クリスマスなんか大嫌い

天野蒼空

クリスマスなんか大嫌い

 街中に愛の言葉を羅列したクリスマスソングが流れる。街路樹は白や黄色、青や赤の電飾で飾られて、駅前には大きなクリスマスツリーが立つ。ショーウインドウを覗けば、可愛らしいガラス張りのその部屋の中で作り物の家族が楽しそうにプレゼントを積み上げている。

 バイト先にシフト希望表を出しに来ただけなのに、なんでこんなに心にダメージを受けているんだろう。私はそっと白いため息を吐き出した。

真央まおさん、クリスマスの予定って何かあるの?」

 ちょうど休憩中だったバイト先の先輩がからかうように聞かれた。

「あるわけないじゃないですか。クリスマス・イブもクリスマスもなんにも予定ないんです。だからめいっぱい稼ぎますよ。なにせ、コンビニは二十四時間営業ですから、いつだってはいれます」

 少し不機嫌な返しになってしまうが、仕方ない。今年のクリスマスも何も予定が入らなかったのだから。

「てっきり彼氏とデートかと思ってた。でもよかった、俺も予定なにもないからバイト入れようかと思ってさ」

「先輩こそ彼女さんと予定があるのかと」

「彼女なんているわけ無いじゃん」

 そう言って笑っていたのに。



「ごめんなさい、風邪を引いてしまいました」

 そう言って先輩はクリスマス・イブである昨日もクリスマスの今日もバイトを休んだ。

「まあいいんですけどね。風邪とか言ってホントはきっと彼女できたんですよね」

 そうつぶやきながらお弁当を温め、レジを打ち、お菓子を並べて、ペットボトルを並べて、またレジを打つ。客は八割がカップル。レジの前でイチャイチャしながら会計をしていく。店内に流れるクリスマスソングがその行動を後押ししているように感じるのは気のせいだろうか。

 何も悪いことはしていないはずなのに、相手がいないだけでなんだか惨めな気持ちになる。

「だからクリスマスなんて嫌いなんだよ」

 口の中だけでそっと呟く。

 あーあ、先輩も今頃はあんなふうにどこかの誰かといちゃいちゃしているのかな。

 きっと先輩はイケメンだから、歩いていて声をかけられたのかな。すらりとしたスキニーのよく似合う足に、少し焼けた肌と女性のようなきれいな手。笑ったときの細くなる目、真剣な横顔、どこをとってもかっこいいもの。

 もしかしたら、先輩は優しいからそれに気づいた同じ大学の人かもしれない。私は先輩と違う大学だからわからないけれど、一緒に授業を受けていて先輩の優しさに気づく人はいると思う。それに、先輩は話し上手だし、聞き上手だもの。きっと彼女のこと楽しませているんだろうな。

 そう考えていくと、ますます嫌になってきた。

「あーあ、クリスマスなんてなくていいのに。クリスマスなんてだいっきらい」

 こんなに考えなくてもいいほど先輩のことばかり考えてしまう。

 早くバイト終わらないかな。家に帰ってケーキでも食べよう。プリンでもいいな。フライドチキンも買って帰ろう。ついでにビールも。もう今日は、酒に溺れてしまおう。



 もうすぐシフト交代の時間というときに店のドアが開いた。客の入店を知らせる陽気な音楽が流れる。

「バイト、出れなくてごめん。真央さん、メリークリスマス」

 そこに立っていたのは先輩だった。顔をまっかにして、額に冷えピタを貼っていた。

「風邪、嘘じゃなかったんだ」

 最初に出てきたのはそんな言葉だった。

「嘘なわけ無いじゃん。もうすぐあがりの時間だよね。裏で待ってる」

 交代して、急いで先輩のところへ行く。

「先輩!風邪、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫、熱は微熱くらいまで下がったから」

「じゃあなんでここに?」

「真央さんにこれ、渡したくて」

 先輩はそっと私の手に包を載せた。

「開けてもいいですか?」

 頷く先輩の前で包をそっと開ける。中から出てきたのは女物のネックレス。

「これ、いいんですか?」

「うん。真央さんに。それと、もう一つ、伝えたいことがあって」

「伝えたいこと、ですか?」

「俺、真央さんのことが好きみたい。よかったら付き合ってくれませんか?」

 クリスマスなんか大嫌い。だって、こんなに嬉しすぎてどうすればいいかわからなくなるから。

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