2-5 やっぱこのカニは食えるんだってさ

ルリの雷魔法を受けたギガントクラブは灰になったのち消滅、そして魔石が残された。

ルリさんこわい。マジこわい。

弱点を突いたとは言えまさか一撃とは。

とりあえず魔石を回収しに浜辺の中に足を踏み入れる2人。

魔石を拾ったところで、ルリが首を傾げる。


「? 魔法属性付与……?」


「まさか、またなんか新しい魔法か?」


「うん。魔法の属性を、武器に付与できるみたい」


(っっっっしゃあああああああああ!!!!)


ツバサは心の中で歓喜する。

ルリに武器はない。この世界では魔法発動に杖とかそういったものはいらないらしい。

つまり、この魔法の付与対象は自動的にツバサという事になる。

ツバサの唯一の攻撃スキルは通常の攻撃とそう威力が変わらない『気刃』のみ。

ルリがバグったように魔法を覚えて火力を上げていく一方、ツバサは自分の火力不足を結構気にしていたのだ。


「良いタイミングで良い魔法を覚えたな。ギガントクラブが次に来たら雷の属性を俺の剣に付与してくれ」


「そうする」


(そうしてくれやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)


変な高揚感を覚えていると、浜辺のあちこちで地面が隆起し始めた。

ボコッ、と、巨大なハサミが地面を突き破って現れる。次いで飛び出た目。殻に覆われた巨体。

ツバサとルリを囲むように、ギガントクラブが次々と地面から湧いてくる。

群れとは聞いていたが、まさかこんな形で現れ、囲まれるとは。数は5体。

ツバサとルリは背中合わせの体制になる。


「マズいな……ルリ、サンダー・バイト頼む」


「サンダー・バイト」


ルリの正面のギガントクラブが雷撃を受ける。しかしその間に他のギガントクラブが接近してくる。

ツバサの方向に迫るのは2体。


「気刃!」


近接距離になる前にツバサが仕掛ける。

放たれた気の刃はツバサに距離が近かった方のギガントクラブの側面に命中し、その巨体が少しよろけるが、ダメージは……1。いや1て。

ギガントクラブにとって自分はスライム同然ということになる。嘘でしょ。俺は雑魚モンスターかよ。

ルリの方はというと、サンダー・バイトの連続して複数の敵に襲い掛かる性能のおかげで、既に2体目までが倒され、残りは1体となる。


「ルリ、こっちがちょっとマズい。さっき覚えた属性付与のヤツ頼む!」


「わかった。……あれ、できない……?」


「えっ……あれ……ル、リ……?」


そうしてる間にもカニはカサカサとツバサに迫ってくる。


「ちょ、ル、ルリ、さん……? ルリさーーーーーん!」


カニに殺される最後なんて嫌だ。目と鼻の先まで来ていたギガントクラブがその巨大なハサミを振り下ろし、ツバサが絶叫した直後。


「あ、出来そう。『魔法属性付与:サンダー・バイト』」


ルリの詠唱が完了し、ツバサの剣が金色の雷を纏う。


「ルリ様ぁぁぁ!」


「え、何……? ツバサ、気持ち悪い」


ルリが何やらドン引きしているが気にせず、ツバサはギガントクラブのハサミを剣の腹で受け止め、押し返す。

よろけた隙に一撃、もう一撃。今度は確かな手ごたえ。

横に薙ぎ、最後に縦一文字に切り伏せる。そこでギガントクラブのHPが尽きた。

まだやや離れた位置にいるもう1匹のギガントクラブには気刃を放つ。


「ん……?」


牽制のつもりで放った気の刃だが、いつもと違い、その斬撃は雷を帯びていた。

剣の属性が気刃にも乗ったという事だろうか。これは嬉しい誤算。

そのまま数発、連続で気刃を放つと接近される前にギガントクラブのHPが尽きた。

後ろのルリに振り返ると、そちらも片付いているようだった。


「で……さっき、なんで魔法が発動できなかったんだ?」


「わからない。ツバサ、わかる?」


聞き返された。

こっちはもっとわからないのだが。


「うーん……そうだな……発動できるようになった時、何か変わったことはあったか?」


「全部カニが死んだ」


「……」


いや、待てよ。


「もしかして、そこでサンダー・バイトも消えたか?」


「そうかも」


「魔法が発動している間は、他の魔法が発動できないんじゃないか?」


「……なるほど」


「サンダー・バイトは今までの魔法より出てる時間が長いから、初めて気付いたって事か」


ずいぶん強力な魔法を覚えたと思っていたが、これからは少々気を付けなければならなそうだ。

そういえば、と剣を見やると、剣はまだ雷を帯びていた。ただ、雷は先ほどより小さくなっている。

どうやら、時間の経過か、攻撃の度にその効力を失っていくようだった。

まだ色々と検証する必要がありそうな魔法だ。


「! ツバサ、ツバサ」


ルリが何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべ、ツバサの袖を引く。


「どうした?」


「記憶の玉、近づいてきてる」


「どういうことだ……? 確か、こっちの方角じゃなかったんだよな? しかも、距離も遠いって……」


「そのはず。でも、どんどん近づいてくる」


「どこから?」


「あっちから」


そう言ってルリが指さしたのは、海。

海……? まさか。

ツバサがある予感を覚えた直後、海の向こうから巨大な気配を感じた。

まるで森林王と相対した時のような、圧倒的な気配だ。

それが気のせいなどでは決してないと裏付けるように、海の向こうから巨大な背びれのようなものが徐々に顔を出す。

それは高速でこちらに接近し、程なくして『それ』は現れた。

遂に海面から浮上した『それ』は巨大なクジラのようなモンスターだった。

森林王より遥かに大きい。全長は20メートル近くはありそうだった。

背には鋭利な1つの背びれ。そして何より特徴的なのは、目が4つある事だった。

4つの赤黒い目はギョロギョロと不気味にせわしなく動き、何かを探しているようだった。

幸い、その眼はまだこちらを捉えてはいない。


・絶海王

 HP8800 MP935 SP560

 弱点:雷


ツバサは当然、ステータス確認を発動した。

森林王より更にHPが高い。

そして絶海『王』。


(また『王』の付くモンスター……森林王の仲間か何かか……?)


嫌な汗がツバサの頬を伝う。

倒したとはいえ、あの時の恐怖は今だ消えない。

隣のルリもゴクリと喉を鳴らす。


すると突然、絶海王がその巨大な口を広げ、ニタァと歪めた。口には無数の細かい牙が見えた。

次の瞬間、浜辺のあちこちの地中から、ギガントクラブが現れた。

いや、強制的に『現せられた』とでも言うべきか。

ギガントクラブ達は地中からその全身を現しただけに終わらず、その身体が宙に浮かんだのだ。

まるで見えない手に掴まれて引きずり出されたかのように、その内の1匹がもがいたまま空を舞い……最後は絶海王の口の中に収まった。

絶海王は口を閉じ、その中からはバリバリと、硬い何かを破るような音が聞こえる。


「食、食ってるのか……?」


「絶海王の『サイコキネシス』の発動を確認。効果は、念動力による物体操作」


ルリが解析した結果を告げる。

念動力。一連の奇怪な現象は全てこの力が原因で間違いないだろう。

ギガントクラブは成すすべもなく、抵抗むなしく1匹、また1匹と絶海王に食べられていく。

一度あの力に捕まったら、とてもではないが脱出は絶望的だろう。ギガントクラブですら無理なのだ。

しかし幸いなのは、絶海王は一切ツバサとルリ、2人の人間に興味を示さない事だ。

ただひたすらに、カニを食っている。

しかもご丁寧に、1匹ずつ口に運び、十分に咀嚼してから次のカニを口に運んでいる。

まるで人間が高級食材をゆっくり味わうかのように。

そのせいで、空には絶海王に『食われ待ち』をしているカニ達がもがきながら浮かんでいるという異様な光景が広がっていた。

なんにせよ、この状況はチャンスだ。


「ルリ、記憶の玉はあの絶海王で間違いないか?」


「間違いない」


「じゃあ、使うぞ、いいな」


「うん」


何のことかは言葉にするまでもない。

前回の使用から24時間以上は経っている。

目の前にはルリの記憶を持つモンスター。

今はこちらに敵対意思を見せないが、あの念動力がこちらに向いたら終わりなのは確実。

成すすべも、倒す手段も、現状の手札には存在しない。

条件は見たされた。

イメージする。

世界の超級スキルを集めた、世界で1つだけのデッキを。

そして、その中から1枚を……掴む。


「スキル・ドロー!」

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