第22話 おばけこわいです!

『見つけたわ。あまり長くは竜の姿を維持できないし、あの人たちの馬車に乗せていってもらいましょうか』


「えっ、乗せてもらうって、ちょ!?」


 流石はクロンの言うエリート竜というところか。いくつかの旅の宿らしき箇所や橋などをぐんぐんと飛び越え、俺がぎゃあぎゃあと叫んでいる間に、リームは幅の広い街道を進む馬車の集団を見つけて段々と高度を下げていった。


 急にドラゴンが下がってきたら相手は狙いを付けられたと思ってパニックになるんじゃないのか?

 もしかしたら弓矢や魔法で迎撃してくるかも……と考えたがそんなことは無かった。


 この世界での暴力にはペナルティがかけられるみたいだし、突然相手に攻撃するということはあまりしないようだ。

 でもそうしたらさっきまで食べていた干し肉なんかはどうやって調達するんだろう? 動物の狩りは例外とかそういうルールがかけられているんだろうか。


 そして俺のすぐ後ろにいるクロンが手を振っているのを目視したのか、やがて馬車の進みが停止した。


 ゆっくりと羽ばたいて降下する勢いを殺し、静かに地面に降り立つリーム。俺とクロンが地面へ飛び下りれば、彼女の姿はまたも淡い光に包まれて元の女性の姿に戻った。

 それでも彼女としての特徴なのか、水色の翼とらせん型の捻じれた角は人間の姿の時でもそのまま生えている。クロンも赤い角が生えているし、竜族には共通してドラゴンの一部が現れるんだろうな。


 それにしてもジェットコースターのような感覚を味わい続けるのは心臓に悪い。地面に降りた後にはどっと疲れがやってきた。


「ご主人様、大丈夫ですか? げっそりしてますけど」


「こ、怖かった……もし急ぐことがあっても乗りたくない……」


「あら、大きな声を出して楽しんでいると思ったのだけど」


「いや怖いのわかってて何回も揺らしただろ! 落ちてたらどうするつもりだったんだ!」


「その時はすぐに拾うわ、空中で。もし落ちても地面につかないような時間をとるために、わざわざ空高く飛んでたんだもの」


「気遣いはいいけど、揺らすのは別の話だろ!」


「あっ、ご主人様、リーム。馬車から人が出てきましたよ」


 そうクロンが指差す先、馬車の集団の中間にあるいかにも高級そうな窓付きの車の戸を開け、執事服を着た老成している人物が出てきた。

 中に残っているのは貴族の人で、この人はその御付きというところか。


 そしてその人に連れて何人か護衛らしき男達も出てくる。彼らの腕には具象化盤ビジョナーが付けられていて、いつでも勝負ができるようにしていた。

 警戒されるのは当然のことだよな、事前に連絡も入れずに近くへ降り立ったんだし。荷物を狙っていると思われてもしょうがない。


「これはこれは、竜族のお方に御目にかかるとは。突然のことでしたが、何用ですかな?」


 穏やかな口調でありつつも、いつでも戦闘態勢に入れるように警戒していることは嫌でもわかってしまう。笑顔が本当に笑っているように見えないし……


「私たち、クロムベルに向かう途中で族に襲われてそこまで歩くことになってしまったのです。そちらはクロムベルに向かう途中ですよね? 私は竜の姿をこれ以上維持することが難しいので、馬車に乗せていってもらえませんか?」


「ふむ。そちらの方も竜族のようですが?」


 鋭い目つきで紳士はクロンの方を見る。二人もドラゴンに変身できる者がいるなら、交代で飛んでいけばいいのではと思うのは当然かもしれない。


「彼女は今不調をきたしていて、残念ながら竜の姿に変身できないのです。彼はブレイクコードの腕っぷしが強く護衛になります。お望みであれば私の鱗をお譲りしますので、どうかお願いできませんか?」


 クロンが今変身できないとは初耳だ。本当なのかと視線を向けてみれば、彼女は肯定するように視線を落とした。


 そしてドラゴンの鱗には価値がつくのか。確かクロンは自分のことをレア種族だと言っていたし、カルンガもリームは高く値段がつくようなことを言っていた。俺のいた世界だとモンスターの中でもドラゴンは特別な存在だったけど、こっちの世界でもレアなんだな。

 長い距離を歩いていかなくていいのは助かるけど、女の子の身を切り売りするみたいなのは少し嫌だな……。


「ふむ……おい、私は主様に聞いてくる」


 こちらに敵意はないことを察してくれたのか、執事は護衛の一人にここを任せることを伝えると高級な馬車へ戻っていってしまった。


「竜の鱗はアクセサリーやお守りとして売れるのよ。あまり身売りをするのは好みではないけどね」


 そう言って儚げに髪をかき上げるリーム。鱗を売ってでも馬車に乗っていきたいというのは、クロムベルに急いで向かわなければならない理由でもあるのだろうか?

 彼女の表情をうかがってみれば、愁いを帯びたようになっていた。


「だったら、俺のカードを渡すのでも」


「それだとあなたが戦えなくなるでしょう?」


 しばらく待つと、再び執事が外に出て歩きながら結果を伝えてくる。その顔は何らかのトラブルがあったかのような少し疲れた顔だ。

 同じ場にいなかったのに、リームと執事さん二人そろって暗い顔とは……


「後方の荷台でありますが構いませんね? そちらでよければご一緒にどうぞ」


 俺が護衛に加わることと、リームの鱗を代償として差し出すことでなんとか許可は下りたようだ。

 護衛達の案内に従って俺達は後方の馬車へ行ってその扉を開ける。そうすると、むわっとくるような木の匂い。鼻をくすぐるというより、鼻の中にまとわりついてくる感じだ。


 自然の香りと言うのは落ち着くものであるのだろうけど、正直言って不快となってくるレベルだよなこれ。

 食料とか具象化盤ビジョナーなどの機材を運ぶ車だから、そこまで内装に金はかけていないのかな?


「うー、けっこうしけった匂いがしますねぇ。あっ、ここの小窓開くみたいですよ」


 クロンも不快だったのだろう。ぴょんと飛んで馬車に乗ると同時に、目ざとく壁についた小さな小窓を開ける。これでほんの少しは匂いがマシになるだろう。


「硬い木箱に腰掛けるしかないようね、トゲがあったりカビていなければいいのだけど。……あら? 何か言った?」


「いや? 何も?」


 レディーファーストとして先に乗ったふとリームがこちらに振り返り、俺に聞いてきた。

 俺は何も喋ってないし、クロンも小窓が他にないか探しているのに夢中だ。


「あ……ク……貴族……をこんな………………っと」


「しっ。静かにして。やっぱり何か聞こえないかしら? 話し声が」


「や、やめてくださいよリーム。この馬車の中におおお、おばけがい、いるみたいじゃないですか」


「いや怖がり過ぎだろクロン……ねずみかなんかじゃないのか?」


 しかし、音を聞き取るために静かになったクロンとリームの背後から、ブツブツと呪詛のような声が這い寄るようにやってくる。

 この怨みが全開でこもった声、本当に真昼間から幽霊か……?


「あのヤロー…………パシリ…………ん、光? 誰か入ってきた?」


「ひいいい! お化けですよご主人様! 」


 ぴょいん! とクロンがこちらに向かって飛び降り、俺に抱き着いてきた!

 胸が顔に当たって、あっ、薄いような見た目と比べて柔らか……じゃなくて! そのままびたんっ、と俺とクロンはもつれて後ろへ倒れ込んでしまった。


「おばけこわいおばけこわいおばけこわい……」


「もがっ! もっ、もがー!」


「あ、ども。昼間からお盛んなんですね……」


 やっと自分の胸を俺の顔に押し当てているのが分かったのか、上からクロンがばっと退く。

 そしてまだ倒れたままの俺を、一目ではっきりと弱気な人物だなとわかる少年が、一冊の厚い本を手にこちらを見下ろしていたのだった。

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