2000年 5月31日 水曜日

第19話 僕らは地獄に生きている

 僕らは、再び警察に保護されていた。


 通報したのは掃除のお爺さんで、僕らと共に発見者となったのだけれど、思ったのは、あのお爺さんはいったい、どんな話をしているのだろうかと言う事だ。


 笹山村さんと田中々もどうしているだろうと考えるが、今はそれどころではない。

 死体を発見したのが一度ならず二度ともなると、対応と言うのが変わってくる。

 少なくとも、僕は疑われる側に回ったらしい。


 警察は、死体を発見した時の様子から、その日の行動まで聞き出そうとしてきた。

 一通り聞き終わると、また最初の質問に戻り、さらに詳しく質問される。

 特に、公園での話はしつこかった。


 何故、あの公園にいたのか。

 あの公園にはよく来るのか。

 公園に来るまで、どこにいて、誰と会っていたのか。

 一緒にいた笹山村るると、どんな話をしていたのか。

 伊藤巻信子との関係は?

 伊藤巻信子がいなくなったのはいつで、その日は何をしていたのか。


 根掘り葉掘り、何回も同じことを聞かれ、その度に同じことを説明しなくてはならなかった。

 一通り終わり、ようやく家に帰れるのかと思えば、また別の人が来て、また最初から同じ話を聞いてくる。


 堂々巡りの地獄である。


 そして。

 入れ替わり、立ち代わり続く取り調べの中で、僕は渋谷塚のような人間が、少なからず存在することを知る。

 あのタイプの中年は決して珍しくもないのだ。

 最も、これは草蒲市の公的職員に限っての話かもしれないけれど。


 彼らは取り調べの最中、意味もなく怒鳴り、頭ごなしに僕を否定し、僕の人格を馬鹿にした。

 そして、こんなことを言うのだ。


「隠しているんだろう? お前がやったんだよな? 本当の事を言えってんだよ!」


 僕が何をしたと言うのか。

 伊藤巻や薬師谷先輩のあの死体を、この男は見たのだろうか。

 あんな恐ろしい事を、僕が出来ると思っているのか?

 男子高校生が、人を二人、それもあんな猟奇的に殺すことなど出来るはずがないじゃないか。


 繰り返される意味のない時間の中で、僕は心の底から疲れを感じていた。

 疑われることと言うことに関してもそうだけれど、自分に失望していたのだ。


『酷いじゃない! 宝田君は、何で、るるばっかり庇うのよ! どうして、田中々を助けようとするのよ! あたし達の時は助けてくれなかったくせに! どうして!』


 伊藤巻の事を考えると、胸が痛い。

 彼女とは友達になれたはずだった。

 だけど、伊藤巻を助ける事も友達になることも僕にはもう出来ない。

 それがたまらなく悔しいのだ。


 だが、いつまでもいじけている訳にはいかない。


 この時に至って、僕は確信していた。

 伊藤巻を殺したのは、薬師谷先輩を殺した者と同一なのだと。

 薬師谷先輩が殺されたことに関しては、新郷禄先輩が言っていたように恨みを買うタイプであると思うので、動機もありそうだ。

 だが、伊藤巻はどうして殺されたのか。


 ……分からない。

 やはり、今の僕では何も出来ることに限界がある。

 いや、犯人を探し出して捕まえるなんてことは僕の仕事でもないのだけれど。



 そこまで考えて、伊藤巻たちを殺したのが複数犯である可能性もあるのではと思い当たる。

 ただ、推理するにしても、今の僕には材料が少なすぎるし、容疑者の名前何て者も出てこない。

 警察は何をしているのだろうか。

 こんなところで犯人であるはずのない僕を取り調べしている暇があれば、犯人を探し出してほしい。


 そう思っていた最中、風向きが変わった。

 多分、伊藤巻の死亡推定時刻が分かり、その時間の僕が、薬師谷先輩の死体を発見したゴタゴタで身動きが取れなかったと言う事が証明されたからだろう。


 ……だろう、と言うのは、僕の想像だからである。

 取り調べの最中、急に29日の午前中の事を聞いてきたのだ。


「何故、そんなことを聞くんですか? その日はまだ、警察で話を聞いていたり、病院でカウンセリングって奴を受けていたりしてたじゃないですか」


 その場では生意気を言うなクソガキと怒鳴られたが、少しして僕は解放された。

 解放された理由は特に教えてくれなかったが、多分、こんな単純なことも、気づかなかったのだろう。

 僕の警察に対する不信感と言うのは増し、もはや軽蔑に近いものとなっている。

 少なくとも、僕が住んでいるU県警の草蒲署は、無能ばかりだ。


 田中々と笹山村さんも同じ目に遭ったのかと思うと酷く腹も立ったが、それでも、僕はどうしようもないほど疲れてしまい、家に帰ると泥のように眠った。



 5月31日。水曜日。


 この日は少しだけ曇っていて、前日のような熱気は感じなかった。

 ただ、不快だったのは、学校の周りにカメラ等の撮影機材やらレコーダーやらを持った集団がたむろしていることである。

 どうやら、マスコミ関係者らしい。

 公園のトイレとは言え、流石に学校の至近距離で生徒の死体が見つかったのはセンセーショナルな出来事だったらしく、しかも連続殺人事件ともなれば、報道陣が集まっても不思議ではない。


 ただ、彼ら、彼女らは、やたらと生徒にインタビューを試みているようで、登校の邪魔になっているのは酷く腹が立つ。


 そして僕が登校すると、すぐに放送で呼び出しをかけられた。

 場所は生徒指導室。

 呼び出したのは、草蒲南高校の教師陣である。


 生徒指導室には僕と田中々、笹山村さんもいたが、まず第一声は渋谷塚の元気な怒鳴り声だった。


「宝田! 問題ばかり起こしやがって!」


 どうやら、渋谷塚のイライラは頂点に達してしまったらしい。

 血圧の上がり過ぎで死ぬのではと、少しばかりの心配もしたが、それでもガラガラ声で良く分からないことをブツクサ言っているのには、どこか微笑ましささえ感じてしまう。

 と、警察署の奴らよりは数倍マシに感じてしまっている自分に気づき、自分の感覚がマヒしつつあるのを感じていた。


 周囲の先生の目もあるからか、渋谷塚はそれ以上、何も言ってこない。


 他の先生からは心配の声も出たが、学年主任や教頭、校長先生などは「本当に何もしていないんだね」と、見当外れの事を僕に言う。


「先生たちは僕たちが人を殺すように見えるんですか? 伊藤巻は、クラスメイトだったんです。友達だったんですよ?」


 僕は言ったが、もちろん、僕らを人殺しだと言う先生はいない。

 教師たちもそれで納得したようで、「マスコミの取材には応えない様に」と言う命令だけを僕らに下し、学内カウンセリングを受けさせると言って、別室に連れて行った。


 カウンセリングとは言うが、学校側も対応に困っているらしい。

 確かに、殺人事件の遺体を見てしまった生徒をカウンセリングするなんてことは、滅多にあるわけでもない。

 おそらく、体面を保つために行う、形だけのカウンセリングになるのだろう。


 ただ、あまり関わりのない保健室の先生と共に、田代場たしろば先生と、竹川儀たけかわぎ先生がいたのは救いだった。

 4月の日、僕と田中々が渋谷塚に呼び出されて職員室で殴られた時に、連れ出してくれた先生である。

 それだけで、僕らはホッとした。

 竹川儀先生とは、時々廊下で顔を合わせることもあるし、田代場先生は外国語学科である無範智恵理のクラスの担任で、無範からも高評価を受けている。

 何よりも、田代場先生は、僕が所属している軽音楽部の顧問なのだ。


「大丈夫だった? 宝田君。田中々さんと笹山村さんも」

「はい」

「なんていうか、かける言葉が見つからないけれど、少しでも心を楽にできるように」


 田代場先生は音楽をかけた。

 ゆったりとしたクラシックの音楽だった。

 曲名は分からなかったが、僕は自分の心が解けて流れるのを感じた。

 自然と涙が流れて、慌てて顔をこする。

 が、田代場先生にはしっかりと見られていた。


「辛かったね。頑張ったね」


 田代場先生が僕に声をかけて、僕はそれに縋るようにして、言った。


「先生、俺。伊藤巻さんを助けたかったんです。家にも帰ってないって知って、俺」

「宝田君のせいじゃない」

「でも、警察は」

「何を言われてもあなたが犯人であるわけがないじゃない。先生はね、宝田君を信じてるから」


 その時、僕は再び流れた涙と共に、自分の両親を思いだしていた。

 実を言うと、僕と両親の仲は……言い方は変かもしれないけれど、冷え切っているのだ。

 共働きで、毎日働きに出ている僕の両親には、何の問題もないように見えるけれど、でも、僕は寂しかった。

 彼らは、僕と話をあまりしないのだ。

 毎日、報告ノートとか言う物を書き、そこに両親に伝えたいことを書くことが、唯一のコミュニケーションと言っても良い。

 必要なものがあればそこに書くと、翌日には用意してくれる。

 だが、それ以外に返事は無い。


 毎日食事の用意もしてくれているし、お小遣いも、通学用の自転車も、漫画も、ゲーム機も、ギターも、僕の欲しい物はそれで用意してもらったけれど、でも、クリスマスにケーキを用意してもらった夜、それを一人ぼっちで食べなくてはならないと言うのは、僕にとっては寂しさ以外の何物でもなかった。


 僕は特別である。

 普通ではない教育方針の両親に育てられて、きっと特別な何かを成し遂げるために生まれて来た。

 そう、言われて育ったし、そう信じていた。


 だけれど、僕は両親に、普通でいて欲しかった。

 僕のために、警察に怒って欲しかった。

 僕のために、仕事を休んでほしかった。

 田代場先生のように僕を心配して、僕が犯人でないと、信じていると、言って欲しかった。


「大丈夫。みんな、宝田君の味方だよ」


 田代場先生は子供をあやすように言い、僕の涙は止まることなく流れ続けた。

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