第3話 マルチ・トライブ

 意識を取り戻した冬馬達は煌びやかな装飾が施された部屋の中に居た。壁には独特な画風の絵がいくつも飾られており、床は赤布に獅子の柄が描かれた絨毯が敷かれていた。


「風っ!」

「華奈! 与里! 明美!」


 其々が互いの無事を確認出来た所で周りを見渡す。窓には大きなガラスが取り付けられていて、外の世界が垣間見える。部屋の中央に居た彼等からはほんの少ししか映らない景色だが、人が箒で空を飛んでいた。その時点で、少なくとも自分達がよく知る日本の光景とは異なっている。


「何処に来ちゃったの私達…」


 ぼそりと風が呟くと、呼応するように高らかな笑い声が部屋中に響く。声の主は部屋の奥、段差を挟んだ先で絢爛豪華な衣装を見に纏い仁王立ちしていた。隣には、犬耳型ヘッドフォンを付け眼鏡を掛けた女性が書類片手に見下ろしている。

 そして、一際目を引くのが国王の後ろで艶やかなドレスを見に纏う一輪の花のように可憐な少女であった。


「よく来た!! 地球より訪れし来訪者達よ!! 我はこの王国を統べる国王——その名もおぉぉ!!」

「はい、此方キュルス29世です。このキュルス王国で形式上一番偉い方になります。そして此方は……」


 秘書は一歩下がり、ドレスの少女は前に出てくる。淑やかで繊細さを兼ね備えた才女のように華奢で白い肌が真紅のドレスを際立たせる。


「皆様、初めまして。ミーナ・キュルスと申します。父上共々よろしくお願い致します」


 ミーナと言う名前で冬馬は顎が外れそうになる。喋り方はお淑やかで正反対だが、紛れもなく、自分を殴って気絶させた殴り教団員の声である。名前まで一緒となれば疑いようも無い。巫教団などと言う謎組織に一国の姫君が所属していいものか疑問である。


「はっはぁ!! 我の娘は世界一だからな!」

「黙りなさい国王。娘自慢より先にやる事があります」


 声を張る国王をぴしゃりと黙らせて次を催促する秘書。どちらの立場が上なのか初見の風達では見当もつかない。


「冷たいな我が秘書アリシア。緊張は笑いでほぐすものだろう。笑えば他の事も忘れられる」

「この時間が能率低下に繋がるだけと判断します。国王、以降の説明を要求します」


 暑苦しい国王と冷たすぎる秘書の温度差に聞いている側が風邪を引きそうになる。国王はどれだけ言われようとも、気分を損ねる事なく笑い続ける。


「…来訪者達よ。貴君らの使命は彼の地より到来せし暗黒の軍勢を統べる災厄の根源を断つことである!! 」

「先程、皆さまには幻覚魔法による恐怖体験をしていただきました。あの化け物が街や国を襲えば被害は更に甚大なものとなります。どうか、お力をお貸し下さい」


 以上である。誰がその説明だけで頷けるんだと考えていた冬馬だったが、案外周りは納得してしまっていた。生徒達の眼には何かを期待して待っているように見えた。それに応えるようにアリシアが告げる。


「古来より、地球から来た来訪者には特別な力が備わると伝えられています。皆さまにも恐らくは……」


 皆まで言わずとも数名の生徒は盛り上がっている。説明を気にしない彼等に冬馬は合点がいく。反面、訳が分からない生徒もまだ残っていた。


「これにて説明は終了となります。質問のある方は挙手を」


 一部の生徒がうずうずしている中で風達の担任教師『石墨茉莉』が手を挙げる。アリシアが指名すると立ち上がり尋ねる。


「私達は、元の世界に帰れるんですか?」


 生徒の半分以上は帰れるかどうかが気になっていた。無論その中には風も含まれている。


「結論から言えば、です——今から200年前に貴方達と同じく地球から三人の来訪者が訪れました。彼等は皆役目を果たすと地球へと帰還しました。ただし……」


 そこまで言ってから言い淀むアリシアを見て石墨は不安に駆られる。対して、冬馬は懐かしく感じていた。何故ならかつての来訪者とは冬馬達の事だからである。


「方法は不明です。彼等は役目を果たした直後泡沫の幻となって消えてしまいました。鍵となるのは恐らく使命。此度の場合、黒幕を討つ事で帰還できると推察しています」

「保証は…ないんですね?」


 アリシアは目を閉じて頷く。石墨は難しい顔で考え始めた。彼女にとって生徒を危険な目に合わせるのは、やはり納得いかないのだろう。


(自分一人戦場に立つだけでは無理かもしれないって考えてそうだ……ここで言えば楽になるか?)


 この時、冬馬は全て打ち明けるか迷っていた。しかし、今の冬馬も帰り方だけは分からない。あの時、冬馬達は確かに地球へ帰れたが、役目を果たしたわけではない。未練をここに残して偶発的に帰らされたというのが真実である。


(まだか…未練の決着と帰還の目処。どちらかは果たさないと…)


 そんな中、答えの出ない問題に石墨が悩み続けていると、痺れを切らしたアリシアが語り出す。


「貴女の懸念は尤もです。そこで、我々は彼等を用意しました——入りなさい!」


 アリシアが手を叩くと、冬馬達の背後に備え付けられた大きなドアが開き、大勢の人が入ってくる。彼等はアリシアの合図で男女に分かれて部屋の端に一列で並ぶ。


「わははは!! 壮観だな! 50…いや60は居るか。全員が手練れのように見えるわ!」

「彼等は王国に在留する戦士66名。全員が来訪者の支援に協力を申し出てくれました」


 並び立った戦士を見つめるクラスメイト達は驚きと感嘆の声を上げる。


「あの子耳が長い…エルフってやつか?」

「あっちは猫の耳が生えてる。よく言う獣人?」


 並んでいたのは人間だけでは無い。明らかに尻尾と羽が付いた者も居る。それだけでは無い。魚の鱗が腕を覆う者、機械の両腕を付けた者、果ては頭に輪っかが付いた者まで居る。


「この世界には多種多様な種族が暮らしています。ここは『人の民』が多く暮らす国ですが『森の民』『獣の民』などが世界には暮らしています。因みに私は『機の民』。貴方達にはアンドロイドと言った方が理解しやすいでしょう」


 そう言ってアリシアは左腕を銃に変形させる。機の民は冬馬達が転移した時にも世話になった。主に同じ転移者達が個人の趣味を爆発させるための部下としての話だが。


「貴君らには、彼等を選び仲間にして欲しい! なぁに費用は我が持つ! ドンと世界を救ってこい!!」


 国王の暑苦しい支援がクラスメイト達を鼓舞する。彼等は自分の仲間を選びに戦士達へ声をかけにいく。一部の生徒は動かず様子見に徹している。そんな生徒には逆に戦士達の方から声をかけに行っていた。


「ウチのクラスは先生含めて33人。全員二人ずつだね〜」


 誰かがそう言ったせいか、最終的にほクラスメイトが全員二人ずつ戦士達とパーティを組む。ただ一人、冬馬を除いての話だが。


「あの子、ウチのクラスに居た?」

「何か見覚えあるような…ないような?」


 生徒は皆冬馬の姿を見てもピンときていない。しかし、担任教師の石墨は知っている。正確にはゴタゴタで今まで忘れていたのだが。


「あぁっ! 柊木君! 忘れてた今日転校日だったんだ!!」

「皆さん初めまして柊木冬馬です。是非友達になって下さい!」


 勢いのままに冬馬が自己紹介すると、歓迎の拍手がクラスメイトと戦士達合わせて99人分送られてきた。


「で、柊木君はどうするの?」

「誰かが一緒に組めば良いんじゃない?」


 当然、冬馬は空いた枠に入れられようとしていた。そこへ、割って入ったアリシアが待ったをかける。


「冬馬様はここでお待ち下さい。新たに用意するかを話し合う必要があります。他の方々は先の話を致しましょう」


 他も残ろうとするが、国王とミーナに押されて部屋から追い出され、最後に残ったのは冬馬とアリシアだけであった。


 沈黙の3分が続いた後、冬馬が口を開く。


「久しぶり…アリシアさん。200年ぶり」

「会いたかった………など言うと思ったか愚か者。遅いわバカ、バーカ」

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