第27節 -代理執行『ホセアの蒼炎』-

 間もなく日を跨ごうとする時刻。

 星の光も届きづらい、周囲を照らす街灯もほとんどない裏通りを彼女はゆっくりと歩く。

 暗くはあるが、狭い路地を吹き抜けて時折頬を撫でる風は心地よい。

 イベリスとアイリスとの会話を終え、敢えて遠回りをしながら帰途に就くロザリアはいつにも増して上機嫌であった。


 長い長い刻の中で、誰にも明かすことの無かった本音をあそこまで露わにしたのは久方振りだ。

 イベリスとアイリス、数年前にハンガリーの地で再会した彼女と自分。リナリアで生まれ、彼の国で育った者達同士だからこそ言い合える言の葉の数々。

 自らに嘘をついたことも無いが、他人に本音を話したことも無い。いつの日も人々に求められたのは “彼らが望む言葉” であり、自身の心の内にある言葉などでは無かったからだ。

 そんな自分がようやく心の内を語り合える相手と再会することが出来た。


 特にイベリス。彼女と直接会話を楽しむことが出来たことが何よりも嬉しかった。

 先日機構に向かい、千年ぶりに目にした彼女の変わらない姿にどれだけ心を高鳴らせたことか。傍らで自身に仕えるアシスタシアに困惑されるほどの昂りを感じてしまっていた。

 これからはいつでも彼女と話をすることが出来る。


 遥か昔から続く歴史の中でひた隠しにしてきた自らの思いを打ち明けられる人がいる。

 その事実だけでとても幸せな気持ちだ。


 そして今、この裏通りにもう1人。

 彼の国で生まれ育った者が今まさに自分との逢瀬を果たそうとしている。

 このような幸福に満ちた心持ちの時に出会うなど…これが星の導きだというのなら何というナンセンス。神の思し召しによるものであれば尚更である。

 こんな夜中に得体の知れない物体を引き連れて、いつも何を考えているのかわからない “彼女” がもうすぐ現れるはずだ。

 むしろ、その為にわざわざ人通りのない裏通りを選んで歩いているのだから現れてくれなければ困る。

 昼間にカフェでココナッツジュースを購入し、その後に鶏と格闘する姿を視認して以降はぱったりと足取りが掴めなくなった。探そうとしてもその場所にいたという痕跡ひとつ発見することが出来ない。

 神出鬼没。アシスタシアの表現は正しかった。

 こうなれば自らが囮になって誘き出す方が簡単だ。自分が近付くのではなく、相手から近付いてきてもらう方が簡単なのだ。

 この場で邂逅することが出来たのならば、きちんと尋ねなければならない。


 目的は何なのか、と。


 そんなことを考えながら裏通りをロザリアが歩いていると、唐突に周囲の空気が変わった気がした。吹き抜けていた風は止み、星明りは途絶え夜の暗さが一層増したような感覚だ。

 そう思ったのも束の間、目の前によたよたと歩く得体の知れない “ナニカ” が近付いてきた。

 細身の人間のように見えてそれは人間ではない。

 この世の者のように見えてあの世のものである。

 “世界” というものに本来は存在してはならない存在。

 彼らの鬼哭が今は耳を澄まさずとも聞こえてくるようだ。


 よたよたと歩み寄る化物の視認と同時に甘ったるい少女の声が通りに響く。

「やっほー☆こんばんは。貴女風に言うと “ごきげんよう” かしら?」

「あら、お上手ですこと。曲がりなりにも貴族の出自。多少は作法というものを心得ていらっしゃるのですわね?」話し掛けてきた少女にくすくすと笑いながらロザリアは返事をする。

「その上から目線が相っ変わらずムキーっとくるわね!相手を挑発するのは、めっ!なんだよ?」

「それはお互い様ではありませんの?それより、そのように物騒な輩を引き連れて現れた様子から察するに、わたくしと平和的なお話をする為にわざわざ尋ねて来た…ということではありませんわね。」

「ぴぃんぽーん!大正解!素敵な正解者の貴女には私からとっておきのプレゼントを差し上げまーす♡」

 鮮やかな桃色のツインテールに学生服と軍服を合わせたような服装をした紫色の瞳の少女。目の前でにこにこと笑っているが、その内に秘めるものは狂気そのものだ。

 それ以外には《何もない》。

「まぁ、どんな贈り物が頂けるのかしら?遠い昔からわたくしを知る貴女ならば、きっとわたくし好みの素晴らしい贈り物を用意してくださっているはず…とても、とても楽しみですわね。」ロザリアは徐々に声のトーンを低くしつつ、その美しいオーシャンブルーの瞳で蔑むように彼女を見据える。

「遠い昔から頑張り続けてきた貴女には~!長い長い睡眠ぐぅZZzzの時間を差し上げちゃいます!だから、だからー…ちょぉっぴり痛いけど我慢してNE☆」

 ロザリアの視線をまったくもって意に介することなく少女は陽気に言った。

「そう、貴女のお目当てはやはりわたくしの身体…そういうことですのね。それは良いとして、わたくしよりもてっきり先に帰途に就いたあの子を襲撃するものとばかり思っていたのですけれど。」彼女の言葉にロザリアはとぼけた返答をする。

「良くないでしょ。何しれっとおぞましいことを言ってるのかにゃー?それにあの子を襲う?どうして?そんなことをしたら私の楽しみが減るだけじゃない?」顔は笑顔のままだが明らかに不機嫌そうな声で少女は返事をした。

「とにかく! “計画ぅ” にとって少し鬱陶しい貴女には少し大人しくしてもらおうと思うんだなー、こ・れ・が☆」

 彼女はそう言うと同時に指を パチンっ と鳴らす。

 その音と共によたよた歩きの得体の知れない怪物がどこからともなく次から次へと湧き上がり、一瞬で周囲一帯を覆い尽くすほどの数へと増加した。

「あらあら、こんなにたくさんの方に求められるだなんて。良い夜になりそうですわね。ただ、その前に一つお伺いしても?」全く動じる様子を見せずロザリアが言う。

「どうぞ?ご自由に。」涼しい顔を浮かべるロザリアを目の前に明らかにイライラを募らせている様子で少女は答えた。

「それはどうも。嫌だと申されてもお伺いするつもりでしたけれど。それはさておき、貴女の目的は一体何ですの?新型薬物グレイも、悪魔を名乗る例の組織も元はと言えば全て貴女の差し金でしょう?さらに過去を振り返って言うと5年前にハンガリーで起きた出来事もそう。憐れで惨めな1人の男にあのようなものを渡して事件を起こすように仕向け、国連の彼女へとメールを送り付けて動かざるを得ない状況まで作り出した。そこには一体どんな目的があったのかしら?そしてこの地で起きている出来事にはどういった目的が秘められているのでしょう?」

「目的?アイリスにも聞かれたけどさー…あるわけないじゃない?全部私個人の楽しみの為だもの。仮に理由があったとして、そんなことを嬉々として貴女に素直に話すと思う?」少女は即答した。

 この地で巻き起こる薬物事件や組織のことについて否定はしない。悪びれる様子もなく全ては “自らの楽しみの為” だと少女は言い切った。

「そう、そうですの。」ロザリアはあからさまな大きな溜息をつきながら言う。

「なんだかとてもつまらない理由ですわね。火照った身体が一瞬で冷めてしまいそうなくらい。」彼女から視線を外し退屈そうな表情をしてロザリアは言葉を重ねる。

「…貴女に理解してもらおうだなんて最初から思ってないから安心しなさい。お喋りはもう良いかしら?気が済んだ?」

「えぇ、満足しましたわ。ありがとう、 “アンジェリカ”。」再び目の前の少女へ蔑みの視線を送りながらロザリアは彼女の名前を呼んだ。


 アンジェリカ・インファンタ・カリステファス。それが彼女の名だ。

 リナリア公国七貴族の一家の出身で、彼女の家は代々国家の法に基づいた民の取締りと刑罰の執行を司る役割を担っていた。

 美しい自然に囲まれたリナリア公国では、貴族も民も幸福に暮らしていた。しかし、人間というものの営みがそこにある以上、当然倫理的に許されざる行為に及ぶ者も少なからず存在した。そうした法を逸脱した者を裁く役割を担う者の存在もまた必然であったのだ。

 彼女の一家が管轄する区域で現実にどのような刑罰の執行が行われていたのかは定かではない。しかし、罪を認定されて領地の施設へ連行された者が再び施設から出てきた試しも無い。

 現代でいうところのブラックボックス。レナトやイベリスの家系のものでも実態をよく把握していなかったはずだ。

 王族にすら内部が分からない闇に閉ざされた暗部と言って差し支えないだろう。

 国に仕える刑罰の執行人。法の王。それが彼女の生まれ育った家というものである。

 

「誰かに名前を呼ばれたのは久しぶりだわ。でも、その久しぶりがまさか貴女になるだなんて。興醒めね。それに随分と気安く呼んでくれるじゃない?ますます気に入らないわ。」

 名前で呼ばれたことが癪に障ったのだろうか。少女が言葉を発すると同時に今までその場から動かなかったよたよた歩きの得体の知れない怪物たちが一斉に動き出す。

 そして勢いよくロザリアへと襲い掛かってきた。

 警官を襲った時と同じように鉄パイプを持ったもの、ナイフを持ったもの、果てはアイスピックを持ったものなど全員が何かしらの凶器を身に着けている。

「好きにしなさい。原型を留めないくらいにぃ、滅っ多刺しにしちゃって・ね♡」

 アンジェリカの言葉でより勢い付いたそれらの物体はロザリアめがけて一直線に向かってくる。


 アンジェリカは今この瞬間において間違いのない勝利を確信していた。

 人の過去を読み取るか人形作りをするしか能の無い修道女相手だ。本来はこれほどの数の怪物ぶつける必要すら無いだろう。

 アンジェリカはこの先の結末に自信をもっている。この場で目障りな障害は消え去り、あとはこの国で起きる出来事をじっくり楽しむことに集中できるようになる。

 本当はしばらく眠っていてもらうだけでもいいのだが気が変わった。

 生かしておくと、この先の “計画” にも邪魔な手出しをしてきそうなこの総大司教様はここで始末しておいた方が得策だろう。


 怪物たちは勢いを緩めることなく一直線にロザリアへと向かって突き進む。

 さぁ、もうすぐ。もうすぐ。さぁ…さぁ、もうすぐ。

 目の前の憎たらしい修道女が滅多刺しとなって “美しい赤い花” を咲かせる瞬間が間もなくやってくる!

「きゃはははは!醜悪で間抜けな人形さん達に惨めに嬲り殺される貴女を特等席から眺められるなんて最っ高ね☆今どんな気持ち?ねぇねぇどんな気持ち?跪いて命乞いでもしてみなさいよ!」


 アンジェリカが余裕の眼差しでよたよた歩きの怪物を眺めていると、ふいにロザリアは右手を動かした。

 そうして彼女の半径3メートル付近に自身が放った怪物が入ろうかというその刹那、ロザリアは自身の目の前に右の掌を掲げ、何かを呟くように唇を動かすと虚空で何かを握り潰すような動作をした。

 アンジェリカの背筋に悪寒が走った。


 今何を言った?何をした?


 とても良くない胸騒ぎがする。まるで空気中から酸素の大部分が取り除かれたような息苦しさがある。

 殺気などとは異なるが、この嫌な感覚は間違いなく目の前の司教から放たれている。

 状況は圧倒的にこちらが有利なまま。何をどうしたってこの数の化物相手に1人でなんとか出来るようなことが有り得るわけ…


 そう考えていた矢先のことだ。

「…は?」

 次の瞬間、アンジェリカは間抜けな声を発しながら信じられないものを目の当たりにした。

 自身が放った無数のよたよた歩きの得体の知れない物体が突如ぴたっと動きを止めたかと思うと、地の底に響くような呻きを上げながら突如として現れた青い炎に包まれ燃えるように消えていったのだ。


 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…


 彼女に近づいたものから例外なく瞬く間に焼かれていく。焼き殺されているように見える。

「あら、何かおっしゃいまして?よく聞こえなかったのですけれど。千年も生きていると多少なりとも耳も遠くなるのかしら。」目の前で燃え尽きる怪物を眺めながら、とぼけたようにロザリアは言う。

「これほどたくさんの方にこの身を求められるというのも悪い気分ではありませんけれど、乙女の柔肌を目の前にしてそのようにがっつくものではありませんわ。それにこの身は神に捧げたるもの。それに手を触れようなどと。どうにも躾のなっていない貴女のペットには優雅な大人の振る舞いというものを教えて差し上げましょう。ゆっくり、丁寧に、何事もじっくりと楽しまなくては…一瞬で終わってしまったらつまらないでしょう?淑女たるもの “心にゆとりや潤いといったものを持つことが必要” ですわよ?ア・ン・ジェ・リ・カ。」

 こちらを嘲笑うかのようにロザリアは笑みを湛えて言った


 思わず一歩後ずさる。

 言葉にならない。何なんだこの女は。こんなデタラメな力を使うなんて聞いたことが無い。自分は知らない。

 アンジェリカは自身の生み出す怪物よりよほど得体の知れない女に対する畏怖を感じ始めていた。


 過去の記憶を読み取り、心を読んで洗脳することが得意な輩なら最初から心の無いものをぶつければいい。そう考えていたがどうやら違ったようだ。

 今に至ってようやく理解した。自分は重大な間違いを犯したらしい。

 迂闊だった。致命的だ。最悪の結末だ。別のことにリソースを割いている今の自分には、この女に対抗するほどの余力が無い。

「あらあら、鳩が豆鉄砲を受けたような顔をされてしまって、いかがなさいましたの?先程の威勢は何処へ?わたくしを “睡眠ぐぅ☆” させてくださるのではなかったのですか?心地よい眠りの世界をぜひとも堪能させてくださいまし。」

 ロザリアはわざと甘ったるい声を真似て出し、変わらぬ笑みを浮かべてゆっくりと一歩ずつ一歩ずつ歩みを進めて自身に近付きながら言う。

 数えきれないほどその場にいたはずの怪物達は彼女の歩みと共に全てが一瞬で炎に包まれ焼かれて消え去っていく。


 深淵の業火、冥界の蒼炎、天より放たれる怒りの火。これらの光景はまるで神が人に与える裁きだ。


 ゆっくり、ゆっくりと…怪物たちを焼き殺す状況を楽しむかのようにロザリアはアンジェリカへ歩み寄りながら言う。

「でも、退屈過ぎて本当に眠ってしまいそう。もとより、残念ながら出来損ないの人形を相手にして昂るなどという趣味はわたくしにはありませんの。そのようなものは何の慰みにもなりませんわ。ただの退屈しのぎにすらなるかどうか…わたくしの持つ力を模倣したもののようですけれど、少々趣味が悪いような気がしますし何もかもが不完全すぎてあくびがでてしまいそう。でもそうですわね。せっかくの機会ですからわたくしが本物の “人形” というものが如何様なものなのかを貴女に教えて差し上げましょう。」

 ロザリアが言い終えた瞬間、アンジェリカの背筋にさらなる悪寒が走った。

 先程感じたものとは比べ物にならないほどの恐怖。


 後ろに誰かいる。


 視線だけ後ろに向けようとしたが気付いた時には遅かった。

 後ろから手向けられた大きな鎌の蒼い炎に包まれた刃が既にこの首を落とそうと目前まで近付いてきている。

 この距離、タイミングではどんな手を使っても間合いから抜け出すことは出来ない。光の力を操る彼女のような速度で移動をすることも叶わない。致命傷を避ける程度は可能かもしれないが、かわしきることは不可能だろう。

 無傷では済まないとアンジェリカは覚悟を決めて目を閉じかけたが、なぜか鎌の刃は自身の首元僅か1ミリ手前で動きを止めた。

 そしてゆっくりと自分に近付く総大司教はにこにこしながら手をぱちぱちと叩きつつ自身の後ろにいる誰かに話し掛けた。

「お見事ね。ご苦労様、アシスタシア。眠りの邪魔をしてしまってごめんなさいね?」

「お戻りが遅いと思えばまたこの様に無謀なことを。私の睡眠時間を削られた埋め合わせはきっちりとして頂きますからね。」

「はいはい。カフェでお好きなスイーツを心行くまで選びなさいな。」

 2人の戯れを聞き流しつつ、身動きが取れないでいるアンジェリカであったが、その会話で自身の後ろにいる人物が誰なのかはよく理解できた。


 アシスタシア・イントゥルーザ。常にロザリアの傍らに控える修道女だ。今日の昼間もプラネタリウム付近のカフェでロザリアと共にいたあの女。

 しかし先程の自分へ向けた言葉の中でロザリアは何と言った?彼女は何と言っていた?

 “人形”?、 “本当の人形”? と言ったか。

 そのことを考えた末にある結論へと至り、彼女達に関わる全てに合点がいった。


 修道女の皮を被った死神め。生命の裁治権を弄ぶ化物め。お前達が仕える神とは一体何だ。


 頭の中で最大級の侮蔑の言葉を並べ立てたアンジェリカは平静を装って言った。

「なるほど、意志を持つ人形。ゴーレムの類?いえ、ホムンクルスとも違う…とても素敵なお人形さんね。まるで “本物の人間のよう”。いえ、それ以上かしら。究極の女性美という花言葉を持つ花の名前を与えようと思う気持ちもわからないでもないわね。そしてロザリア、貴女のその身体も…」小声で言う。その言葉に呼応してロザリアが言う。

「さぁ?何のことにございましょう。触らぬ何とやらに何とやら…と申しましょう?それより貴女はどうなさるのですか?」

 ふざけたような口調で言うが先程までの笑顔は既にそこには無い。憐みと蔑みが入り混じったような瞳が自身に向けられている。


「分かったわよ。怒りに身を任せて貴女を襲うのはやめやめぇ。今夜は大人しく退いてあげるわ。」アンジェリカは怒りの目をロザリアに向けたまま言うと紫色の光の粒子を散らしながら影を溶かすように霧散してどこかへと消え去って行った。


 その場から彼女が消え去ったことを確認してアシスタシアも手に持った獲物を仕舞う。まるでそこには最初から何も無かったかのように光に包まれて鎌は消え去った。

「お怪我はありませんか?ロザリア様。」

「あの子に鬱陶しいと言われて心が傷付きましたわ。」

「ざれごt…もといお戯れを。要するに大事は無いということですね。」

 呆れた顔をしてアシスタシアは言った。おそらく傷付いたのはアンジェリカの方であろう。

 自身が仕える主の突飛な行動にはいつも苦労させられている。

 特に今回の件は正直カフェのスイーツではまったくもって埋め合わせにならない。

「それはさておき、あの子が何を企んでいるのかは結局理解出来ませんでしたわね。ただ、あの子にとってこの地で起きる出来事も何らかの目的の為の通過点のひとつなのだということは分かりましたわ。ハンガリーの地で起こした事件も含めて。何かをひとつずつ確認している。そのような気配を感じます。今日の出来事で少し大人しくしてくださると良いのですけれど。」

「大人しくなるでしょうか?憂さ晴らしとして余計に暴れそうな雰囲気を感じましたが。」

「そうなっても止められるだけの力を持つ者がわたくし達以外にも2人いるのですからどうということもないでしょう。」

「とはいえ、あのような輩をわざと逃がしてしまって良かったのでしょうか。」

「貴女の判断は正しい。逃がすべきだったと思いますわ。泳がせておいた方が都合が良いことも有りますもの。」アシスタシアの問いにロザリアは答える。

 ロザリアの様子を見てどことなく疲れた様子を感じ取ったアシスタシアは真剣な目をして言った。

「ロザリア様。少しお休みになられた方が宜しいかと。早く戻り休養を。」

「えぇ、ありがとう。慣れないことはそうそうするものではありませんわね。帰りましょうか。」

 会話を終えた2人は並んで歩き出す。

 何事もなかったのように裏通りを通り抜けて、ドイツ鐘楼のすぐ傍にある教会まで。


 2人が去り、普段の様相に戻った裏通りには怪物たちが残した凶器の残骸が落ちたまま、青白い炎を上げて燻り続けていた。

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