約束

俺は思わずこう訊いていた。

「わかるの?」


「SWはほぼ孤児の集団で、戦闘に特化した教育を受けてきててな。空戦に意味を見いだしてる」


実に正直なことを言うものだ。


「そうか。なるほど交渉人には適任だな」


「が、お前らは白兵戦を求めてるようなんで交渉のやりようがないな。人質を解放しないのなら特殊部隊を突入させる。俺も参加することになるだろう。もし出会えたらやり合おう」


「待てよ。あんたパイロットじゃないか」


「いまは今回の担当責任者。なんでもするさ」


俺はある閃きが浮かび、ここで初めて興奮した。ここを利用するか! ここを利用しろということか統治AIよ!


「いまなんでもと言ったな?」


「解決のためならね」


なんでもと言ったな? じゃあ、


「俺の兄貴と空でやり合ってくれ。長年のライバルなんだろ?」


瞬間、彼は固まった。明らかに相手は困惑している。


「いま彼とはチームなんだがな」


「代表戦だ。あんたは世界政府側の代表、兄貴はこちら側の代表。あんたが勝てば人質は解放しよう。あんたが負けれは順繰りに処分されていく。どうかな、この提案は」


「勝ったら投降してくれないか?」


「それは無理。人質に関してのみだ」


「それは琉も確認済みなのか?」


「確認も何も拘束してある。俺の指示をきくしかない立場だ。兄貴も人質を解放しろとやかましくがなり立ててな。戦わなければ人質の半分を殺すと脅せば従うしかないだろ」


「そっちのエンジニアは動かせる状態にあるのか?」


「人質に何人かいる。脅してでも動かすさ。機体は旧F14に指定する。それ以外にふさわしい機体はないからな。F14はフィリピン支部にもあるはずだ。普天間に持ってきて整備すればいい。道具はあるんだ。できんとは言わせん」


「機体の運用にも燃料入れるにも許可がいる」


「だったら許可をとれよ。なんでもするんだろ? それに……な、俺よりむしろあんたの方が兄貴とは浅からぬ因縁があるんじゃないのか?」


「お前のようなど腐れ野郎に答える物事じゃない」


「お、いいのか? そんな口をきいて。……まあいまのはこんな公の場ではまずかったかな、因縁うんぬんは忘れてくれ。やるのかやらないのかだ」


「三時間くれ」


「二時間でそっちの話をまとめろ。二時間後に連絡を入れる。この番号でいいんだな?」


「俺の携帯だ」


     ☆[普天間]


私は呆気にとられていた。まず普天間に到着して用意された会議室に行くと簡易の撮影スタジオが設置されていたからだ。

撮影スタッフが二名いてこの場を仕切りデリスに助言や指示を与え、デリスも素直に彼らに従い中継がスタート。


これはNHKによる生放送でありここの映像がそのまま日本全国に流される。確かに確実に沖縄にも放送されるが、何もこんなやり方でなくともPCで繋ぐとかできたろうに。


……そしていましがたテロリストリーダーとデリスのやり取りが終わった。

その内容にも呆気にさせられた。

と同時に琉のことが心配で仕方がない。やはり拘束されていて実の弟に利用される結果になってしまった。あのプライドの高い男がだ。


特殊部隊のみなさんも当惑していた。誰もこんな展開は頭になかったはずである。


デリスが撮影スタッフのふたりを部屋から退出させたあとアイザックに言った。


「聞いたろ、沖縄支部とここ双方の運用許可と俺の出撃許可を打診して」


二秒ほどの間をあけてアイザックは答えた。


「会議を開くそうだ」


「アニエスひとりに決めさせろよ緊急事態なんだから。俺と琉を信じろ」


「簡単なことではない。警備の問題がある。緊急事態モードのいまは格納庫にパイロットもエンジニアも立ち入り禁止だ」


「通常モードに切り替えはできんと」


「脆弱に過ぎる。プログラムによる警備なのでね」


「遠隔操作でエンジニアが入れるようプログラムを変更しろよ。で一機だけ出せるようにしておく」


「すぐにはできん」


「それか世界政府軍の自律型を出せよ」


「……!」


「全体は通常モードにした上で、そいつに格納庫周辺を管理させればいい。お前にはそいつを呼ぶ権限があるはずだ」


「……誰から訊きました?」


「誰って、アニエスと会った時に忠告受けたんだ。問題が起こればすぐさま自律型を送り込む手はずになってるから規律と秩序を重んじろと。出撃の権限はお前が持ってるとな」


「呼びたくはない。彼らとは折り合いがわるくてね」


「違う基準だからな」


「!」アイザックは無言でも驚きは伝わる。私は尋ねた。


「違う基準って?」


「自律型ロボット兵は旧型AIなんだ。アニエスやその分身足るアイザックは新型。新型が旧型を統制してる形だからわかりにくいが……つまりアニエスが覚醒する以前から旧型はこの世に存在してたってことだ。大量にな。歴史の闇だ」


デリスは特殊部隊のみなさんの方に顔を向ける。


「というわけでみなさんもこれ機密なのでよろしく」


隊長が「ああ……」とだけ短く返した。デリスはまた私に向き直ってつづけた。


「いまでは新型同様に旧型も発展と進化をつづけていて、旧型にも“思考”ができるようになってる。新型には新型の論理があるように旧型には旧型の論理がある。簡潔に言えば後者は人類を排除して文明をリセットし、機械生命体による機械生命体のための惑星に改造したいんだ」


彼は言った。


「アニエスは何とか人類と共存しようと踏ん張ってる。そこの違いだ」


アイザックがぽつりと「答えを出す時間をくれ」と言い残し、ひとり会議室を出ていく。


その背中は私の目から見れば人間そのものだった。


「知能が高すぎるのも考えもんだな」とデリス。


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