ジェニファー

        ★


ナチュラルボーン・テロリストの新垣巽だ。

さて、兄貴に対する疑念というのは彼が俺に「孤児院に戻ろう」と告げたことに始まる。


「自分のこともそうだがお前のことを考えるとそれしかないと思う」のだと。

だが俺は兄貴がそんなことを口にするとは一切、これっぽっちも想像だにしていなかった。


自由が最優先であり、大人や社会を最初から拒絶するのが当然だと思っていたからである。

自由なき人間は機械と同じで人間ではないと思っていた。


つまり俺の基準からすれば兄貴は人間をやめるつもりなのだ。人間をやめ、社会を構成する部品のひとつになろうとしている──おぞましい。


血を分けた兄弟のやることだろうか。いやこれが現実なのだ。彼は結局のところ世の中に適合しようとしている、数多のごみ共と同じ人種なのだ。信じがたいことに。


俺はすぐに怒りを表に出すのはやめにして、なんとか兄貴の考えを変えることはできないかと熟考した。このままでは血を分けた兄弟が敵になってしまう。


熟考した結果、その頃付き合いが始まっていた仲間──新興ギャング〈カーチス〉に属する末端の連中──に相談することにした。その仲間は俺たち兄弟をスカウトしていたのだ。


むろん集団嫌いの兄貴が承諾するわけもなく兄貴は彼らを遠ざけていたのだが俺は違った。


俺は自分の将来を彼らに見ていた。自分がはまるべき穴がそこにあり、俺はそこに自分からはまるのだろうと。


どれほどの闇であろうと耐えていける自信があった。

支配から遠ざかることのできる自由があるなら、と。


        ☆


翌日の午前中、私は強化人間用のトレーニング室にこもり肉体整備のための鍛練に励んでいた。


設立当初からある設備で通常よりも頑丈に作られた機材が揃っている。

サンドバックは特に頑強な造りで安心して打撃を叩き込める。


と、ノックのあとアイザックが部屋に入ってきて「ソニア」とやや強めの口調で声をかけてきた。


「なに?」


「ジェニファーの面倒を見るのがあなたの仕事のはずだが?」


「今朝がたあの人の部屋に行って声をかけました。これから施設を回りますよって。でも断られました。自分で調べて自分で把握するからけっこうですと」


「何かありましたか?」


「何かって時たまあることです。受け付けない人もいるんです」


「では命令を出しておきますよ彼女に。ソニアから教われと」


「最初からそうすればいいのに」


「人の内面まで私たちは知り得ない。というかなんでそう狭量なのか理解に苦しみます」


そりゃああなた方から見れば同じなんでしょうけどね!


アイザックが去り、私はサンドバックに左右のフックを打ち込みつづける。

十分くらい経っただろうか、髪を後ろに結った飛行服姿のジェニファーがトレーニング室に姿を見せた。今朝がたとは態度が違い、いくらか殊勝な態度へと変わっている。


「よろしくお願いしますソニアさん」


「はい。ちょっと待ってて着替えて来ますから」


開いている扉の向こうにケイトとアレアの女ふたりがいてこちらを覗いていた。暇なことだ。


流れ的に四人で施設内をかっさらくことになった。とはいえ45平方キロメートルという広大な土地のすべてを回るわけではなく日々の業務や生活に直結した部分の案内である。


ブリーフィングルーム、装備室、耐G強化訓練ルーム、フライトシミュレータールーム、ふたつのパイロット事務室。それらをざっと回ったあと、


滑走路脇を通って格納庫へ足を運び、公園やらプールやら体育館は遠目からあれがそうだと説明、事務的にことを済ませていく。


最後に食堂へ行った。一時を過ぎた時刻だったので一緒に食事をとる。ケイトとアレアとは特に仲がよいわけでもわるくもない間柄だ。会話はたくさんするが深い話はしない。


「派閥があるって聞いたのですが」とジェニファー。


「女は全員カミル派ね。いまのところ」とケイト。


「それはなぜ?」


「人気かな」


ケイトはかるくそう言った。みなそう答えると思う。私も同じ答えだ。


「全体のリーダーは彼だもの」とアレア。つづけて「わかんないのが時々、デリスがリーダーぽくなることがあって、それがよくわからない」


私は内心笑っていた。確かにね。


「片方のリュウって人じゃないの?」ジェニファーは不思議そうにそう言う。


「三人の関係は私らにはよくわからない。そういうのってここで暮らすうちに何となく掴んでいく感じ」とケイト。


アレアが言った。


「ソニアはそのデリスとつるんでる」


「元教官ですから」と私。

「派閥といっても衝突があるわけではありませんから誤解のないように」とつづけた。


「まあでもデリスがカミルと琉の仲を取り持ってるイメージはある」とケイトは言った。


カミル、琉、デリスはここで同じ師匠に従事した同門なのだった。沖縄にある養成機関からここへ移動してからがほんとうの養成だったとデリスもカミルも同じことを言っていた。


彼らの言う師匠というのはSWの創設に関わった人らしいのだが詳細な資料はどこにもなくアイザックに尋ねても「機密です」の一言であしらわれた。


私たち四人は食事を済ませると各々に別れる。ジェニファーには新人用のオペレーションが待っているのでこれからが大変である。


私は気持ちを切り替えて自分のことに集中する。14時にフライトシミュレーター使用の予約を入れてあり、これは気を抜けない訓練のひとつだった。地味に査定の対象にもなっているからだ。


私は気を引き締めてバトルの準備にかかる。──といっても他人にとっては単にコンピューター内での仮想空間内バトルですからそうした話は省略致します。




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