あなたへのおくりもの

 あれから、何年経っただろうか。

 ある日、突然呼び出された私は、素っ頓狂な声をあげていた。

「……住所なしで届く封筒?」

「そう。これ、試作品なんだけど、梓紗に試してほしいの」

 あの耳栓をあげた大学時代の友人から、なんの変哲もない封筒を渡された。

「使い方は?」

「簡単だよ、封筒の表に届けたい人の名前を書くだけ。時間を超えることもできるんだけど、過去や未来の人に届けたかったら、具体的にいつ届いてほしいか念じながら、名前を書けばいいの。試作品を社外の人に試してほしいって言われたから。だから……耳栓のお礼に、あげる」

「ありがとう。使ってみるね」

 名前だけで届く封筒。時すら超えられる、不思議な封筒……。


 不思議な荷物のことを、思い出した。

 私の名前だけで届いた、包みのこと。


 ……こんな偶然って、あるのだろうか。

 実は今、私の会社では「話し相手になってくれるイヤリング」をどう売り出すか、という会議をしているのだ。その案の中には「入浴剤の中に入れておく」というものもあり……。


 封筒を受け取った私は、一人で百貨店に向かった。そして、あちこちを歩き回っていると、目的のものを見つけた。見つけてしまった。

『安眠できるオルゴール』

『幸せを封じたキーホルダー』

 私は、自分の好みに合うものを、迷わず購入した。どこか、使命感のようなものに駆られていた。

 この封筒で、送らなきゃいけないんだ。

 あの四つの、贈り物を。


 最後の一つ、耳栓は雑貨店で見つかった。

 入浴剤に包まれたイヤリングは、試作品を譲ってもらった。

 ――必要なものは、全部揃った。

「これが、『安眠できるオルゴール』。こっちが『仕事の時に使える耳栓』。そして『幸せを封じたキーホルダー』。二人とも、覚えておいてね」

 今はまだ入浴剤の中にいる二人に届くよう、大きめな声で話しかける。

「あなた達を……」

 過去の私のところへ、と言おうとして。

「……梓紗ちゃんのところに送るから、お友達になってもらえたら嬉しいなぁ」

 やめた。なんとなく。

 最後に、家にたまたまあったメッセージカードに、短い手紙を書いた。筆跡は、わざと普段とは違うものにしている。丸くて子供っぽく見えるような、そんな字になるように、ゆっくりと言葉を紙に紡いでいく。

『私からあなたへ

 ささやかですが、贈り物です。

 辛いことがあった日に、

 あなたの心に寄り添えますように。』


 ふと思い出して、入浴剤の中の二人に声をかける。

「あ、そうだ。もし、私が誰なのか訊かれたら、こう答えてほしいんだ」

 今なら分かる。あの小包の送り主が、どうしてあんなにも私の好みを知っていたのか。

 ――だって、自分自身のことなんだから。


「『梓紗ちゃんのことを、誰よりも知っている人だよ』ってね」

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私からあなたへ 秋本そら @write_cantabile

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