アンブレラ建築による楽しい洋館リフォーム

ちびまるフォイ

この家はもう使わないようだ。捨てますか?

『お母さん、家をちょっとリフォームしようと思ってるのよ』


「リフォーム? どうして?」


『うちはもう古いでしょう。それに、この歳になると段差や階段がキツくて……』


「ふぅん、まあいいんじゃない」


『それより、たかし。今年はこっちへ帰ってくるのかい?』


「心配しなくても年末には顔出すよ」


年末の連休になると久しぶりの実家へと戻った。

そのあまりの変貌ぶりに、実家の位置を何度も地図アプリで確認することになった。


「ここ……だよな……?」


ごく普通のコンクリート一軒家だったはずが、バカでかい洋館へと姿を変えている。


「たかし! 帰ってきたのね!」


「おふくろ! いったいこれはどうなってるんだ!?」


「前に話したじゃない。リフォームするって」


「リフォームっていうか、もはや家が転生しているレベルだよ!?」


「ちょうど家も変えたかったところだったしね。昔のヨーロピアンなデザイン好きなのよ」


「閑静な住宅街に洋館建てられても悪目立ちするんだけど……」


「そんなことより、私ちょっと買い忘れがあったからスーパー行ってくるわね」


「あ、ちょっと!」


母親は夕方のバーゲンセールに間に合わせるよう早足で去ってしまった。

スーパーという庶民な選択と住んでいる家との落差がすさまじい。


「……とりあえず中に入るか」


玄関の前に立って鍵を差し込む。ドアノブを回しても動かない。


「あれ? 動かないぞ?」


何度試しても動かないので母親に電話した。


「もしもしおふくろ? 玄関のドアが壊れているみたいなんだ。いくら鍵を回しても動かないよ」


『ああ、それなら鍵を差し込んだ後にドア横にあるクランク穴へ

 6角クランクを差し込んで回すのが必要よ』


「なんで!?」


『そういうリフォームだったのよ』


「クランクなんて持ってないよ!」


『大丈夫よ。ほら、昔あんたがよく遊んだ河川敷を覚えてる?』


「河川敷……? ああ、覚えてるよ」


『あの河川敷にある大岩を横から動かすと、下に下水道につながる階段が出るのね。

 で、下水道の奥にある配電盤を操作してオオワシのエンブレムを手に入れたら

 床屋さんのぐるぐる回るやつにエンブレムをはめると、6角クランクが手に入るわ』


「ドア開ける以上の労力だよ!?」


仕方なく指示に従うと本当にエンブレムが手に入ったので驚いた。

玄関のドアを突破すると、やっと洋館のエントランスへ入れた。

実家なのにすごく居心地が悪い。


「はぁ……なんかめっちゃ疲れた……部屋で休もう」


自分の部屋を探そうとするが見つからない。


「もしもし母さん? 俺の部屋ってどこ?」


『あら同じ場所にあるわよ。2階よ』


「それが見つからないんだよ」


『壁に絵画が3つかかってない?』

「あるね」


『その逆さまの絵画をそれぞれ正しい位置に直したあと、

 廊下の壁に飾られている時計の針を10時45分にあわせると

 たかしの部屋が壁からせり上がってくるわ』


「なんで!?」


『だってそういうリフォームなんだもん。

 あ、時計の針と絵画はあとでちゃんとまた同じようにズラしておいてね』


「めんどくせぇ!!」


実家なのにまるで落ち着ける要素がない。


冷蔵庫を開けるにも、ゴールド・シルバー・ブロンズのソケットを正しい順序で差し込まないと開けられない。

テレビをつけるには、電圧を上下させて適正値に設定する必要がある。

家の電気をつけるにはオルゴールの調律を正しくして、大きな歯車と小さな歯車を……。


「んなぁぁぁ!! がまんできるかぁぁぁーー!!」


「たかしどうしたの。大きな声なんかだして」


ちょうど母親が帰ってきていた。

これはひとこと言わないと気がすまなかった。


「この家どうなってるんだよ! こんな家でまともな生活できる気がしないよ!!」


「慣れの問題よ。慣れちゃえば、金庫のダイヤルだって暗記できるし

 バスルームの温度調節パズルもどの順序で押せばいいのかわかるわ」


「そういう問題じゃないだろ! ここをリフォームした建築会社に文句言ってやる!」


「あ、ちょっとたかし!?」


家にあったリフォームの請求書から会社を特定した。

アンブレラ建築とかいう会社だった。


床が腐っているとか、天井にシロアリがとか不安をつのらせて

高額なリフォーム代金を請求する悪徳業者にちがいない。


ともすれば殴り合いになるかもしれないので救急スプレーをサイドパックに入れて、

社会的に抹殺される危険性を考慮してタイプライターで遺書とこれまでの経緯を書き残した。


家から離れた場所にあるアンブレラ建築株式会社の本社だったが、

たどりついた頃にはすっかり焼け野原の跡地になっていた。


「売地」とだけ残された看板を呆然と見つめていると、通りかかった人に声をかけた。


「あの! ここに会社ってありませんでしたか!? 建築会社です!」


「ああ、あったねぇ」

「どこかに移転したって話は?」


「ないよ。なんか知らないけどある日突然爆発したんだ。今じゃこのありさまさ」


「爆発!?」


「職員があやまって緊急爆破プログラムを起動させちゃったらしく

 解除するのにカードキーを差し込んで、音波の周波数を一定に合わせる必要があったんだけど

 そもそもカードキーなくしたから爆発したと聞いたよ」


「あほすぎる……」


「従業員ともどもぶっ飛んだんで、ここにはなにもないよ」


「まいったなぁ……これじゃ元に戻すこともできない」


頭をかかえていると母親からトランシーバーで通信が来た。


『たかし? たかし聞こえる?』


「どうしたんだよおふくろ」


『家に空き巣が入ったのよ! 早く来て! オーバー!』


再び洋館へと戻ると、窓ガラスが割られドアが壊されていた。


「おふくろ、これは……」


「私がちょっと浄水場の水位を調整してて目を離してたの。

 家に戻ったらガラスが割られて中も荒らされてたのよ」


見た目だけは豪華な洋館だから金目のものがあると泥棒がやってきたのだろう。


「それで、何を盗まれたの?」


「いいえ何も盗まれてないわ」

「は?」


「研究所職員の手記に残されているパスワードを入力して、

 システムディスクをセットしてから水質チェックをするところで

 諦めちゃったみたいで通帳もカードも全部無事だったの」


「まじか……」


複雑怪奇で何度もいったり来たりさせる家のしくみにはうんざりしていたが、

防犯という側面ではむしろよかったのかもしれない。


「とにかく無事で良かった。このリフォームも悪いもんじゃないね」


「そうでしょう? 毎日頭の体操もできるから気に入ってるのよ」


「あ、それより泥棒は? 泥棒はもう家にいないの?」


「ええもう大丈夫よ」


母親はにこりと優しく微笑んだ。



「洋館の地下で培養されてる実験生物が泥棒を蹴散らしてくれたわ」



俺は来年までにこの家を直すと心に決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンブレラ建築による楽しい洋館リフォーム ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ