第二章 俺以外を流行りの設定で固めるの、やめてくんない?

1.異世界からの転(移)校生




「……どういうことか、説明してもらおうか」



 一限が終わった後の休み時間。

 俺はチェルシーさんの手を引き、人気のない非常階段まで連れて来た。



「何故、どうして、君がココにいる?!」



 恐らく血走っているであろう両眼を見開き、彼女に詰め寄る。

 しかし彼女は、相変わらずにこにこと笑って、



「咲真さんがこちらの世界での生活を望まれているのであれば、いっそ私が来てしまおうと思いまして。ばぁやからも了承を得ているので、大丈夫ですよ」

「大丈夫なわけあるか! 転入の手続きはどうしたんだよ? あと、住む場所とか……」

「はい。わたくしの容姿でニホンジンを名乗るのは難しいようでしたので、『ふぃんらんど』という国から来た留学生、という設定にいたしました。転入に必要な諸々の書類には幻術魔法をかけてありますから、先生方にはそれっぽい内容に見えているはずですよ。住まいは、この学院の近くにアパートを借りました。昨日から住んでいるのですが、わたくし一人暮らしなんて初めてで……なんだかドキドキしちゃいますね。うふふ」



 などと、口元を押さえ嬉しそうに笑うが……

 おいおい、とんでもないことを言っていないか? つまりは、魔法の力で重要書類を捏造して入学してきた、と?



「そうまでして来てもらったところ悪いが……あの時にも言った通り、俺は君と、その……そういうことをするつもりはないから。第一、君だって望んでいなかっただろう? 国のために無理矢理、だなんて……」



 言葉を濁しながら言う俺を、チェルシーさんは真剣な眼差しで見つめ返す。



「……あれから、ばぁやと話し合いました。国の命運と、わたくしの気持ち。どちらも尊重するには、どうすればいいかって。それで、気がついたのです」

「……何に?」



 直後、彼女はぱぁあっと、まるで向日葵の花が咲き誇るような笑みを浮かべて、



「咲真さんと『恋』をすればよいのです! あの時、咲真さんはおっしゃいました。『こういうことは、お互いをよく知ってから』だと。相手のことを理解し合った『好き同士』であれば、そういった行為に及ぶのも問題ないですよね? だから、咲真さんと『恋』をするために、わたくしはこちらの世界へやって参りました!」



 なんてことを言ってのけた。

 その笑顔に、台詞に、俺の顔面が一気に熱くなる。



「こっ、恋って……そんなん、しようと思ってするものでもないだろ! 念のため聞いておくが……チェルシーさん、今まで恋をしたことあります?!」

「ありません!!」



 うん、清々しいほどのいい返事だ!


 ああ、なんてこった……これじゃあ結局、状況は同じじゃねーか。

 俺を無理矢理にでも好きになって、子どもを作れ、と……あのばーさんに上手いこと言いくるめられてきたんだな? 当然俺だって、強制的に好きになられるのなんか御免だ。


 さて、何と言って元の世界に帰したものか……

 と、腕を組み考えていると、



「………たしかにわたくし、『恋』なんてしたことありません」



 ぽつりと、チェルシーさんが呟く。

 そしてぱっと顔を上げて、



「……わたくし、ばぁやから男性はもっと欲望に忠実な、ケモノのような生き物であると教わってきました。だから、『恋』をすることなどないままに、子を身籠るのだと……そう思っていました」



 ……あのばーさん、彼女に一体どんな教育をしてきたんだ……

 と、顔を引き攣らせる俺を他所に、彼女は続ける。



「だけど咲真さんは、わたくしの気持ちを汲み取り、あんな風に優しくしてくださいました。とても……とても、嬉しかったです」



 そこまで言うと、彼女は俺の瞳をグッと覗き込み、



「咲真さんは、他の男性とは違う気がするのです。だから、わたくしはもっともっと咲真さんのことを知りたい。もっと知って、わたくしのことも知ってもらって、それで……それが『恋』になったらいいなぁって、思うのです」



 その真っ直ぐすぎる視線に、言葉に。

 俺は、すぐにでも恋に落ちてしまいそうに………


 …………いやいやいや! いくらなんでもチョロすぎるぞ俺!!



「だっ、だから! そういうのはこう、自然となるもので……ほら、よく言うだろ? 『恋はするものじゃなくて落ちるものだ』って」

「まぁ素敵。咲真さんてロマンチックなお方なのですね。さっそくメモをして覚えておきます。『恋はするものじゃなくて落ちるもの』っと」

「はぁ?! ちょ、やめて死ぬ! 恥ずかしくて死ぬ!! そんなん残さないで!!」

「では、わたくしがここにいることを許していただけますか?」

「ゆるす! ゆるすから、早くそのメモ消してくれ!!」



 ポケットから取り出したメモを手にするチェルシーさんに、俺は必死で訴える。

 すると彼女はにっこり笑って、



「ありがとうございます。では、この"咲真さん語録"はわたくしの心の中に」



 そう言ってこちらへ見せたメモには……何も書かれてはいなかった。

 くっ、書いたフリだったのか……この人、天然そうに見えて書類捏造したり、こういう脅しみたいなマネしてみせたり、けっこうイイ性格しているんだな。



「では、あらためまして。これからよろしくお願いいたしますね、咲真さん」

「……わかった。君が諦めてくれるまで、待つことにするよ」

「諦めるだなんてとんでもない。なるべく早く『恋』になれるよう頑張ります。一刻も早く世界を救う子を産まなくては。だって咲真さん、ご存知ですか? 子が生まれるのには十月十日もかかるのですよ? その上、一回の行為で授かるわけでも……」

「だぁああっ! 学校ここでその話は禁止!! いろいろと問題になるから!!」



 声を張り上げ遮る俺を、チェルシーさんはきょとんとした顔で見上げてから、「わかりました」と素直に答えた。ほんっとに、天然なのかなんなのか……


 俺はため息をついてから、「教室に戻ろう」と促す。そろそろ二限が始まる時間だ。



 ……そう言えば、今日転入してきたばかり彼女を連れて教室を飛び出してしまったが……クラスメイトたちの目にはどう映っていたのだろうか。冷静に考えたら怖くなってきた。


 1―Aの教室の前に立ち、一度呼吸を整える。

 そんな俺を、横でチェルシーさんが不思議そうに見上げていた。



 ……よし。

 


 俺は意を決して、何事もなかったかのような雰囲気を醸し出しながら扉を開けた。

 すると!



『……………………』



 嗚呼……視線が痛いって、こういうことを言うんだろうな。


 美少女転入生を強引に教室の外へと連れ出した俺を、男子は恨めしそうに睨みつけ、女子は何人かで集まりひそひそと話しながら見てきた。


 その女子の輪の中には、芽縷もいて。

 逆に煉獄寺は見向きもせず、スマホをいじっていて。



「…………………」



 ……これは、何か弁明をしなければ。


 チクチク刺さる視線を感じながら、とりあえず次の授業中に俺とチェルシーさんとの『表向きの設定』を考えることを決意し、俺は静かに席に着いたのだった……

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