第23節 -たとえ身体を無くしても-

 周囲を木々に囲まれた海岸へ向かう遊歩道を玲那斗とイベリスは歩く。

 プラネタリウムの近辺にあるカフェで昼食を済ませ、この地にある白砂の砂浜へ向かっている最中だ。

「もうすぐだよ。」玲那斗が言う。

 視界の先には既に太平洋の大海原が見えている。太陽の光を反射して輝き揺れる水面の景色が少しずつ開けていく。

 遊歩道の突き当たりまで進むと、二人の目の前に白砂のビーチが姿を現した。

「わぁ、素敵ね!」

 そう言ったイベリスは遊歩道から緩やかに浜辺へと繋がる斜面を駆け下りて波打ち際までパタパタと走っていく。

 浜辺に到着したイベリスは後ろを振り返り玲那斗に大きく手を振る。そんな彼女を微笑ましく思いながら玲那斗もゆっくりと浜辺へと向かった。


「綺麗な砂浜ね。鳴き砂の音が聞こえるわ。」傍に歩み寄った玲那斗にイベリスが言う。

 一歩一歩踏みしめるごとに きゅっきゅっ と砂同士が擦れ合う音が聞こえる。美しい砂浜でしか聞くことが出来ない音だ。

 リナリア島からセントラルへ来て以来、砂浜とは無縁の生活を1年過ごした彼女は久しぶりに訪れる浜辺を前にしてとても嬉しそうな表情を浮かべている。

「少し向こうまで歩いてみようか。」

「えぇ、そうしましょう。」玲那斗の言葉に彼女は笑顔で返事をした。


 美しい白砂の浜辺に見渡す限りの太平洋の大海原。この海岸には現在自分達の姿しかない。

 こんなに綺麗な景色を2人だけでじっくり堪能できるのは贅沢の極みだと玲那斗は思っていた。穴場中の穴場である。

 鳴き砂の音を楽しみながらゆっくりと歩いて行く中、先程のプラネタリウム観賞の時に気になったことをイベリスに尋ねてみた。

「イベリス、少し話しても良いかい?」

「何かしら?」屈託のない笑顔をしたまま彼女は返事をする。

「さっきプラネタリウムを見ていた時、泣いていたように見えたんだけど。」

「あら、気付いていたのね。もしかしてプラネタリウムではなくてずっと私の顔を見ていたのかしら?」冗談を言いながら彼女は眩しく笑う。

 イベリスの言葉に玲那斗はどぎまぎした。

「冗談よ。プラネタリウムを眺めている時、リナリアの星空を思い出していたの。ずっと遠い昔に見た空。あの丘の上からレナトと二人で眺めた星空を。」

 彼の生まれ変わりであるという自身の中にいるもう一人のレナト。かつてリナリア公国の王となるはずだった人物にして彼女の正式な婚約者。

 やはり過去の記憶にある彼と見た星空とプラネタリウムの景色を重ねて見ていたらしい。

「それと、1年前と少し前のあの日にリナリア島の夢の世界で貴方と見た星空も。私にとってはそのどちらもがかけがえのないもので大切なもの。色々と思い出すと自然と涙が溢れてきて止まらなかった。私にとっては、貴方と同じ星空を眺めるということはとても特別なことだから、プラネタリウムを眺めたあの瞬間も隣にいる貴方と同じ景色を眺めることが出来たことが嬉しかったのよ。」

 彼女の口から直接聞くと少し気恥ずかしい気持ちになるが、偽りの無い言葉がとても嬉しかった。

「そうか。今度また一緒に見に行こう。」悲しさから流していた涙ではないと分かっただけで十分だ。今はなんとなく目が合わせられずに短くそう伝えた。

「えぇ、何度でも。」玲那斗の言葉にイベリスは快く頷く。

 玲那斗は続けて先日から気になっていたことを尋ねてみることにした。

「もう一つ良いかな?」

「もちろん。」穏やかな声でイベリスが言う。

「一昨日の夕方、アヤメちゃんと話をした後から少し元気が無いように見えたのが気になってね。何か考えることがあったのかと思って。」

 玲那斗の質問に一瞬だけ表情を曇らせたように見えたイベリスだったが、すぐに笑顔を作り玲那斗の方へ向き直って言った。

「ねぇ?玲那斗。今はこの浜辺に私達しかいないわ。手を繋いでも良いかしら?」

 予想していなかった答えに少し驚くもすぐに頷く。心臓の鼓動は高鳴るばかりでうまく言葉として返事が出来なかった。

「ありがとう。」

 手を繋いだ二人は再び砂浜を歩きだす。そして少し歩いた先でおもむろにイベリスが言う。

「貴方の手は温かいわね。ずっと変わらない。」

 玲那斗は彼女へと視線を向ける。

「少し恥ずかしいのだけれど…一昨日の夕方ね、アヤメちゃんと話をした時にあの子が貴方にべたべたと馴れ馴れしく近付いたことに少し苛立ってしまったの。」

 周囲に聞こえるのは波の打ち返す音と吹き抜ける海風の音や鳴き砂の音、そしてイベリスの声だけである。

 この浜辺という小さな世界に二人だけで迷い込んだかのような不思議な感覚を玲那斗は感じた。

 光を反射し煌めく水面を背景にして彼女の美しい横顔を眺める。イベリスは少し俯きながら話を続けた。

「えぇ、分かっているわ。これは呆れてしまうようなただの醜い嫉妬よ。調査という場に持ち込むべきではない私情、私の自分勝手なただの思い込み。心では分かっていたの。こんなこと考えてはいけない。今は自身の成すべきことに集中しなければいけない。そこに私情を持ち込んではいけない、と。でもね、私にはどうしてもその感情をあの時抑えることが出来なかった。」

 玲那斗はあの日イベリスがアヤメに対して語気を少し荒げて詰め寄ったことを思い出した。

 “人に死を強いる奇跡を続けることに迷いは無いのか” という言葉だったはずだ。

「咎めるような言葉を言いながら、本当は自分の行き場の無かった感情をあの子にぶつけていただけ。最低ね、私は。」

 そこまで話すと彼女は歩みを止めた。そして視線を海へと向けて言う。

「あの日の夕方、彼女を自宅に送り届けた後からずっと考えていたわ。アヤメちゃんとの対話は私達が何よりも求めていたもの。だからこそ彼女から話し掛けてきてくれたことはまさに千載一遇の機会だった。それを私の醜い嫉妬のせいで台無しにしてしまう可能性だってあったのよ。そう考えていたら急に自信が無くなってしまって。せっかく貴方やみんなが私がきちんと調査任務をこなせるように必死にサポートしてくれているというのに。私の愚かな行いのせいでいつか取り返しのつかない迷惑をかけるんじゃないかって思うと心が落ち着かなかった。足手まといなんじゃないかって。」


 イベリスの話を聞いた玲那斗は納得すると同時に、実に彼女らしいと思った。

 そう、とても真面目な彼女らしい考え方だ。

 海に視線を向けて遠くを見つめたままのイベリスに言う。

「そうか、ずっと悩んでいたんだね。すぐに気付けなくてごめん。」

 彼女の視線が自分へと向けられる。

「あの日の夕方に彼女から話し掛けてきたことは、君の言う通り俺達にとっては千載一遇の機会だった。これ以上ないほどの奇跡と言っても良い。だからかな、俺も心が落ち着かなかった。彼女と何を話したら良いのか、何を聞くべきなのか考えることに夢中で君の方に気持ちや視線を向けてあげられなかった。」

「玲那斗は何も悪くないのよ、あれは私が…」イベリスの言葉を遮って言う。

「良いんだ。それで良い。イベリス、俺達は機構の隊員である以前に1人の人間だ。それは君だって変わらない。肉体が消滅していたとしてもその魂は君そのものであって、俺達と同じ人の心そのものだ。どんなに心を強く持った人物であっても、人である以上は自身の感情に嘘を吐くことが出来ない場面はどうしても訪れる。そういった時には自分の心に素直でいるべきだと俺は思っている。感情を無視した行いはやがて自分の心をもすり減らしていくからね。」

 イベリスは玲那斗の目を見つめて静かに話を聞いている。

「だから良いんだよ。君の感情は何も間違ってはいない。君は自分で自分の心を律することの出来る強い人だ。あの後にそのことを必死に考えてきっと反省もしたんだろう?ならもう大丈夫。ほら、自信を持って。イベリスは足手まといなんかじゃない、今もこれからも俺達にとって必要な大事な仲間だ。そして俺の大事な人だ。」玲那斗はそう言ってイベリスと繋いだ手を持ち上げ、もう一方の手で包み込んだ。

 話を最後まで聞いたイベリスは微笑みながら言う。

「相変わらず真っすぐな人ね、貴方は。ありがとう、凄く心が落ち着いたわ。今なら何だって出来てしまいそう。」

「それは良かった。元気を取り戻してくれたら嬉しいよ。」玲那斗は彼女の言葉に安心した。

 二人が話を終えたちょうどその頃、海岸から見える離れた位置に色の濃い灰色の雲が近付いてきているのが視界に入った。

 玲那斗はすぐにヘルメスを手に取り降水確率や雨雲の到達時間の確認をする。

「これは速いな。イベリス、何だって出来そうだって言ったね?」わざと難しそうな顔をして玲那斗は言う。

 不思議そうな顔をしてイベリスは玲那斗の顔を見る。

「早速だけど急いで屋根のあるところに行こう。もうすぐスコールが来る。具体的に言うと5分後だ。」

「あら、移動するのは私の方が速いのよ?ついてこられるかしら?」笑いを堪えながらイベリスが言う。


 そういえばそうだった。

 ベンディシオン・デ・ラ・ルス《光の祝福》。

 光に関わる事象を自由自在に操る能力を存分にふるえる彼女は “光の速度で移動することも出来る” のだ。それはつまり地球上で彼女より速く移動できる人物が存在しないことをも意味する。

「よし、走ろう。」わざと気付かない振りをした玲那斗は彼女と繋いだ手を引っ張って走り始めた。

 イベリスも敢えて自身の “能力” で移動することはせずに、引っ張られるがままに走ってついていく。

 雨に追われつつも楽しそうに笑いながら走る二人は、そのまま海岸を後にして木々に囲まれた遊歩道へと入っていった。


                 * * *


 学校の屋上でアヤメはいつものように空を眺めながらゆっくりとした昼休憩のひとときを過ごしていた。

 遠くから近付きつつある灰色の雲を見つめ、もう間もなく訪れるであろう “嵐” を予感していたその時、すぐ傍から唐突に甘ったるい少女の声が耳に届いた。

「ねぇ?毎日空を眺めるのって楽しい?」

「こうしていると何も考えなくて良いから落ち着くのよ。まぁ、あんたみたいに元々何も考えて無さそうなタイプにはわからないかもしれないけどね。」

 気配のない所から現れた声の主に向かってアヤメは開口一番に毒づいた。

「あはははは☆あたしちゃんってば酷い酷い言われよう!そんなこと友人に言うのは、めっ!なんだよ?」

 思っていたのとは違う種類の嵐が来た。そう思いながらアヤメは隣に佇む桃色のツインテールが特徴的な少女へ言う。

「誰が友人よ。あんたと仲良くなった覚えはないわ。それに何も考えてなさそうに見えるのは本当のことじゃない。それより、こんなところまで来て何の用なの?直接私を殺しにでも来たのかしら?」

「まっさかー☆そんなことしたら私の楽しみが無くなっちゃうじゃない?悪魔さん達と貴女達が殺り合う様子を遠くから眺めているのが今の私の楽しみなんだから。奇跡は最後まで自由に起こしてもらった方が嬉しいんだぞ♡ その為にわざわざ貴女にマルティムの本拠地を教えたんだしぃ?」

「あんたの楽しみ方なんて知ったことでは無いわ。相変わらずの悪趣味ね。千年前から変わらないといったところかしら。」

「変わらないのはお互い様だよねぇ?そういえばー、さっき玲那斗とイベリスがプラネタリウムでデートしてたんだけど、とぉーっても楽しそうだったよ☆あの二人の仲睦まじき夫婦感も変わらないよねー♡」アヤメの隣で満面の笑みを浮かべ、美味しそうにバニラアイスクリームを頬張りながら少女は言う。

「それが何よ?あの二人もせっかくこの世で二度目の逢瀬が出来たのだからデートくらいするでしょ。」

「ノンNon!私が言いたいのはあの二人のことじゃなくてね?千年前と同じで、貴女は今でもあの二人をただ眺めることしか出来ないんだなーって思って。私は特別として、肉体という器を変えた貴女でも中身や境遇まで変わったわけではない。ほら、結論=やっぱりお互い変わってないじゃない?」

 彼女の言葉に自然と溜め息が漏れる。

 安い挑発だ。いちいち相手にしていても埒が明かない。

 そう思っていたアヤメであったが、少女が耳元で囁いた次の言葉は聞き流すことが出来なかった。

「そーれーに。貴女の大切な大切なお姉様も同じ。今でも一人だけ “仲間★外れ” 。」

「あんた、もしかして私に殺されに来たわけ?」

 アヤメがそう言いながら彼女を睨みつけた時、既に隣に少女の姿は無かった。その時には反対側の少し離れた所に立っており、そこでアイスを食べる手を止めることなく笑いながらアヤメに言う。

「やぁだー♡ こわーい!いたいけな少女に電撃をびりびり浴びせて喘がせようなんて倫理的に、めっ!だからね?あーるじゅうはち。大人の蜜の味?イエス。あと昼間からそんなにイライラしてるとはげちゃうぞー。カルシウム補給!がおすすめなんだな。それにさっきのはー、ただの た・わ・む・れ って言うんだぞ☆」


 思わず舌打ちをしてしまう。

 制服のような短いスカートをゆらゆらと揺らしながら立っている目の前の女。

 彼女が何を考えているのか、何が目的なのかは一切不明でまるで掴みどころがない。その心の色は極彩色で濁っており、アイリスの力で感情や心の声を読み取ることもままならない。

 過去に幾度か心の声を聞き取ろうとしたこともあったが今はもう聞こうとすら思わない。

 下手に心の声を聞こうとすれば意味の分からない悲鳴や断末魔といったようなものが聞こえてくるだけだからだ。

 そう、聞いたところで得るものも無いし後悔しか残らないのである。

 ただし、会話が面倒くさいからといって油断をしていると、いつ何をしでかすか分からない為迂闊に気を抜くことも許されない。

 この女とまともに正面切って喧嘩することが出来るのは、きっと彼女の天敵であるはずのロザリアくらいのものだろう。おそらく力づくでこの女をねじ伏せることが出来るのも彼女だけだ。

 或いは先程の会話に出てきたイベリスの想い人くらいのものだが…今の彼の状態ではそのようなことは望めないだろう。

 話しているとただただ疲弊する相手だが、相手にしないという選択肢も選べない。満足する回答を投げかけてさっさと引き上げてもらうに限る。


 少し心を落ち着けたアヤメは昼下がりの平穏を取り戻すために先程の問いと同じ質問を再び投げかける。

「それで?私に何の用かしら?」

 先の失敗はこの後に余計な言葉を付け足したことが原因だ。今回は目的を聞くことだけに集中する為、他に無駄な言葉を付け足したりせずに簡潔に問う。

 しかし彼女から返ってきたのは気の抜けるような回答であった。

「別にぃ?特に用事があったというわけではないんだなー、これが☆近くを通りがかったから昔馴染みの友人にちょっと会いたくなって来てみた、的な?」

「もう一度言うけど誰が友人よ。生きていた頃にはまともに会話したこともないじゃない。あんた、やっぱり本当に何も考えてないのね。」

「本当のことだけど、さすがに全否定されると私も凹むんだなぁー。同郷のよしみとかないのかな?」嘘泣きのポーズを取りながら少女は言う。

「同郷のゆかりや因縁じゃなくて、ただの腐れ縁でしょう。」

「そうそう腐れ縁☆そうとも言う!じゃぁね、じゃぁね!腐れ縁のお話ついでに良い情報をあげちゃいましょう♪貴女の大好きなお姉様の情報が入ったメモリーカードぉ☆」

 少女はそう言うと、肩から下げている可愛らしい鶏の鞄の中から嬉しそうに小さなメモリーカードを取り出しアヤメに向かってそれを放り投げた。

「ちょっと待ちなさい。今何て…」

 アヤメが手を伸ばしてそこまで言いかけた時、空中に放り投げられたメモリーカードに閃光が走る。

 次の瞬間、小さな雷に撃たれたかのようにメモリーカードは粉々になって宙を舞った。

「あぁ~ごめんごめーん☆貴女が普段から雷の壁を自分の周囲に作っていることを忘れていたわ。第四の奇跡の日に大きな大きな海の上でしていたことと同じように、ね?」

 どこまでも人を馬鹿にしている。いよいよアヤメが我慢の限界を迎えて立ち上がろうとした時、何かを察知したのか彼女は撤退を決めたようだった。

「ノンノン。安心するが良い、若人よ。さっきのはただのダミー。本命のカードは既に貴女の胸ポケットに入れてあるから☆その中にある情報をどう使うかは貴女次第だけど、悪用厳禁だからね?立ち去る前のエレガントな贈り物!さすが私!とっても賢者フルー!」

 言っている意味はよくわからないが、どうやらマリアに関する情報が何かしら収録されているらしい。しかし相手が相手だ。まずは疑うべきことがある。

 それを確認するようにアヤメは言う。

「本当にお姉様の情報が入っているんでしょうね?」

「その顔はウィルスを疑っている顔だにゃー?トロイの木馬、呪いの木馬、的な?」

 そう言った少女はふっとふざけた表情を崩し、穏やかな笑みを浮かべながら言う。

「安心しなさい。いくら私でもそこまでの意地悪はしないわよ?貴女にとって有益な情報しか入ってないことは約束しましょう。ただし、解読出来れば…の話だけどね?」

 彼女の言葉を聞いたアヤメはそれが真実であることはなんとなく理解した。彼女の心の色が僅かに温かみのある色を示したからだ。

「普段は意地悪しているという自覚はあるのね?意識している分救いようがあるということかしら?」

「相変わらず酷いことを言うのね。でも、私にとっては何もかも “面白いか面白くないか” が全てなの。つまり今ここで貴女に嘘を吐くことは結果的に面白くないということ。それが全てよ。どう?こう言えば満足かしら。」

 普段のふざけた態度とは打って変わって、箱入りのお嬢様のように優雅な立ち居振る舞いで受け答えをする。

 元々は自分達と同じように貴族出身の娘だ。生きて行く為に必要な教育は根から施されているので不思議ではないが、あまりにもギャップがあり過ぎてかえって落ち着かない。

「分かったわよ。あんたがわざわざそんな風にしてそこまで言うなら本当なんでしょう。しっかり確認してあげるわ。」凄まじい居心地の悪さに皮肉を込めつつそう言うしか無かった。

「他人の体を借りて意識だけ顕現している分際で随分と上から目線で物を言うのね?まぁ良いわ。せいぜい私の好意を台無しにしないで頂戴。」薄ら笑いを浮かべつつ少女は言う。

 その後2人がしばらく視線をぶつけ合って見つめ合う中、周囲は灰色の雲に覆われ徐々に暗くなっていく。

 雷の音が響き、雨がぽつぽつと落ち始めると世にも珍しい紫色の瞳をした少女はいつもの調子に戻って言った。

「それじゃ、私はこの辺で失礼することにしよう☆そうしよう!雨に打たれて風邪をひかないようにねー♡ でもでもー、水に濡れて色っぽくなる貴女も見てみたいかもー?やっぱり、あーるじゅうはちぃ?ま、いっかー。あでぃおーす☆」

 満面の笑顔でウィンクをしながらピースサインを目元に当てた少女は紫色の光が霧散するようにしてその場から消え去った。


 アヤメはおもむろに服の胸ポケットを確認する。

 そこには確かに見慣れないメモリーカードがビニール袋に包まれ入れられていた。

 一瞬たりとも気を緩めてはいないはずだが、彼女はいつの間に入れたのだろうか。いや、今となってはそんなことはどちらでもいい。

「この中にお姉様の情報が…?」思わず呟く。

 段々と雨が強まっていく中、アヤメは大事そうにメモリーカードを握りしめると校舎の中へと戻っていった。


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