第1節 -最後の欠片が揃う時-

西暦2036年9月1日 午後2時半 太平洋上空。

 世界特殊事象研究機構 大西洋方面司令 セントラル1-マルクト-に所属する調査チーム、マークתのメンバー4人と付き添いの女性1人を乗せた大型ヘリは無限に広がるかのように見える大海原を横断していく。

 5人は太平洋方面司令 セントラル2からの調査応援要請を受け、管轄海洋を越えて太平洋に浮かぶ島国ミクロネシア連邦のポーンペイ島へ向けて航行中だ。


 世界特殊事象研究機構。

 World Abnormal Phenomenon Research Organizationの頭文字をとり、通称【W-APRO】と呼ばれる組織で、世界中で起きる自然災害、特殊災害への対応及び異常気象調査の為に組織された巨大機構である。

 大西洋、太平洋、インド洋にセントラルと呼ばれる巨大なメガフロートを本拠地として構えており、世界最大の国際機関である国際連盟と比肩する程の規模を誇る。


 見渡す限りの輝かしい海。ヘリの窓から見えるのは太陽の光を反射して煌めく水面。

 セントラル2より受領した応援要請の内容によると、この美しい海の向こう側では今、人智を越えた超常現象が起きているという。

 その解明の手助けをしに行くことが今回5人に与えられた任務だ。


「コード:AOC C1M 0022より、POCミクロネシア連邦支部へ。こちら大西洋方面司令 セントラル1-マルクト- 所属。マークתのジョシュア・ブライアン大尉だ。中央管制、応答されたし。」

 機内にたくましく太い男の声が響き渡り、通信機越しに渇いた男性の声ですぐに応答が入った。

『識別コード照合。ヘルメスによる認証確認。プロヴィデンスより応答、認証クリア。こちら太平洋方面司令 ミクロネシア連邦支部中央管制。欧州からの長旅お疲れ様です。心から貴方がたをお待ちしておりました。とはいえ、その位置からだともうしばらく空の旅を続けて頂く必要がありますね。』

 支部の管制官は最初こそ事務的な応答ではあったが、識別コードの認証が取れたことで気さくな対応へと変化した。

「応答感謝する。どうやらそのようだな。少し気が早いが着陸ゲートはどこを使えば良い?」

『3番ゲートを開放します。指定ポイントに接近次第指示を出しますので、その時はこちらの誘導に従ってください。それと、出来るだけ急いだ方がよろしいかと存じます。モニタリングしているとは思いますが、システム予測では30分後にスコールがやってきます。それまでにはこちらへ降りて頂きたい。この辺りは気象変化が激しいですから現状から予測がずれる可能性が十二分に考えられます。視界不良で着陸という状況にはしたくありません。』

「了解した。少し速度を上げよう。」

『ありがとうございます。では、ポイント到達前に連絡します。また後程。』


 通信を終えた大柄の男性は疲れを滲ませた表情でシートへ深く腰掛け直す。

 彼の名はジョシュア・ブライアン。機構の調査チーム、マークת(タヴ)を取りまとめるリーダーを務めている。階級は大尉だ。

 鍛え上げられたたくましい体に加え、目の前に広がる海原のような大きな心の持ち主で、他の隊員たちからの信頼も厚い。

「俺も歳かな。最近長時間の移動が体に響くようになってきた。」

「まだ早いですよ、隊長。しかし確かに、経由地のグアムで少し休息したとはいえ長時間のフライトは応えますね。」ジョシュアのぼやきに一人の若者が返事をする。

 すらりと背が高く、理知的な雰囲気を身に纏いライトブラウン色のストリートミディアムヘアをした男性。スカイブルーの瞳が眩しい彼の名はルーカス・アメルハウザー。階級は三等准尉である。

 機構における技術部門のトップを争う実力を持つ技術士官で、皆から敬意をもってマイスターの称号で呼ばれている。

 機構における調査の生命線、全事象統合集積保管分析処理基幹システム【プロヴィデンス】の開発メンバーでもあり、機構で運用されているその他のシステムも含めてそのほとんどは彼の手によって生み出されたと言っても過言では無い。

 理知的な見た目とは裏腹に、非常に爽やかで気さくな性格の親しみやすい若者だ。

「そうだな。到着までもうしばらくの辛抱だ。」

 ルーカスの笑顔につられたのか、疲れた表情の中に笑顔を浮かべながらジョシュアは返事をした。


 海原のような大きな心の持ち主であるはずのジョシュアがぼやくのも無理はない。

 大西洋の拠点セントラル1から飛行を開始し、数か所の経由地を経て丸2日ほど移動に費やしている。

 そして最後の経由地グアムからポーンペイ島までの距離はおよそ1,640キロメートル。5人がグアムから最後の飛行を始めてから既に4時間が経過しているのだ。


「到着まではあと20分といったところでしょうか?なんとなくですが、先程の管制官が言っていたよりも早くスコールが来そうな気がします。」隊の中で一番若い青年が言う。

 彼の名はフロリアン・ヘンネフェルト。ナチュラルウェーブマッシュの髪型をした彼はやや天然気質がある楽観的思考の持ち主だが、直感が鋭く、物事の捉え方、状況分析力が非常に優れている。階級は一等隊員である。

 隊では一番の若手ながら並外れた状況分析能力や直感は他者の追随を許さず、ここぞという時にその真価を発揮する為、皆からも頼りにされている。

 そしてたった今、彼の直感がまた試されようとしている。フロリアンの言葉を聞いたジョシュアは間髪入れずにルーカスに助言を求める。

「ルーカス。雨雲の動きをサーチできるか?」

「既に経過観察中です。モニタリングの状況を見る限り、確かに急速に発達する雨雲が確認出来ています。プロヴィデンスによる最新予測では約20分後には目的地付近は大雨に見舞われるでしょう。」

「であればフロリアンの感覚通りだな。このままだと到着する間際にスコールの直撃を受けるわけだ。もう少し速度を上げるぞ。玲那斗、頼んだ。」

「了解しました。」


 ジョシュアの頼みを受けて一人の若者が機体の航行速度の設定を変更する。指示を受けて間もなく、一行を乗せたヘリは加速し航行速度を上げた。

 操縦席に座るのは年齢より幾分か若く見えるダークブラウンの髪色の青年。ヘーゼル色の瞳に真剣さを湛え機体制御を担当している彼の名は姫埜玲那斗。階級は中尉である。

 彼は日本の高校から機構が運営する直轄の士官学校へ入学し、卒業後すぐにマークתへ配属された。それ以来ジョシュアやルーカスとずっとチームを共にしている。

 玲那斗にとってジョシュアには右も左も分からない新米の頃から世話になっている為、機構における父親的存在と言っても良い。

 玲那斗の苗字は「ヒメノ」であるが、ジョシュアにとって「ヒ」の発音が苦手ということで配属された当初からずっと “レナト” と名前で呼ばれている。

 ルーカスは同時期に配属されたいわゆる同期でもあり、長年同じ隊で共に過ごしている仲間であり親友だ。

 2032年にフロリアンを新しくチームに迎えて以降はずっとこの4人で調査を行ってきた。いくつもの調査任務を共に乗り越えて、もはや全員が家族のような存在になりつつある。


 そんな4人とは別に、今回はもう1人女性の姿が機内にあった。

 白銀の美しいストレートロングヘアを揺らめかせ、調査隊にはおよそ似つかわしくない白基調のドレスを纏った少女が後部座席に座っている。

 誰もが一目見ただけで視線を奪われるほどの美しさを持つ少女は、透き通るようなミスティグレーの瞳を玲那斗に向け、真っすぐな言葉で声を掛ける。

「玲那斗?やや気負いすぎのように見えるわ。少し肩の力を抜いた方が良いのではないかしら?」

「そう言う風に見えるかい?」

 機体制御に意識を向けている為、振り返ることなく後方の座席に座っているはずの彼女に玲那斗は返事をする。しかし、彼女の次の返事は思わぬところから返ってきた。

「えぇ、私にはそういう風に見えるわ。」

 周囲にキャンディのような甘い香りが広がったかと思うと、少し離れた後方の座席にいたはずであろう彼女の姿は自身のすぐ左隣に移っていた。

 操縦に集中する玲那斗を覗き込むように顔を近付けて彼女は言った。

 今、この瞬間においては少しだけ驚いた玲那斗ではあったが、彼女の姿が瞬間的に様々な場所に移り変わるのは “いつものこと” なので気には留めい。

 むしろ、彼女から漂う優しい香りが疲れが出始めている今の自身の精神を幾分か落ち着かせてくれるのを深く感じた。


 彼女の名はイベリス・ガルシア・イグレシアス・ヒメノ。

 1年前まで人跡未踏の島と呼ばれた大西洋に浮かぶ孤島【リナリア島】を千年に渡り守護し続けた超常の存在。

 ベンディシオン・デ・ラ・ルス《光の祝福》と呼ばれる、光にまつわる事象を自由自在に操る特別な力を持っている。

 長きに渡り、世界七不思議のひとつとも呼ばれた “リナリアの怪異” を引き起こしていた存在でもある。

 西暦2035年5月、機構に所属するマークתがリナリア島を訪れたことによって事件は解決へと導かれており、以後は彼ら-厳密には自身の過去と深い関りを持つ玲那斗について行く形で世界特殊事象研究機構へその身を置いている。

 島での紆余曲折を経て彼女が機構にやってきて以降、リナリアの怪異と呼ばれていた彼女のことを皆が【リナリアの天使】と呼び親しんでいる。

 事件解決から1年以上が経過した今ではすっかりセントラル1の人気者で、通路を歩いてすれ違うだけで写真撮影を求められることも珍しくない。


「イベリスの言う通りだな。今回の玲那斗は確かに少し気負っているように感じる。まさか彼女の初めての同行で緊張でもしているのか?それともかっこいいところを見せたくて頑張っているのかな。」

 イベリスに同調しつつルーカスも同じ意見を言う。

 笑いながら茶化すように言うが、実際の所その根底には間違いなく玲那斗に対する思いやりが込められている。

 ルーカスの言葉を聞いた玲那斗が一言二言ほど言い返そうと思っていた矢先、ミクロネシア連邦支部管制から新たな通信が入った。


『こちらPCOミクロネシア連邦支部 中央管制より、マークת応答してください。』

 すかさずジョシュアが対応する。

「こちらマークת。マークתより中央管制へ。通信状況は良好だ。」

『ありがとうございます。もう間もなく誘導開始ポイントに到達します。指定の高度と速度を保ったまま座標ポイント002へ向かってください。ポイント到達後にオートコントロールモードへ移行して頂ければ、以後着陸までの機体制御はこちらで受け持ちます。』

「承知した。ポイント002にて指示を実行する。」

 ジョシュアはそこまで言うと玲那斗の方を向いて言った。

「だそうだ、玲那斗。周辺空域にウィンドシアーも無いだろう。ポイントまで機体を誘導をした後は航行モードを切り替えてゆっくりすると良い。」

「了解しました。」

 玲那斗は中央管制からの指示通りに目標ポイント002へ向けて高度と速度を調整する。

 そしてポイント到達と同時に機体をマニュアルモードからオートコントロールモードへと移行した。

「こちらマークת、目標ポイント002へ到達。指示通りにオートコントロールへ移行した。」

『機体制御権の譲渡を確認しました。シグナル良好。高度、速度正常値。周辺の状況に異常無し。コントロール支障ありません。お疲れ様です。後は当支部ゲートへの着陸までこちらから制御しますので到着までの間ゆっくりなさってください。では、また後程。』

「礼を言う。」そう言ってジョシュアは通信を切った。


 5人が乗る機体は中央管制からの遠隔制御によって支部の着陸ゲートへの進路を取り始めた。

 機体制御の譲渡を無事完了した玲那斗は深く呼吸をして椅子の背もたれに寄りかかる。するとすぐ隣から間を空けずにイベリスが嬉しそうな表情を浮かべて声を掛けてくる。

「玲那斗、ほら見て。島が見えるわ。」

 余程この時を待ち侘びていたのだろうか。海面の煌めきより眩しい満面の笑みを湛えている。疲れた心に彼女の笑顔と声が染み渡る。

 そんな彼女の様子を微笑ましく思いながら、玲那斗はイベリスが指を差す方向に目を向けた。

 数時間ほど見つめ続けた美しい太平洋の海の先、小さくではあるが確かに島の姿が見え始めていた。今回の目的地ミクロネシア連邦を構成する島、ポーンペイ島だ。


 ミクロネシア連邦はポーンペイ、チューク、ヤップ、コスラエという4つの州によって構成される島国家であり、付近の(とはいえ数百から1,000キロメートル以上離れているのだが…)パラオやグアム、マーシャル諸島やソロモン諸島といった島々に囲まれるような位置に存在している。

 ミクロネシア連邦は大航海時代以後から戦中に至るまで、スペイン、ドイツ、日本による植民地支配を受け続け、戦後に国際連盟の承認の元で行われたアメリカによる信託統治の時代を経て、西暦1979年5月10日に独立。主権を回復した。

 独立国家になったとはいえすぐに自立経済の確立までは至らず、ここ最近まではアメリカによる多額の経済援助を受けて成り立つ国であった。

 マグロやカツオ漁といった漁業の他にココヤシやキャッサバの栽培を主軸とした農業、観光による経済基盤の基礎を持ち合わせ、中でも近年急速に発達させた観光事業によって完全なる独立経済の確立に至った経緯を持つ。

 観光スポットとしてはポーンペイ州のテムウェン島の人工遺跡、ナン・マドール遺跡や巨大な1本の石柱であるポーンペイの柱、さらにケプロイの滝などが有名だ。


 時間の経過と共にヘリの窓から見える島の輪郭はやがて大きくなっていき、いまやその全容が見て取れるほどになった。

「とても緑が豊かなところなのね。リナリアより小さくて、白砂のビーチもほとんど見えないし少し雰囲気は違うけれど、海に浮かぶ島を見ているとなんだか懐かしい気分になるわ。あの島からは美しい星を眺めることは出来るのかしら?」

 無邪気にはしゃぐ少女を横目に玲那斗は優しく頷く。

「そうだな。星の動きで色々なことを見たのはリナリアと同じだろうから、きっと星はよく見えるよ。確か航海術として星座コンパスという手法を用いたというデータがあったはずだからね。」

「まぁ!とても素敵ね!早く夜にならないかしら。日暮れが待ち遠しいわ。」

「楽しみにしよう。ただ、今回は観光ではなく仕事だからね。夜の前に仕事がある。しっかりと応援調査をして支部のみんなの助けにならないと。忘れないように。」満面の笑顔を見せる彼女の言葉に玲那斗は同意を示しつつ、目的を忘れないように付け加えた。

 イベリスは “分かっている” という表情を浮かべて微笑んで見せた。


 奥の座席では目の前で繰り広げられる光景を見たルーカスがぼやき気味に呟く。

「まるで新婚旅行に向かう夫婦だな。」

「調査任務に彼女が同行するのは初めてですからね。仕方ないのでは。」

 同じく二人の様子を微笑ましく眺めているフロリアンが返事をする。

「何にしても二人が楽しそうなのは良いことだ。こっちまで嬉しくなるような笑顔をしてくれる。セントラルにいるときもそうだが、イベリスがいてくれると花があって…その、なんだ。賑やかで良い。」

「本当にそう思います。」

 和やかな会話の最中、ふと真剣な表情をしたルーカスはフロリアンに “ある質問” を投げかける。

「しかし気になるのは支部の調査応援要請の中に “イベリスの同伴” が含まれていたことだ。管轄違いの海洋における調査任務も異例中の異例。それでも異常気象の調査で俺達に白羽の矢が立つのは百歩譲ってまだ理解が出来るが、彼女の同伴が条件に含まれているのは一体なぜだと思う?」

「僕もその点については気になっていました。ですが詳細は到着して話を聞くまで分かりません。例の異常現象に関わる何か特別な事情があると見て間違いないのでしょうけれど。」

「そういえば管制は俺達を “心待ちにしていた” と言ったが、歓迎する言葉の裏に何やら焦燥感みたいなものも感じ取れたような気がしたな。こういうのはフロリアンの方がよくわかるんだろうが。」

「そうですね。時間に追われているような印象を受けました。もしかすると特定の日時までに何かをしなければならないという制約のようなものがあるのかもしれません。」


 二人は今回の調査依頼における疑問点を素直に話し合う。マークתの面々がこれから参加する調査に関しては未だ不明な点も多い。

 まず一つ目の疑問は違う海洋担当のチームに向けた応援要請という点である。

 巨大な大洋にセントラルと呼ばれる中央司令部を3地点所有する機構は大西洋方面司令、太平洋方面司令、インド洋方面司令と呼ばれる3つを中心に管轄区域を分けている。

 これらはそれぞれ司令部から近い地域を管轄しており、今回のように太平洋に存在する国家における調査の場合は太平洋方面司令のみがその調査任務を行うことが通例である。

 しかし、異常気象における現地調査を行ったチームが真っ先に応援要請を送ってきたのは同じ太平洋司令に向けてではなく、大西洋司令の自分達に向けてだった。

 さらに、事前に送信された調査のデータ資料には “異常気象の調査” という割には調査区域以外にほとんど中身と呼べるものは無く、肝心な詳細データに関しては “現地に到着次第説明する” ということで情報がそのものが秘匿されたままなのである。これが二つ目の疑問だ。

 通常では考えにくい要請を上層部が受諾したという事実を鑑みるに、この応援要請を行うにあたっては正当な理由がきちんと存在していることは疑いの余地は無いが、どうにも釈然としない。

 依頼が舞い込んで以降、幾度か隊の全員で “理由について” 考えられることを一通り話し合ってみたが結局結論は出ないままここに至っている。


 ルーカスとフロリアンが話しているところにジョシュアも会話に加わる。

「まるで1年前の再来だな。国際連盟から異例の依頼を受けてリナリア島を調査しに行った時も同じような状況で、同じような空気があった。」

「はい。とても懐かしい気がします。まだ最近のことなのに遠い昔のことのようです。いえ、隊長のそのおっしゃりよう…もしやまた超常現象絡みの一件だと?」苦笑しながらルーカスは返事をした。

「それは分からない。みんなと共有した情報以外に理由を突き詰めるだけの手がかりはないからな。事前情報として受領したデータを見て分かることがあるわけでもなし。人員についても前回は玲那斗の参加が強制で、今回はイベリスの帯同が条件ときた。自分達で調べない限りろくな情報も説明もないという辺りまで含めて1年前にそっくりだ。そう思えば前回と同じパターンであったとしても不思議ではないだろう。」

 そう言いながらジョシュアも苦笑いをする。

「事前情報の少なさはやはり気になるところです。大規模な異常現象が起きていると言いつつも明確にそれを示す根拠となるデータはありませんし、また見方を機構の外へ向ければ騒ぎに敏感なはずの世界中のメディアがリナリア島のときとは打って変わってそれらしきことを報じることも無い。身内である僕達に向けてだけではなく、支部内から外部に向けて情報そのものが流れないよう意図的に隠匿されているような印象があります。いえ、機構からではなく国そのものが情報の流れを遮断しているという印象もありますが。」フロリアンが言う。

「ミクロネシア連邦は情報の透明性を国民に約束していることで有名な国ではあるが、どうやらこのことに関してだけは例外らしいな。何にしても、到着して話を聞かなければ始まらない。そうすればおおよその事情は掴むことが出来るだろう。」フロリアンの返事にジョシュアが答えた。


 現在、ヘリの窓の外に広がる景色は太平洋の雄大な波のうねりと海面の煌めきに加えて、緑豊かな美しい森を映し出している。

 先程からそう時間は経っていないが、今や島の全容がはっきりと見通せるまでにヘリは目的地へと接近していた。

 少しして通信機から例の管制官の声が聞こえてきた。

『長旅お疲れ様でした。もう間もなく到着です。総員、着陸姿勢を取ってください。ゲート着陸までの機体制御は引き続きこちらで行います。』

「ありがとう。引き続きよろしく頼む。」ジョシュアは管制へ返事を送ると通信を切った。

 窓の外には巨大な支部の壮大な外観が広がっている。

 近代的ではあるが、自然を感じさせるような色合いや外壁の作りになっており、島の景観と一体化するように聳えているのがとても印象的な建物だ。

 その光景を見たイベリスは目を輝かせているようだった。


 支部への着陸を目前として、後部座席では鍛え抜かれた大きな体を少しよじりながら座席へとこじんまりと座り込むジョシュアが再びぼやく。

「長旅もやっと終わりか。尻が平らになりそうだ。ルーカス、技術部門の力で座席の乗り心地を改良できないのか?サイズアップも希望したい。」

「予算が下りません。ご希望であれば総監への直談判をお願いします。予算申請が通れば我が機構技術開発部の粋を結集した人間工学に基づく最高の座席の開発が可能です。最新鋭旅客機のファーストクラス並みの快適さの実現を約束しましょう。いえ、ファーストクラスより上のレジデンスすら凌駕します。」冗談めかしてルーカスが答えた。返事を聞いたジョシュアはフロリアンへ言う。

「よし、フロリアン。座席改良についての総監との交渉は任せるぞ。重大な任務だ。」

「構いませんが、目的を伝えた後に “そう言えとブライアン隊長に言われました。” と付け加えておきましょう。」笑顔でフロリアンが返す。

「俺が言うと “歳のせいだろう?” などとかわされるだろうからな。こういうのは若者の意見が重要なんだ。やれやれ、こうなったら連邦支部に座り心地の良い椅子があることを期待するしかないな。」溜め息をつき笑いながらジョシュアは呟いた。


 前方の座席では、外の景色を眺め続けていたい様子のイベリスに玲那斗が苦戦しつつ、着陸姿勢を取るように促しながら手取り足取りでサポートをしている。

「あっちはあっちで大変そうだな。というより、いざとなれば光子化できるイベリスは特にそのままで問題ないと思うんだが。ある意味では誰よりも頑丈だろう?」

「怒られますよ、准尉。姫埜中尉は心配性ですからね。 “特別である彼女を特別扱いしない” ところは彼らしい。やはり二人は熟年の夫婦というような貫禄があります。」ルーカスの言葉にフロリアンが反応する。

「違いない。なにせ “千年の想い人” だからな。」

 ルーカスの言葉にジョシュアとフロリアンが温かく笑う。

 そうこうしている内に5人を乗せたヘリは降下を開始し、ミクロネシア連邦支部の着陸用第3ゲートへと入港していった。


 ゆっくりと規定の場所に降り立つ機体に僅かな衝撃が伝わり、その後プロペラの回転音が静かになっていく。どうやら無事に着陸を果たしたようだ。直後、管制から通信によるアナウンスが入る。

『ようこそ、太平洋方面司令 ミクロネシア連邦支部へ。』

 目的の島、ポーンペイ島への到着だ。

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