八話 ちょっとして旅路

 クリスに言われてから一時間後。

 カイトとミリは事務所から自分達が住む街にある駅へと来ていた。

 住む町は東町で、田舎とも言える地域である為、駅の作りも最小限とは言わないが、経費削減を唱って構内は狭く、列車も一時間に二便という少なさだ。外壁は朱色の煉瓦で積み立てられたもので、年季も入って所々黒ずんでいる。駅員も広さに比例して、六人程度で構成されている。年齢と性別も様々で、若い男性から中年以上の女性が居た。

 カイトは構内の柱に掛けられた時計を見ながら、集合時間、場所をしていた所長に対して舌打ちをする。

「言いだしっぺがなんで遅れるんだよ……」

『女性の用意は遅くなるものですよ。目を瞑ってあげてください』

 ミリが彼の隣で苦笑いしていると、駅の入り口から鞄を持ったクリスが笑顔で駆け寄ってきた」

「いやぁごめん。ちょっと遅れちゃった」

「しっかりしろよ。大人だろ」

「女の支度は時間が掛かるものよ」

 得意げにウィンクするクリスに対して、カイトは呆れた様子で首を左右に振った後、乗るべきである列車に目を向ける。停車はしているものの、車掌が発射させようと安全確認を始めていた。

「おい、もうすぐ出るみたいじゃねぇか」

「あ、ほんとだ」

 クリスはカイトの肩を叩くなり、切符を切る役目を担う駅員へ向かって駆け出した。

 彼女の姿を見た駅員は、軽く手を振る。

 どうやら知り合いの様で、親しげに話している。街の住人の知り合いが多い彼女であれば、駅員とも知り合いの可能性もある筈だ。

すると、クリスと話していた駅員が前後確認している車掌に向かって手を振り、もう少し待ってくれと声を上げた。車掌はクリスの姿を確認すると、納得した様子で頷く。

『顔が広いんですね、クリスさん』

「取り柄の一つだからな」

 カイトがクリスの下に駆け寄ると、彼女と話していた駅員の顔が少し変わった。

「おや、君は……クリスちゃんの彼氏?」

 一番されたくない勘違いをされ、あからさまに嫌な顔をさせるが、傍に居たクリスが先にその誤解を訂正する。

「違う違う。この子は私んとこの見習い」

「あぁ、言ってた例の子ね」

「そそ。また詳しい話は帰ってからね」

「あぁ。美味しいコーヒーと酒の店、探しておくよ」

「ありがと。さ、行くわよ」

 クリスが駅員の肩を軽く叩き、先へ進んでいく。その後ろをカイトとミリはついていく。その際に、駅員に軽く会釈すると、『良い旅を』と笑顔で返してきた。

 乗るべき列車の前に移動し、クリスの知り合いである車掌に軽く会釈した後、車内へ入る。一方、クリスは車掌と少しだけ話をしてから中に入ってきた。話しの内容は聞こえてこなかったが、表情から世間話だったのだと見てとれる。

 窓際からカイトとミリが隣同士、クリスがカイトに向かい合うようにして席に座る。そして、すぐに発車する笛が響き渡り、一斉にドアが閉まった。ゆっくりと列車は動き始める。

 そこで、ミリが困惑の声を上げた。

「あ、あれ……?」

「どう……した……?」

 カイトがミリの方に目を向けた時には、彼女の体が座席に埋もれていく最中であった。

ミリは立ち上がるなり、こちらに並走する為に歩き始める。しかし、列車の速度が上がるにつれ、徐々に進行方向とは逆へ追いやられていく。

「どどどどうすればぁっ!?」

 最終的に走る事となってしまったミリに、クリスは落ち着いた声で助言する。

「座る事をイメージするみたいに、列車に乗るイメージしなさい。足が床に着く事を重点にね」

『は、はいぃっ』

 ミリは走りながら目を閉じ、呪文のように呟く。すると、体が後ろへ下がっていく事は無くなっていき、カイト達の傍を駆け抜けていった。

「ほら、目を開けて」

『えっ』

 言われた通り、目を開けたミリは床の上に足が着いているのを確認すると、慌てて足を止めた。ホッと胸を撫で下ろした後、自分の席に疲れた様子で戻ってきた。だが、座ろうとする彼女に、クリスは止めた。

「ミリちゃんはそのまま立ってて。座るところまで頭は回らないでしょうし」

『うっ……』

 図星の様で、ミリは座る事はなく、通路で集中を切らさない為に直立不動で居続ける様子だ。

 カイトはそんな彼女を見た後、すぐに窓の外へと視線を移した。理由は一つ。

 酔ったからだ。

 自分が乗り物酔いだと気付いたのは去年。クリスと共に仕事で送迎車に乗り込んだ時、ものの十分で気分が悪くなってしまったのだ。乗り物に乗ったのがその時が初めてだった為、今まで気付かなかった。その時は、すぐに降りる事が出来たが、今回ばかりは二時間掛かるという絶望的な状況。クリスにばれていなかったが、今回でばれてしまいかねない。

(くそっ……)

 外の風景を見ながら、小さく舌打ちをしていると、クリスがきょとんとした様子で話し掛けてきた。

「どうしたの、外なんか見て」

「別に……。山見てるだけだ」

 クリスを見る事はせず、あちらこちらに連なる緑で染まった山を凝視する。しかし、その状況を察し、悪戯な笑いを上げるクリスの声が聞こえ、鳥肌が立った。

「あんた、酔いやすいタイプ?」

 ――最悪だ。

 速度が上がり、揺れも最初より激しくなっている今で、彼女の方を向くのは得策ではない。実際、外を眺めているが、徐々に不快感が胸の中に渦巻いていっている。これ以上、気分の悪さを底上げては、目的地まで持たなくなってしまう。

「ち、違う……」

「じゃあ、こっち見なさいよ」

「俺はこの風景を見ていたいんだよ……」

「ふぅん。去年、気分悪そうにしてたのはなんだったのかなぁ?」

「そんなことねぇっ!!」

 カイトは分かりやすい挑発を乗ってしまい、思わずクリスを向いた。だが、視界が仕切りに揺れてしまい、抑え込もうとしていた不快感がせり上がってきた。

「うっ……」

 ここで顔を逸らしてしまうと、自分が乗り物酔いだと確定する事になる。それだけは阻止しなければならない。彼女に弱味を握られてしまうと、今後に支障を来してしまう。

 強い気持ちはあるが、乗り物に弱い体は正直だった。そんな彼に見兼ねたのか、クリスは気の毒そうに笑みを浮かべ、窓の方を指差す。

「別にいじらないから。そこまで酷い女じゃないわよ」

「ぐっ……」

 カイトは顔を歪めさせて彼女を睨みつけた後、我慢できずに風景へ視線を移した。

不快感が拭い取られる気配は無いが、それ以上の事も無く、なんとか心を落ち着かせる事に集中出来る。

 その為、気付く事が出来なかったが、クリスが各々問題を抱えた二人を交互に見て、苦笑いした。

「世話の掛かる子達だこと」

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