第15話 愚かな勇者に、お仕置きです!

 オーデルナイツの最前線。

 魔王軍の支部城にあたるガルファ城に行く道に一番近い場所といえば――ドルゴ村だ。

 ついこの間、ディアードおれたちが依頼を完遂しに行った場所であり、現在は――。


「いやー、本当にありがとう。あんたみたいな勇者様は、初めてだ」


「いえいえ、皆さんのお役に立てるのなら、いつでも呼んで下さい!」


「本当に、お金は払わなくていいのかい? これじゃ、私たち貰ってばっかじゃないか」


「そうですか? わたしはここで皆さんとお話ししてるだけでも充分楽しいですから! お昼と夜もいただけるんです、これくらいは当然ですよ」


「わぉぉぉぉぉぉんッ! おん! ォンッ!」

「キャォン? ォォォンッ!」


「ケルちゃん、ベロちゃん、もう少し待ってね~。じゃあ、この荷物を村長さんに届けてくれるかな?」


『ォン!!』


 そこには仲睦まじい様子で村の復興を手伝うナーシャと人々の姿。そしてナーシャにこれでもかというほどベタつく2頭のケルベロスの姿があった。

 2頭のケルベロスは、ナーシャの膝に頭をすり寄せて甘えに甘えている。

 そんな彼らの頭を優しく撫でてやりながら指示をすると、嬉しそうに田畑の畦道を走るケルベロス。

 以前のように、どこかしこ構わず踏み抜く野蛮な地獄の番犬が見る影もない。


 ケルベロス達がナーシャに手渡された荷物を村長に届けると、村の子供達もこぞって2頭を取り囲んで撫でている。


 ケルちゃん、ベロちゃん……ガルロックの元にいたときよりも遙かに楽しそうだ……。


 今回のルートは、村を直接は通らないものの近くの森を通ることから見える光景だ。

 かつて、この地にケルベロス達を放したガルロックも、この魔王軍領に続く獣道を通ってきたのだろう。

 この先には深い森があるが、それを通り過ぎれば魔王軍領に突入する。

 凶悪な魔物が跋扈しているが決して勇者領に勝手に侵入しないように、だが迷い込んだ者は必ず屠るように調教された、化け物が。


 俺たち一行はその獣道から見える光景を眺めながら足を進めていた。

 『シャッツ』の面々が俺とキャロルの前を先導している中で、キャロルは苦笑いを浮かべながら俺に耳打ちする。


「エリクちゃんあれって確か、ガルロック先輩のとこのケルちゃんとベロちゃんだよね?」


「……あぁ、そうだよ……」


「そういえば最近、ガルロック先輩元気もないし……試しに内緒で治癒してみたけど、どこも身体の調子は悪いところはなかったのにね。ガルロック先輩、どうしちゃったんだろう……」


 聞いたところによると、俺が抜けた事によるシワ寄せで17連勤。そして上層部に俺の失踪の事実を告げれば破壊魔法の効果で爆発四散、そして癒やしでもあったケルちゃんベロちゃんを見限って捨てたとはいえ確かにガルロックにも同情するところがあるな……。


「ま、あの人もそれまでエリクちゃんに丸投げで楽してたんだから、ちょっとは罰受けても良いと思ってるよ。魔王様もちゃんと私たちのことを考えてくれてるって証拠だね」


 「魔王様」を強調させたキャロルは、小さい足で木の枝をパキリと強めに踏み抜いた。


「そういえば、他の部隊はまだ来ないんだな」


 俺が呟くと、リーダーのクセルは目を細くして「あぁ……」と呟いた。


 本来ならば、ここの近くで他にも前哨戦部隊と合流する――という作戦だったらしい。

 流石にいくらBランクパーティーと言えど最前線を護る魔物達と単独で挑むってのも無謀なことだろうしな――などと悠長に考えていた、その瞬間だった。


「オルマン! アイラド、今だ!」


『っす!』


 でっぷりと太った男――オルマンが突如持っていた剣を地面に落ち、両手を合わせる。続いて筋肉質の男、アイラドは背中に背負った大剣を大きく振り上げる。


「……あ」


 ふと気付くと、隣にいたはずのキャロルがいない。

 それに気付いたときに、甲高い声が目の前から響き渡る。


「……っはははは、あっはっはっはっはっは!!!」


 安っぽい笑い声の主は、片腕にキャロルを抱えながら目を見開いた。


「悪いね。ぼくたちは魔王軍討伐なんて全く興味がない! 君たちみたいなギルド登録もしていない弱小パーティーにこんな上玉・・がいるのは予想外だったよ!」


 そう言いながらキャロルの首元に小さなナイフを宛がうクセル。

 当のキャロルは不機嫌そうに口をぷくぅと膨らませるだけだ。


「きゃーたすけてーふぁるくちゃーん」


 凄まじい棒読み具合のキャロル。

 むしろこの状況を最初から分かっていたんじゃないかとでもいう落ち着きっぷりに俺はため息交じりに手を伸ばした。


「おっと、残念ながらそっちには行けないぜ」


 ふと、オルマンが笑みを浮かべる。

 なるほど、魔法力でこっちと向こうを隔離したということか。

 俺とオルマン、アイラド。そしてキャロルとクセル。


 オルマンが鼻息を荒くしてキャロルに刃を当てるクセルを一瞥する。


「早く終わらせろ。こっちはこれ・・抑えとくからよ」


「分かってる、分かってるともさ」


 安っぽい下衆台詞を吐き捨てながら事を進めようとするクセルに、キャロルは「ねぇ」と問う。


「魔王軍への大規模攻勢の話は、本当なの?」


「ぁあ? そんなのどうでもいいだろうが……。っつっても、それは本当らしい。まぁ、ぼくにも君にも関係のない話だけど――」


「――そう。なら、良かった」


 そう言ってキャロルは俺を一瞥した。


エリクちゃん・・・・・・、死なない程度に痛めつけてあげて。帰って吐かせよう」


「……いいだろう。ディアードみたいな最高の勇者パーティーの迷惑にならないうちにさっさと持ってけ、キャロル・・・・


 俺たちの言葉に、頭に疑問詞を浮かべるのはリーダーのクセル。

 だが、アイラドはぽかんと口を開けて、ぷるぷると震えだした。


「……どうしたんだ、アイラド。こんな雑魚に震えてる場合じゃない。勇者力……光の魔法力反応はほとんどない。この縛り付けた空間内から出ることも――」


「ち、違う……違うんだ、オルマン、クセル。こいつらに光の魔法力なんてあるわけがない……! 戦場に姿を現すことがないから分かんなかった……! だが聞いたことないのか? こいつらの名前を――!?」


 キャロルは、紅の相貌を更に紅く染めた。

 白い歯が徐々に伸びて吸血用のものに差し替わる。

 それと時を同じくして俺は両手に破壊の魔力を生み出していく。


「おいおい、何だってんだアイラ……」


 キャロルは自身を締め付けていた腕から、霧化の能力で素早く抜け出した。


「……ぁ……?」


 一瞬でクセルの背後を取ったキャロルは、そのまま白い歯を首筋に突き立てる。


「――ばっちぃ。美味しくない……」


 そんなキャロルの様子を呆然と見守っていた二人の勇者。


「キャロル・ワムピュルスにエリク・アデル……! 魔王軍の大隊長格のバケモンだよ……!!」


 震える身体に、俺は両手で作った破壊の魔力弾を無言で打ち込んでいった。

 もちろんキャロルの要望通り、死なない程度に――な。

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