第18話
「い、いや……、それがまだユージンは来ていないんだ。」
ギルドマスターは歯切れが悪そうにそう告げると、ポリポリと薄くなってきた頭を掻いた。それから辺りを見回して、
「誰か、ユージンを知らないか?」
と、問いかけたが皆首を横に振るだけだった。
「逃げた。ってことでいいかしら?」
その様子を見ていたシラネ様が、鼻で笑う。
「逃げた?でも、コカトリスの卵を割るだけですよ?ユージンさんはこのギルドで一番の腕を持っているのでしょう?コカトリスの卵くらい簡単に割れると思いますし、さすがに逃げたってことはないんじゃないですか?」
コカトリスの卵を割る勝負で逃げるなんてことは普通あり得ないだろう。しかも、このギルドで一番の腕を持っているユージンさんだ。そんな人が魔物と戦うわけでもなく、ただ卵を割るだけの勝負で逃げ出すはずがないだろう。
ギルドで大々的にユージンさんと料理人見習いであるオレがコカトリスの卵を割るという勝負をおこなうと宣伝したのだ。それなのに、逃げたとなるとユージンさんの信用はがた落ちだ。……いや、そもそも素行が悪いらしいから信用はそれほどないのだろうか。
「……逃げた、のかもしれんな。まあ、この勝負に逃げたとしても特にペナルティを化すようなことは宣言しなかったわけだし。逃げたというのもあり得る話だ。」
ギルドマスターはそう言って周囲を見渡して皆の反応を確認した。ギルドに集まっているオレとユージンさんの勝負を見に来たと思われる人たちの顔を見ると、皆一様に頷いていた。
「やっぱりね。でも、約束を守らなかったってことはギルドでの信用もがた落ちじゃない?」
「ああ。そうだな。」
「依頼料も激減よね?」
「ああ。そうだな。」
シラネ様は勝ち誇ったように微笑んだ。そして、ギルドマスターが肯定する返事を返すと、嬉しそうに飛び上がった。
「そうよね!うふふ。」
シラネ様が嬉しそうににこにこ笑っていると勢いよくギルドの木製のドアが開いた。
「ちょっとっ!私のために戦いなさいよ!あんたがしっかり戦ってくれないと私が笑いものになるじゃない!あんただって、このギルドにいられなくなるでしょ!!しっかりしなさいよ!ただ、コカトリスの卵を割るだけじゃない!!」
「うっせえよ!そんなに簡単そうに言うなら、ローゼリアがオレの代わりにコカトリスの卵を割ればいいだろ!!」
「なんで私がコカトリスの卵を割らなきゃいけないのよ!私は聖女よ!!」
「はんっ!シラネと違って治癒の魔法が使えるだけだろ。聖女の肩書きなんて正式に持ってるわけじゃないんだろう?」
「なんですってぇ!!シラネより私の方が見た目も性格も聖女でしょう!だから私が聖女よ。シラネが聖女なのはなんかの間違いだわ!」
「へーへー。そうかよ。」
「そうよ!!聖女は非戦闘員なんだからっ!コカトリスの卵なんて割れるわけがないじゃない!ユージンがやりなさいよ。なによ、自信がないの?コカトリスの卵くらい割れないのかしら?」
ギルドの木製のドアを蹴破るように入ってきたのは噂をしていたユージンさんとシラネ様をトリスの巣に置き去りにしたローゼリアさんだった。
「遅いわよ。ユージンにローゼリア。逃げたのかと思ったわ。」
ユージンさんとローゼリアさんが現れるやいなやシラネ様が二人を挑発した。
「あら。シラネ、いたの?貴女の方こそ逃げたかと思っていたわよ。」
「ぐっ。逃げるわけがないだろう!オレがこのギルドで一番強いんだからな。そんな料理人見習いなんてオレの足下にも及ばないというのに、なぜ逃げる必要があると言うんだ。」
先ほどまでのユージンさんとローゼリアさんの会話を聞いていなければ勝つ気まんまんだと思うだろう。しかし、先ほどのユージンさんとローゼリアさんの喧嘩口調の言葉のやりとりを聞いてしまった後では、どこかしっくりとこないことにユージンさんとローゼリアさんは気がついているのだろうか。
それとも、先ほどの二人の口喧嘩は誰も聞いていないと思っているのか。あんなに大声で喧嘩していたんだけどな。
「そう?逃げたいわけでもないのよね?リューニャと真っ向勝負。オーケー?」
「ぐっ。わかってるよ!」
シラネ様のわかりやすい挑発に易々と乗るユージンさん。この人、こんなに沸点が低くて大丈夫なのだろうか。冒険者というのはある程度冷静沈着が求められるのではないかと不安に思う。じゃないと、未知の魔物に会ったときに対処ができないと思うのだが……。未知の魔物に遭遇したらまずは、その動向を把握することが大事だ。じゃないと攻撃されたときに逃げられない可能性がある。オレは、戦うのは苦手だから魔物と遭遇したときは、まずはジッと息を潜ませて相手の出方をうかがい、その隙をついて採取したり逃げたりしていたものだ。ユージンさんは違うのだろうか。
そう不思議に思ったが、今はそんなことは関係ない。もしかしたらユージンさんも戦闘中は冷静なのかもしれないし。もしくは、そんなの関係ないくらいに強いのかもしれない。
「よろしくお願いします。ユージンさん。」
オレは、気をとりなおして笑顔でユージンさんに挨拶をした。
「……ああ。」
ユージンさんはゴクリと唾を飲み込むと、オレの挨拶にぶっきらぼうに返事をした。
「挨拶は済んだな。さて、見物客もいることだし、準備ができたら闘技場に行くとしよう。」
ギルドマスターが場を仕切るように言えば、ユージンさんは黙ってこくりと頷いた。そして、先を行くギルドマスターの後をゆっくりとついていく。
「ほら、リューニャも行くわよ。」
「えっ!?あ、ちょ、ちょっとシラネ様っ。オレ、一人で歩けますって。」
オレはシラネ様に腕を取られて、引きずられるようにギルドの地下にある闘技場に向かった。そんなオレたちの後ろをニヤニヤとした笑みを浮かべたトリスがついてきた。
★★★
闘技場についたオレは、すでに闘技場の中央に用意されていたテーブルに持ってきたコカトリスの卵を5個置いた。
本当はクイーンコカトリスの卵は置かずにしまっておこうとしたのだが、なぜか楽しそうな笑みを浮かべたトリスがそれを止めた。仕方なくオレはクイーンコカトリスの卵もテーブルに並べる。
っていうか、一つだけ明らかに色が違うし、ユージンさんという凄腕の冒険者ならきっとクイーンコカトリスの卵だってわかって、クイーンコカトリスの卵を選ぶことはないだろう。
なんか、シラネ様たちの話じゃクイーンコカトリスの卵を割ってしまったら大事になりそうなことを話していたし。
「5個も……用意したのか。」
「はい。2個だけだと勝負をした際に不公平だと言われた時に不利なので。公平を期すためにも、卵を複数個用意させていただきました。お好きな卵を選んでください。」
なにやらユージンさんはボソッと呟くと、コカトリスの卵を一つずつ見て回った。ひとつずつ手にとって目をこらしてジッと見ている。オレが卵になにか仕掛けをしているのではないかと思っているのだろうか。どれも本物のコカトリスの卵で、なんの仕掛けもしていないのに……。あ、いや。クイーンコカトリスの卵が混ざってるのは、仕掛けっていうのか?でも、明らかにひとつだけ違うし、あんまり意味のない仕掛けだよな。むしろ避けると思うし。
ユージンさんはひとつひとつコカトリスの卵を調べたあと、5つあるコカトリスの卵のうちのひとつを手に取って、
「……これにする。」
そう神妙な顔つきで告げた。
オレは、ユージンさんが手に持った卵を見て、オレは思わず目を疑ってしまった。
だって、ユージンさんはあのクイーンコカトリスの卵を手に持っていたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます