三十二話 怨み2

 舗装された道路から外れた家であったため、土くれで汚れた正方形の黒い箱。表面には斑模様が施されており、何処かで見た事があった。

『箱ですね』

「あぁ。けど、待て」

『え?』

 箱の先に『人』がいる。

 髪が長く、俯いて顔を見る事が出来ないが、口から洩れる黒い息が不気味に感じた。

 僅かに上げた顔で男性なのが分かった。ただ、その目は憎悪に満ちており、今にも人を殺してやろうかと考えているようにも見えた。

 悪寒が全身を駆け巡るのを感じつつ、カイトはゆっくりと腕を引き込ませる。

 無様に自分から触れられるような事はしないも、今の自分に相手の接近を防げるとは思えない。何せ、相手は指一本でも触れられれば良いのだ。圧倒的に不利。一度触れられただけでここまで体力が消耗するとなれば、次に触られた場合、気を失う程度では済まないだろう。

『カイトさん……』

「連続って……どうなってんだ」

『逃げましょうっ。今の私達じゃ、あの人を止められません!』

 ミリが両手を振り、逃げようと促してくる。しかし、走る事もままならないこの体では、

それも絶望的だ。

「ここで還さねぇと他の人があぶねぇ……」

『ですが、このままじゃカイトさんがっ!』

 ミリは苦渋に顔を歪ませた後、男性の前に立ちはだかり、両手を広げた。

「お前また……っ」

『絶交は嫌です。けど、ここでカイトさんが死んでしまったら、絶交も出来ません!』

 無理矢理引き離そうにも、実体を持たない彼女には触れられず、好き勝手に行動されてしまう。これほどまでに、彼女に触れたいと思った事はない。

 ゆっくりとミリとの距離が縮まっていく。それにつれて彼女の体の震えが強くなっていく。それもそうだ。男性から滲み出る狂気を前に平然としていられる方がおかしい。

『うっ……』

 怯むも、どこうとしないミリに、敬意すら覚える。

『カイトさんには、触れさせませんっ!!』

「よく言った、ミリちゃん」

 聞き慣れた女性の声が聞こえてきたのと同時、何かを弾く音が周囲に響き渡った。

 そして、目の前に居た男性が奇声を上げ、消滅してしまった。その光景に、ミリは目を背ける。どうやら、男性の断末魔のような声に嫌悪感を抱いたようだ。

「大丈夫?」

 クリスだ。

 彼女の声を聴き、無意識に安堵してしまったようで、その場に片膝を着いてしまった。

 少し息を荒げさせたクリスがカイトの顔を覗き込むようして屈んできた。

 カイトは深く息を吐き、数回頷くとどうにか立ち上がると、彼女に目を向ける。

「あぁ……助かった」

「今のって、仕事にはなかったものだよね? 人の姿になってたし」

「二連続で遭遇するとは思わなかったしな……」

「連続?」

「あぁ、さっきは依頼の婆さん。で、今のだ」

 すると、ミリが落ちている正方形の箱を指差す。

「あれが転がっているのを見てからです」

 クリスはミリの指差す物へ視線を巡らせ、目を細めさせる。

「……何であんな物が」

 そう言い、箱の下へ駆け寄るなり拾い上げた。

 その箱について何か知っている口ぶりに、カイトは彼女に尋ねる。

「それってなんだ?」

「捕縛箱よ。還し屋の道具」

 還し屋の道具なんて聞いた事がない。この仕事に必要なものは、己の体一つだ。下準備なるのは、ミストを視る為の施術くらいだ。そんな職業で使われていた道具となれば、必然と興味が湧く。

「そんなの資料にも載ってないぞ」

「載せてないの。これはとんでもない失敗作だから」

「それって――」

「説明は事務所でするわ」

 クリスは捕縛箱を見下ろし、苛立たし気に呟いた。


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