2-3 もうルリだけでいいんじゃないかな

ツバサとルリは、例のバーンナーク行きの商人の馬車の護衛依頼を受け、現在その馬車の中にいた。

バーンナークへは夜には着くらしい。

Cランク以上の依頼が多い町のため、道中強いモンスターに襲われる事があるという。

また、高額な武器や防具が多く持ち込まれるため、盗賊が現れる事もあるとの事。

しかし現在、そういったトラブルもなく、2人は暇を持て余していた。

そんな時。


『ツバサ、ツバサ』


ツバサの脳内に直接、ルリの声が響いた。


「えっ!? なんだこれ!?」


『暇だったからか新しい魔法、覚えた。念話。相手の脳内に直接言葉を届ける事ができる。今、私とツバサの間で発動してるから、ツバサもできる』


ルリはやや得意げな顔で言った。いや、『言った』はこの場合正しいのか?

というか、暇だからって理由で気軽に魔法覚えちゃうのか。ホントやばいなこいつ。


「とはいえ、どうやるんだよ」


『……強く、念じて。あと、相手に伝えたいと、思って』


『……こうか? 聞こえるか?』


『聞こえる』


なんかあっさりできた。便利な魔法だな。

しかし、これ、脳内が筒抜けになったりしないか?

少し、試してみる事にするツバサ。

『伝えたい』と思わなければ……。


(ルリー、パンばっか食ってると太るぞー)


ルリは無反応。成功のようだ。

意思の調整が難しいが、伝えるか伝えないかは分けられるようだ。


『……何か、性的な事を考えていた?』


「は?」


『黙って、念話でもなくて、何か念じてたみたいだから』


毎度毎度、人を何だと思ってるんだこいつは。


『違う違う、ちょっと実験してただけだ。気にするな』


『そう』


『そういえば、これ、MP使うのか?』


『発動してる間、ずっと消費する』


「今すぐ止めろ!」


思わず声の方が出た。

念話も途切れたようだ。


「なぜ」


「MP無駄にするなよ! モンスター襲ってくるかもって言われてんだろうが!」


「そうだった。このまま、念話でしりとりとかしようと思ってたけど」


しりとりでMPを0にしようとするな。

と、ツバサが呆れたところで、馬車がガタンと大きく揺れる。


「護衛の方! モンスターです!」


馬車を操縦していた商人の男が大声を上げる。仕事だ。


「……おいでなすったか」


前々から言ってみたかった台詞を言いつつ、腰を上げて馬車の外に出る。

ルリもとてとてと着いてくる。

外は街道のようだったが、馬車の進行方向にモンスターが見える。

外見は猪のようで、牙が異様に発達している。

それが、6体。こちらに向かって突進してきていた。

その距離、約100メートルほどか。急いでステータスを確認する。


・ハングリーボア

 HP70 MP0 SP0


とりあえず腹が減ってそうなのはわかった。商人の荷物には食料品もある。それを狙ってきたのか。

そしてHPはそこそこだが、問題は数。

ツバサが剣士である以上、一撃で倒せない敵が複数いると、非戦闘員である商人を守り抜くのは難しい。


「すまんルリ、何とかならないか?」


「……何とかできそう」


無表情で頷く。頼もしい限りだ。

そしてその台詞、もしかしてまた新しい魔法を覚えてたりしないか?


「サンダー・バイト」


案の定だった。

ルリが唱えると、雷で出来た蛇がルリの眼前に出現。

雷の蛇はハングリーボアの1体に向かって突き進み、その体を突き破る。一撃だ。

しかし雷の蛇は消えておらず、健在。

更に、別のハングリーボアに一直線に襲い掛かり、またしてもその体を突き破る。

それを繰り返し、全てのハングリーボアを倒してしまった。そこでようやく、雷の蛇は消滅した。


「……マジか」


「中級なのに、案外強い魔法だった。びっくりした」


いやびっくりしたのは俺とハングリーボアの方だろうよ。

とはいえ、一瞬でカタが付いてしまった。もうルリだけでいいんじゃないかな。


「もう終わったのか、あんたたち、強いんだな」


商人が安堵したように言う。

なんにせよ、一件落着だ。


「って、まずい、今度は馬車の後ろから盗賊が!」


何なんだ次から次へとよぉ!

とはいえ、トラブルで停車している馬車を襲うのは理にかなってはいる。

もしかしたら、機を伺っていたのかもしれない。

ツバサは感知のスキルとかが欲しくなった。

ともかく、馬車の裏に回る2人。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


大声を上げながら接近してくる盗賊たちは5人。全員男。またルリに頼る方が良さそうだ。

しかし盗賊でも大声を上げて気合いを入れたりするんだな。


「すまんルリ、また」


「サンダー・バ」


「ちょ、ちょっと待て!」


ふと、気付く。

そういえば相手が人間の戦闘は初めてだ。

そして、HPは死亡を0とした負傷率であって、という事はHPを0にしたら人間は死んでしまうんじゃないか?

相手は盗賊とはいえ、同じ人間。殺してしまうのは気が引ける。

そもそも、この世界で盗賊を殺してしまった場合にどういった法的処置を受けるかもわからないのだ。

サンダー・バイトはさっきの威力を見るに、簡単に人間を殺せそうな感じがした。


「……今、殺そうとしてたか?」


「? うん」


相変わらず平然とした顔で恐ろしい事を考える奴だ。戦闘民族かよ。


「ひとまず、殺さないで何とかできないか?」


「難しいことを、言う。でも、やってみる。――アイアン・ツイン・ハンド」


ルリが魔法を切り替える。

大きな岩の両手。それが盗賊目掛けて直進し、盗賊の身体に平手打ちを食らわせた。


「アバッうぉっ」


盗賊が情けない悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。

平手打ちとはいえ、やっているのはただの手ではなく魔法で作られた大きな岩の手だ。

HPを8割ほど削られた盗賊は10メートルほど離れた地点に叩きつけられ、動かなくなった。

ここでツバサも動く。距離を素早く詰め、1人の盗賊と対峙する。

灰色の外套を纏っており、顔はよく見えない。

先に動いた盗賊が振りかざすナイフを剣で受け、はじき返し、そこで腹を思い切り蹴飛ばす。

森林王を倒しレベルが上がっているのか、相手の動きは良く見え、身体も良く動く。


「ぱべらっ」


悲鳴は別の個所から。多分ルリの岩の手に吹っ飛ばされた盗賊のものだろう。

ツバサと対峙している盗賊は立ち上がり、再び向かってくる。

しかし、やはり『見える』。低い姿勢から繰り出されるナイフの軌跡を読み、交わし、その無防備な背中に肘鉄をかます。

そこでようやく盗賊は動かなくなった。

一息つき、辺りを見回すと、2つの岩の手が同時に、盗賊最後の2人を押しつぶしていた。まるで虫を潰すように。盗賊は悲鳴すら上げられなかった。

ステータス確認。……大丈夫、生きてる生きてる。HPはまだある。


(何で俺が盗賊の命の心配をせにゃならんのだ……)


なんだか別の意味でヒヤヒヤした戦闘を終え、再度2人を乗せた馬車は再びバーンナークへ向けて走り出したのだった。

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