? それに……
「……BMI、ってなんだ…?」
「『ブレイン・マシン・インターフェース』。脳みそにマイクロマシンが埋め込まれていて、そこから直接メッセージや画像を送っているの。あ、写真はスマコン……スマート・コンタクトレンズで撮ったんだ。まばたきでシャッターを切れるんだよ。この時代の端末に送るには画素数を変換しないといけないから、ちょっと面倒だけどね」
そう言って彼女は、右目からコンタクトレンズを取って見せる。瞳の色素が薄いと思っていたが、レンズのせいだったのか……裸の瞳は、俺と同じ真っ黒な色をしていた。
「どう? これで少なくとも、未来人だってことは信じてくれた?」
目にレンズを戻しながら言う彼女の姿は、相変わらず下着姿のままだ。スマホを取り出す素振りも、どこかに隠し持っている様子もない。
メッセージはアプリの機能で送信予約が可能だとしても、たった今撮った写真をすぐに送るには……やはりスマホを操作しなければ不可能だろう。少なくとも、俺が知り得る限りの技術では。
「……わかった。君が未来人だということはひとまず信じよう。しかし、まだ最大の疑問が残っている」
立ち上がりながら言う俺に、芽縷は一つ頷いて、
「どうして、子作りを望んでいるのか……だよね? もちろん、今から説明するよ」
まさに尋ねようとしていたことを、彼女は少しあらたまった様子で、自ら語り始めた。
「──将来、キミと煉獄寺薄華の間には、子どもが生まれる。魔王の魔力と魂を合わせ持った完全なる存在……『ヒトを
……既にツッコミ所満載だが、とりあえず黙って聞くとしよう。
「でもね、その支配で人々が苦しんだかと言うと、そうではなかった。始まりこそ手荒な手段を取ったけれど、『魔王』という絶対的な支配者が生まれたことで、世界からはくだらない紛争がなくなったの。その魔王の子ども……つまりキミの孫も、そのまた子どもも、世界の平和と秩序が保たれるようにと、適度に脅威を示しつつ調和を保つことに尽力していた。だけど……」
ふと。芽縷は視線を床に落とし、
「……一族の魔力は、代を追うごとに弱まっていった。当然と言えば当然。だって、普通の人間との間に子をもうけているんだから。魔王の遺伝子は、徐々に薄まっていった。そして、ついに……魔力を全く持たない後継者が生まれてしまった。それが、あたし」
彼女は、悲しげに笑いながら、言う。
「魔王に対する絶対的な恐怖によって世界の調和が保たれていたのに……正統な後継者であるあたしには、魔力がない。このことが露見すれば、王の座を奪おうとする者が現れ、また世界のあちこちで反乱や紛争が起こるかもしれない。だから、次の世代ではなんとしてでも魔力を復活させたいの。恐怖で平和を保つ、『魔王時代』を継続させるために……」
そこで一度言葉を止めると、芽縷は俺の方へと近づいてくる。
俺は慌てて手を振り、
「いや……いやいやいや! そういう事情があるにしても、血縁関係があるなら尚更そういうことはしちゃダメだろ!! 矛盾してるぞ!?」
と、初歩的な問題点をここぞばかりに指摘する。
しかし、
「へー。この時代って、本当にそんな倫理観があるんだ。あたしの生きる未来では、近親相姦は当たり前だよ。世界的に人口が減少しているから、そんなんいちいち禁止していられないの」
え……えぇぇー………
ケロッとした口調で言われ、顔から血の気が引く。まじかよ。未来の日本、終わってんな。いや、始まってんのか?
ドン引きする俺をよそに、芽縷はさらに近づいて、
「……ね、咲真クン。日本の未来が……世界の平和が、キミにかかっているの。だから、お願い。あたしと……子どもを……」
俺の胸にそっと手を当て、懇願するように見上げてくる。
その思いつめたような表情に、俺はなんとも言えない気持ちになる。だって、そんな理由でこんな…こんなこと……
「……あのさ。悪いんだけど、その『魔力』ってやつ? 俺、持ってる自覚が全然ないんだよね。なんで俺にそんなものが備わっているのか……見当もつかない。だから、そんな簡単に君の要求に応えるわけには……」
俺としては、なるべく波風を立てない断り方をしたつもりだった。
実際、チェルシーも煉獄寺も、『俺に魔力がある』と言いつつそれを証明することまではしてくれていない。
だから、こう言えば芽縷もこの場は引き下がってくれると思ったのだ。
しかし……
「……なら、教えてあげよっか?」
芽縷はまた、不敵な笑みを浮かべて。
「キミが、どうして強大な魔力を得るに至ったのか……あたし、知ってるよ。キミの過去も全部、見てきたから」
俺の……過去? ってことは、その『魔力』ってやつは、生まれつき備わっていた先天的なものではなく……
何らかのきっかけがあって
「………それって…」
掠れる声で、問いただそうとした……その時!!
──ドンドンドンドン!!
と、更衣室のドアを勢いよく叩く音が響く。さらに、
「おーい、まだ誰かいますかー? そろそろ校舎閉めますよー」
ドアの向こうから、そんな声が聞こえる。
これはひょっとして……警備員さんか?
「あっ、まだいまーす! ごめんなさい、すぐ出まーす!」
咄嗟に芽縷が声を張り上げ、応答する。
こんなところで男女二人きりでいたことがバレたら大問題だ。俺はドキドキしながら、廊下の足音が去っていく音に耳をすませた。
「……ふぅ。びっくりしたね」
足音が完全に聞こえなくなってから、芽縷が言う。
その笑顔は今朝、寮の前で待ち合わせた時に見たものとおんなじだ。
まったく。どこまでが演技で、どこからが素なのか……
「残念だけど、とりあえず今日は帰ろっか。話の続きはまた今度。けど、あたし……諦めたわけじゃないからね。絶対に咲真クンを……落としてあげるから」
そう言って、俺を見つめる彼女の笑顔は……
やはりどうしようもなく、眩しく感じられるのだった。
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