第39節 -終わりの始まり-

 太陽が沈み夜が訪れる。いつものように光は西へと消え去り、大空には宝石のような星々が煌めく。

 月明かりは街を淡く照らし、人々の眠りのひと時を優しく包み込んでいるかのようである。

 島全域が寝静まった深夜、時折こうして高い建物の屋上に来ては星空を眺める。

 手を伸ばせば届きそうな光を両手いっぱいに抱きしめたいと思うことがある。


 この島はあの場所に似ている。かつて自分が過ごした生まれ故郷。リナリア公国と呼ばれた国が存在した地。

 自分はいつも1人で海や夜空を眺めていた。滅多に人が訪れる事の無い白砂の小さな浜辺や今こうして眺めている星空。この国にあるそれらは自身が心を落ち着ける為によく訪れていた場所とよく似ているのだ。

 島を取りまとめる七貴族の出身である自分に課せられた将来の使命はその国の秩序を守るというものだった。

 貴族にはそれぞれ子供が1人ずつ、自分の他に6人の子供たちがいたが彼らと自分が話をする機会は過去を振り返ってもほとんどと言っていいほど無かったと思う。共に遊んだことなど皆無だ。

 貴族が一堂に会する大きな催しでも、会場の隅で一人座って何も話すことなく時が過ぎるのをひたすら待つのみだった。

 使命の為に生まれ、使命の為に生き、使命の為に学ぶ日々。罪を犯した人間がどういった末路を辿るのか。悪徳を働いた人間にはどういった罰が必要なのか。そのことばかりを教えられる毎日であった。

 貴族の子供達だけではなく、島の子供達全員が楽しく遊ぶ様子をただ眺めていた。

 自分にとっては彼らと共に笑い合う日々など無縁のものだった。毎日聞こえてきたのは無邪気にはしゃぐような声や笑い声ではない。

 島の誰もが知らない牢獄に響き渡る悲鳴、嗚咽、叫び。赦しを求めて泣き叫ぶ咎人の懇願。

 物心がついた頃からそれらの “音” は日常のものとして慣れたものとなっていた。

 最初こそその辺りにいる子供と同じように怖いと感じたり可哀そうだと感じたりしたものだが、成長するに従ってそういった意識は希薄になっていき、いつしか家畜の鳴き声と同じ程度の “どうでもよいもの” としか認識しなくなった。

 毎日そんな場所で刑罰の在り方について学んでいると段々と分かるようになってくることがある。ある咎人を拷問にかけたときにどんな悲鳴を上げて、どんな赦しを乞い、どんな断末魔を聞かせてくれるのか。

 人が絶望の淵に立つ瞬間に見せる表情というものにはいくつも種類があるが、人となりを見ただけで目の前に立つ人間がどのような最期を見せるのかが分かるようになるのだ。

 “この人間はきっとこんな声を出すに違いない”。そう当たりを付けてから拷問に臨み、その通りになるのかどうかを当てることがいつの間にかゲームのような楽しみになっていった。


 そう、誰の目から見ても “狂っていた” に違いない。


 それは今だって変わることは無い。自分はきっと今でも狂っているのだろう。 “普通” と呼ばれる人間とは違う狂気の塊なのだろう。心を持つ人間とは別の何かなのだろう。

 しかし、自分にとっては昔から “これが普通だった” のだ。だからこれが異常だと言われてもいまいちピンとこない。

 誰もそれが異常だと言わなかった。誰もそれが間違っているなどとは言わなかった。自分達にとってはそれが “正しい行い” であった。

 自分の中に渦巻くのはいつだって叫びや悲鳴や嗚咽といった音。恨みや憎しみや呪いといったものを抱かれ、その怨念を一身に受けて生きて来た。

 そうしたものが支配する鬼哭の心を持つ自分に、人並みの理性を求める者の方がよほど異常だと思う。

 恵まれなかったとは思わない。この運命が憎いなどとも思わない。ただあるがものをあるがままに受け入れてきたことに後悔はない。

 ただひとつ思うのは、 “もし自分が彼女のような立場であったらどうだったのだろう” ということだ。

 その美しさと清廉さで人々の憧憬と尊敬を一手に集め、国の未来と言われ崇められた1人の少女。

 もしも自分が “イベリスという少女と立場が同じであったなら” 、この世界はどのように見えていたのだろう。

 考えたところで意味はない。けれども思わずにはいられない。

 仮定の話に意味など無い。けれども考えずにはいられない。

 なぜなら【それは私の知らない世界】のことだから。


 夜空には変わらずに星がまたたく。

 この夜の帳が開き、暁闇が過ぎ去れば再び太陽が顔を覗かせる朝が来る。

 自分にとっては千年以上に渡って繰り返してきた何一つ変わることの無い朝。

 もしも自分が違う道を歩む者だったのなら、その朝日の輝きはまた違ったものに見えていたのだろうか。



 少女は答えのない思考を頭の中でしばらく巡らせた後にいつものように溜め息を吐く。

 馬鹿馬鹿しい。実にくだらない。

 考えたって仕方のないことだ。自分という人間は “そうにしかなれなかった存在” なのだから。

 大統領である彼に語ったように、人には生まれ持った宿命というものがある。自分の意思では絶対に変えることの出来ない不変の規則。

 自分にとってはそれがたまたまあのようなものであったというだけだ。


「意味の無いことを考えるのは、めっ!なんだよ。」


 誰に言うわけでもなく虚空に向かって呟く。

 そして大きく息を吐き出して大地に立ち上がる。


 自分が考えるべきことは他にある。楽しみの邪魔をしようとする者を成敗しなければ。

 この地で起きる最後の奇跡を止め得る可能性、【国の未来】と呼ばれた御影。彼女を無力化する方法。それこそ今自分が考えるべきことのはずだ。

 そして彼女には常にもう一つの国の未来と呼ばれた “彼” が付き添っている。

 狙うとすればどちら良いのか。答えは明白だ。

 人ならざる力を持つ自分ですらドン引きしてしまうほど強大な力を持つ彼女を狙うのはきっと悪手だ。怖い怖い総大司教様の時と同じように返り討ちにあってはたまらない。

 一点突破。彼女の唯一の弱点である彼を狙って “遊ぶ” のが楽しいかもしれない。

 幸いなことに、彼は自身が本来持っているはずの力に全く気付いていない様子だ。その力を自覚されたら正直イベリス以上に厄介である。

 今後を見据えた上でも、彼女以上に先に潰しておく方が賢明な存在とも言える。


 次の予定を決めた少女は穏やかに微笑みながら暗闇の向こう側に歩き出し、その姿を消した。


                 * * *


 警察とヴァチカンと機構が手を結んでから2週間が経過した。

 あれから機構は奇跡を止める為に必要な準備を整える為にマークתを中心とした計画が練られ、その為に必要な準備も一段落した所だ。

 第六の奇跡に向けて実践的な “調整” を今後行っていくことになるのだが、その重要な局面を前に心と体をしっかりと休めることもまた大事である。

 9月28日。日曜日の今日、玲那斗とイベリスは久しぶりの休暇だ。


 太陽が昇り玲那斗が起床した後、2人揃ってコロニア市内に息抜きに出掛ける準備をする最中にイベリスが言う。

「第六の奇跡まであと2週間あまり。この僅かな間に多くのことが起きようとしている。ここまで来た今になっても実感が湧かないわ。」

「現実感がないというのかな。俺も同じように思う。」イベリスの言葉に玲那斗が返事をした。

「奇跡を止めて、組織を瓦解させる。その道筋に異論はないけれど、私にはあの子が少し気がかりだわ。せめてあの子ともう一度話すことが出来れば、何か違う結末を用意できるのかもしれないけれど。会って話すことが出来ないのは残念ね。」

「仕方ないさ。アヤメちゃんの身柄は警察の主導で守られているけど、同時に政府の監視の目もある。迂闊に機構が近付き接触を果たせば、機構と警察が緊密な関係を構築しているという事実が簡単に大統領府へ伝わってしまう。そうならないように、俺達は今まで通りに調査を継続しながら警察とは距離を置いているという役割を演じなければならない。」

「そうね。今は私達に求められた役割を為すことに集中しなくてはならない。機構に出来ないことは彼らが引き受けてくれるし、彼らに出来ないことは機構が引き受けることが出来る。そして彼女達がそれを支えてくれる。」

「ヴァチカンの2人か。イベリス、今まで聞かなかったけどロザリアの傍らにいつも控えている彼女、シスターイントゥルーザについてどう思う?」

「まぁ、私の前でいきなり他の女性の話?デートの前だというのに。」少し膨れるようなそぶりを見せながらイベリスは言った。

「いや、そういうわけじゃないんだけど。」彼女の思わぬ返事に玲那斗はたじろぐ。

「ふふふ、冗談よ。ごめんなさい。そうね、少し型にはまり過ぎているというか…隙が無さ過ぎるというのかしら。私の目から見て彼女は完璧に過ぎて人間的ではない。そういう印象ね。」

「人間的ではない?」その言葉に少し引っかかるものを感じた玲那斗は聞き返す。

「深い意味は無いわ。ただそう感じるというだけのことよ。」

 イベリスは笑いながらそう言ったが、どことなく何か意図的に言ったようにも見えた。

 玲那斗から見ても何か違和感のようなものを感じるがそれが一体何なのかについては分からない。イベリスなら何か気付いていることがあるのではないかと思って尋ねてみたが、明確な答えは得ることが出来なかった。

「けれど、あのロザリアが常に傍らに控えさせておくということは相当な信頼があってのことだと思うわ。それだけ特別な何かがあるという風にも言い換えることが出来るかもしれない。」イベリスは最後にそう付け加えた。

「さぁ、早く支度をして出掛けましょう。せっかくの休日ですもの、長く楽しみたいわ。」

 そうだ。今日くらいは色々なことを忘れてゆっくりしよう。彼女の見せる眩しい笑顔を見て玲那斗は思う。

「準備万端だ。出掛けよう。」

 玲那斗の言葉に彼女からは更なる眩い笑顔が返ってきた。


                 * * *


 朝日が昇りゆき、太陽の木漏れ日が窓から室内に満ちる。

 午前10時を回った頃、ロザリアは部屋にあるお気に入りの椅子に腰掛けて読書を楽しんでいた。

 静寂が包み込む室内には頁をめくる音のみが時折響く。

 そしてロザリアが次の頁をめくろうと本の端に指をかけたその時、背後から足音が聞こえてきた。

 音の主はアシスタシアだ。ロザリアと一緒にお茶の時間を楽しむ為にケーキと紅茶を用意して戻ってきたところであった。

 爽やかな柑橘系の香りが部屋に広がる。アシスタシアがテーブルの上に二人分のケーキとティーセットを並べ終えたのを見てロザリアは言う。

「ありがとう、アシスタシア。ベルガモットの良い香り。今日はアールグレイですのね。」

「はい。とても良い茶葉が手に入りましたので。」アシスタシアは返事をしながらロザリアのティーカップに紅茶を注ぎ、続いて自分のカップへも注いだ。

 ロザリアは紅茶に砂糖を入れ、ティースプーンでゆっくりと静かに溶かす。たまゆら、紅茶の香りを楽しんでから一口ほど飲む。

「貴女の淹れる紅茶は本当に美味しいですわ。飲んでいるととても心が落ち着きますの。」

「お褒めに預かり光栄にございます。昔、私が初めて貴女様に紅茶を淹れさせて頂いた折に酷く不満そうな顔をされていらっしゃったのが嘘のようです。」

「本当に。今ではわたくしの好みを世界中の誰よりも知るティーソムリエですわね。毎日頂くこの紅茶が無いと落ち着かなくなってしまいましたわ。」

「お戯れを。」

 いつものような他愛のないやり取りが続く。使命を傍らに置き、立場を忘れて心からゆったりと出来るこの時間がロザリアにとっては毎日の至福だ。

 そのようにして素直な自分をさらけ出せる相手などそう多くはない。

 彼女の存在があるからこそ自分の心の平穏が保たれているといってももはや過言では無いのかもしれない。それほどまでにロザリアにとってアシスタシアという存在は大事なものになっている。

 それが例え自らが生み出した元々は無機質な存在であったとしても。

 ロザリアは見た目相応の少女が見せるような可愛らしい笑顔を浮かべながらケーキを口に運ぶ。

 ケーキの甘さとアールグレイティーの爽やかさによる絶妙なハーモニーが口に広がる。

 彼女やイベリス以外の誰に見せることもない表情を湛えてお茶の時間を楽しむ。

 しかし、今日という日はあまり長くこの穏やかな時間に身を投じているわけにもいかない。

 ロザリアはケーキを食べる手を止めてふと呟く。

「このような憩いの時間に話すのは無粋ですけれど…いよいよですわね。この国で巻き起こる此度の事件。解決に至るまで残り2週間余り。」

「機構は彼女の奇跡を止めることが出来るのでしょうか。」アシスタシアもケーキを食べる手を止めて返事をする。

「えぇ、必ずや。アイリスが如何な策を講じようとも無意味なこと。この地にイベリスが存在するというその時点で結末は決まったようなものなのです。ただ…」

 ロザリアは言葉を言いかけて言い淀む。

「何か気にかかることでも?」アシスタシアが問う。

「それを快く思わない人物によって邪魔が入ることは容易に想像がつくというもの。そう、例えば今日辺りにでも “あの子” が彼女達にちょっかいを掛けに行くのではないかと思っていますわ。丁度、機構の彼とイベリスはお休みのようですから共に外出するでしょうし、気を抜いている2人を狙うには絶好の機会といえるでしょう。」

「アンジェリカですか。彼女にとっては奇跡が予定通り行われてマルティムと大統領双方が雷に焼かれる未来が望ましいということなのでしょうね。」

「自身の欲望に忠実な子ですから。自身の望む楽しみの為に障害となる者は全て排除する。それがあの子のやり方。まぁ良く言えば素直なのでしょう。その無邪気さは狂気とも言い換えられますが。」

「どうなさるのですか?」

「決まっていますわ。分かり切っていることを聞くだなんて、貴女らしくありませんわね?」アシスタシアの問いにロザリアが即答する。この時の彼女からは無邪気な少女の笑顔は消え去り、既にいつものように神の道に殉じる立場の者が見せる表情へと戻っていた。

「いずれにせよあの子を放置するというわけにも参りません。頃合いを見計らって説法をする必要があるでしょう。あの子風に言えば “めっ!” という具合に。」

 アンジェリカの真似をするロザリアの様子が想像を超えて可愛らく感じたアシスタシアはとっさに返事をすることが出来なかった。

「あら、あらあら?わたくし、何か変なことを申し上げましたか?」

「いえ、お気になさらず。」

 乱れそうになる精神を必死に抑えながらアシスタシアは平静を装って言った。

 一通り話し終えたロザリアは休めていた手を動かしてケーキを口に運ぶ。紅茶とケーキのセットを楽しむ彼女の表情は再び可憐な少女のものに戻っていた。

「全ては神の御心のままに。」

 そう呟いたアシスタシアは自身も止めていた手を動かし、手元の紅茶とケーキを楽しんだ。


                 * * *


 第六の奇跡。来たる10月13日が自身にとってのタイムリミットだ。

 ジョージは大統領執務室で連邦議会に臨む為の資料へ目を通しながらも頭の中はそのことで一杯だった。

 アヤメの奇跡を機構は止めることが出来るのだろうか。アンジェリカは彼らがアヤメの奇跡の正体を見破ったと言ったがどこまで信用していいものなのかは怪しいところだ。

 何より仮にそのようなことが出来得たとしても、あの少女が奇跡が止められる瞬間を黙って見ているはずがない。おそらくは奇跡を止めさせまいと機構に対して邪魔建てを企てているはずだ。

 なぜならアンジェリカの “楽しみ” とは大統領である自分がアヤメの奇跡によって裁かれる瞬間を目撃することなのだから。


 ジョージは首を横に振る。考えても仕方のないことだ。

 あのような手の付けようがない悪魔のことを考えるよりも根本的な問題として、自身の過ちであるマルティムをどうするのかを考えるべきだ。

 アヤメによる第六の奇跡が機構によって防がれた時、薬物密売組織の壊滅を望む国民の期待は即座に怒りに代わるに違いない。そしてその矛先は今まで何も出来なかった警察と自分達政府に向けられることになる。

 そうなれば国民の怒りの声によって現政権は任期の満了を待たずして総辞職を迫られるかもしれない。万一にも辞任というシナリオが成り立ち大統領という特別な地位を自分が失った瞬間、警察は鬼の首を取ったように自分の逮捕に向けて動き出すはずだ。

 いや、そんなシナリオがあってもなくても警察は自分を逮捕しにくるのだろうが…

 アンジェリカは警察とヴァチカンが機構の支部に訪れたと言っていた。彼女の言う通り、機構に対して自分が容疑者の1人であるという旨を伝えにいったのだろう。

 そもそも警察は初期の段階から自分が怪しいということに勘付いていた様子だった。あからさまに自分達と距離を置く警察の行動を逆手にとって機構へ近付き、緊密な関係性を築くことで彼らの動きを牽制しようと考えたが悪手であったと今なら分かる。ヴァチカンの2人にまんまと出し抜かれたのだ。

 要は何をどうやっても最初から詰んでいたのだ。綿が自分の首に巻き付き、それが締め付けられていると気付いた時にはもう遅かった。


 残された手は一つ。アヤメの奇跡が行われるよりも先に、警察が自身を捕らえにくるよりも先にマルティムを自分自身の手で潰すこと。それもアンジェリカに勘付かれないように。


 そんなことが出来るのか?不可能かもしれない。


 それは主に後者に向けた気持ちである。アンジェリカという少女。その存在が自分にとって最大の障害となる。

 始まりから終わりに至るまで、終わりの始まりに至るまで彼女という存在が障壁となって道を塞ぐ。

 全ては悪魔の囁きに乗ってしまった自分の判断ミスだ。

 彼女の甘言に乗ったことで確かにこの国を潤すだけの莫大な資金を手に入れることは出来たし、それをうまく使うことによって悲願であった高度経済成長の波にこの国を乗せることも出来た。

 “金に正しいも間違っているもない” とはいえ、自身が行ったことはとても正しいやり方とは言えない。人道的にも、倫理的にも間違っていることは明白だ。

 取り返そうと思っても取り返すことの出来ない過去。やり直しの効かない過ち。

 国家の未来の為にという思いでひた走っていた頃の面影はもはや今の自身には存在しなくなってしまった。

 悪魔の囁きに惑わされた自分は文字通り “人生” という命を引き換えとして願いを叶えたのだから。


 今と過去と未来、ジョージが取り留めのない感情に思いを巡らせていた時、大統領執務室の扉をノックする音が響く。

 モニター越しに見える姿はウィリアムだった。

「入りたまえ。」ジョージはすぐに返事をし、間もなくウィリアムが執務室へと入室した。

「失礼します。大統領、連邦議会で審議される議案の事前通告書類をお持ちしました。」ウィリアムは大統領のデスクへ歩み寄り書類を手渡す。

「ありがとう。日曜日にまで付き合わせてしまってすまないな。私のことは良いから君は休みたまえ。」

「そういうわけにも参りません。それより大統領がお休みになるべきです。議会は3日の金曜日には終わります。その後に長めの休暇を申請されては?」

「その1週間と数日後には第六の奇跡が起きるとされている。全国民の注目が集まる舞台を前に私の立場で休暇を取るなどと…」


 大統領がそこまで言葉を紡いだ時、ウィリアムはいつものように断られてしまうのだろうと思っていた。しかしこの日は違った。

「だが、それも必要なことなのかもしれない。全国民の注目を集める日を前に全身全霊で職務に臨むことが出来ないとあっては一大事だ。10月4日から10日までの間を休日申請しよう。ウィリアム、スケジュールの調整を頼む。」

 そのような言葉を聞くとは思っていなかったウィリアムは唖然としたまましばしの間言葉が出て来なかったが、すぐに切り替えて言った。

「承知いたしました。連邦議会後のスケジュールを1週間ほど空けるよう手配いたします。」

「宜しく頼む。」

「では、早速調整に取り掛かりますので私はこれにて失礼いたします。」ウィリアムはそう言うとすぐに大統領執務室を後にした。


 これが自分に与えられた “最期の1週間だ” 。ジョージは心の中で思う。

 諸悪の根源たる自分が全てを終わらせるときが来た。

 これより至るは夢の終わり。アンジェリカという少女が描いたシナリオの結末を台無しにする為の抵抗。


 “終わりの始まり”

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