オリエンテーション

俺の通う学校には、林間学校というものがないらしい。それもそうだろう。こんなむさ苦しい獣共が、ひとつ屋根の下で寝泊まりしたり、キャンドルファイヤーで踊ったり、肝試しをしたりするところを想像すると寒気がしてくる。

「はい、今からオリエンテーションの班教えるからメモって。」

いつもの素っ気ない太川の汚声で、我に返った。オリエンテーションの班とはなんだろう、班を作ってまで行うオリエンテーションなのだから、きっとクラスメイトの仲が良くなるようにと、何らかの大きなイベントがあるのだろう。と思っていたのもつかの間、担任から配られた厚い冊子の適当なページを開くと、3日間の予定が朝から夜まで1時間単位でぎっしりと記されていた。俺は察しが着いた。地獄という名の合宿が始まるのだと。


朝6時48分、天気は曇り。ほとんどの人が会ったばかりの見ず知らずの状態で何故2泊3日も山奥で過ごさなくてはならないのかと考えながら、工事中で所々封鎖された駅の廊下を迂回し、ロータリーに出た。集合場所を忘れてとりあえずロータリーに出たが、クラスで見る顔の者がいなくて少々焦っている。きっと出口を間違えたのだろう。そう思い、東口から西口まで長々と歩くと列になっている集団が見えた。俺は安心し、つまんなそうな顔をした太川が先頭にいる列を見つけて並んだ。

バスに乗り込み、後ろから4番目へ向かった。肌触りの良い少し硬いシートに腰を下ろし、シートベルトを装着すると、8号車のバスはゆっくりとリズミカルなエンジン音を鳴らし安定すると、ゆっくりと進み始めた。周りでは長い事暇になるのでスマホを見ている人や、隣で話している人など様々だった。

バスに揺られてから少し経つと、俺の後ろの席がなんだか騒がしくなってきた。ゲームの話をしているのか分からないが、気になって後ろを座席の隙間から除いてみた。しかし、急に前から叫び声が聞こえた。

「BOOK・OFFなのに本ねぇえじゃん!フイっクションは本だけにしとけよ!」

間違えなく棚瀬の声だった。一旦静まり返ったが、後ろから曲になったそのBOOK・OFFのフレーズが流れた。それを後部座席の数人がが歌い始めていて、他の人たちもつられて、俺も何故か歌っていた。このクラスは謎の協調性があるらしい。それからスマホゲームの話になり、音ゲーをやっている人が多く、フルパーティを組んで遊んだ。まともに話せなかった昨日までがうそのように盛り上がり、楽しかった。乗ってから2時間ほど過ぎて、ようやく長野県の北志賀に到着した。


俺は油断していた。友達のような知り合いのクラスメイトが出来て気が上がっていた。これから地獄を味わうことなどを知らずに、音ゲーの譜面を頭の中で流しながらバスをおりていた。


「すげぇ!周りほぼ雪やんけ!」

菊下の言葉に前を向くとそれは感動的だった。辺り一面が真っ白に輝いていたのだ。

「おお!すげぇ!」

冷たい風に澄み切った良い香りの空気が俺の神経を刺激する。バス内の圧迫感からの広々とした雪景色に降り立つこの開放感はとても気持ちが良いものだ。

俺は、声を漏らしながらも、宿に向かっていく太川の後について行った。


宿のエントランス丸いベンチを荷物をまとめると、太川がベンチに座り、話し始めた。


「2時間お疲れ様でした。長い時間でしたが、周りの人と少し仲良くなれている感じでとても良かったです。とりあえず、荷物はここに置いておいて、ホールで色んな先生方の話があるのでそっちの方に移動します。まあ、連絡は、それくらいでっす…かねぇ…。あっ、そうだ、あと君たち時間とかは大切にしてね、5分前行動をこの3日間徹底するように心がけましょう。なので、集合する時も5分前にはもう既に始められるって言う状態が1番望ましいです。まあ、もう時間も時間なので、ホールに行きましょうか。ホールに入ると指示があるのでその通りにしっかり動いて席に着いてください。では解散。」


太川の淡々とした話しが終わると俺はぞろぞろとホールに向かっていく人達について行くようにホールへ歩いていった。


ホールには4人がけの長い机が並べられていた。クラスの書かれた札があり、そこから出席番号順に席に着いた。


「はい、では静かにしてください。」


誰だかわからない先生の言葉にホールは静かになった。


「はい今から、理事長である、黒岩 洋介 理事長のビデオを見てもらいます。この方は、集団行動の日本一を作り上げた、天才的かつストイックな指導をしてきた、すごく立派化な方です。では、御覧ください。」


誰だかよくわからない人が、更に誰だかよくわからない人を説明し始め、急にプロジェクターから、ビデオが再生された。


とにかくすごい人だということはわかったが、ここまで来たにも関わらず理事長の実績自慢のための動画を流すとは、どんだけご都合主義の富豪様なんだか。と心のなかで思いながら、剣道で得た姿勢を正したまま居眠りする技を使い、一瞬で動画は終わった。動画が終わると、理事長本人が前に出てきて、挨拶を始めた。


「ええ、おはようございます。」


流石に相手が理事長であるため、俺ら生徒もしっかりとした挨拶をしなければと思ったのだろうか、野球部を中心に今まで聞いたことがない、元気な挨拶が響き渡った。これは好感度も上がったことだろう。


「「おはようございます!」」


「なんだ!その挨拶の仕方は!!この俺をなめているのか!!」


ここで俺は大事なことを思い出した。


あ、そうだった、この学校、やばいんだった。

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