第二章 ~『襲撃してきた誇り高き男』~


「毎日、大忙しですね」

「嬉しい悲鳴だな」


 ジークとエリスは閉店した店内で一休みしていた。開店から閉店まで客が途切れることなく訪れたため、ようやく取れた休憩時間だった。


「でもどうしてこんなに繁盛するようになったのでしょうか?」

「やはり料理のクオリティが上がったからだろうな」

「確かにジークさんの調理の腕は上達しましたよね」

「調理の腕もそうだが、やはり魔法の力が大きい。例えば麦酒一つ取っても、満腹亭は他の店を圧倒している」

「でもうちの麦酒はありふれたものですよ」

「麦酒そのものはな。でも他店だと氷を用意することさえ大変だ。太陽の下、汗だくになりながら飲む酒は、冷えているだけで旨さが格段に変わるからな」

「確かに、寒い日ならいいですが、暑い日にぬるい麦酒は飲みたくありませんね」


 他店と差別化できる要素がある限り、この繁盛は続く。しかもジークは冷たい麦酒以外にも満腹亭の売りを考えていた。


「なぁ、エリス。実は面白いアイデアがあるんだ」

「面白いアイデア?」

「聞いて驚け。なんと――」


「失礼する!」


 ジークの言葉尻を遮るように、満腹亭の扉が開かれる。そこには青白い肌とスラっと伸びた細い腕のまるで宮廷魔導士のような風貌の男が立っていた。彼は覇気のない目でジークたちを見据える。


「悪いが今日はもう閉店なんだ」

「私は客ではない」

「ならエリスの知り合いか?」

「いいえ、初対面です。お父さんの知り合いかも」

「私はお前たちの知り合いでも友人でもない。強盗だ!」

「はぁ?」

「しかし勘違いするなよ。私は誇り高き魔法使いだ。今は訳あって強盗をしているだけなのだ」

「強盗になった時点で誇り捨ててるだろ……」

「う、五月蠅い。いずれ魔法使いリーグルの名が世界に轟く日がくる。その時になって、私を侮辱したことを後悔するがいい」

「ジークさん、この人、強盗なのに名乗りましたよ」

「きっと馬鹿なんだろうな」


 ジークは強盗を名乗るリーグルに困惑しながら、小さくため息を漏らす。


「残念だがうちの店に金はないぞ。そもそも定食屋に強盗するか、普通。もう少し進んだ先に貴族の屋敷があるんだから、そっちを襲えよな」

「ふふふ、惚けでも無駄だ。満腹亭のジークが大金を持っているとの噂を聞いたぞ」

「俺が? 大金を?」

「お前はジークではあるまい。私は調べた情報によるとジークは痩せ型の黒髪の男らしいからな」

「あー、なるほどね。デブの俺はジークでないということね……」

「ジークさん、落ち込まないでください」

「隠し立てすると痛い目を見るぞ。私に居場所を教えるのだ」


 ジークはどう答えるべきかと頭を悩ませる。正体を伝えれば面倒なことになると、彼の直観が告げていた。


「さぁ、はやくジークの居場所を教えろ。もし教えないなら、この建物を吹き飛ばすぞ」

「分かった。教えるよ。さっきも言った通り、ジークは俺だ」

「嘘を吐くな。お前はデブではないか!」

「うるせぇな! 太ったんだよ」


 リーグルはジッとジークの顔を見つめると、何かに納得したように頷いた。


「ふむ。確かに黒髪黒目の特徴は一致している。それに何よりオッサンだ」

「お前も十分オッサンじゃねぇか!」


 リーグルはジークと近しい年齢の外見をしていた。同年代にオッサンと呼ばれる筋合いはないと、ジークは反論する。


「ジークがお前だというのなら話は早い。私の炎魔法で消し炭にしてやろう」

「俺の持つ大金が目当てじゃなかったのかよ……」

「気にせずとも殺した後に優雅に探す。いざ、尋常に勝負!」


 リーグルは手の平に種火を浮かべる。その炎は彼の魔力を吸って、大きく燃え上がろうとしていた。しかし炎を食い止めるように、突然、彼の手が凍る。


「わ、私の腕が!」

「これで終わりだ」


 ジークは目に映らないような速度で間合いを詰めると、リーグルの腹部に拳を叩きつける。魔法使いの鍛えられていない肉体では彼の拳に耐えられるはずもなく、腰をくの字に曲げて倒れこんだ。


「うちの店で炎魔法なんて使うんじゃねぇ。火事にでもなったらどうするんだ」

「よ、よくも、私を殴ってくれたな。この悪魔め。子供の頃に人を殴ってはいけないと教わらなかったのか!?」

「人を燃やそうとしていた奴に言われたくないんだが……」

「まぁいい。わ、私を倒してもまだ終わらない。私の師がいるからな」

「お前の師匠か。ならたいしたことないだろうし、警戒の必要もないか」

「お、お前、私のことを馬鹿にしているな! なら教えてやる。私の師匠は上級魔法使いだ。その恐ろしさに後悔するといい」

「上級魔法使いねぇ……」

「ほ、本当だぞ」

「それならそれでいいさ。とにもかくにも、お前は邪魔だ」


 ジークはリーグルの首を掴むと、満腹亭の扉を開ける。暗い空は星が輝く綺麗な夜だった。


「お、お前、まさか……」

「魔法使いならこれくらいでは死なないだろ。二度と戻ってくるんじゃないぞ」


 ジークは空に向かってリーグルを放り投げる。勢いよく飛ばされた彼は、暗闇の空に軌跡を描いて消える。空を飛ぶリーグルは二度とこの店を襲わないと、心に誓うのだった。

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