第2話

「……なあ、これ片手間に書いたりしたか?」


「む、論文に不備でもあったか?」


「いや、論文の出来は嫉妬する気も起きないくらいに完璧だよ。ただ、なんというかいつものお前の論文から感じる気迫みたいなものが足りない気がしてな。」


「…………タイプライターの文字に気迫を感じる要素なんてあるのか?」


「どちらかと言えば論文全体の雰囲気の話だ。」


「……なるほど?」


 数日後の昼下がりの会話だ、学会に論文を提出するためにその本部へ向かい、顔見知りの本部員にそれを見せたところでこうして文句(?)を言われているわけである。


「まあ問題は無さそうだから今度の定例会の議題にねじ込んどく。お偉方にも出席してもらうよう話しておかないとな……。」


「いつもすまないな。」


「ありがたく思ってくれているなら十分だ、ただのつかいっぱしりみたいに考えている奴も多いからな。」


「……ふむ、確かにいつも小間使いのようにつかってしまって申し訳ないのう。」


「…………が、学会長!? い、いえそのようなことは全く!! そもそも我々の仕事は研究者の援助でありまして―――」


「お久しぶりです、教授。」


「うむ、久しいの。……確かに本部員はそれが仕事だから我々を援助する。それは確かに当たり前の事じゃが、だからこそ感謝を忘れてはいけないわけじゃな。改めて気づかせてもらったよ、ありがとう。」


「いえそんな本当に恐れ多い―――」


「してこれは君の書いた論文じゃな?さっそく読ませてもらおうかの。」


「……またほかの先生方に文句言われますよ?」


「……次の定例会はいつだったかの?」


「三日後です。」


「ならば二日ほど早めるとか」


「ロウル教授が講演会をする予定を入れています。」


「ならば一日だけでも……」


「定例会は定期的に開くから定例会なんです。そもそも最近は先生方ができるだけ予定を開けてくださっているんですから余計に日程をずらす理由がありません。」


「ぐぬぅ……」


「……そうなのか、だいぶ前に定例会に人が集まらないと愚痴を聞いた覚えがあるんだが。」


「……状況を改善した立役者が何言ってんだ。」


「は?」


「おぬしの論文目当てじゃよ。」


「……初耳ですが。」


「言う機会が無かったんだよ、というかいつになったらここに研究室置くんだよ、皆待ちわびてるしあった方が便利だってのに。」


「あそこが気に入ってるからな、当分予定はない。」


「……おなごを連れ込むのも自由じゃからの。」


「…………な、何を言って、」


「なーに、少し前に散歩していたらの、おぬしの家に美女が「見間違いですね」


「…………。」


「…………。」


「……あれはまるで押しかけ女房のような「見間違い、ですね!!」


「教授、その話詳しく。メモとってこれも次回の議題に」


「入れるなっ!!」


「バカヤロウお前みたいな研究バカに来た春だぞこれこそ重大発表だろうが!」


 その後ワーワーギャーギャーと騒いでいたのだが、廊下の奥のほうから「五月蠅い!」と怒鳴られこの攻防は幕を閉じた。


 ちなみに俺の尊厳その他は守られた……はずだ。

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