九話 ノムシアーナ家

 ノムシアーナ家が住む屋敷の門前に辿り着いた。

 しかし、三人の内二人は精神的に疲弊しきっている。カイトは乗り物酔いの進行を抑える為に全力を注いでいた。一方、ミリは列車にへばりつく事に意識を向けすぎた為、二時間ずっと直立不動を余儀なくされたからだ。

 二人の様子に苦笑いするクリスは、カイトの背中を軽く擦る。

「大丈夫?」

「子供扱いすんな……大丈夫だよ……」

 漸く落ち着いてきた調子に安堵しながらクリスの擦る手を払い、身長の二倍以上ある門と大きな屋敷を見上げた。

 屋敷は一般的な家の数件分に及ぶほどの大きさ、白色に塗られた外壁も見事に手入れされている様で、年月によって色褪せたという事はなさそうだ。一面に広がる庭においてもそうだ。バラ等、あらゆる種類で彩られている花壇らも、庭師である老人によって丁寧に手入れされ、誰から見ても綺麗だった。

 中の光景を眺めていると、屋敷の方からタキシードを身に纏った老いた男性が門まで歩み寄ってきた。そして、手に持っていたボタンらしき物を押す。それと同時に、門が音を立てて開いた。

 白髪のオールバックにした髪型をし、右目周りに僅かなシミを作った男性は、鼻の下に蓄えた髭を一度なぞった後に深々と頭を下げた。

「お待ちしておりました。執事のヴァールと申します。ファルト様より、案内役を命じられまして、勝手ながらよろしくお願いいたします」

「いえ、助かります。クリス・サリウスです。で、こっちが助手のカイト・ローレンスです」

 カイトは紹介に応じて軽く頭を下げると、ヴァールがその倍の角度で頭を下げてきた。

「よろしくお願い致します。では、屋敷の方に案内させていただきます」

 ヴァールはこちらに背を向けると、出てきた屋敷の方へと歩を進めていく。その後ろを、着いて行きながら、再び庭などを見渡した。

 庭師の他に、手入れを手伝っているメイド服を着た女性が切られた葉を箒で纏めている姿も見受けられる。広い庭を一人の庭師で賄おうとなれば、手伝いを求めるのは無理はないだろう。

 屋敷に入ると、赤いカーペットが長く続く廊下に広がっており、右端に設置されているニ階へ続く階段にまで及んでいた。天井に飾られたシャンデリア、高級そうな棚の上に置かれているろうそく立て、壁に掛けられている動物の首のみの剥製。

 どれを見ても、金持ちが所有しそうなもので、カイトは僅かに顔を引き攣らせる。

(イメージのまんまだな……)

 カイトにとって富豪のイメージは金で物事を解決し、貧困層を見下している、と単純なものだ。孤児院に居た頃、経営自体厳しいものだった為に自由に使える金額はごく少額だった。それもあり、後先も考えずに散財する者の考えが理解出来ない。クリスもコーヒーに関しては財布の紐が緩く、ブランド物であれば考える事を放棄して購入する節がある。そんな彼女にも、節約しろと言うのだが、『趣味は別腹』とよく分からない発言をされた。

『お金持ちって羨ましいですね』

 隣でミリは屋敷内の装飾品に見惚れながら言う。

 彼女の横顔に目を向けると、心なしか物悲しそうな表情を浮かべているように感じた。

「どうした?」

『いえ、何か引っかかって……』

「記憶の事か?」

『どうなんでしょう……。けど、これらに関係する事なのかも』

「金持ちかもって言いたいのか? 俺は金持ちなのは好きなれないな。偉そうにしてるやつらばかりだ」

『羨ましいですけど、私がそうだったと考えられません』

 確かに、彼女が富豪の娘と考えにくい。実際、彼女が身に纏っている服は正直、高価と言えるものではなく、一般人が着る様な服であるからだ。富豪の娘であれば、ブランド品を身に纏うものだろう。

 そんな事を話していると、数歩前に居たクリスがこちらを振り返り、人差し指を口元で建てた。『人前で話しするな』、という事だろう。

「やぁ、よく来てくれたね」

 ニ階からノシアムーアの当主、ファルトが笑顔で階段から下りてきた。

 彼は二人の前まで歩み寄り、クリスと握手を交わすと、傍に立っていたカイトに視線を向けた。

「君がカイト・ローレンス君だね」

「そうだけど……何で俺の事――」

 カイトがファルトに対して喋っていると、全て言い終える前に、クリスによって後頭部を叩かれる事で阻止されてしまった。

「礼儀ってもんを知らないのあんたはっ」

「いや、構わない。変にかしこまれるとこっちも気を遣ってしまうからね」

 ファルトは笑うなり、カイトの頭を撫でるように叩く。普段ならば、振り払うのだが、そこまでしようとはしなかった。されるがままに撫でられ、苦笑いし続ける。

「すまないが、私は片づけなければならないものがあって、書斎に籠らないといけないんだ。ミストの場所はヴァールや他の者に任せる」

「かしこまりました」

 ヴァールは当主である彼に深々と頭を下げる。

「じゃ、頼むよ」

 そう言い残し、書斎のある廊下を歩いて行った。

それを見送るクリスがカイトの方を振り向き、外に続くドアへ指差す。

「あなたは外のミストを見てきて。私は中のを見てくるから」

 ここに来る前に見た書類の中では、ミストが現れる場所が四か所。噴水前、唯一生えている大木、ダンスルーム、屋敷の屋根裏だ。全てミストが成す現象に一致しており、勘違いという事はなさそうだ。カイトはその中の噴水前、大木の二か所に当たるという事になる。

「俺が外?」

 クリスの提案に眉を潜めるのだが、彼女は頷くと自分の頬を指差してなぞった。

「今日は陽がきついから。お肌に悪いじゃない」

「おい……」

「ミストを還さない様にね。状態だけ見てくれたらそれでいいから」

「え」

「理由は終わってから。任せた」

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