第16話 方針一切、変えません!

「……死んでないよな、こいつら」


「うん。失血致死量に届かないくらいにしか抜いてないから、大丈夫。エリクちゃんの方こそ、殺してるんじゃないの?」


「んなことするかよ。破壊魔法で周りの空間爆発させての音爆弾で気絶させただけだ」


「そっか、ならよかった」


 かぷり、と粘着性の音を立ててキャロルはクセルの首筋から口を離した。

 クセルは完全に怯えた様子で気絶――いや、失神している。

 そんな姿を見てキャロルはつまらなさそうに呟く。


「やっぱり、中途半端な血は好きじゃない。エリクちゃんのが、一番好き」


「物騒なこと言うな。回復目的じゃなきゃ血なんて吸わせるか」


「つまり、怪我をさせれば……?」


「もっと物騒なこと言い出したな!?」


 目をきらきらと輝かせて血で刀を精製しようとするキャロル。

 恐ろしいことを考える奴だよ、俺の元同僚は……!


 俺の目の前には、アイラドとオルマン。意外にも怯えるだけで全く反撃されず、あまつさえ命乞いをされたという始末だ。

 とはいえ、ここでそのままギルドに返してしまうと本格的に俺たちの正体がバレてしまう。

 今のところオルマンとクセルは知らないようだったが、それでもアイラドは「エリク」と「キャロル」の名前を知っていた。

 主に後方支援に徹していた俺やキャロルの名前ですら、勇者側にはバレている可能性も出てきたわけだ。

 今まで共にした行動からは姿などはまだバレていなかったようだ。

 あながち勇者側の情報収集能力も馬鹿には出来ないということだ。


 だが、こいつらには姿がバレてしまった。

 もし勇者側の方に戻ってリークでもされたら、俺の快適勇者ライフは一気に水の泡になってしまう。

 悪いがこいつらの処遇はキャロルに任せるしかあるまい。


「……むー……」


 キャロルは気絶した『シャッツ』の面々を血で精製した縄で縛り上げながら不満そうな表情を浮かべる。


「第2次大規模攻勢、か」


 『シャッツ』の情報が正しければ、一番最初に落とされるのはガルファ城。

 3年前の勇者側の大規模急襲には何とか耐えきったが――。


「ひとまず、この子達を持って帰って大規模攻勢についてたくさん喋ってもらう。前みたいに急襲されるよりは、対策できるだろうし」


「……またオーデルナイツここが犠牲になるのか」


「エリクちゃん、そんな甘いこと言ってちゃダメだよ。1000年間の均衡が破られようとしている。勇者側が本気でこちらを食い潰そうとしてるのなら、こっちだって今までの不文律なんて関係ないんだよ」


 3人を縛り終えたキャロルの背中から一対の黒い翼が浮かび上がる。

 純血吸血鬼ほどの飛翔能力はないが、それでも人を3人持ち運ぶことなどは朝飯前だ。


「……そうだな」


 何も言い返すことが出来ない俺。

 ――と、その時だった。


「アォン! ォーン!」

「……グルルルル……ッ!!」


 聞き慣れた声。

 駆ける足音と共に姿を現したのは2頭の犬だ。


「ちょっと、ケルちゃんベロちゃん一体どうしたの~!?」


 慌てふためいたように2頭のケルベロスの後を追って姿を出した一人の少女。


「む」


 咄嗟にキャロルは茂みの中に3人を放り投げた。


「あれ? え、エリクさん……どうしてここに?」


 ケルちゃんとベロちゃんはキャロルを見て「ぐるるる」と威嚇していた。


「……休暇中の遊び、みたいなもんかな」


 俺はキャロルを一瞥する。

 キャロルはそんなケルベロス2頭とナーシャを見つめて呟いた。


「……その子が、エリクちゃんのお仲間・・・さんね」


「エリクさんの、お知り合いですか……?」


 ナーシャの質問に、キャロルの物静かな紅の相貌がにっこりと破顔する。


「かつて、ちょっとだけ。まぁ、エリクちゃんも頑張ってね。こっち・・・も何とかしてみるよ」


 言うや否や、持ち前の霧化能力で姿を消したキャロル。

 ナーシャは不思議そうに消えた後の空間をじっと見つめていたのだった――。


○○○


 勇者と魔王軍。

 決して相容れることがない2つの種族の闘争は1000年も続いている。

 いや、1000年も続けられている・・・・・・・と言った方が適切かもしれない。

 双方、戦争に有用性を見いだしてしまった。戦争を継続しているからこそ生活できる人が増えすぎてしまったのだから。


「エリクさん、どこか体調に悪いところがあるんですかね……?」


「案外、休みに何するか考えすぎて頭弾けたんじゃねぇか?」


「一緒に教会に誘ってみるのも手かもしれませんが――。それとも、最前線で魔族と闘っていた日を懐かしんでいるんでしょうか……?」


 ギルド『クラウディア』に戻った俺は、小さく息を吐いた。

 『ガードナー』への人の入りが激しくなっていることから、その時まではもう長くはない。

 今頃はキャロルや師団長の元であの3人も拷問に掛けられているのだろうか。


 ……とはいえ、ご愁傷様としか言いようがないがな。


「巷ではちょうど魔王軍第2次大規模攻勢の話も持ち上がってますからね。とはいえ、その標的先はガルファ城。となればゴルド村も以前のようにかなり被害を受けそうです」


 しょんぼりした様子で呟くシュゼット。

 ナーシャも暗い顔を浮かべた。


「ゴルド村……? 3年前も被害があったのか?」


「はい。以前の第1次大規模攻勢で大きな主戦場となったラクス平原――その隣に位置するのがゴルド村ですからね。流れ弾や、野良化した魔物、伏兵通しの討ち合いで激しく損傷した場所なんですよ」


「ま、魔王軍領とのでっかい中継地だからしゃーねぇところもあるんだけどな。その件もあるから、ナーシャもあそこに肩入れするんだろうよ」


「……なるほど……」


 確かに、ゴルド村は踏んだり蹴ったりかもしれないな。

 戦場になったり、気分屋の魔族によって荒らされまわったり――。


「わたしは、戦争は嫌いです」


 ナーシャははっきりと言った。


「戦争をやりたい人は、そこの人がいないところで勝手にやっていればいいんです。無関係の人を身勝手に巻き込むこと、わたしは絶対に許せません」


 その力強い言葉に、シュゼットも、ルイスも苦笑いを浮かべた。


「ま、そもそもホントに大規模攻勢が実施されるかどうかは分かんねぇしな」


「ですが、今はもう中央から腕利きの勇者達を呼び寄せている最中とも聞きます。備えがあっても、悪くはないかと」


「わたし達『ディアード』は大規模攻勢には参加しません。今まで通り、クオリディアここの任務を着々とこなしていきましょう」


 ナーシャの一言に、二人は大きく頷いた。


「エリクさんも、その方針で良いですか?」


「あぁ……それが一番だ」


 俺も、そんな二人の顔を見ながら小さく頷いたのだった。


 ――きっとこの選択が、最良だろう。


 そう自分に、言い聞かせるようにして――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る